めっきり不幸なツォン×ルー小説 第5回

投稿者 いそら 日時 1997 年 10 月 14 日 02:54:56:

えーと、これは前回(第4回)の時点より3ヵ月程遡った時点から始まる、ルー視点のお話です。
第2話、第4話と一部かぶっているので、照らし合わせながら読むと、また違った楽しみ方ができるかと思います……けど、もう第2話残ってないですね(汗)
実は第1話ともかぶってますが、矛盾が生じてるので見比べないで下さいね〜。考えなしに次々書き散らしてるから、こういう情けないことになるのよね、トホホ。

かーなーりー不幸で鬼畜でその上ちょっと長いので、趣味に合わない方は読まない方がよろしいかと……。
そりでは、第5回、楽しんでいただけたら幸いです(^^)



「そういえば今日は、お前の誕生日ではなかったか?」
 大半が手も付けられず冷めていく、大仰に飾り立てられた料理の山と、愛でられることのない盛花とに埋められた大きなテーブルの向こうから、そう問いかけられた。
 メインの肉料理には手を付けず、付け合わせの野菜ばかりを機械的に口に運んでいたルーファウスは、意外な展開を見せた父親との会話に戸惑い、顔を上げた。
「ええ、そうですが。」
 呆れるほど大きなテーブルの向こう側にいる、皆にプレジデントと呼ばれる男の表情は掴めない。空間的な距離と精神的な隔たりとが、この父子の間には黒々と横たわっている。
 どうせ息子が今日で幾つになるかも知らないであろう父親に、先刻切り替わった満年齢くらいは教えておいてやろうと、ルーファウスは口を開く。だがそれより先にプレジデントが言を継いだ。
「二十一歳になるんだったな。」
「…はい。」
「……ルーフィアが、私の元へ来た歳だ。」
 呟くようなその台詞は、息子に向けて発せられたものではないらしかったが、静かに流れる室内楽の隙間を縫って、はっきりとルーファウスの耳に届いた。
『ルーフィア』とは、彼の母の名。ルーファウスを産んで間もなく病死したという。何の“病い”かは、決して公表されなかったが。
 人が生まれて最初に出会う“母親”という最小単位の宇宙を、我が子に認識させるいとますら与えず、彼女はこの世から去ってしまった。だから、ルーファウスは母を知らない。母がどんな姿をしていたのかすら、知らない。母がかつて存在したことを示す痕跡は、彼の周りに何ひとつ無かった。写真の一枚すらも。
 知りたいとは思わなかった。寂しい、とも。初めから存在しないものを思って流す涙など持っていない。
 ただ時折、長く勤めている執事やメイドが、ルーファウスを見つめ重い溜め息をつくとき、『奥様……』と呟き哀し気に目を伏せるとき、何より父が自分の名を呼ぶときに、胸の奥に風が吹くのを感じる。
 乾いた風に晒され、哀しみを知らない心が風化し、さらさらとした砂に変わってゆく。そんな思いにとらわれる。
 彼等の瞳は確かにルーファウスを見ているのに、その焦点は遥か時空を越え、失われた影に結ばれているように思えるのだ。
「ルーファウス。」
 ちょうど今、父が自分を見ているように。
「私からのプレゼントを受けてくれるかね?」
 いつの間にそこにいたのか、給仕がグラスと冷えたワインとを乗せたワゴンを携え、控えていた。ワインボトルのラベルには、ルーファウスの生年が刻まれている。手付き良く開栓されグラスに注がれる赤い液体を、何の感慨もなく見つめる。
「お前の無事な成長を祝って。」
「……ありがとうございます。」
 グラスを掲げ、感情のこもらぬ答礼を返すと、ルーファウスは一息にその液体を飲み干した。
 早く、この空間から解放されたかった。自分のいるべき場所へ早く帰りたい。そこにはルーファウスをルーファウスとしてだけ見てくれる人がいて、その人は今日という日を“ルーファウスが生を受けた日”という本来の意味において、祝ってくれるだろう。
 何の味もしない食事を終え、挨拶をし、席を立つ。
 立ち上がったはずの足元が、ぐらりと重心を失い、床がせり上がってくる。咄嗟にテーブルクロスを掴んだ。派手な音とともに、花や食器が床に散らばる。
 自分が床に倒れているのだと気付くのに、数瞬を要した。
「おや、かなり酔ってしまったようだね。」
 歩み寄る父の足が、視界に入ってきた。
「そんなに飲ませたつもりはないのだが……まぁ、特別製だからな。」
 頭上から降り注ぐ声が、意味あるものとして聞こえない。悪寒が身の内を凄まじい勢いで駆け巡り、脂汗が出る。
 髪に触れる父の手を感じたのを最後に、ルーファウスの意識は溶暗した。


 ぼんやりとした灯りが、目の端に映る。光源を確かめようと頭を巡らせると、ひどい頭痛に襲われた。宿酔のそれとは違う、掴みどころのない、だが、吐きそうなほど激しい痛み。
 キングサイズのベッドに服のまま寝かされていた。どうやら父の私室のようだ。起き上がろうとしたが、体に力が入らない。耳鳴りがする。
「動かない方がいい。もっとも、動けないだろうがね。」
 頭上から、父の声が聞こえる。枕元にある指向性のライトがこちらを向いているため、父親の表情は見えない。たとえ見えたとしても、表情から意を汲めるような人物ではなかったが。
「すぐ帰りますから、ツォンを……」
 呼んで下さい、と言いかけ、はっと思い出す。ツォンは今夜から出張で本社にいない。ここのところ活動が激化している反神羅組織対策に追われ、あちこち駆けずり回っているのだ。
「帰る必要はないよ。まだプレゼントを受け取ってもらってないからね。」
 プレジデントがぱちんと指を鳴らすと、次の間の扉が開いて屈強な体つきの男が二人、入ってきた。だらしない身形に似つかわしく、やに下がった目付きでルーファウスを眺め回し、ヒューと小さく口笛を吹く。
「へぇ〜、えれぇシャンじゃんか。」
 言葉付きや風情からいって、神羅内部の人間でないことは明らかだった。大方スラムのゴロツキだろう。こんな素性の知れない人間をここに通して、一体何をしようというのか。
「いいのかよ、おっさん。」
 男の一人が、プレジデントに尋ねる。
「ああ、構わん。好きにしろ。」
「いい趣味してるぜ、まったく。」
 ベッドに近付いてくる男達の下卑た表情に、これから起こることを予測したルーファウスは、自由の効かない身体を懸命に動かし、後ずさった。
「おーっと、大人しくしてな!」
 両腕を掴まれ、ベッドに押さえ付けられる。
「なっ、何をっ!!」
「大人しくしてりゃ、いい目見せてやるからよ。」
 もう一人の手がベルトにかかった。その手を振り解こうと身を捩るが、やはり思うように身体が動かない。唯一自由になる口で、必死に抵抗する。
「離せっ! 僕に…触るなっ!!!」
 仰け反った視界の先に、ミッドガルの夜景を背にして佇む、父のシルエットがある。
「何で、こんな……、父さんっ」
 ルーファウスの叫びに、男達の動きが止まる。組み敷いている青年とプレジデントとの続柄を知り怯んだのか、二人を交互に見比べる。
「構わん。続けろ。」
 確かに父の声で下されたその命令に、ルーファウスは言葉を失った。神経が灼き切れてしまったかのように目を見開き、脱力する。
 短い言葉に含まれた有無を言わさぬ威圧感に気圧され、男達の作業が再開された。
 抵抗をやめたルーファウスの身体から、衣服が剥ぎ取られる。身体中いたるところに、舌と指が這い回った。
 快楽は、生じなかった。嫌悪すら無かった。ただ、あの風が吹くのを感じた。絶望という名の風が胸の内で荒れ狂い、最後の心のかけらを今砂に変え、吹き散らしている。総てのことが、自分とは関係ない遥か遠くで行われているかのように思えた。
 感じた憶えはないのに、二度、吐精した。それを潤滑剤に、後庭を貫かれた。骨が軋み、身体がバラバラになるほどの苦痛に、悲鳴を上げる。
 父が、こちらを見ている。その表情は見えないが、きっとあの目で自分を見ている。『ルーファウス』と呼ぶときの、あの遠く、思い馳せるような目で。

 もう何も、感じられない。苦痛も快楽も嫌悪も屈辱も。
 情報の過剰入力に、心身が麻痺してしまったかのようだ。
 そう思う意識すらやがて手放し、ルーファウスは底知れぬ闇の中、どこまでも堕ちていった。

 それは、悪夢の始まりでしかなかった。
 二日と空けず、ルーファウスはプレジデントの私室に呼ばれた。
 相手は一人の時もあったし複数のこともあったが、同じ人間が現れることは無かった。恐らく、ことが済めば殺されるのだろう。世界を統べる大企業神羅の中枢で、夜毎こんな背徳が繰り返されていることを、世間に洩らすわけにはいかないだろうから。
 自分にのしかかり腰を振り立てている男が、数時間後にはこの世から消えてしまうのだと思えば、いっそ憐れでもあったが、憐憫はやがて己に降りかかり麻痺した心のかさ蓋を剥がそうとする。
 逃げることはできなかった。
 神羅の未来を背負う者として神羅の中で生を受けたルーファウスは、それ以外の世界を知らなかった。父の手の届かない世界で、生きてゆく術を。
 カゴの鳥は、飛べることを知らないままなら幸せかもしれない。だが、生来飛べない上に更にカゴに入れられ羽根を毟られた鳥である自分に、一体どんな希望が残っているのだろうか。


 昔、小鳥を飼っていた。
 それは元々野生だったものを、雛から育て、馴らしたものだった。
 飛べるようになると毎日バサバサと羽を鳴らし、切な気にルーファウスを見つめ啼くので、せめてカゴから出してやりたいとツォンに訴えると、ツォンは鳥が外に逃げぬようにと風切り羽根を切ってくれた。
 部屋に放した小鳥は嬉し気にそこらを飛び回り、さえずった。ひとしきり飛び回ると、鳥は自らカゴに戻った。
 そして、その日から、何も食べなくなった。
 餌を替えても、水を替えても、無理矢理くちばしをこじ開け食べさせようとしても、決して受け付けず、やがて、死んでしまった。
 鳥カゴの床で固く冷たくなっていたその死体は、生の名残りをかけらほども留めず、ルーファウスの手のひらに軽々とした質量だけを伝える。その呆気なさに戸惑うルーファウスを抱きしめ、ツォンが泣くのを堪えているような声で『すみません』と言ったとき、初めてルーファウスは自分が泣いていることに気付き、この感情が“哀しい”というものだと知ったのだ。
 哀しいことも嬉しいことも、泣くことも笑うことも、みんなツォンが教えてくれた。ツォンがいつも傍にいてくれたから、ルーファウスはルーファウスという一人の人間になれたのだ。

 そのツォンが、今は傍にいない。
 例の反神羅組織対策の他にも何か任務があるようで、ツォンの長期出張はもうひと月に渡っている。
 ツォンに会えぬまま、夜毎心が壊れてゆく。
 ツォンが教えてくれた、人間らしい感情が、一つひとつ失われてゆく。
「……ツォンっ」
 堪えきれず、ひそと名を呼ぶ。
(早く、早く帰ってこい! 僕が僕でいられるうちに……)

 人材が尽きたのか、夜毎の相手は、やがて見知らぬ男達からよく見知った部下へと代わった。
 品の無い笑いに嫌悪と軽蔑しか抱いていなかったその男に組み敷かれることに、さすがに耐え切れず激しく抵抗した。
「以前からこうしたかったんですよ」と言って、男はガハガハと笑った。常から自分に向けられていたあの不躾な視線にはこんな意味があったのかと、更なる嫌悪に身を震わせ、その身を押し退けようと暴れる。
 自分でもどこにこんな気概が残っていたのかと驚くほど、ルーファウスの抵抗は激しかった。だが、分厚い体躯に怒りのベクトルは虚しく吸収され、やがて組み伏せられる。舌を噛もうとした顎を掴まれ、着ていたガウンの腰紐を捩じ込まれた。
 こちらを向き、葉巻を燻らす父の姿を見て、気付く。今自分を突き動かしている感情は、嫌悪でも怒りでもなく、恐怖だと。

 それは、純然たる恐怖だった。
 この男に抱かれることなど、これまで受けてきた数々の恥辱を思えば、塵の山の上にまたひと粒、塵が積もる程度のことでしかない。問題は、彼が部下であるということ。彼の同列にある者やその下に連なる者達も、この行為の候補者として数えられるということ。
 それは即ち、やがてこうしてツォンに抱かれる日が、来るかもしれないということ。
 その未来図は、ルーファウスの心胆を芯から凍りつかせた。
 もしそんな日が来たら、自分は生きてはいられないだろうと思った。
 ツォンはあの、哀しみに満ちた眼差しで、その時自分を見るだろう。そしてルーファウスは、自分が自分でいられる唯一の場所を、永遠に失うのだ。
 確定されたものとして用意されているわけではないその未来図は、想像だけで致死レベルを超える。

 上になった男が、ルーファウスの身体に性急な愛撫を加え始める。
 内腿に触れる手に、ツォンのさらりとした温かい手を思った。首筋に立てられる歯に、ツォンの綺麗な白い歯列を思った。
 今まで一度も経験したことのない快楽が、躯の奥底からわき上がってくるのを感じる。
 ツォンに抱かれる恐怖の中に、魂を揺るがす快楽が潜んでいることに気付く。
 涙が、滲んだ。
 精神がツォンという存在を求めるから、肉体もツォンを求めるのだろうか。わからない。誰よりこの姿を見られたくない人物に、誰より抱かれたがっている。躯と心がバラバラだ。涙が止まらない。
 声にならない声でたった一人の名を呼びながら、いつ果てるともしれぬ快楽の波に、ルーファウスは飲み込まれていく。


               *     *     *


 長い出張から、ツォンが帰ってきた。
 副社長室に現れたツォンは帰社を報告すると、いつもと同じようにルーファウスに向かって微笑む。
 いつもと同じように笑顔を返せないルーファウスは、俯いたまま退室を促す。
「どうした。用が済んだら、もう下がっていいぞ。」
「…はい。」
 ツォンの声に、いぶかし気な響きがこもる。縋りつき、泣きたい衝動に駆られて、己が腕を握りしめる。

 タークスの仕事が無い間は、ツォンは勤務中いつでもルーファウスの声の届く範囲に控えている。あれほどツォンの帰りを待ちわびていたというのに、今はツォンの気配に息苦しさを覚える。
 いっそすべて、打ち明けてし


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