瀬尾先生の第19弾
「痴漢列車でルーファウス後編」

「ID感知エリアというのは・・・何だったんだ・・・」
再び灯のついた車内で、まだ荒い息を整えながら、ルーファウスは隣に座ったレノを見た。自分に対してあれ程の狼籍をはたらいた割には、レノはしれっと笑っている。その様子が妙に憎らしかった。
「まさか堂々とあんなことをするための時間ではないだろう。」
言葉に刺が混じる。
「んー、まぁ、そーいう用途にも使われるけどね・・と。んーと、これっくらいはあんたでも知ってるだろうが、市民IDって知ってるよな、と・・?」
「当り前だ。」
ミッドガルの全市民・社員が持っているID。それは全ての人間の管理、把握に非常に大きく貢献している。社長のプレジデント、副社長のルーファウスとて、特別製ではあるがIDを持っていることにかわりはなかった。
「そのIDを調べるのが、さっきの感知エリアなんだな、と。暗くなるのはIDが特殊な光に反応するせいなんだな、と・・・」
「なぜそんな面倒なことをする?」
「スラムの危険人物がプレートに上がってくんのを阻止するのと、上の要人が下に逃亡すんのを阻止するためなんだな、と。」
「上から下へも・・なのか?」
「いっぺん下に逃げちまうとみっけにくくて大変なんだぞ、と・・・」
例えばあんたみたいに・・と続けようとしたが、やめた。それは今、ルーファウスにばれてはちとまずい。レノはそっと話題を別の方向に持っていった。
「まじに世間しらずなんだな・・と・・」
「必要の無い知識は持たなくていいと親父に言われた。帝王に必要なのは、愚民どもを制するカリスマ性だけだと。」
真顔でそんなことを言うルーファウスの顔を、レノはまじまじと見つめた。
「・・・ツォンさん、よくあんたみたいなの付き合ってるな・・・」
思わず本音が漏れたが、そんな人間でもなければ、曲ものぞろいのタークスのリーダーなんかやってられない。その事実にレノ自身は気付いているのかどうなのか。
「ツォンは勝手についてくるんだ。僕の知ったことじゃない。」
「やれやれ・・・・」
レノは肩をすくめた。まったく、正直じゃない。
「ツォンさん、いつもいつもかわいそーなくらい社長のことばっか考えてるんだぞ、と・・」
それは知っている。ずっと、それがあたり前だと思っていた。でも、それは半分は任務だからではないのかと、最近考えることもある。
「仕事だから、だろ・・・」
「まっさかぁ。あの人、仕事が終わった途端にすんげー勢いで帰るんだな、と・・」
その様子を体で表現するレノを見て、ルーファウスは笑った。いつもの人を食った、いたずらっぽい笑みが戻る。
「じゃあ君はルードのどこに惚れている?」
矛先が変わった。
「んー・・・あの馬鹿がつくほどの正直さ、かな、と。」
「それは誉めているつもりなのか・・?」
「こーいう仕事をしてるとな、ついつい人の悪い面ばかり見ちまう。でもな、そんな時、あいつがいてくれるとほっとするんだな、と。」
「では、いいのか、こんなことしてて・・ルードに・・」
「んー?だいじょーぶだいじょーぶ。あいつは俺にぞっこんなんだな、と。だから、俺は気が向いたときに気が向いた奴と寝るんだな・・・と。」
「・・・浮気者・・君には罪悪感はないのか・・・」
「んー?浮気だから、いいんだぞ、っと。本気じゃこまるけどねぇ。何があっても絶対、一番、大切なのはお互いだとわかってるんだな・・と。」 好きだから浮気する。そんな一見矛盾した理論だが、長年連れ添った夫婦というのはそんなものかも知れない。本当に信頼しあっているからこそ、平気で浮気する。微妙なところである。
「ま・・たまには喧嘩もするけどね・・と・・」
首を傾げた拍子に、レノのジャケットの襟の下からキスマークが覗いた。もう既に紫を帯び、色あせかけている。
「レノ、そのキスマーク・・」
「あん?」
言われて、慌てて襟をめくり、そこに愛の印があるのを見て、苦笑する。
「ああ、一昨日ルードがつけたやつだな、と・・気ぃつかなかったぞ、と・・」
「・・・・お熱い事で・・・」
呆れた顔で呟くルーファウスを見て、レノがにやりと笑った。再びルーファウスの衣服に手が掛かる。
「俺のを見たんだから、副社長のも見せてよねなんだな、と・・・」
「こら、レノやめろっ!」
「やだ、聞こえないなーっと。どれどれ・・・?」
「れーのーーーーーっ!?」
案外気のあう二人のようであった。


そんな話をしているうちに、列車はスラム一番街に到着した。ルーファウスと共にホームに降り立ったレノはしきりに時計を気にしている。
「・・・レノ、どうした?」
「うん?、そろそろ・・・いい時間だぞ、と・・」
「なんだ?」
「お迎えの時間だ・・・・と。」
ヘリコプターの爆音が聞こえた。上を向くと、神羅のヘリが一機、こちらに向かってくる。
「・・・レノ・・・」
裏切かられた子供の様な眼が、じっとレノを見つめる。レノは首を振った。
「IDエリアでは全ての人間の動向が把握されるって、俺ちゃんといったぞ、と。」
「・・・・・」
「さ、よい子は、お家に帰る時間なんだな、と・・」
やさしくいいながらも、腕はしっかりとルーファウスを捕まえていた。

ヘリが埃を巻き上げながら到着した。地面につくのと同時にドアが開き、ツォンが走り寄ってくる。
「ほら・・」
レノがとん、と、ルーファウスの背中を押した。思わず前屈みによろけたのを、走り寄ってきたツォンが抱き留める。
「あ・・」
「お怪我はありませんか?!ルーファウス様っ!!」
「あ、ああ・・・・」
「・・・・そうですか。」
「やーれやれ・一件落着、っと・・・」
レノがほっとしたのもつかの間、ばしっ、という音が響いた。慌ててそちらを見ると、ルーファウスが頬を押えている。
「・・・ツォンさん、あんた!?」
まずいことになった。あの温厚なツォンが、山より高いプライドの持ち主のルーファウスを叩いたのだ。一波乱あるだろうと、その場の誰もが眼を覆った。
が、すぐにその覆った眼を今度は丸くする。
ギャラリー以上に呆然としているルーファウスの前で、ツォンが肩を震わせている。意外な展開だった。
「・・ツォン・・・・」
「・・・あなたは、あなたはまったく・・私にどれほど心配をかけて・・・・」
言葉が途中で途切れた。ツォンは俯いて、額に手をあてる。
「・・・」
その陰から、涙が一つ零れた。人前で涙など見せたことのないツォンが、泣いている。
「ツォン・・・ごめん・・・」
ツォンの首に、ルーファウスの腕が回る。自分より十五センチくらい背の高いツォンの頭を、そっと肩にのせるようにだかえ込む。
「だから・・・君が泣かなくてもいい・・」
優しいささやき。ツォンの手が、存在を確認するようにルーファウスの背を抱き締める。
「・・もう帰ってこないかと・・・心配したんですよ・・・」
「・・レノが助けてくれたよ。大丈夫。」
「レノ?」
そこでやっとレノの存在に気付いたらしい。ツォンは慌てて白いハンカチで涙を拭った。
「んじゃ、確かに渡したぞ、と。」
さっきの様子には気付かなかったふりをしながら、レノがひらひらと手をふる。ツォンはルーファウスの肩を抱いたまま、照れくさそうに笑った。
「悪かったな・・・レノ・・今日は非番だったのだろう・・」
「迷子を見たらほっとけないぞ、と。」
「・・誰が迷子だ・・・」
迷子本人が不機嫌そうに呟いた。本気で自覚はないらしい。
「ま・・・それなりにおいしい見返りがあったし・・と。」
「レ、レノっ!!」
ルーファウスは真赤になった。
「・・冗談だぞ、と。」


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