うり先生の第2弾

1:  メテオが…閃光とともに消滅した時、全ては終わったのだと思った。しかしそれは間違いだった。それは一つの危機の終焉に過ぎず、あらたな時代の始まりとなった。
 メテオの衝突を免れたとはいうものの、ミッドガルは壊滅状態だった。特に上層部の損傷は激しく、神羅は終わった…だれもがそう思った。しかし…。

 優しげとも言える顔立ちとは不釣り合いな、凍てつくように冷ややかな視線が浴びせられていた。
「これだけはわかっていてほしいのだが…神羅は以前の神羅と同じではない。君らが敵視する必要はないのだよ。」
「…どこが違う? やりかたもなにもかも、同じだ。」
 後ろ手に手錠で縛められた青年の口から放たれた言葉が真実だった。無駄だとは知りつつ言葉を重ねる。
「人間はもう、魔晄なしでは生活できない。民衆は皆、以前のような暮らしを切望している。だが、際限のない魔晄の消費がいつまでも続けられないこともわかっている。無論、省エネルギー化を進める研究は第一に考えているし、代替エネルギーの開発も急務なんだ。だが、今、魔晄は実際に必要とされている。いまだからこそ。一日でも早い復興を目指すためには魔晄が絶対不可欠なんだ。…わかるだろう?」
 囚われた青年…クラウドは答えない。
「…すぐには理解できなくても、いまにきっとわかる。」

 あれから一年。メテオ阻止の英雄として、クラウドの名を知らぬものはいなかった。こんなことになるとは迂闊にも予想だにしていなかったのだが、彼にとってどこに行っても名を、顔を知られているなどという状態は決してありがたくはなかった。
 いや、一面では助かっていたことも事実ではある。魔晄を捨て、星を傷つけずにすむ文明であるために各地をまわり、説得にあたるのに、相手がこちらを知っていてくれれば、話が早い。中には熱心に協力してくれる人もあり、新生アバランチの活動は俄かに活気づいていた。
 ところが、である。
 ウェポンの攻撃によって、神羅ビルで爆死したと思われていたルーファウス神羅の生存が、数ヶ月前、明らかになった。それまでも噂はあった。が、爆発の傷を密かに癒し、真神羅として、魔晄文明の再興を目指す組織として、そしてその首長として、ルーファウスは突如、現れたのだった。
 魔晄のない、原始的とも言える不自由な生活に辟易していた者たちは、ルーファウスの言う「継続可能な魔晄利用」に飛びついた。たった数ヶ月で、真神羅はすでにアバランチに対抗しうる…ある面では既に凌駕する存在となっていた。
 神羅とアバランチ。力の均衡は変わっても、対立は以前と同じ。何も変わってはいなかった。

「まったく、頑固だな。」
 ベッドに横たわるクラウドを見下ろして、ルーファウスは言った。横たわる、というのは正確ではない。クラウドは四肢を拘束されていた。
「これ以上薬を使いつづけては…少々危険が…。」
 そうルーファウスに言う研究員の傍らで、助手がアンプルの底をさらえている。そして機械のような正確さでクラウドの右腕の、既にいくつもの注射跡で傷ついた血管を探り当てて薬液を注入した。
 冷たい感触にクラウドが眉を寄せる。
「そうだな。」
 やがてクラウドの額に浮かぶ脂汗を見ながら、ルーファウスは言った。
「もうすぐ…切り札が手に入るよ。クラウド。君の意地っ張りも…それまでだ。」
 伏せられていたクラウドの視線が上がる。
「君の大切な…」
「…ティファに手を出すな!」
 ルーファウスの口元に、見様によっては妖艶とさえ言える笑みが浮かんだ。
「大切な、奥さんと…あと、何か月だと言ってたかな? 楽しみだね。」
「…!!」
 普通の状態なら、ティファがむざむざ神羅の手に捕らわれることはないだろうし、たとえそうなっても、強い彼女なら何とか切り抜けられると信じている。しかし今は。
「無事に生まれるといいね…。」
 クラウドは唇を噛んだ。

 ルーファウスがクラウドにつきつけた要求…それはとても飲めたものではなかった。神羅の幹部として迎える、かつてのセフィロスのように、神羅のイメージを支える偶像になれと、若い社長はクラウドにそう言った。
 ルーファウスとても、すなおにクラウドがそれに同意するなどとは端から考えてはいない。言葉での説得は申し訳程度、あとは…メテオ以前からお得意の、手段を選ばない洗脳だった。
 普通の人間ならとうに発狂している。しかし、クラウドの肉体は通常の人間とは異なっていたし、精神の抵抗も並外れて激しかった。クラウドは自我も信念も手放さない。ただ徐々にではあるが、確実にその体力は削ぎ取られつつあった。
 薬を使った方法には限界が見えた。とすれば、残るのは…クラウドの弱みを握ることだ。

「随分待たせてしまったね。やっと君にプレゼントをすることができる。君の「家庭」をね!」
 勝ち誇ったルーファウスが部屋に持ち込まれたモニターを指す。悔しさに唇を噛み締め懸命に涙を堪えているティファの顔がそこには映し出されていた。
「聞かせてくれるだろう? 返事を。今日こそは。」
 クラウドは目を閉じた。はしゃいだようなルーファウスの声が、遠くに聞こえた。選択の余地などない。もう、随分前から既に、抗うことは酷い苦痛と成り果てていた。それを手放してしまえば…楽になれる。楽に。
「…わかった。」

 奇妙な…感覚だった。ルーファウスには最初それが何に起因するものなのか理解できなかった。クラウドがルーファウスの足下に屈服した瞬間…体の中を駆け上がったもの。
『手に入れた!』
 神羅再興の手段を得たことではなく、クラウドを手の内にしたその一事に狂喜している自分にルーファウスは気付いた。
 魔晄の光を秘めた、深いブルーの瞳の底に苦渋と諦めが幽かに揺らぐ。それを思い出すたび身体の芯が熱を持つような気すらした。
 …かまわないのではないか? 今のクラウドはルーファウスの意のままなのだから。それに誰かを、何かをこんなに烈しく欲しいと思うことは、ずっとなかった。
 ルーファウスの足は、クラウドの部屋へと向かった。

2:
 あれから…一年。クラウドを苛み続けるものがあった。メテオは消滅して人々は新しい希望を得た。しかし。活気にあふれる街の中に立ちどまり、ふとクラウドは気付くのだ。何かが失われたことに。
 何かかけがえのないものがクラウドの中からもぎ取られて行った。そんな虚ろな感覚が拭っても拭っても消えない。その正体が何であるか気付いた時、クラウドは愕然とした。
 セフィロス…。
 いつからか思い出せないほどずっと長い間、誰かがクラウドを呼んでいた。熱病にうかされたように呼び続けていた。
『来い!』
 だが…呼ばれていただけなのか?
 そうだ。それは、呼び合っていた。セフィロスがクラウドを呼んでいたように…クラウドの中に棲む何人目かのクラウドが、セフィロスを恋い求めていた。それに気付いたのは、選びようのない時の流れにそれが永久に失われた後。

 セフィロスは笑っていた。あの時…切り刻まれながら、笑っていた。
『俺は何を…したんだ…?』
 考えようとするのだが、そのたびにぷつりと思考の糸は切れる。すぐにまた、クラウドは元の同じ場所にいた。薬のせいだということはわかった。クラウドがルーファウスに従うと言った後もそれは与えられつづけていた。研究員たちの怖れの成せる業か。
『何故…笑ってる? 俺は…』
 何もわかってはいなかった。ただ、セフィロスという存在に引きずられ追い求めた。行き着いた場所にいたのは血塗れた手を呆然とながめる自分自身だった。あの場所で死んでしまったのは一体誰だったのだろう。セフィロス? それとも、クラウド自身か?

 モニタールームに寄って、24時間室内を監視しているそれを切らせた。二人だけで話したいことがあるのだと言うと、係員はそれほど疑問も抱かず嬉々として休憩に席を立った。意識がないわけではないが、薬のせいでずっと眠っているように動かない人間の監視など、退屈以外の何物でもない。
 ここ1ヶ月で神羅ビルの上層階には魔晄エネルギーが潤沢に供給されるようになった。軽やかに開いた金属製のドアに、姿を現した訪問者をクラウドは二つの青い眼でじっと見つめていた。
「気分は…どうだ?」
 言ってしまってからずいぶんと間の抜けた質問だったと思った。いいわけがあろうはずがない。
「…クラウド。」
 ルーファウスは既にベッドのすぐ脇に立っていたが、依然、クラウドの目はドアを見据えている。薬が効きすぎているようだと思いながら、クラウドの顔を覗き込む。濡れた唇が薄く開いてその間から歯が白く小さく見えていた。
「…。」
 触れると不意にそれは食いしばられ、ルーファウスから逃れた。クラウドの肩に手を置き再びくちづける。暖かい、クラウドの体内を舐る。
「…んの、つもりだ…。」
 頬の間近で濡れた息とともにクラウドは掠れた声を絞り出した。衿から忍び込むルーファウスの手に背を曲げる。
「ぐ…っ!」
 振り払おうと上げられた腕も、ルーファウスに容易に押え込まれる。身体を動かそうとすると視界に赤い光が明滅し、目眩が襲ってくる。追い払おうと固く目を瞑る。
『セフィロス…!』
 暗闇に、泣き叫ぶ誰かの声が聞こえる…。

 どのくらい経ったのだろうか。突然、身体を強張らせたまま、クラウドは反応を失った。舌打ちをし、体を起こす。気を失っている…?
 やはり薬の使い過ぎではないのかと、ルーファウスは医師たちの処置を疑った。
「…クラウド?」
 まあいい。機会はまだいくらだってある。何であれ、クラウドはルーファウスに従うほかないのだから。今日は思い付きだった。今度は…もっと楽しもう、クラウド…。
 何気なくキスした口のなかに、酸っぱいような味が広がった。
「?」
 自分の唇を舐め、手の甲で拭い、紛れもない血の色の汚れをそこに認めて、訳もわからぬままルーファウスはクラウドの顔をを見下ろした。
 薄い綺麗な唇に、毒々しく赤い筋が一本引かれていた。それは見る間に膨れて、口角から溢れて頬を伝い落ちた。
 血。
「?!」
 襟を髪を容赦なく染め、紅い流れは広がっていった。焦り、震え出した指を無理矢理クラウドの、今にもその舌を食い千切ろうとしている歯の間に押し込む。
「…誰か…!」
 叫んで、気付く。モニタールームは無人だと。
「!!」
 逡巡は一瞬だった。服の乱れも直す間もなく、ルーファウスは部屋を飛び出していた。

3:
「外の風にあたりたい。」
 夕暮れ時。薄汚れたミッドガルの空もこの瞬間だけは、炎の色を装う。窓際に車椅子を寄せて、クラウドが言った。
「その窓を開けろとでも? 無理だな。」
 嵌め殺しの大きな窓は、開かない造りになっている。当然だ。そんなことをしたら部屋中の物は吹き飛ばされて机と椅子以外何も残らないだろう。
 取り付く島もなく言い放つルーファウスに、ふと小さく笑って見せ、クラウドは肩越しに屋上ヘリポートへのドアを指し示した。

 自殺などするつもりはないと、クラウドは言う。多分その通りなのだろうとルーファウスも思う。そんな可愛い気のある奴ならもっと…望むようになっていてもいい筈だ。
 彼としては最大限譲歩もした。まだその後遺症で多少手足が不自由ではあるものの薬は止めさせたし、嫌だと言うから新聞・TVの取材も取りあえずは控えさせている。本来の目的が果たせないのだが…暫くのことだ。
 それに応えた訳でもないのだろうが以来クラウドは格別反抗らしきこともせず、却って拍子抜けしてしまう程だ。だがその素直さとは裏腹に相変わらずクラウドはルーファウスを見はしない。間近でその深い青い瞳を覗き込んでも、クラウドの視線はルーファウスをつきぬける。彼が見つめているのは…おそらく妻でさえない。
「…双子だったそうだな。おめでとう。」
 数十階下のフロアに同じく軟禁されている、彼の妻、ティファに思いが及び、ついでに少しばかり早産で生まれた小さな赤ん坊たちのことをおざなりに口にする。
「…祝ってくれるなら、一度くらい会わせろ。」
「考えておくよ。」
 自ら車椅子を押しながら、気のない返事をする。子供などルーファウスにはどうでもよかった。

 暮れていく空に、街の明かりが浮き出す。メテオ以前とは比べ物にならない弱々しく乏しい光。それでも、徐々に増えつつある。日ごとに。
 八つの魔晄炉の航空灯がそれぞれに赤く点滅を始めていた。髪を弄る風が冷えてゆく。
「ルーファウス。」
 その口から放たれると特別な呪文のように聞こえる。
「何を考えてる?」
 それは常日頃ルーファウスがクラウドに浴びせてみたいと思っていた質問だった。クラウドは何を見たのだろう。何に心を奪われたのだろう…魔晄の瞳は現実の空間ではない場所を見ている、そう思えて仕方がなかった。
「…わかっている筈だ。魔晄が単なる燃料なんかじゃないことは。以前と…同じ間違いを繰り返すつもりなのか?」
「セフィロスはもういない。メテオを呼ぶものはもういない。」
 クラウドの中でちくりと何かが胸を刺した。でも今は知っている。癒えない傷を嘆いていても仕方がない…ことを。
「…そうじゃない。それは一瞬の死を避けただけだ。…ライフストリームを魔晄として使い続ければ確実に、星は弱って行くんだ。今…俺たちが生きている間、星が持てばそれでいいとでも?」
「…。」
「わかっているなら…どうして…。」
「そんな話はもういい。」
 吐き捨てるように言い、クラウドに背を向ける。
「ルー…、…。」
 言葉は風に、消えた。

 サイドテーブルに置かれた飾り気のないデジタルの時計。あわいグリーンの文字に幾度目かクラウドの視線がおよいだ。
「!」
 腹立ち紛れに爪を立てる。クッ、と息を飲みクラウドは目を閉じた。
「…チッ。」
 馬鹿馬鹿しくなって体を離した。まるで一人相撲。いつまでたっても満たされない。道化のようだった。催淫剤でも使ってやればもっと本気になるかと、これまた浅ましい考えが頭の隅にチラついたりする。だがその場でどんなに乱れようが、我に返ればいつもの醒めた目でルーファウスを見るに違いない。
「…終わりか?」
 挑発。
「終わりだ!」
 プライドも何もあったものではない。クラウドを突き放すようにベッドから飛び降りる。バスルームへ行きかけたルーファウスの横目に、まだ明るい窓の外へと目をやるクラウドが映った。
 強いシャワーの水流が礫のように打つ。身体から立ち上る苛立ちの熱を洗い流すには冷たい水が必要だった。その後には苦い敗北感が残る。
 例えば憎悪でもいい、クラウドの目を向けさせることができるなら。ティファや生まれたばかりの子供たちを目の前で殺しでもすれば、クラウドの心を自分に縛ることができるのか…?大体、何だってそんなものを自分は求めるのだろう。力ずくで従わせる以上に何を彼から欲しがっているのだろう。
 まさか、この自分が振り回される側にまわろうとは思ってもみなかった。気のない相手の反応に一喜一憂するような羽目に陥ろうとは。手の中にある体温の確かさが、切なく思えてしまうとは。

 窓枠に座り窓ガラスに体を預けて、クラウドはビルの外、空を眺めていた。無造作に羽織ったバスローブの裾から痩せた足が露になっている。気付いたクラウドが振り返ったが、わざとらしく顔を背けてテーブルの上のデキャンタから乱暴にワインを注いだ。
 高価なワインを水のようにがぶ飲みにして、自棄気味な息を吐く。
「ルーファウス…。」
 二杯目を注ぎ、クラウドとは一つおいた窓に向かって歩き出した。クラウドの目がルーファウスを追っている。
「ルーファウス…。」
 クラウドの声音にいつになく切羽詰まった気配を聞き取り、立ち止まった。
「…伏せろ!!」
 反射的に身構えたのと、目の前に閃光が走ったのとはほぼ同時だった。間近の爆発音と、ガラスの砕ける甲高い音が鼓膜を直撃する。ルーファウスの体は爆風で押し戻され絨毯の上をごろごろと転がった。
「なん…」
 顔を上げると髪から強化ガラスのビーズのような破片がポロポロと落ちた。みるとぽっかりと目の前に空が広がっている。
「何だ…?!」
 空を背景にそこに立っている。ひしゃげた窓枠に手をかけ、強風に攫われそうな虚空の縁にクラウドは立っている。
「…!」
 地上を見下ろし、また躊躇うようにルーファウスを見る。
 死を望む…? いや、違う。

 どこかで二度、腹に響く低い爆発音がした。びりびりと壊れた窓が振動している。差し伸べた手を下ろし、クラウドの身体は窓の外へ舞った。
 轟音と共に、窓の至近を銀色の機体がかすめ去って行く。赤い塗料で書きなぐられた、
”Highwind II”。
 遠くで、けたたましく警報が鳴り響いていた。



う…。舌噛み/飛び降り/車椅子、が書きたかったんですぅ…。
ホントは二人して死んでもらおうか(心中)…と思ったんですが。死なへんかったなー。…。

…では。
魔晄炉ダイヴ、決行。(足にゴム結んでたりして(^^;。びよ〜〜んっとナ。)


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