ツォンルーでない
ツォンルー小説


投稿者 いそら 日時 1997 年 10 月 09 日 21:14:33:

さて、今回は「お仕事するツォンさん」なのでした。
そんでもって、ルーちゃん出てなかったりして……(汗) またしてもJAROなのかっ?!
その上、ツォンさんの性格が前回とえらく違っちゃったような……。お、おや〜?

こんなさまよえるツォンルー小説(…なのか?)ですが、楽しんで頂けたら幸いです(^^;)



 薄暗く人気の無いスラムの路地裏に、激しい誰何の声が響いた。それに続いたのは、入り乱れる靴音とうめき声。
 三人の男が、暗がりで揉み合っていた。いや、正確には二人、である。もう一人は少し離れた場所で腕を組み、その様子を見ている。
 ものの数秒で勝敗は決した。二人のうちの片方、スキンヘッドにサングラスの大男に後ろから羽交い締めにされた男は、武器を奪われ四肢の自由を拘束されながらも、歩みよるもう一人の男を怒りに満ちた眼差しで睨みつける。
「貴様ら、タークス、だな」
 正面に立った黒髪の男も、背後の大男も、何も答えない。
 沈黙を肯定と受け取ったか、男は言を継いだ。
「お前ら神羅のやっていることは、犯罪だ!!」
 首に回っている腕に、容赦ない力がこもる。
「ぐっ…! こ、このまま、魔晄エネルギーを使い続けてみろ。十年後、二十年後、きっと貴様らは後悔する! 貴様らの子供は、親を呪いながら生きることになるんだ!!」
 口角に泡をとばし、怒りに眼を血色に濁らせ、男は叫ぶ。
 唾がかかるほど間近で呪詛の言葉を受けている黒髪の男が、静かな声でさえぎった。
「あいにく、未来について考えるのは、我々の仕事ではないのでな」
と、小さく後ろの男に目配せする。
「…きっ、きさまらには、人間としての自覚ってもんが…っ、……ぅぐっ」
 ごきり、と骨の砕ける音がした。途切れた言葉の代わりに口から血の糸を垂らし、男は崩折れた。二、三度小さく痙攣すると、それきり、動かなくなる。
 男の頚部に指をあて、その死が完全なものであることを確認すると、黒髪の男は、立ち尽くしたままの大柄なもう一人に声をかけた。
「ご苦労だった。……ルード、大丈夫か?」
 呼ばれて初めて、自分がひどく疲れていることに気付く。
「殺しは、初めてだったか。」
「……はい。」
「じき、慣れる。行こうか。」
「あの…ツォンさん、死体は……?」
「放っておけ。スラムじゃ今時、珍しくもなんともない。」
と、口元だけで笑う。艶のある長い黒髪に夜風がからんで、肩で舞った。


 タークスに配属され、初めてツォンに会ったとき、ツォンはすでにタークスの主任であった。
(こんな優し気で静かな人が、あのタークスの、しかもボスだなんて)
と、ルードは心中驚きを隠せなかった。むろんその驚きを顔には出さない。だが、ツォンの口から次に出た言葉は……。
「仕事中はサングラスをすべきだな。そんなに目が饒舌では、君の折角の無口さに意味がなくなってしまうだろう?」
 うろたえるルードにつかつかと歩みよると、内ポケットに挿していた自分のサングラスを、ルードの制服の胸ポケットに挿し入れる。
 これまでどこに行っても、無口、無表情、無愛想で通ってきたルードは、予想外の展開にさらに驚き、もらったばかりのサングラスを慌ててかけた。
「よく、似合うじゃないか。」
 色を変えた視界の中で、ツォンがくすりと笑うのが見えた。

 以来、勤務中は必ず、そうでない時も極力、ルードはサングラスをかけることにしている。
 もらったものはサイズが合わないので使っていないが(それでも数日の間、「こめかみ、痛くないか?」とツォンに心配されるまで使っていたが)、捨てられなくて今でも自室の引き出しの奥にしまってある。

 なるほど勤務中のツォンは、決して感情を表に出さない。怖いくらいに。
 どんな残虐な光景が眼前に展開されても、眉ひとつ動かさず、淡々と与えられた仕事を処理してゆく。
 ツォンが自分と同じ、血の通った人間であることが疑わしく思えた頃もあった。
 だが最近、気付いてしまった。ツォンが唯一、人間性を隠しおおせなくなってしまう、弱点とも呼べるものが存在することに。
 この人は、気付いているんだろうか。
 ルーファウス新社長の傍らに立つときに、その姿を見る刹那に、その名を口にする度に、自分がどんな顔をしているのか。

 もう十年以上も、側に仕えているという。すでに家族のような存在なのだろう。
 副社長のことになるとまるで親みたいに、心配やら愛情やらがない交ぜになった表情を、眼の奥にちらつかせるツォンを、ルードは微笑ましく思っていた。この人にも温かい血が通っているのだと思えることが、嬉しいのかもしれない。
 初対面のときのお返しをいつかこちらからお見舞いしてやろうと、機会を窺っているというのも、事実であるが。


 懐かしい回想を断ち切り、隣りを歩くツォンの顔を横目で盗み見る。と、折しも無表情の仮面がはがれ、ルードの好きな、人間味溢れる瞳が帰ってこようとしている。
「……あ、ツォンさん、今…」
(副社長のこと、考えたでしょう)と言いかけ、やめた。奇妙な、違和感。
「何だ?」
「…いや、何でも……」
 いつもと違う、ツォンの表情。優しい、けれどどこか苦しげな、焦っているような。
(副社長に、何かあったのだろうか。それとも、ツォンさん自身に――?)
 タークス内においては、互いのプライバシーに言及しないのが常である。故に胸に浮かんだ問いかけは、声にせぬままかき消した。
「明日は非番だ、ゆっくり休め。」
「……はい。」

 歩み去るツォンの背を、ルードはただ、見送ることしかできなかった。


               *     *     *


(これでしばらくは、タークスの仕事も楽になるだろう。)
 尾けられぬ用心に入り組んだルートを帰途に選びながら、ツォンは小さく溜め息をついた。
 近年とみに派手さを増してきた、アバランチと名乗る反神羅組織の活動。
 発足当初は平和的集会やデモ行進、ビラ配りや不法な看板立て程度の活動にとどまり、神羅側も黙認の姿勢を保っていた。が、二年ほど前、組織のリーダーが急進派の若手にとって代わってからというもの、その活動は破壊的な性格を増し、一般人に死傷者が出るような事件も度々起こすようになっていた。
 私兵集団をもつ神羅が、武力によってそれを鎮圧することは、たやすい。だが、プレジデント神羅は、ことが公になる手法を好まなかった。
 「タークス」の出番である。

 『アバランチのリーダーを暗殺せよ』

 それが、今回の指令であった。
 頭目ひとりを消すことで、組織全体が壊滅に至るかははなはだ怪しかったが、現在のアバランチの組織性はそのリーダーのカリスマ性と、破壊活動に対する豊富な知識に拠るところが大きく、求心力を失った集団の著しい弱体化は、当然得られる結果と思われた。
 タークスの仕事は、こうしたいわゆる“濡れ手仕事”と呼ばれるものがほとんどで、同じ組織の中ですら嫌悪と蔑視の対象とされている。

 けれど、ツォンは思うのだ。
 誰も傷つかずに済むなら、闇に紛れて消え去る事実があってもいいではないか、と。
 どうせ流血が避けられないなら、流れる血は、少なければ少ないほどいいのではないか、と。
 事実、タークスの働きで大規模な武力衝突を避けることができた事例が、山ほどあるのだ。
 世界中の人間皆が、同時に等しく幸福になれる世界が望めない以上、疑問を抱くことなく、自分はこの仕事を続けていくだろう。でも……。


 ―いくら言い訳しても、所詮は人殺しだ。―


 神羅本社ビル内、プレジデントやルーファウスの部屋があるプライベートフロアの、すぐ下の階にある自室に辿り着いたツォンは、まっすぐシャワールームへ向かった。
 叩きつけるような熱い湯を全身に浴び、強く身体をこする。こんなことで、殺人者の印が消えるわけじゃないことはわかっているが、そうせずにはいられない。
 殺した相手の返り血は、心に付くのだ。
 染みついた血は何年経っても消えることなく、胸の内で、匂い立つ。

 十七歳のとき、初めて人を殺した。
 直接手を下したわけではなく、あくまで、事故だったが。けれど明らかに、自分が彼女を死に追いやったのだ。
 とても、愛している人だった。
 相手も、自分を愛していると言ってくれた。
 なのに、殺してしまった。彼女が死んでゆくのを、止められなかった。
 最期に彼女がくれたのは、謝罪の言葉。責めもなじりもせず、ただ一言、『ごめんね』と。
 そのとき初めて気付いた己の罪業の、なんと深いことか!

 それ以来、自分が世界から切り離されている感覚が、常に心のどこかにある。
 “仕事”の間は、特にその感覚が著しい。

 世界との隔絶感は、自己の喪失感に似ている。
 悪夢にも似た浮遊感のなか、自分と世界とを繋ぎ留めるくさびを求めて、ツォンはつぶやく。
「ルーファウス様……。」
 彼だけが、今のツォンの心の支え、現実世界とツォンとを繋ぐ、くさびであった。ルーファウスといるときだけ、ツォンはツォンでいられるような気がするのだ。
 だからこそ、決して彼にはこの貌を見せたくなかった。自分を見失った、人殺しの貌を。


 バスルームから出て、時計を見る。午前0時を少し回っていた。もうルーファウスは就寝しているだろうか。
 まあ、いい。どのみち明日からしばらくの間、タークスの仕事は暇になるだろう。彼の為に割く時間は、山ほどある。
 今会えない一番の理由をそんな言い訳に紛らわせ、ツォンはベッドにつく。

 寝入りばな、先刻死んでいった男の顔を、思い出す。
 自分自身より大切なものを持っている、現在は未来へと確実に繋がってゆくと信じている、そういう人間の顔だった。
 自分もいつか、あんな表情を持ち得るのだろうか。と、漠然と思いながら、ツォンは眠りの淵に身を沈めた。




あぶない、あぶない。
もう少しでルード×ツォンなどとゆー超マイナーなカップリングを展開してしまうところでした。(←ご要望があれば、いつか、書きたいです…が……(←死!!))
あぐり師匠に触発されて、受けるツォンの魅力に目覚めてしまったらしい…(汗)


以下追伸、というか私信です。
 たぬねこーほんぽ様、
 前回のレスでは興味深い設定を読ませて下さって、ありがとうございました〜☆
 いやー、事前の設定は、ホント大事ですよね。
 私、いつもそのへんおろそかなままに書き始めて、
 途中で「うっ、やべぇ」とか「ぎゃ〜、しまったぁ」とか叫びながら書くハメに陥るという…(^^;)
 例にもれず、今回もだぁ〜(泣)


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