ちょっと不幸なツォン×ルー小説
第4回


投稿者 いそら 日時 1997 年 10 月 12 日 03:56:17:

いつの間にやら第4回。遅筆…という程でもないか(^^;)
長きにわたる(笑)同人人生中、かつてない勢いで書きなぐってます。煩悩生産率300%増(当社比)って感じです。
書いてないと、右手が疼いて眠れんのですぅぅ(←あぶねーな、おい(汗))

というわけで、内容も作者も段々あぶなくなってきた第4話、楽しんでいただけたら幸いです☆



 夜半、唐突に目が覚めた。背中がじっとりと、汗で濡れている。
 無意識に枕元の時計を見る。午前二時過ぎ。
 何かひどい悪夢を見ていた気がする。既に夢の輪郭は闇に溶け、掴めなかったが。

 妙に、胸が騒ぐ。

 急事に備え、服を着たまま寝るのが常であるツォンは、くせの無い長い黒髪をざっと手櫛で後ろに撫で付け、上着を羽織るだけの身仕度を済ますと、足早に自室を飛び出した。
 プライベートフロア入口の声紋検知システムに名を告げ、ルーファウスの自室へと向かう。

 鍵は、開いていた。
「ルーファウス様?」
 部屋は静まり返り、しんと冷えた空気は長時間にわたる主の不在を伝えるのみ。
(こんな時間に、一体どこへ……?)
 いや増す不安感に、鼓動が早まる。
 廊下に戻り、左右を見渡す。
 足元に並ぶ常夜灯のほの灯りに照らされた、長い通路。その灯りのひとつを塞ぐように壁に寄りかかり、足を投げ出すようにして座っている人影が見えた。見慣れた金の髪と、すらりと白い手足。
「ルーファウス様!!」
 駆けつけ、抱き起こした身体に意識はなく、ぱたりと床に手が落ちた。濃いアルコール臭が、鼻をつく。
 素肌にバスローブだけをまとった姿でどれほどの間ここに倒れていたのか、夜気に体温を奪われ、手足は石像の如く冷えきっている。
 乱れた金髪が青ざめた頬に散り、ローブの間から垣間見える肌にはいくつもの暴虐の痕が見てとれた。
(何故こんなことに!? 一体誰が…?)
 万全のセキュリティーシステムに守られたこのプライベートフロアには、ごく少数の限られた人間しか出入りできない。システムが何の異状も知らせなかった以上、加害者は内部の人間ということになるが…。いや、しかし……。
 衝撃に過熱した頭に、疑問が空回りする。


 部屋に運び込み、ルーファウスをベッドに横たえると、ツォンはバスルームに駆け込んだ。熱い湯を張ったシンクに、あるだけのタオルをズブズブと浸す。
 鏡の中の自分が、かなり色を失していることに気付く。
(私がしっかりしないで、どうするんだ!)

 意識の戻らないルーファウスの身体を、熱いタオルで丹念に拭く。太股にこびりついた血の跡に、どきり、と心臓が跳ね上がる。と、酒精にくぐもった不明瞭なうわ言がルーファウスの唇から漏れた。
「…や、めて……、父さ…」
 もたらされた衝撃に、ぐらり、と床面が傾いだ気がした。一度思いつき、しかしすぐさまその可能性を打ち消した人物が、この行為の加害者であるらしかった。
 父親が、息子を犯す。
 光景が脳裏に浮かび、そのおぞましさに激しくかぶりを振った。閉じた瞼の裏で、陵辱の跡に彩られたルーファウスの白い肌が明滅する。

(これだったのか!? この数カ月来の彼の異変の原因は。)

 そうに違いなかった。側にありながら何も気付けなかった己の不明に歯噛みしながら、ツォンは心の傷まで拭き取らんとする思いで、ルーファウスの肌を拭き浄める。
 幾分赤味のさしてきた頬に触れる。形の良い細めの眉、長い睫毛、筋の通った鼻梁、薄いくせにどこか肉感的な唇、男にしては線の細い、理知的な頤。美しい、と思う。だがあくまで彼は男性なのだ。その上加害者と思しき人物にとっては、実の息子なのだ。
 狂っている、としか思えない。


 パジャマを着せかけようと、上体を抱き起こした。途端、強い力で抱きつかれ、バランスを崩した。首に廻った腕に力が籠り、折り重なるようにベッドに倒れ込む。
「ルーファウス様!?」
 呼びかける声を唇で塞がれる。ほのかに残るアルコールの甘さと、絡み合う相手を求め口腔をねぶる舌の動きに翻弄され、頭の芯がチリチリと焦げつく。
 砕け散りそうな理性を必死にかき集め、ツォンは身をもぎ離した。信じられない思いで、下になったルーファウスを見つめる。
 視線が絡み合う。

「……そんな眼で、僕を見るな。」
「ルーファウス様?」
 ツォンを押し退け上体を起こすと、ルーファウスはシーツを引き摺りながらベッドから這い出た。二、三歩歩くとよろめき、その場にぺたんと座り込む。差しのべられたツォンの手を力無く振り払い、丸めた背をシーツでくるみ、ぽつりと呟く。
「君は、僕を抱くためにここにいるんじゃないのか。」
「そんなこと、するわけが無いでしょう。」
「そんなこと!? …ふっ、あはははははは!!」
 引きつるような、あの哄笑。背を向けたままのルーファウスの表情は、ツォンからは見えない。
「そうだ。確かに“そんなこと”だ。軽蔑に値する行為だ。部下だろうが親父だろうが、望まれれば自分から足を開いてよがり声を上げるんだ、僕は。ねえ、滑稽しいだろう? 狂ってると思うだろう!?」
 彼の口から自分を卑下する言葉を聞くのは、これが初めてだった。
 こんな台詞を吐くほどに傷つき、苛まれてきた彼に対し、かけるべき言葉が見つけられなくて、ツォンは強くルーファウスを抱きしめた。腕の中で、彼が身を固くするのがわかる。
「何もしません。大丈夫ですから。」
 肩が震えた。泣いているのかと思った。
「くっ、……ふふ、あはははは。違うよツォン、違うんだ。」
 身をよじり、向き直る。間近に見つめ合う瞳。
 一瞬の静寂を裂くように、ルーファウスの唇が動く。
「…欲しいんだ。ツォン。」
 囁きより密やかな、告白。
 瞳を閉じぬまま唇が触れ合い、すぐまた離れた。
「……酔って、いるんですか?」
 応えは返らない。真意を汲み取ろうと、碧い湖のような瞳を覗き込む。が、そんなツォンの視線を支えかねたのか、すぐに伏せられてしまった。代わりに指が、ツォンのシャツのボタンにかかる。

 ルーファウスが何を望んでいるのかは明白だ。だが、そうすることで彼が救われるわけじゃないことも、解っている。
 行為だけで救えるのなら、いくらでもそうする。命を投げ出せというのなら投げ出しもしよう。
 だが、それでは救えない。彼を救えるたったひとつの切り札が、ツォンの手には無い。
 人殺しの自分が、愛の名を借りたエゴイズムで人を死に追いやった自分が決して持ち得ない、生きるための愛情。
 頬に伸びたルーファウスの手を、優しく押し止める。
「だめです。きっと、後悔します。」
 誰が? ルーファウスが? 自分が? そう、自分が。
 愛することに失敗して誰かを不幸にすることは、もう二度と繰り返すまいと、あの日誓ったのだ。
「それでもいい!」
 ルーファウスの瞳が、胸を灼く激しさでツォンを射る。
「いいえ、いけません。」
 ルーファウスは大切だ。おそらく自分自身よりも。
 だからこそ愛せない、愛してはならない。
 人を殺す己の愛は、この身に封印したまま地獄まで持っていくのだ。

 ルーファウスの瞳から、急速に熱情が失われてゆく。ツォンの手指からすり抜けた腕が、はだけたシーツをかき寄せ、そのまま赤子のように丸くうずくまった。
「……出ていけ。」
 俯いたままの呟き。低い声音に含まれた冷気は、ナイフの鋭さでツォンの背をなぞり上げた。
「……わかりました。」
 立ち上がり、背を向ける。現実感が急に薄れ、ドアに向かう足取りが自分のそれではないように思える。
「二度と僕に近寄るな!!!」
 投げつけられた言葉は、激情に震えていた。泣いているのかもしれない、と思う。だが、それを確かめるために振り向く勇気は持てなかった。
「あのようなことが二度と起きぬよう、微力を尽くします。」
 背を向けたまま伝え、静かにドアを閉じた。


 自室へと歩を進めながら、ツォンはわき上がる自責や疑念と闘っていた。
 自分は逃げているだけではないのか。自身を守りたい一心で、ルーファウスを突き放してしまったのではないか、との思いに苛まれる。
 では、彼の望み通り抱けば良かったのかとも思うが、答えはやはり否である。
 心情的な理由に加え、いつ死ぬかも判らぬ身で彼の精神的な守護者になるのは、あまりに無責任な気がするのだ。

 自室に戻り、明かりをつけぬままベッドに座り込む。
 一番大切な人に対し、あまりに無力な自分。
 苛立ちと焦り、あるいは自分でも判らない、もっと別の感情。それらに思考を侵蝕されながら、闇を見つめるツォンを置き去りにして、ミッドガルの夜は更けていった。




おかしい……。なんですんなり幸せにならないんだ?
うちのツォンさん、モラトリアム型人間だったのね。こりゃ、ルーちゃんの幸せは遠いかも……。
でっ、でもっ、最後の最後には必ずハッピーエンドにしますから、どうか皆様見捨てないでくださいね〜(ToT)


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