救いようのないザックラ続編です。いやー、まさか続くとは……葉月さんの一言がなかったら、あれで終わりの筈でした。という訳で、この話は葉月さんに捧げます。…って言っても、葉月さん今いないんだったっけ…(泣)。でも載せる(←鬼!)。
「サンプルの様子はどうだ?」
低く軋む声に、若い助手は振り返り、ぴんと背筋を伸ばした。まだ神羅に入社したてのその男は、少し緊張した面もちで、上司である科学者に告げた。
「はい。−−コードCは相変わらず意識が混濁したままです。コードZも変わらず、ジェノバに対する反応は見受けられません。ただ…」
「ただ、何だ」
言い淀んだ助手に、容赦ない宝条の声が飛ぶ。
「はい…Zの方ですが、Cを抱いたまま、離そうとしないのです。何度か引き離そうとしたのですが、狂ったように暴れ出しまして…」
「ほぅ」
宝条は、興味をそそられたように頷いた。そして、サンプルが収容されている部屋のドアをちらりと盗み見る。
「それは、ZがCの中のジェノバに反応している、という事か?」
「私もそう思ったのですが…どうも違う様です。Zは、Cそのものに執着していると言った方がいいかもしれません」
「ふむ…」
宝条はドアの前に立つと、丸くくり抜かれたガラス窓から、中の様子を窺った。助手の言う通り、小さな固いベッドに腰掛けた元ソルジャーのコードZが、コードCを腕に抱いている姿が目に映る。
ZとC。本当の名は何と言ったか。もはや、宝条には思い出せない。
「まあ良い、好きにさせておけ。ミッドガルに着いたらまた実験を始める。それまで、データ採取を怠るな」
宝条は、助手に言い捨ててその場を後にした。
既に、宝条の心は、この2体のサンプルから離れていた。あれらは失敗作だ。今回、ジェノバをニブルヘイムからミッドガルへ移す際、ついでに連れて来たに過ぎない。どうせあいつらは、これから実験を重ねたとしても、良い結果を得られる事はないだろう。
宝条は苦々しい顔で舌打ちし、運搬船の冷たい廊下をひた歩いた。
この日をどんなに待ち焦がれた事だろう。暗い室内で、ザックスはクラウドを抱く腕に強く力を込めた。
ニブルヘイムの魔晄炉で意識を失い、気がつくと彼は、生暖かい培養液に浸され、巨大なガラスの容器の中に浮かんでいた。死んだと思っていた自分が生きている事に驚き、そして自分の置かれている状況に二度驚いた。彼は、神羅の宝条の実験サンプルとして生かされていたのだった。−−クラウドと共に。
以来、逃げる事だけを考え、生き続けてきた。宝条に、実験という名目で、何をされたかは解らない。けれど、それはどうでも良い事だった。自分は生きている。クラウドと一緒に。それだけが、彼の支えだった。
チャンスは、思いがけなくやって来た。
不意に神羅の兵と科学者達が踏み込んで来たと思うと、彼らは容器から出され、どこへ行くともわからない装甲車に乗せられた。そして、妙に暑くて陽気な街で船に乗り換え、今は海を渡っている。
この船が陸に着いた時が勝負だ。
ザックスは、クラウドを見つめた。クラウドはぐったりとザックスにもたれかかり、視線を泳がせている。ザックスは唇をかみ、再び彼をかき抱いた。
神羅が行った実験の意味はわからない。が、クラウドと自分は、同じ実験を施された筈だ。それなのに、クラウドだけが何故こうなってしまったのだろう。
クラウドは完全に己を失っていた。ザックスを見ても、何の反応も示さなかった。外界の全てのものに心を閉ざしてしまったかのように無表情なクラウドは、まるで人形のように見えた。
「クラウド」
名を、呼んでみる。クラウドはやはり視線を空に浮かせたまま、じっとザックスに身を任せている。
笑うことも、泣くことも忘れてしまった、哀れな実験材料。
それでも構わない、とザックスは思った。もう離さない。どうなろうと、お前はお前だ。逃げて、生き延びよう、ふたりで。
ザックスは、クラウドの変わらず細いままの腕を、泣きたい思いで握りしめた。
「−−脱走だ!!」
響きわたる叫びに、兵士の間に緊張が走る。緊急事態を告げるブザーが、耳障りに空気を奮わせる。
若い助手が、おろおろした様子で宝条を振り返った。
「は、博士! あのサンプルたちです! どうしますか?」
「殺せ」
「は?」
助手は、一瞬、凍り付いたように動けなかった。宝条の言葉の意味を理解することを、感情が拒否していた。
「今、何と…?」
「殺せ、と言ったのだ。どうせ失敗作だ。代わりなどいくらでもいる」
「し、しかし…」
宝条は業を煮やし、助手に冷たい一瞥をくれると、手近にいた兵士に同じ言葉を告げた。そして再び助手に向き直り、軽蔑したように言い放った。
「サンプルに感情移入するなど、科学者としてあるまじき事だ。違うかね?」
眼鏡の奥の、蛇のごとき目をまともに見れず、若い助手は唇をかみ、視線を外した。
廃人に等しいクラウドを連れての逃避行は、決して楽なものではなかったが、ザックスはやっとの事で、懐かしい街へとたどり着いた。
魔晄都市ミッドガル。ザックスとクラウド、そしてセフィロスが、5年前旅立った街だ。
ミッドガルに舞い戻ること自体が自殺行為かもしれなかったが、ここ以外に行く所はない。神羅ビルに近づくのは危険だが、スラムに紛れ込んでしまえば何とか逃げ切れると、ザックスは考えていた。
スラム街は退廃し、絶望した人々で溢れかえっている。その中で、ザックスとクラウドに注意を払う者など誰一人いなかった。
ザックスはクラウドを支えながらスラムを歩き回り、ようやく体を休ませられそうな、荒れ果てた廃墟を見つけた。これからどうなるかはわからない。けれど、当面の拠点にはなりそうだ。
埃の積もったベッドにクラウドの体を降ろす。クラウドは、今まで何があったのか、そして今どこにいるのかすらわからないのだろう、放心したようにただザックスを見上げるばかりだった。
ザックスは、そんなクラウドの様子を見て、深い吐息をついた。
どうしてこんな事になったのだろう。
5年前もそう思った。あの時は思うだけだった。けれど、今は途方に暮れている。どうしたらクラウドを元に戻せるのだろう。どうしたら、クラウドを笑わせることができるのだろうか。
「クラウド…」
耐えきれず声に出し、そしてそっとくちづけた。クラウドの唇は、柔らかく温かかった。
5年前のあの時から、ザックスの気持ちは変わっていない。どんなにクラウドに触れたいと思っていたか。近くにいながら顔も見れず、指一本すら触れられなかったあのニブルヘイムでの5年間は、地獄に等しかった。
ザックスはクラウドの体を倒し、雪のように白い肌に手を這わせた。喉元に唇を押しつけ、強く吸う。以前のクラウドは跡をつけられることをひどく嫌がったが、今はただ従順に、ザックスに従うだけだった。
やりきれない思いで、ザックスはクラウドを抱いた。今この腕の中にいるのがクラウドであることを確かめるように、優しく体を重ねていく。まるで壊れ物を扱うようなその愛撫は、およそ彼らしくなく、ザックスはふと自嘲した。
「…ぁ……」
微かな声に、ザックスははっとして顔を上げた。
確かにクラウドの声だった。忘れる筈がない、あの甘い声。
クラウドに、わずかながら表情が戻っていた。ほんのりと頬を上気させ、潤んだ瞳が、ザックスを見ていた。
もっと聞きたい。その一心で、ザックスは夢中でクラウドを愛した。まだ覚えているクラウドの感じる部分を、的確に攻めていく。その度にクラウドは、小さく喘ぎ続けた。
「あ…ん、はぁ…っ…」
クラウドの反応が、段々と激しくなる。金の髪を振り乱し、今まで全く力の入らなかった腕が、しっかりとザックスの背に回された。それに触発されるように、ザックスの愛撫も次第に熱を帯びてくる。
ふと、クラウドは誰に抱かれているのだろうと思った。
視線は空をさまよったままだ。彼は、誰を、何を見ているのだろうか。肩越しの視線を恨めしく思い、ザックスは行為に没頭することで、それを振り切ろうとした。
「ああっ…!」
高い声を上げ、クラウドはザックスに強くしがみつく。体の中に侵入した異物の熱さに耐えかねてか、必死で首を振る。
「…っ……ス…」
クラウドは誰を呼んだのか。
「クラウド…もう一回、言ってくれよ…」
ザックスの切願も虚しく、クラウドの唇は、二度とその名を呼ぶためには開かれなかった。代わりに洩れる、言葉にならない声を、ザックスは口づけで吸い取った。
高みに上り詰めた後、がくりとくずおれた細い体を抱きとめ、ザックスはクラウドの最後の言葉を何度も反芻した。
クラウドは、ほんの少しだけ、微笑むようになった。それが意志の力なのか、それとも赤ん坊の笑みのように意味をなさないものなのか、ザックスにはわからなかったが、それだけでも随分と救われた気分になった。きっと、クラウドは元に戻る。そう信じられる。
何もかも、これからだ。−−そう思った矢先。好機がそうであったように、破滅もまた突然にやって来た。
銃声が轟いた。ザックスの体が宙に舞い、冷たい床にたたきつけられる。
ザックスは、己の体から流れ出る赤い液体を、信じられない面もちで見つめた。これは、夢だ。5年前の夢の続き。醒めることのない、永遠の悪夢−−
目の前で何が起こったのか。クラウドは茫然とそれらの出来事を見つめるだけだった。
血溜まりの赤。横たわる男の髪の黒。床の白。投げ出された剣の刃の銀。……
「さあ来い、もう逃げられんぞ!」
不意に腕を捕まれ、乱暴にベッドから引きずり降ろされた。見下ろす男達の、マスクの下の目が、不気味に笑っている。
「それは、違いますよ。Cではありません」
凛とした声に、兵士達は驚きを隠せない様子で振り返った。
「…し、しかし、Zと一緒に…」
「コードCの身体的特徴は、私がよく知っています。それはCじゃない。一般人が紛れ込んだのでしょう。放っておきなさい」
「……」
納得しきれない表情で、それでも兵士達は、クラウドの腕を放した。クラウドはぺたりと床に座り込み、視線はザックスに据えたままだ。
「Zの事は済まなかった。君だけは…逃げ延びてくれ。C−−いや、クラウド」
若い助手は、兵士に聞こえないようにクラウドの耳元で囁くと、神羅兵とともに、廃墟を後にした。
クラウドは、黒髪の男をじっと見つめた。
この男は、誰だろう。どうしてこんな所にいるんだろう。どうして、動かないんだろう。−−わからない。けれど、彼を見ていると、胸の奥がひどくと痛む。どうしてだろう、彼が何者なのかすらわからないのに。
……俺は?
俺は、誰?
さっきの白衣の男は、俺を「クラウド」と呼んだ。なら、それが俺の名前だ。たぶん…いや、絶対に。
クラウドはゆっくりと、倒れている男に近寄った。彼の近くに落ちている、銀の大剣を、おずおずと手に取る。そして、光る剣の刃に映る己の姿を、喰い入るように見据えた。
深い、青い瞳。−−これは、ソルジャーの目の色だ。選ばれ、魔晄を浴びた者だけが得ることのできる瞳。この色の目を持つ、俺は…
−−オレハ、ソルジャーナンダ……−−
ザックス一人不幸(号泣)。
いい奴なのに…こんなにザックスを不幸にして楽しいのか、私!! 許してザックス、本当は好きなんだってば! 信じて!(←すでに説得力なし)
ああ…しのぶさんが素晴らしいザックラを書いてくれていたのに、それをぶち壊すような事を……今度こそヒンシュク買いそうなので、私もコードCとともに逃亡します。エスケプっ!!
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