共に旅をしてきた仲間が、一人減った。
同じ時間を共有した人間が突然にいなくなるのは、寂しくて悲しい。ましてその命の灯は、他の誰かの手で無惨にも消されたのだ。
私は他の皆よりも面識が浅かったし、あまり会話を交わした記憶もない。
ただ、優しい目をした女性だったという事は確かだ。
そしてクラウドに恋心を抱いていたらしい事も。
思えば、クラウドが私を永い永い眠りから解き放った時にも、彼女はその横に立っていた。
深い森の色の双眸が綺麗だった。
白百合のような女性だとも思った。儚い印象の容姿とは裏腹に、芯のしっかりした華。
かつて私が愛した……過去形で言うのは忍びないが……あの人と何処か通じるものを感じたのかもしれない。
昔、私は贖罪と称して悪夢の底に身を隠した。
…クラウド。
お前はどうする?
「エアリスは星に帰ったんだよな」
クラウドが独り言のように呟いた。実際、独り言だったのかもしれない。しかし私はそれに応じた。
「ライフストリーム、か」
隣で金髪の主は頷いてみせる。
寄り掛かった窓枠の外に何気なく目をやると、漆黒の空には数多の星が見て取れた。
本当は、宿に着いたらすぐ寝ようと思っていた。
未だ精神的に不安定な面を引きずっているクラウドを目にするのは私も辛かったし、皆が彼をそっとしておこうと気を使っているのが痛いほど分かったからだ。
エアリスの最期を一番間近で看取ったのは彼だった。
だが思惑に反し、クラウドの方から私の部屋を訪ねてきたのが十五分くらい前か。部屋に来たは良いが無言のままの彼に対して、私も沈黙を守り続けた。
それから十数分経ち、彼が開口一番に言ったのが、さっきの独り言のような科白というわけだ。
「星のエネルギーになって、何処かでまた生まれ変わるよな、きっと」
「あぁ、だろうな」
クラウドの真摯な目が、ふと曇る。
「だけどエアリスは二度と帰ってこない」
全く同じ人間は生まれない、と彼は呟いた。
容姿も言動も全く同じ人間というのは、確かに二度と生まれてこないのだろう。だから人は出会いを大切にする。見知らぬ人とすれ違う事さえ、この星の上では奇跡に近い偶然だ。
「俺はセフィロスを憎んでいる。倒そうと思う。でも時々、それは嫌だと叫びたくなるんだ」
少し間を置き、クラウドは淡々と語った。感情を抑えて声が、かえって内面の激情を表している気がした。
…彼の中で、セフィロスはどういう位置にいるのか。
憎むべき敵でしかないのか、それとも…。
それとも、未だ『英雄』か。彼の変貌を、何処かで否定していたいのか。
…クラウド、お前は私に何を望んでいる?何故この部屋を訪ねてきた?
慰めの言葉が欲しいのか。
セフィロスを殺す為の後押しが欲しいのか。
彼がこちらに向き直る。エアリスの瞳が森なら、クラウドは蒼穹。澄んだ空の色。
「俺はどうすれば良いんだろう。だんだん分からなくなってきた。考えると頭痛がするよ」
寂しげに彼は微笑んで見せた。
「…セフィロスは本当に、変わってしまったんだよな。もう俺の知っている英雄じゃない。そうだろ?」
私はその問いに答える権利を持っていない。
この世の万物は、年月と共に形を変えるものだ。しかしクラウド、知っているか?
形は変わっても本質を失わないものは、確実に有る。
例え容姿が違っても、言葉遣いが違っても、いつか生まれ変わるエアリスの本質はエアリスでしかない。セフィロスがどれだけ変わっても、やはりその本質はクラウドの憧れた『英雄セフィロス』なのだ。
そして、だからこそ。奴を本当に止められるのはクラウドだけだ。
…『セフィロス』はきっと、自分を慕う誰かによって休息を与えられる日を待っているのだから。
「ヴィンセント」
ふいに名前を呼ばれた。
驚くほど近くに、クラウドの蒼い双眸があった。
躊躇いもなく、ほんの一瞬だけ、軽く唇は重なった。
「お前は死ぬなよ、ヴィンセント」
それだけ言い残すと、彼は踵を返して扉の向こうへと消える。
それを見送った後、おもむろにベッドに横になった私は、あれだけ色々な事を考えていながら優しい言葉は何一つ言えなかった自分に気付く。
抱きしめてやれば良かったかどうか考えつつ、私は眠りへと誘われていった。
クラウド。
お前の為になら、私は何にでもなろう。
例えそれが、あの人の息子を死の淵に追いやる事になろうとも。
【終】
お目汚しでした。すいません。書きながら、自分でもだんだん訳分かんなくなってきました。
怒られないうちに逃亡します(泣)
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