瀬尾先生の第34弾

「それで・・・なんの御用ですか。これから予定がありますから、端的にお願いします。」
不機嫌さを隠そうともせず、ルーファウスは言った。ここは学園内に点在する教科担任室の一つ。前には政経教師のツォンがいた。
「まぁ・・椅子にかけなさい。」
ツォンは弱く微笑みを作ると、自分の隣の椅子を指差した。余分な修飾語が付くほどに実直な彼は、生徒相手にでもいつも穏やかに話す。しかし譲れない一線は死守する。そんな昔気質な性格に、密かに好意を抱いている生徒達も多かった。

「時間がないので、このままで結構です。」
しかしルーファウスはきっぱりと言って捨て、座る気配はない。ツォンの口から溜め息が漏れた。諦めたように首を振って、話を始める。
「では本題に入りますが・・・君は一度たりとて、私の授業に出てきませんね・・」
事実、ツォンの担当する授業にはルーファウスは最初から一度も出たことがなかった。しかしどこから情報を仕入れるのか、定期テストにはきちんと出てトップの成績を奪っていく。いつかその理由をきかなければと思いながらも、彼はなんとなくルーファウスが苦手だった。
「君がテストで良い成績を収めているのはいいことですが、授業には出ていただかないと・・ね・・・」
恐る恐る聞くツォンの様子に、ルーファウスはあからさまに冷笑を浮かべた。それまでおざなりにも一応は作っていた敬意を現わす表情が消える。
「それはつまらないからです。実際、先生よりは僕のほうが政治や経営には向いていると思いますよ。」
正論だった。確かにルーファウスにはツォンが求めても得られないカリスマ性と、人を引き付けてやまない魅力がある。だが教師として、ここで怯むわけにはいかなかった。
「学問と実践は違うんですよ。ルーファウス君。」
「学問の究極目標は実践することでしょう。御用はそれだけなら僕は帰ります。ご機嫌よう。」
「待ちなさいっ!」
くるりと奇麗に体を回転させ、出口のほうへ向かうルーファウスの腕をツォンは思わずつかんでいた。
長く黒い髪がそれに合わせて波打った。
「あ・・すまない・・・」
ルーファウスの奇麗に切れ上がった眼が驚いた様子で自分を見上げているのに気付き、慌てて手を緩める。仕立てのよいシャツに何本かの皺が残った。
「あの・・その・・・」
痛そうに腕をさするルーファウスを前に、言葉にならない声がツォンの口から流れ続けた。いつもポーカーフェイスな政経教師の見せる失態に、ルーファウスは残酷な笑みを浮かべた。
「・・なんだ、そういうことか・・・」
堅い靴音が床に響く。
「?」
「・・僕が欲しいのなら、最初からはっきりそう言えばよかったのに・・・」
ルーファウスの眼に怪しい光が灯り、腕がツォンの首に回された。その手に、くい、と力が入ってツォンの顔を引き寄せる。甘い息が頬に触れる。
「ルーファウス君?!」
「・・取り引き、しましょうか・・・・構いませんよ・・僕は・・」
近付いてきた唇がツォンに触れた。柔らかな舌の動きに思わず薄く開けた口から、硝子の薄片のようなものが差し込まれた。
「?!」
口を閉じた拍子に薄片が脆く崩れ、口中に薄荷の香りが広がった。
「あ・・・」
ルーファウスの体がするりと逃れた。ツォンの腕が思わずそれを追う。
「・・・あれ・・キャンディ、どこいっちゃったんでしょうね・・」
妖艶に含み笑いながら自分のシャツの胸元を捜しているが、眼の端には呆然と立ったままのツォンを捕えて離さない。
「まぁ、いいか・・・じゃ、僕はこれで・・・」
魔性、という言葉がよく似合う流し目を残してルーファウスは去っていった。彼は勝負に勝った。哀れな政経教師はもはや彼の虜である。これでまた一人、絶対服従の手駒が増える。
愉快そうに笑いながら、ルーファウスは自分の唇にそっと指をあてた。



・・・だからなんなんだ・・・て感じです。
後で気がついたけど、これ、リーブ先生でもよかったかなと・・・笑


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