しほ先生の第15弾

投稿者 しほ 日時 1997 年 8 月 07 日 18:32:13:


 久しぶりの投稿なんですが…うわぁ、むっちゃ暗い…
 本人は精神的ザックス×クラウドのつもりなんですが、そんなこと言ったらほのぼのザックラファンの人達に殺されそうです。ずーんと暗くなりたい方だけどうぞ。辛いです…(だったら載せんなよ…汗)。
 ふと疑問。ミッドガルに雨は降るのか???



 湿った空気にふと空を見上げると、どんよりとした雲が、視界一面を覆い尽くそうとしていた。雨になりそうだ。そう思い、クラウドは何気なく歩みを止めた。
 この街に来て、もうどれくらいの時が過ぎただろう。薄汚れた壁に凭れ、彼は今にも泣き出しそうな空を仰ぐ。
 遥か彼方には黒々とそびえ立つプレート。この退廃した街は、空の上にもう一つの街を持っている。ここに住む者は、上の世界に行くことは許されてはいないのだ。絶望が支配するスラム街。しかし、彼はここが嫌いではなかった。
 気がつくと彼はここにいた。いつからなのか、どこから来たのか、はっきりとは思い出せない。だが、クラウドはここに存在している。この街こそが、彼のいるべき場所なのだ。
 彼はかつて上の世界にいた。神羅のソルジャーの肩書きを捨てて、今は何でも屋をやっている。仕事は様々だ。だが、信じられるものは自分の力だけという今の生活は、結構気に入っている。神羅の頃は組織の歯車のひとつに過ぎなかった。けれど今は、自分は確かに生きていると実感できる。
 トレードマークのバスターソードを背負い直し、その場を離れようとしたクラウドの肩を、強い力で掴む者がいた。クラウドは咄嗟に、その厚顔な人物の顔をきつい目で睨みつけた。
「やっぱりそうだ。久しぶりだなぁ」
「…誰だ」
 馴れ馴れしく声をかけてくる男の顔に、見覚えはない。長身の若い男だった。少し固い黒髪を、肩よりほんの少し長く伸ばしている。
「俺のこと、忘れちまったのかよ。冷たいな」
 男は破顔した。人懐こい笑顔が、記憶の奥底の断片に触れる。
 誰かに似ている。────けれど、誰に?
「ま、あんたにとっちゃ俺なんて、数ある客のうちの一人に過ぎないんだろうけどな」
「……」
 クラウドは不機嫌を露にして男を見上げた。彼の言葉の意味が理解できなかった。肩にかけられていた筈の手がいつの間にか顎を滑り、頬に達しようとしている。クラウドはその手を乱暴に払った。
「悪いが、誰かと間違えてるんじゃないのか? 俺はあんたなんて知らない」
「…おいおい、冗談はよせよ」
 男は真顔になり、クラウドの顔を確かめるように覗き込んだ。そうして、穴が開くのではないかと思う位彼をじっと見つめ、やはり間違いではないと確信したらしい。
「俺は覚えてるぜ。そんな物騒なモノを背負った美人なんて、滅多にいないからな」
「冗談を言ってるのはそっちだろう。俺は…」
「500ギルも出したんだ。泣いてしがみついて来たのはあんたの方だぜ」
「───っ!」
 ようやくクラウドは、男の言葉が何を意味しているのかを理解した。と同時に、かっと頬に血が上る。
 確かに、そんなことを商売にしていない事もない。けれどそれは、喰って行くための最終手段だ。滅多にこの体を安売りはしない。まして、この男をクラウドは知らないのだ。
 本当に、知らないのか?
 心に沸き上がる自問に、クラウドは愕然とした。
 記憶が曖昧な時がある。何をしていたのか、どこにいたのか、思い出せない事がある。自分が何者なのか、わからなくなることがある……
 この男は本当に、クラウド自身が知らないクラウドを知っているのか?
「そう睨むなよ。金が欲しいなら、改めて500で買ってやるぜ。どうだい?」
 一瞬の逡巡の後、クラウドはゆっくりと顔を上げ、男の顔を真正面から見つめた。金額はどうでもよかった。ただ、彼の言う事が事実かどうか、確かめたかった。
 挑むような瞳を肯定と受け取って、男は唇に笑みを乗せた。


 部屋に入ると同時に、男の腕がクラウドを抱きすくめた。物騒な凶器を壁にもたせかけ、抵抗のないのをいいことに、乱暴にクラウドの衣服を剥いでいく。外され投げ出された肩当てや腕輪が、耳障りな金属音を立てた。
 シャツだけを身につけた格好でベッドに放り出され、シーツの冷たさに身をすくませた。けれどすぐに、のしかかる男の体温が、クラウドの肌に熱を与える。
 口づけは最初から深く激しかった。項を手でしっかりと支えられ、逃げる事ができない。もとより逃げるつもりはないが、応えるつもりもなかった。それでも瞳は潤み、上気した頬が、ほんのりと桜色に染まってゆく。
「…その顔、そそるな」
 男は満足気に微笑した。整った顔が次第に乱れていく様が、ひどく欲情をあおり立てることを、クラウド自身は知らない。
 体は少しずつ内側からの炎を感じ始めている。けれど、クラウドの心は冷えたままだ。
「俺は、何か言ってたか?」
「なに?」
 この場にふさわしくない問いかけに、男は一瞬鼻白んだ。
「前に、あんたと会った時に…」
 まだ信じている訳ではない。だが、聞いておきたかった。それが真実なら───なぜ自分は覚えていないのだろう?
 男の手が、クラウドの肌をゆっくりとなぞる。目を細め、口元を歪めながら、男は吐息とともに言葉を吐き出した。
「…ザック、とか何とか言ってたぜ。誰かの名前じゃないのか? 俺もうろ覚えだけどな」
 そんな名前は、知らない。そんな言葉の響きは知らない。
 知らない───
「お、おい? どうした?」
 視界が歪んだ。それが涙のせいだと知るのに、数瞬を要した。
 なぜ涙が出るのか、何のための涙なのか、クラウドにはわからない。けれど、透明な雫は止めどなく溢れ、頬に跡を残しながら白いシーツに吸い込まれてゆく。クラウドは、ぼんやりと霞む視界の中で、男が滑稽なくらい慌てふためく様を見つめていた。
「まいったな…また泣かしちまった」
 男の手が優しく頬に触れ、涙をすくう。そして彼はゆっくりとクラウドに体を重ね、軽く触れるキスで嗚咽を吸い取った。
 クラウドの中で何かが弾け、彼は男の背に自ら腕を回して強く縋りついた。
「ん…」
 首筋を舌先が滑り、胸の突起に辿り着く。執拗なくらいそこを吸い、片方を指先で弄ぶ。色づいた蕾をそっと歯で挟まれ、クラウドは声を上げて、喉を仰け反らせた。
「…っふ…あぁ…」
 男の背に爪を立て、クラウドは喘ぎ続ける。視線はしかし男を捕らえてはいない。しがみつく腕は、まるで助けを求めているようで。男の眉が微かにひそめられる。
「ああっ…や…っ…!」
 激しさを増す愛撫に翻弄され、クラウドの赤い唇から悲鳴が漏れる。体が溶けそうな位に熱い。白い肌に、紅い跡が、刻印のように散ってゆく。
 ───あいつも、こんな風に跡を残したがったっけ…
 突然思い出されるようにして襲いかかった言葉に、クラウドは困惑する。
 誰のことを言っている? 誰が、そうしたがっていたって?
「…どうした? なんか、思い出したのか?」
 耳元で囁かれる声に、必死で首を横に振る。
 思い出したんじゃない。知らないものを、どうしたら思い出せるというんだろう。思い出なんかじゃない───元々知らないんだ!!
「お前の恋人だかなんだか知らないけど…俺、そんなに似てるのか…?」
 黒い髪、藍色の瞳、少し浅黒い健康的な肌。まともに見ることができなくて、クラウドは目を閉じた。見てしまうと、自分が壊れてしまいそうで。何故かはわからないけれど、認めてしまうのが怖かった。
「忘れちまえよ、全部」
 クラウドをきつく抱きしめ、深く貫きながら、男が呟いた。それに応えるように、快楽と追いつめられる恐怖の中で、クラウドは絶叫しながら、自分を犯す男とともに己の精を解き放った。


 気怠い体を横たえるクラウドの上を、男の吐き出す紫煙が漂う。共に果てた後、男はクラウドを抱き寄せようとしたが、彼は頑なに男の腕を拒絶した。
 背中に感じる視線が痛い。長い指がクラウドの金色の髪を梳く。その微かな触れ合いにさえ怯え、クラウドの細い肩が震えた。
「…辛い事、あったんだな…」
 ため息混じりの男の言葉を、聞こえないふりをして流した。
 胸が軋んだ。その痛みを認めると、また目の奥が熱くなる。その理由もわからないまま、自分が自分でなくなってしまいそうなそんな予感に、背筋を冷たいものが駆け抜けた。
「何があったか知らないけどさ…忘れた方がいいぜ、きっと」
 男はクラウドの頭を自分の胸に引き寄せた。厚い胸板を通して、彼の鼓動が、生きている証が聞こえる。
 クラウドはゆっくりと上体を起こした。白い顔が、男を振り返る。まるで幽鬼のようなその表情に、男はぎくりと目を見張った。
「シャワー…浴びたい」
「あ、ああ…そこ、場所わかるだろ? 初めてじゃないもんな」
 するりとベッドから降りるクラウドを、男の視線が追った。生気の抜けたような彼から、目を離せないでいるようだ。
「なに?」
「い、いや、なんでも…」
 男は慌てて視線を外し、クラウドに背を向けた。
 この少年は、いったい何者なんだろう。確かに以前、同じように出会い、同じように抱いた。けれど、今の彼はまるで別人だ。いや、街で声をかけた時と、この部屋に入った時、そして情事の後、全てが別の人格のように独立している。そんなことが、ありうるのだろうか。
 ふと、気配を感じた。それは気配というより、ひとつの気だった。即ち───
「おい…なんの真似だよ…」
 男の声が震えた。完全な無の表情が、彼の目の前にあった。素肌を曝した少年が、その体に余りある巨大な剣を手に持ち、立ちつくしていた。
 殺気。
「よ…よせ…やめろぉっ!!」
 男の見開いた藍色の目が、深い青の、魔晄の瞳を映した。そしてそれが、彼のこの世で見た最後の光景となった。


 雨が降り注いでいる。
 クラウドはゆっくりと空を仰いだ。頬を彩る赤と、手に持つ剣の刃に散ったぬめりを、激しい雨が洗い流してゆく。
 いつだったか、こんな雨の中で、冷たくなっていく血まみれの男の体を抱きしめていたような気がする。黒い髪の、藍色の目の───それは、誰だったのだろうか。
 その存在を認めてしまうと、自分の、自分自身の存在そのものが足元から崩れていってしまうような気がした。だから、彼は存在してはいけないのだ。この世のどこにも彼はいてはいけない。無論、自分の中にも。
 自分がここに在るために、彼は在ってはならない。だからこの手で葬った。いや、もともと存在しなかったのだ。彼はどこにもいない。いる筈がない。
「忘れろって言ったのは…あんただ…」
 クラウドの小さな呟きは、降りしきる雨の音に溶けこんで消えた。



 どうです、暗い気分に浸っていただけましたか?(←オイオイ・汗)
 クラウドを人殺し前科者にし、なおかつクラウドの手で、彼の中のザックスを完全に葬ってしまいました。ひでぇ…鬼だよしほ……でもザックス好きなんだよ、ホントに。
 それにしても可哀想なのは、何の罪もないオリキャラのザックスもどき君。でもまあ、彼もイイ思いしたことだし、喜んでるでしょう(T^T)。
 はっ、ザックスファンが群をなして追いかけてくる…逃げます、さらばっ!!


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