うり先生の第4弾

 どうして、自分がこんな目に遭わなくてはならないのか、その少年には理解できることではなかったし、事実、それは果てしもなく理不尽なことだったのだ。
 9才の彼としては精一杯の抵抗をした。だが、大人の男二人を相手にしては到底抗いきれるものではなかった。

「クラウド。」
 背後から呼び止められて、少年は振り返った。見慣れた隣家の主人だった。こんにちは、と言いかけて一瞬躊躇した。相手が笑っていたからだ。
 隣家の主人、ロックハート。クラウドより一つ年下の娘が一人いる。普通なら彼女とクラウドが遊び友達でも何ら不思議はないのだが、どういう訳か、ロックハートはクラウドを疎んじていた。
 悪いことにロックハートはニブルヘイム村の有力者だった。本人が意識しようとしまいと、その事は村全体の雰囲気に伝わってしまうものだ。
 クラウドには父親がいない。彼が幼い頃に事故で死んでしまったのだ。その顔をおぼろげに覚えているような気がするが、後から作り上げた想像なのかもしれない。母親は、クラウドは父親にそっくりだと言っては、時折涙ぐむことさえあった。鏡に映る自分の顔を見て、20年経った大人の自分、父親の顔を思い描いたりしたが、それが多分記憶の上に重ねられているのだろう。
 その父親とロックハートは同い年だった。同じ村に育ち、仲が悪かった訳でもない。だがなぜかロックハートは、そして村人は母子に冷たかった。
「ちょっと来い。」
 有無を言わせぬ命令口調。当然ながら反発を覚えた。が、ここでクラウドがロックハートに何か言うと、それはクラウドが素直でない、躾の一つもなっていない子供だということになり、後で母親が厭味を言われ、必要もないのに謝る羽目になるのだ。
 村の有力者とはそういうことだ。無言でクラウドはロックハートの後に従った。
「入れ。」
 ロックハートの家の裏手の納屋を指して言う。何かくだらない、面倒な作業でもさせるつもりなのかもしれないとクラウドは思う…猫にかみ殺されたニワトリの始末とか。破れた穀物袋の掃除とか。
 が、特に納屋の中には散らかった様子はなく、ただ、これも近所の男…一言で言ってしまえばロックハートの腰巾着、卑屈な黄色い目をした、写真だけが唯一の趣味という男が整然と積まれた麻袋の上に腰掛けていただけだった。
「…何ですか?」
 やっと、クラウドは聞いてみた。記憶にはないが、自分はまたなにか彼らの気に障ることをしでかしたのだろう。二人してネチネチと説教をしようと言うのだ。
「何ですか、か。」
 腰巾着が、裏返った気味の悪い笑い声を上げた。
「あの…」
 無意識に半歩、クラウドは後退りしたがその背がとん、とロックハートにぶつかった。その足を踏みかけて、ぎょっとして肩越しに見上げた。しかめ面を予想していたのだが、ロックハートの顔に張り付いたどこか不自然な笑顔はそのままだった。どころか、その両手がクラウドの肩に置かれた。
「!」
 と思った瞬間、クラウドは麻袋の山へ突き飛ばされた。驚いて、体を起こす間もなく、腰巾着の手がクラウドの襟首を掴む。
「何…」
 抗議の声を上げようとしたが、振り向いた目の前にロックハートが迫っていて、更なる驚きでクラウドは言葉を飲み込んだ。襟を掴んでいる手が麻袋に押し付けられる。除けようと必死に両手をその腕にかける。が、逆にその手首を掴まれて全く身動きが取れなくなってしまう。
「や…っ…!」
 そのまま麻袋の山の上へ引きずり上げられる。ここに来てようやくクラウドの頭は恐ろしい結論に達しようとしていた。助けを呼ぼうとしたが、がさがさした男の手が口を蔽う方が早かった。
「大人しくしていろ、クラウド。喚いたって無駄だからな。良い子にしていれば、すぐ済む。」
 ロックハートの手が、母親がきちんと洗濯してアイロンをかけた白いシャツのボタンを乱暴に外していく。それから、これもクラウドが変に指をさされたりしないようにと几帳面なまでにきちんと折り目をつけてプレスしてある、ショートパンツに。
「やだぁーっ!!」
 男の手が外れ、クラウドは叫んだ。外れたその手はクラウドからシャツとアンダーシャツを一遍に引き剥がした。
 ふと、体が自由になって、クラウドは麻袋の上を逃れるように這った。むき出しにされた膝に、粗い繊維が擦れた。
「…どうだ?」
 ロックハートが言う。麻袋の上からクラウドが振り向くと、二人はそこに立っていて、腰巾着男の抱えたカメラを覗き込んでいた。
「大丈夫だ、いける。」
 ニッと男が笑い、片目をファインダー越しにクラウドを見た。浴びせられるフラッシュ。羞恥に、物置の奥へと転がり逃げるクラウドの白い裸体を、そのフラッシュは無慈悲に追いかける。
 必死に身を隠す場所を探して、クラウドは物置の隅にうずくまった。庇うように顔にかざした腕の向こうで更にシャッターの音が続く。
「ヒッヒッ…。」
 おかしくて堪らないといった風な引き攣れた笑い声がロックハートの口から漏れた。
「もういいだろ…」
 何がもういいのか考える間もなく、再びクラウドは腕を掴まれて、今度は山の反対側からその上に放り投げられた。その先は出口。ありったけの素早さで麻袋を蹴り、そちらへ走ろうとする…が、残った左足を取られて膝からクラウドの体は落ちた。
「やだぁーっ! おかあさんっ!!」
 必死にもがいたが、クラウドの足掻きは腰巾着男に羽交い締めにされて終わった。その目の前で、ロックハートは自らのベルトに手をかける。
「なあ、クラウド…良い子だから大人しくしてるんだ…。」
 クラウドを総毛立たせるのには十分な、欲望に掠れ上ずった声だった。

 クラウドは助けを呼ぶことを止めた。その声を誰が聞きつけるというのだろう…母親?母親が助けに来て…来てどうなる。きっと、どうにもなりはしない。苦しむ人間が一人増えるだけ、ロックハートはクラウドの母親の抗議など歯牙にもかけはしまい。
「は…う…」
 異質の物が無理矢理捻じ込まれることによってクラウドの体にもたらされる激痛。だがこれからもっと、それは酷くなる。
 涙に霞んだ先に、子分の大切にしているカメラを弄ぶロックハートが見えた。丸い、間の抜けた凶器の銃口。
 パシャ。
「…あ、あああああッ!!」
 背骨を伝わって、うなじから頭の天辺へ突き刺さり、抜けて行く痛み。終わらない。それは何度でも繰り返される。ロックハートの後にやっとありつけた獲物に男は貪りつき、夢中になって食っている。
 パシャ。
 少しでも痛みを和らげようと、少しでも逃れようと、クラウドの体は無意識に後ろへ下がろうとする。その度に麻袋の上をずるずると引き戻され、そして男の動きにつれて何度も背中を、膝をこすられて、肌が赤く擦り剥けていた。

「これで最後だ。」
 涙と唾液で濡れた顔を、クラウドは手の甲でぼんやりと拭った。執拗に傷つけられたその場所がジンジンと鼓動より速く痛みを刻んでいた。
「クラウド!」
 ビクッとしてクラウドは顔を上げ、声の方を見た。その瞬間に最後のフィルムの為のシャッターが切られた。満足げに男はカメラを下ろし、ポケットから取り出したキャップを慎重な手つきで取り付けた。
 何故、そんな写真を撮るのか、クラウドには全く理解不能だった。理解できないといえば今日のこの事自体そうなのだが。
「…お…なか…が、いた…い…。」
 むっとしたように、ロックハートは口をへの字に曲げた。
「こんな所で…。外へ行け。」
 硬く強ばった足をゆっくりと…クラウドにとっては精一杯急いで伸ばして麻袋の上から下り、もつれそうになる危うい足取りでロックハートの示したドアを目指した。
「ふん。」
 途中で、腰巾着がクラウドの服を拾って手に押し付けた。裸の胸にそれらを抱え、よろよろと小屋の外へ出る。すぐ目の前にクラウドの家の裏手に続く小道がある。が、間に合わない。伸び始めた草の茂みに倒れ込みんでクラウドは吐き、そして無理に体に注がれたそれが本来でない場所から流れ出すのを、感じた。


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