「驟雨」自分のシナリオの矛盾に悩む。

投稿者 たぬねこーほんぽ 日時 1997 年 10 月 15 日 18:44:51:


「驟雨」


 あの人が今日はこんな田舎の街まで来る・・・・・
 俺は髪を後ろでまとめて括ろうとしていた手を止めた。
 しのつく雨音が聞こえてくる、ひんやりと寒い朝、夕暮れのように暗い部屋で俺は立ったままで彼のことを考えていた。

 手が考えるより先に配置部署への連絡番号を押していた。
「はい・・済みません、今日は休みます、はい、どうも。」
 特に何故なんて聞かれなかった、一介の兵士・・・なりたて  の事情なんて誰も知ったこっちゃない。

 何故彼はこんな所まで来るのだろう。
 いや、彼は俺に会いに来るわけじゃない、
 背筋が寒い。 雨のせいだ。

 部屋の明かりもつけずに服を着た。濡れてもいいように破れて膝が抜けたズボン、
 やはり少し寒かったので、ほつれたトレーナーの上に、これも着古した厚手のTシャツを一枚重ねた。
 村を出る時に履いて来たサンダルを、後ろのベルトもかけずにつっかける。

 傘をさして外に出た、ざーーーっといっそう強い雨音が世界を包んでいた。

 何処に行くかなんて当ては無い、けどこんな田舎では行く場所も限られている。
 足が自然に細々とした市の立っている広場に向いた。ここは賑やかで気に入っていた、少しでも気分が明るくなるから。
 田舎って言っても都会の側のこの街の市場にはそれなりの賑やかさがあり、人ごみとか呼んでもいいものがあった。
 故郷の店さえまばらな広場とはなんて違いだろう。
 人の中に紛れて、人の気配を感じて、俺はただぼんやりと止みそうも無い雨の中、少し足元を濡らしながら
 見るともなくそこらにうつむいた視線をさ迷わせて人とすれ違っていた。

 ぶつかりそうな程近づいてやっと気がついたのは、少し後ろを向いていたせいだ。
 気配に顔を前に戻したとたん、目の前に誰かの足が現れた、見覚えの有る、黒の長いブーツ。
 足が竦んだ。
 こんなとこに足を向けるべきじゃなかったんだ、勤務を休んでまで誰かに出くわすような場所にのこのこと!
 どこかに隠れるように一人閉じこもっていれば良かった・・・・・・・・。

 背の高い、そう、とても高い身長、真っ黒いコートの姿。
 傘をおそるおそる上げた、目の前に彼の顔があった。
 硝子のような固い輝きと張りのある銀の髪に雨が跳ねかえっている、蒼とも緑とも取れる不思議な目の色、
 縦の光彩が俺を見ていた。
「会いに来た。」
 簡素な一言に俺はびくりとしてしまった、彼にも知れただろう。
「人・・・・違いです。」傘に顔を隠そうとした、顔の前に下げる。
「どうした?」
 覗きこんでこようとする動きを避けて、傘を彼に向けたまま慌てて向きを変えて歩きだす。
 出来るだけさり気なくと、無駄な努力を。

 俺は彼が付いてこなければいいと願いながら自分の宿舎とは反対のほうに出来るだけ足早に歩いた。
 人の間をすり抜け、わざと曲がりくねった道を選び、右へ左へと知らない道を曲がりつづけて。

 彼の気配が付いてくる。視線を背中に感じる。(追って来ないで)
 彼がずっと付いてくる、俺の後ろを、どこまで歩いても。(もう追って来ないで)

 町並みはすでに終わっていた、紛れる場所も無く、走った所で振り切れもしないだろう。
 俺はどうしたらいいか解らなくて歩きながら一人泣きはじめた。
 人もめったに通らない田舎道、偶然通りすがった誰かが傘の中の俺の顔をちらっと見て疑いの目を俺の背後に走らせる。
 きっと泣き顔を見られたのだろう。
 そして俺の後ろには彼がいる、誰が見てもすぐにわかる「英雄」セフィロスが。

 こんな所を見られたら彼が誤解されてしまうじゃないか!

「有り難う、もうここで結構です、後は独りで帰れますから!」
 慌てて振り向くと俺は大急ぎでそう言って傘を彼の手に押し付け、後も見ずに駆けだした。
 この瞬間だけ 俺は自分が 英雄に送ってもらって感激しているバカな女の子に見えるといいと思った。

 逃げだしてしまった後は後ろめたさが背筋を凍えさせた、一方でほっとした気分とは裏腹に。
 叩きつけるように土砂降っては小降りになり、間を置いてまた激しくなる気まぐれな雨が俺を濡らす。
 寒さは雨の中ですぐずぶぬれになった事でそのせいとごまかせた。
 頬に伝う暖かい物もすべて雨で押し流されてわからなくなった。

 人家もまばらなうねった小川の脇道、走っていた俺にほったて小屋の影からドンと誰かが飛び出してきてぶつかった。
「気をつけな、お嬢ちゃん!」
 手首を掴まれる。
 いつも喧嘩ばかりしていた、この見掛けのせいもあって。
 俺は女じゃない!
 考えるより早くそいつの顔を殴った。

「!この・・ガキ!!女なら優しくしてやるのによぉ!!!」
 俺よりずっと大人、怒りと楽しんでいる顔、わざと絡んで来たのはすぐわかった、何よりそいつは喧嘩慣れしていた。
 俺はすぐに逃げ場の無い隅に追いやられ、足払いをかけられてひび割れたアスファルトの上転がされた。
 サンダルが片方脱げて何処かにいった。
 何か下卑た叫びをあげながらそいつの足が蹴りかかる、身を転がして逃げるにも、後ろは塀で・・・・。

 ・・・・・・・男の腕がつかまれ、釣り上げられていた、セフィロスが男の腕を放す。
 やっと足が地についてよろめいたそいつの頬に、セフィロスは片手の甲を叩きつけた。
 軽く祓っただけと見えたのに、男は大袈裟なくらいふっとんだ。ばしゃっと泥水をあげて水たまりに転げこむ。

「さっさと行け。」

 男の姿が消えるのを確認して、セフィロスは俺の側に片膝を突いた。
「立てるか?」
「・・・・・。」
 俺は無言で頷いてセフィロスの差し伸べた手を握って立たせてもらった。
 サンダルは片方何処かに行ってしまったままで見当たらなかった、雨で増水した川に落ちて流されてしまったのかもしれなかった。
 ズボンの破れ目から剥き出しだった膝はすりむけていて、血を雨が洗っていた。
 セフィロスは片足で立っている俺を抱き上げた。
 長い指が、俺の髪に絡んでいたらしい枯れ枝を取り払う。
 伸ばしてもこの人の奇麗でまっすぐな銀の髪とは比べ物にならない、あちこち乱雑に跳ねてしまう俺の髪から。
 奇麗な爪、戦いをくり返して来たとは思えない奇麗過ぎる手が優しく動く。

 俺はセフィロスの肩に頭を伏せてまた泣きはじめた。
 つれない事ばかりをしているのに優しいこの人に済まなくて。
 雨でぐしゃぐしゃに濡れた服の上から大きな手が背中を撫でてくれる。

 俺が何故泣いているのか解っているのだろうか?この人は?

 押し黙ったままセフィロスは歩いている、何処に?何処でもいい、今はこうしていよう、こうしていたい。
 なりゆきだ、自分が望んだんじゃない、自分のせいじゃないとごまかせるなら、心も痛まない。

 ドアが開かれ、暖かい空気が俺を包んだ。

 目の端に映るどこかの室内・・・どこ?立派な内装、大きな部屋、ここは・・・・宿?
 俺の疑問に答えるように落ち着いた態度の男の声がセフィロスを迎えた。

「部屋に医者を呼んで貰えるか?」丁重な言葉で俺と俺の様子に疑問が投げかけられる、彼は即座に答えた。
「こいつはソルジャー・ザックスの友達だ、喧嘩に巻き込まれていたから拾ってきた。」
 ザックス、聞いた事はある、会った事は無い、兵の間ではちょっとした有名人だという事だけは知っていた。
 セフィロスの今までただ一人の相棒だという事実と一緒に。

 都合が悪いからそんな名前を出すのだろうか?
 こんな子供が自分と顔見知りだなどと思われたく無いのだろうか?
 いや・・・・それならこんなとこ、連れて来たりはしない、あのまま捨てておけば済むだけだ。
 それでも彼の言い訳は俺と彼とは関係無いと言っている。
 ここは居心地が悪い、濡れた身体、ぼろぼろの服、みすぼらしい子供の俺はここには余りにそぐわない。
 誰とも目を合わせたくない。
 顔が上げられなかった。


 セフィロスは部屋に入ると俺を椅子に降ろした。
「寒くないか?」
 明かりを付けながら尋ねる声に首を横に振る。本当は少し寒かった、セフィロスは黙ったまま暖房を入れた。
 こんな季節にはもう必要無いだろう暖房を。
 吹き出される暖かい空気が部屋を暖め、雨に冷えた俺を暖める。乾いてゆく肌が・・・ちりちりした。

 セフィロスは浴室に入っていった、直にタオルを手に出てくる、手渡されたタオルで濡れた髪を拭いた、
 タオルはすぐにぐしょ濡れになった。
「服を・・・脱いだほうがいいな、ガウンがあるからそれを・・・・・。」
「こ、このままでいい!」
 皆まで言わせずに俺は叫んでしまった。

「・・・・どうした?何もしない。」はっきりといぶかしむ顔。
「何もしないから、恐がらなくていい。」大きな両手が頬を包みこむ、冷たいけど優しい手。
「解ってる、そういうつもりじゃないんだ、御免なさい・・・・・。」俺は胸元でタオルを握り締めていた。
「でも震えている。」
「寒い・・・・だけ・・・。」
「なら、やはり着替えたほうがいい。」
 俺はセフィロスの両手の中で首をほんの少し横に振った。
 セフィロスは困った顔をした。


 フロントの女は、本気とも冗談ともつかない口説き文句交じりの黒髪のソルジャーの台詞に心も口も軽くなる。
 
「え、俺の友達?セフィロスがそんな事を、へぇ。」女が見せた怪訝そうな顔に再びソルジャーは笑いかけた。
「ん?いや、アイツの事だから俺にナイショで脅かそうって魂胆だろうさ。」
「どんなヤツ?当てて見せようか?金髪碧眼じゃないか?当たり?やぁっぱりな、解った、誰か。」
 にやりと会心の笑みが浮かんだ。


「ザックス。」
 せわしないノックと同時に入って来た人に、俺の頬から手を放してセフィロスが呼び掛ける。

「相変わらずいいタイミングで来るな。」セフィロスの顔に柔らかな笑顔が浮かんでいる。
 にやりと笑ったその人は目線だけでセフィロスと会話を交わす。

 この人がセフィロスのパートナー・・・・1st・ソルジャー・ザックス。
 ザックスは屈みこんで膝に手を当てた、目線が俺と同じ・・かちょっと下になる。明るい笑顔が目の前にある。

「や、俺の「トモダチ」元気か・・・・ってその顔に言う事じゃないか。」「あーあ、ひでぇ顔!」
 顔じゅうを崩して笑うと大きな手で俺の頬を揺さぶる。暖かい。
 彼は初めて見る俺にさえ明るい笑顔を見せた、ほっとするようななつっこい笑顔を。
 まるで本当の友達に見せるような暖かい笑顔に吊られて、俺も思わず笑顔になっていた。

「服もぼろぼろじゃないか、ん?もとからか?どのみち濡れちまってるな、シャワー浴びて身体あっためないとカゼ引くぞ。」
「サンダルかたっぽどうしたんだ?ケンカで?そりゃ災難だったな。」俺の破けた服をつまんだり、裸足の足をつつく。
 しきりに頭を傾げたり、目を丸くしたり、きょろきょろと落ち着きの無い変な人、ソルジャーなんて思えない。
 何故か口下手な俺でも、言葉が出てくる、楽しい。

「さて、っと・・・俺はロビーのお姉ちゃんとちょこっと話、してくるわ。」
 ザックスは俺に話しかける為に屈みこんでいた身体を伸ばした。

「なんだ、構ってくれるんじゃないのか?」
 えっ?今なんて言ったの?まるで子供が親にねだる言葉。

「大事な相棒を置いて一人でさっさと来ちゃったのだーれだ?」
 肩を竦めたザックスの言葉にふっと軽いため息が彼の口元から漏れる。

「やっと来たと思えば。」それでも楽しそうな笑顔。
「俺は忙しいの、後でな。」友達口調でまたにやりと笑う。
 俺は目を見張って二人の顔を見比べる。

 俺の知らない彼。

 丁度入れ代わりに医者が入ってきた、たった今ザックスが開きっぱなしにして出たドアの内側を控え目に叩いて。
 医者は怪我した理由は聞かなかった、すぐに俺の身体を調べにかかる。
 どこらへんが痛いか、どこを打ったのか、ぶつけたのか、気分は悪くないか、頭は痛くないか。
 俺の話しを細かに聞いて、骨と内臓に異常が無いらしい事を確認してから、消毒を兼ねた溶剤を吹きつけ、その上にテープを張った。
 テープはすぐに皮膚にぴったりと張り付いて、皮膚の代わりに表面を保護する。後は皮膚と同化するまでほっとけばいい。
 俺みたいな子供でも知ってる一番簡単で確実な治療。

 セフィロスはまだ濡れたまま立っていた、絨毯を濡らさない為なんだろうか、入り口に近い所に。
 治療されている間、俺は剥き出しの木の床に彼のコートから落ちる滴が小さな水たまりを作るのをぼぉっと見ていた。
 人のよさそうな田舎の医者は、治療は終わったらしいのにまだためらいながら俺に話しかけていた。
 君はどこの子だね?神羅兵?!・・・・私が付き添って帰ってやろうか?それとも今日は私の医院に・・・・。
 ちらちらとセフィロスを伺いながら。
 俺は医者の言葉の意味に気付いた、この怪我はセフィロスが俺に・・・・冗談じゃない!
 慌てて医者の申し出を断ってからセフィロスに声をかけた。

「セフィロス、あの・・助けてくれて有り難う、着替えはしなくていいの?」言ってからまだ礼も言ってなかった自分に気付く。
「このままでいい、治療が済んだのならシャワーを浴びろ、送っていくから。」
 悪意なぞ無い事はそれを聞いても解っただろう。
 一人で帰れるという言葉を飲み込んで慌ててうなずく俺に、医者も笑顔になった。
 安心して出てゆく医者に、セフィロスが礼を述べているのが浴室の入り口をくぐった俺の耳に聞こえてきた、
 俺は医者に礼を言うのさえ忘れていた。

 暖かなシャワーを浴びてから、自分の服はぐしょ濡れだった事に気付く。だが心配はいらなかった。
 一揃いのこざっぱりした衣服、どうみても俺のために用意したのだろう。
 彼には小さすぎる服がいつのまにか用意してあった。
 気持ちの良い乾いた服、それでも俺の身体には余った。服の中で少し身体が泳ぐ、襟をかき寄せた。
 どこからこんな物を調達して来たのだろう?俺のサイズに合いそうなサンダルまで。
 服が入れてあったビニール袋に濡れた服を詰め込んだ。
 髪はまだ湿ったままだったが、浴室を出た。

 セフィロスは俺の言葉を待っているようだった、いや、それともザックスが帰ってくるのを待ってたのかもしれない。
「あの・・帰ります。」送らないでいいとは言えなかった。

 フロントでザックスの事を尋ねる間だけセフィロスは足を止めた、
 俺はその間誰とも視線を合わせないようにフロントに背を向けて顔を壁に向けて背けていた。
 その服、ちょっと大きかったかしら?ええ、ザックスさんなら── 誰か女の人の声がそう言ってるのが聞こえた。
 ザックスは何処かに出かけたらしかった。

 手渡された傘は、雨の中で押し付けた俺の物で、こんな物をセフィロスが持ったまま俺を追っかけて来たのかと思うと
 妙に恥ずかしくて、傘を広げながらあんな事しなけりゃ良かったと思った。
 送ってもらうのも気まずくて、俺はまた逃げだしてしまいそうで、
 視線をそらしたまま言う事もろくに決めないで口を開いた。

「なぜ・・・・。」
「?」
「なぜ、こんな事を・・してくれるんです?」わざといつもより他人行儀な口調を使った。
「さぁ・・・・・・な。」

 セフィロスはいつもこんな調子、それから気付いたように付け加えるんだ、ほら。

「服の事ならザックスだ、あいつに後で礼を言いたければ言っておけばいい。」
 言いたければ?変な言い方だ。

「言わなければ?」
 すぐつっかかる自分の天邪鬼な言い方が自分で嫌になった。

「別にあいつは気にしない、お前の好きにすればいい。」
 それは・・・・皮肉でもなじる言葉でも無いんだろう、きっと真実そのとおりの人なんだ、ザックスは。
 二人とも、いちいち詰まらない事を気にしたりはしない、強い・・・・大人。強い・・ソルジャー。

「なぜ、ここに?」
「お前が来いと言ったから。」

 違う、あれは来れる物なら来てみろと・・・・・英雄が俺みたいなやつにそこまでしてくれるはずもないと・・・
 精一杯傷つけるつもりで投げ付けた言葉だった。
 でもどうせ俺の言葉なぞに傷つくはずも無いと、不快になれば冷たく見限ってしまえばすむはずじゃないか、
 俺と、俺なんかと人付き合いなんか止めてしまえば・・・・。そう思って。

 もう宿舎に近くなっていた、この先を曲がれば・・・・すぐ。
 今日は休みらしく閉まっている店の軒下で足を止めると、セフィロスも足を止めた。
 慌ててセフィロスに言い残すと返事も聞かずに駆けだした。

「こ、ここで待ってて下さい!」

 急いで部屋からバスタオルと傘をもう一本持ってきた、同室の奴のだが、後で弁償すればいいだろう。
 セフィロスはそのまま待っていた、俺の差出した傘もタオルもいらないと言った、どうせまた濡れるからと。

「せっかく持ってきてくれたのに、済まないな。」

 そう言って笑う彼の笑顔が俺に突き刺さる、俺の卑怯な心に。
 自分の部屋に入れたくない、セフィロスが来たと噂になりたくないからってこんな所で、
 助けてくれた人に向かっておざなりな気遣いとも言えない押し付けがましい仕打ちをしてる俺。

 セフィロスは俺の頭に手を延ばしかけた。
 撫でてよ、いつものように、そうしたら────・・・・でもセフィロスは止めたんだ。

 また濡れる前に早く帰れ───────・・・・はい。 そんな会話を気もそぞろにうなずきながら聞いた。
 俺は宿舎へと向きを変えた。
 胸にいらなくなった傘とタオルを抱えて、角を曲がる。ちらっと見た軒先に、背を向けるセフィロスを見た。
 そのまま部屋にとぼとぼと戻った。
 まだ昼を少しすぎた時刻、だけどもうどこに出る気にもなれなかった。
 のろのろと傘とタオルを元の場所に戻して、その後は何も用も無いし、何かする気にもなれなくて、ただ突っ立って──。

 その時聞こえたんだ、ドアを叩く軽い音が。

 はっとして入り口に飛んでいった。彼じゃないかと思ったんだ、あんな態度を取ってしまったけど、来てくれたんだと。
 その瞬間、俺は涙が出る程嬉しかった。

 勢いよくドアを開いた。
「ザックス・・・さん?」流れ込んだ湿気った冷たい空気に部屋が一気に冷えてゆく。

「ザックスでいーよ、よぉ、セフィロスは?来てる?」
「いえ・・ここには」気を取り直して言われた事に答えた。
「ふーん?てっきりここだと思ったんだけどなぁ?」ザックスは片手をドアにかけて首を傾げる。
「あの・・・さっき送ってもらって、そのまま帰って・・・宿のほうじゃ・・。」
 視線を落としたままで思い当たる事を並べてみた。

「行き違ったかな?」ザックスはセフィロスが隠れているんじゃないかという顔で部屋を見回す。
 半分苛立っている俺にザックスは以外な事を言い出した。
「な、セフィロス来るかもしれねぇから、俺、ここでちょっと待ってもいい?」

「?セフィロス・・ここに来るって言ったんですか?」俺は目の前にある暖かい笑顔を見た。
 サックスの目はまた俺の目と同じ高さにあった。日焼けした顔が身を屈めたままで笑った。

「そーじゃないかって思うだけ、相棒のカンってやつかな、あいつのパターンは良く知ってるからな。」
 馴れ馴れしい言葉使い、あのセフィロスにこんな口調で話せる人間が、いったい何人いるんだろう。俺は知らない。

「暗いな、明かり、つけねぇのか?」ザックスはさっさと上がり込んで話しかけて来る。
 俺が明かりを付けるより早くザックスがスイッチを見つけだして部屋を明るくした。

「座っていい?」
 子供みたいに大きく首を傾げて聞くザックスに、椅子も勧めていなかった事に気付いて慌てて椅子を引っ張り寄せた。
「いや、こっちでいい。」
 ザックスはさっさとベッドに腰掛けてしまった、俺はしょうがなしに背を握っていたパイプ椅子に座った。
 低いベッドに腰掛けたザックスは前屈みになって長い足の間に下げていた包みを降ろした、視線が俺の視線とかちあった。

 どうしよう、お茶でも入れるべきなんだろうか?しまった、湯を沸かしてない・・。
 それに共同の炊事場に行けば暫く部屋にザックスを置いてきぼりにしなきゃいけない。
 紅茶・・・・パックのならあるけど、カップは一つっきりだ。

 結局俺はお茶を出すのも諦める事にした。

 ザックスは俺が考えを巡らせている間も一人で喋っていた。
「せっかくの休暇だってェのに、雨に降られちまってもうさーんざん。」
「任務じゃなくて?休暇・・だったんですか?」じゃぁセフィロスも休暇だったんだろうか?
「ん、そゆとこ、お前も非番だったの?」ザックスは持って来た包みの中を覗きこんでて、顔を上げなかった。
「ええ・・まぁ。」曖昧に答える俺の前で何かがさがさ音をたてながら包みの中を探っていた。

「あ、腹減ってねぇ?!」
 いきなり顔を上げて大きな声を出されてびくっとしてしまった。び、びっくりするじゃないか!
 言われて初めて腹が減っていた事に気づいた、そう言えば朝から何も食べて無かったっけ。
「じゃーん!揚げパンだろ、串焼きだろ、バターとチーズ掛けポテトにデザートの揚げ菓子っと!」
「飯代わりに一緒に食おう、俺こういうの好きなんだ。」次々に取り出す。
 ベッドの横にある狭い机の上はたちまちピクニックみたいになってしまった。
 ぐぅっと腹が鳴った・・・・・いらないとか言い訳が出来ないくらいに。

「お、お茶が無いんだけど。」腹を押さえながら焦ってる俺に、ザックスは袋から最後の品物を取り出した。
「こぉんな物もあるんだなぁ。」インスタントのコーヒーのカップが2つ並ぶ。空になった袋を畳んだ。
「湯さえあればいいんだけど?」にこにこした期待するような顔が俺を見ている。
「・・・・・。」
 結局俺は湯を沸かしに行った。

(なんで俺がこんな事・・・・。)心の中でぶつぶつ呟く。
「お、サンキュー。」嬉しそうにカップを受けとったザックスの笑顔に、俺の仏頂面は溶けてしまった。
 サンキューなんて言うなんて!友達みたいに。
 ザックスは熱いコーヒーのカップを子供みたいにふうふう吹いて冷ます、片目が湯気の向こうからウィンクして来た。

 二人でザックスが持って来た食べ物を食い散らかしてる間にも、ザックスは喋り続けていた。
 ザックスの砕けた口調に俺の使いなれない丁寧な言い方はすぐに続かなくなってしまった。
「え?」「でも・・。」「だって!」「本当?」「それで?」「うん。」「わぁ!」
 ザックスの話しは面白くて、聞くのに夢中で、喋らなくても楽しくて、俺は笑った。
 ザックスは砂糖をまぶした揚げ菓子を嬉しそうに食べる。
 指についた砂糖を舐める仕草が子供っぽくてこっそり笑うと、面白そうな瞳と顔いっぱいの笑顔がこちらを向いた。

 食べた後のゴミをさっきの袋にぽいぽい放り込む、その間も惜しんで俺達は時間を忘れて話し込んだ。

「今日はセフィロスとどうしたんだ?」
 いきなりザックスにセフィロスの事を持ち出されて、俺はそれまでセフィロスの事をすっかり忘れていた自分に気付いた。
「別に何も───。」そう、別に何も無いよ、俺、関係無いもの、セフィロスとは。
 ザックスの笑顔に負けないように笑って見せた。
「あいつ休暇になったとたん飛んでくるから、追っかけて来て見れば。」・・・・・・・え?

「セフィロスに嫌われたのか?」?違う!セフィロスは─────冷たくしたのは俺で。
「じゃぁセフィロスを嫌いになったのか?」違う、俺は───でも冷たくしたのは俺で。
「あいつお前の事ばっかり言ってたんだぞ。」─!───
 俺の・・・・・・事?

 俺はザックスの服を掴んでいた、少し微笑んだ顔を、その蒼の瞳を必死で覗きこんだ。
 嘘─本当?─嘘、うそ! ・・・・蒼の瞳は奇麗で明るくてそして──。

 セフィロスより暖かい腕が俺の身体に回される。
 ザックスは俺を抱きしめた。
 それはいつもはセフィロスがしてくれる事で────────────

「なんで泣くんだ?」ザックスの声は優しかった。
「俺は・・・・卑怯だから。」「そうか。」ザックスの声は優しかったんだ。
「ソルジャーになりたい。」「そうか。」「何も出来ない、い、イヤなんだ!」「うん。」
「俺、そ、そばにセフィロスがいると、甘えちまうもの。」「うん。」
「自分に都合のいい事、ばかり、考え、て。」「うん。」「俺なんか嫌い・・・キライだ。」「うん。」
「だけど俺は────。」ダケドオレハ──何を言いたかったのだろう、その後は俺にも解らなかった。

 ザックスは俺の言った事を一度も否定しなかった。
 違う、とか、そうじゃない、とか言わなかった。
 なぜ、とも、どうして、とも。
 俺の自分でもわけも解らない途切れ途切れの言葉をずっと聞いててくれた。

 ザックスには解るのだろうか?俺が「なぜ」こんな事を言うのかが?
 でも俺が解ってもらいたいのはザックスじゃなくて───────────────

 ザックスはセフィロスじゃない、けど包んでくれる身体は暖かくて、声は優しくて
 でもセフィロスじゃなくて
 だけど俺は心地好くて
 それでも俺は───────────────



そうか、この子供はセフィロスを好きだから利用したくないんだな。
セフィロスが『英雄』だから、自分が『ただの子供』だから、
何もしてやれないと思って辛くてたまんないんだな。

まぁったく、かーいいの。
クラウド、俺もお前を好きになっちまったみたいだぜ?どうする、お前?二人の最強ソルジャーに好かれちまって。


セフィロスはサイン代わりにモンスターの下手くそな絵を書き付けてあるメモをフロントで受け取った
『「あいつ」の部屋に押し掛けて遊んでる、気が向いたら来い、作戦参謀より。
 ps。風呂入ってから来い、濡れネズミのまんまじゃ入れてやらねぇ、厳命。』
(────まったくたいした作戦参謀だ────。)
 セフィロスは無表情な顔の口元を、他人には分からないぐらい微かに緩めた。


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