瀬尾先生の第22弾

人が書いていない分野を書くというのは、結構楽しいものです。が・・ここまでくると・・・妄想の産物です(苦笑)
微生物学実験してる時にプロットができちゃいました。
もっとも、せのおはあまり優秀な生徒ではないので、この中の実験の手法及び説明にはものすごくいい加減な表現が多々あります。だから、信じないで下さい(笑)


ここはミッドガル市内の総合大学構内。その広い廊下を固い靴音をたてながら足早に進む細身の青年の姿があった。
彼の名は宝条。専攻は生物学だが、その切れものぶりと人嫌いは、良きにつけ悪しきにつけ他の学科内にもなり響いていた。

朝はまだ早い。講義が始まるまでにもまだしばらく時間がある。しかしそれまでに、昨日植え付けた組織の様子を見ておきたかった。

「やぁ。」
実験室に入った宝条に声がかかった。どうも一番乗りではなかったらしい。声のしたほうを見ると、栗色の髪の青年が、両腕にいっぱいのガラス器具を抱えて微笑んでいた。
「ガスト・・・来ていたのか・・」
「おはよう。宝条くん。」
丸い眼鏡の下から人懐っこい笑顔が見えた。
くたくたの白衣には赤、紫、青などの色々な染料の染みが付いている。本人に言わせると石炭酸ゲンチアナバイオレットとシフ試薬の紫はそれなりに違うらしいが、はっきりいって混じってしまえば同じである。
ついでに補足説明しておくならば、この二人はなぜか同じ実験グループに入れられていた。学生実験は通常二、三人程度の小規模なグループで行なわれる。が、これは妙なな組合せだった。徹底的に人懐っこいガストと、徹底的に人間嫌いの宝条。これは密かに実験室七不思議の八つめだと陰では噂されていた。

「・・早いな・・何をしているんだ?」
糊の利いた、青い程に真っ白な白衣を着込みながら宝条は聞いた。ぶっきらぼうな質問だったが、彼にしてみればこれで精一杯の進化と譲歩なのである。
そんな様子を気にもせず、ガストは朗らかに返事をする。
「えーと、ですね、カルス誘導用の培地です。思ってたより脱分化早くて、そろそろ造り替えてあげないといけない時期ですからねー。昨日の夜から気になってて。」
かちゃかちゃと音をたてながら、何種類かの材料を薬包紙に計る。
「そんなもの、明日でもいいだろう。」
「でも、なんだか可哀想じゃないですか。子供を育てるってきっとこんな気分なんですよ。ちょっと楽しみかも。」
「子供なんてうるさいだけだ。」
きっぱりと答えながら、シャーレを取り出す。順調に育っている。その様子に宝条は満足を覚えた。
「可愛いじゃないですか。」
「子供などいらない。」
組織を少し採り、顕微鏡で覗きながら宝条はそっけなくいった。ただでさえ人間嫌いな彼は、自分が子供と暮らすなどとは考えたくもなかった。
「そうですか?僕は欲しいですよ。そうして、奥さんと仲良く暮らすんです。あ、ビデオなんか撮りたいなぁ。」
「そうしてそれを友人に見せて回るんだろう。いい迷惑だ。」
「そうですかぁ?」
のほほんと夢を甘い見ている。宝条は無視することに決めた。
「ところで。培地がふきこぼれてるぞ。」
加熱用のサンドバスの上に、三角フラスコからもうもうと泡が溢れ出している。
「え?、うわぁっ、あーあああっ。あちち、ちちっ。」
慌ててガスバーナーを止める。それでもなんとか全滅は免れた。が、軍手をはめた手に培地が染み込んだらしく、手をぶんぶんと振り回している。
この出来上がった培地を、漏斗を使って試験管に分注していく。これに栓をして滅菌すれば培地が完成という訳だ。
「・・・火傷したのか?」
「あう・・・」
涙眼でうなずいた。宝条は溜め息をつく。まったく賑やかというか忙しいというべきか。
「・・・・何か冷やすものをとってきてやる・・・」
「すみません・・・・」
立ち上がって、薬品などを保存してある保冷庫のほうへ歩いていった。とはいえ、いつも誰かがジュースなどの私物を冷やしているはずだった。

保冷庫の扉を開けた宝条は、中に不思議なものを見つけた。
「なんだ、これは・・・」
思わず取り出して眺めてみる。シャーレに入った白い物体。培地でもないらしい。彼には見覚えがなかった。
「・・・これは君のものか?」
宝条の問い掛けに、ガストは培地を分注する手を止めて、顔を上げた。
「あ、それ、食べてもいいですよ。」
にこやかに言う。宝条は改めて、それをしげしげと見つめた。
「・・・食べ物なのか?」
「ヨーグルトです。こないだ実験で使った牛乳が残ったんで。ちょい乳酸菌とぶどう糖とスキムミルク入れて・・・」
「・・・・もしかして、あの菌を培養しているインキュベーターで作った、とかいうんじゃないだろうな・・・」
鈍い音を立てている孵卵機を指差した。いくら学生実験とはいえ、その中には通常食品からは検出してはいけないはずの菌がわんさかと入っている。
「ご名答。おいしかったですよ。」
さらりと悪びれない答えが返ってきた。本人は既に食べてみたらしい。いや、この場合人体実験とよぶべきか。宝条はそっとシャーレを保冷庫に戻した。その様子を見て、さらに明るい追い撃ちがかかる。
「あれ、食べないんですか。ちゃんと滅菌シャーレで無菌操作で植菌したから大丈夫ですって。なんなら果物と果糖とクエン酸をオートクレーブ(加圧加熱滅菌機)して作ってみたジャムもありますし。」
「・・・・・・・」
そういう問題ではないのだが。宝条はこの歳にして初めて、この世には自分の理解できない事柄があるという事を知った。

彼らが世界の生物学の頂点にたつのは、まだまだ先のことであった。


[ 感想を書こう!!] [小説リユニオントップへ]