ヴィンクラ30%(2) |
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一年中、冬以外の季節が来ることはないというアイシクルエリアの奥地である。ガイアの絶壁を見上げるレノとルードの目が、微妙に「・・・」の色を見せるのを、ヴィンセントは見逃さなかった。
「さあ、行くぞ」
「・・・」
「・・・」
ルードは元から無口だが、なぜかレノまで無口になっている。
ヴィンセントは事もなげに、
「大丈夫だ・・・私はこの絶壁を、歩いて制覇したことがある・・・」
「・・・」
「・・・」
「私の部下を名乗るなら・・・このくらいは出来るだろう」
我ながらむちゃくちゃな理屈だと思ったが、ヴィンセントはそれで押し通してしまった。
「気をつけてな。あの若いのの小屋は、ここからも少し上だが」
山小屋の管理人ヤマスキーが、のんびりと言った。
「体温の回復だけは、忘れなさんなよ・・・」
寒い。それにしても冷える。雪は今はやんでいるが、空気は高く澄みつつも凍りついていた。
ヤマスキーはまだ、登山者を助けるという意義を持っているからいいかも知れないが、ただ「セフィロスの後をとむらいたい」という動機しか持たないはずのクラウドが、何でこんなところで暮らして行けるのか・・・。
セフィロス・・・死してなおクラウドに自分を追わせようと言うのか・・・。
(いや・・・果たしてセフィロスが、こんなことを望んでいるだろうか)
ヴィンセントは自問自答する。ここへ来る途中ずっと繰り返してきた問いである。
(・・・違うような気がする・・・。私がセフィロスなら、クラウドをここまで追いつめたいとは・・・)
が、そこでふと、思う・・・。
もし・・・自分がシドより前に死んでしまったとして・・・。
シドが、「待ってました」とばかりにシエラと結婚・・・幸せに暮らす・・・。それはそれでいいことであり、祝福してやるべきなのだろうが、正直、何となく悲しい。
かと言って、シドが自分の後追い自殺・・・それもイヤだし、困る。大事な人には、末永く幸せでいてほしいと思う。たとえその幸せが自分とでなく、他の人間との間に築かれるものであったとしても。
でも、あまりにもあっさり立ち直られても悲しいし・・・。
(シド・・・今ごろあんたは、私のことを想っていてくれるか・・・?)
何だか、こんな場合なのに、シドのことを思い出してやるせなくなってしまうヴィンセントであった。シドのタバコのにおい、温かいベッド・・・無精ひげの感触までがなまなましく甦ってきて、ふっと呼吸がせつなくなってしまう。
(ああ、シド・・・)
「・・・まぁ一杯やってくんな。今夜は俺がおごるからよ」
あぁシド。恋人が地の果てで苦労していると言うのに・・・。
「どうもご心配おかけしました」
にっこりしながら「かめ道楽」で杯を受けているのは、かのオリキャラ、ジョン・バトルブリッジ中尉である。
「何にせよよかったな、お前さんはおとがめなしで・・・」
「はい。自分も辞職を決意していたのですが、リーブ社長の熱心な慰留を受けまして・・・もう一度やり直すことにしてみました」
若々しい白い歯を見せながら、ジョンは言った。
「そうか。おやじさんは大変だろうが・・・ま、親父は親父、あんたはあんただ」
「そう言っていただけると、助かります。父のことではどれだけご迷惑を・・・」
「いいってことよ、もう済んだことだし」
シドは手を振った。本当を言うと、ジョンの父のことは、あまり思い出したくない。
「・・・それより、計画が本格始動になったらよ、前に頼んだこともよろしくな」
「前に・・・あぁ、シエラさんのことですね。おまかせ下さい」
ジョンはちょっと辺りを見回して・・・。
「ところで・・・ヴァレンタイン氏は、今夜は?」
「あいつは、今、出張でよ」
シドは顔をしかめた。本当なら今日あたり帰ってくる予定だったのだが、予定が狂ったらしい。「アイシクルエリアへ行くことになった。帰りが遅くなるが・・・」という連絡があったのは、もう三日前のことである。
本音を言えば、とても寂しい。そろそろヴィンセントの肌が恋しくなるころ・・・である。だが、シドはそれを素直に表現したりはしなかった。
「まぁ、いいやな。うっとおしいのがいなくて、ゆっくり飲めるしよ」
「・・・ほんとですか?」
ジョンの目が、きらりと光った・・・のを、酔っ払って浮かれていたシドは、見ていなかった・・・。
そんなこととは知らないヴィンセントは、シドのことを思い出して胸を熱くしながら、機械的に足を動かしていたが・・・。
「・・・と、あれかな、と」
不意に、レノが白い息を吐きながら指さした。確かに前方に、小さな山小屋がある。
「クラウド・・・あんなところに一人で?」
ヴィンセントははっとした。小屋の外に誰か倒れている・・・。
「・・・クラウド!」
ヴィンセントは駆け出した。雪の中に埋もれかけた、きらりと光る金髪・・・。
レノ、ルードも慌てて後を追った。
ヴィンセントが助け起こした時、クラウドは白く凍りつきかけていた。だが、神よ、まだ心臓は動いている。
「・・・火を起こしてくれ」
クラウドを抱き上げながら、ヴィンセントは命令した。
「湯をわかして、医者を・・・いや、ここまで来てくれる医者はいないか・・・」
「・・・支社に連絡して、迎えのヘリを呼ぶ、か?」
ルードが機転をきかせた。ヴィンセントはうなずいて、
「ルード、頼む。レノは手当ての準備を・・・」
言いながら、ヴィンセントは山小屋の扉を開けて、中にクラウドを運びこんだ。
中は驚くほど殺風景だった。ストーブとベッドと、ランプと、粗末な木の椅子とテーブル・・・隅っこに薪が積み上げられている。それだけだ。
こんな所で、よくも数カ月、一人で暮らして来たものだ・・・。ヴィンセントは胸を打たれた。
(そこまでセフィロスのことを・・・)
レノがストーブに火を入れ、薪をどんどんくべた。床にころがっていた鍋に雪をとってきて沸かすと、小屋の温度がどんどん上昇して、汗ばむほどになった。
ヴィンセントはクラウドの濡れた服を脱がせた。肌はもう白いのを通り越して、ロウのように半透明にさえ感じられる。ヴィンセントはいたましいその肌をマッサージした。
「・・・だめだ、クラウド・・・」
どんなにこすっても、クラウドの肌に血の気がよみがえらない。ヴィンセントは絶望しかけたが・・・、ふと思いついて、自分が服を脱ぎ捨てた。
「お、おい?!リーダー・・・こんなとこでソノ気になったのかな、と」
レノが仰天しながらも、軽口を叩いた。
「人肌で温めるんだ。わたしの・・・体温で」
ヴィンセントもそう体温の高いほうではないが、それにしたって35度くらいはある。冷えきったクラウドを温めることくらいはできるだろう。
彼は、抜けるように白い肌を、クラウドの半透明な肌に重ね合わせ、ぴったりと抱きしめた。
壊れた人形のように美しい少年と、人間の美ではない美をたたえた美青年のからみ・・・。それは、世にもなまめかしい眺めであった。本人たちはそれどころではなかったのだが。
レノは・・・こんなときなのに、にやりと笑った。
「マキがなくなりそうだ、と・・・表から取って来よう」
レノはありったけのマキをストーブにくべると、小屋から出ていった。どういうつもりなのか・・・。
ヴィンセントは、それどころではない。ただひたすらにクラウドを温めることだけに専心していた。
「クラウド・・・しっかりするんだ」
抱きしめ、時折肌をマッサージしながら、耳元にささやく。
「ふ・・・」
クラウドの口から、声が漏れた。
「クラウド!気がついたか?」
「あ・・・う・・・セフィ・・・」
クラウドは、無意識に、ヴィンセントの背中に腕を回した。
「セフィ・・・来てくれたんだね・・・?」
「クラウド・・・それは違う・・・」
ヴィンセントは哀れさといじらしさに、胸が詰まった。
クラウドはうっすらと目を開けた。
「あ・・・セフィ・・・じゃない?誰・・・?」
「私だ・・・わかるか?覚えているか?」
「ヴィン・・・セント」
表で、細腕ながらなかなか見事な手つき腰つきマキを割っていたレノのところに、ルードが雪を踏みながら近づいてきた。
「どうだったかな、と・・・」
「駄目だ・・・もうじきまた吹雪が来るらしい。ヘリはそれがやむまで出せないそうだ」
ルードはかぶりを振った。レノはちっちっと舌を鳴らした。
「そいつは面白いことになったな、と」
「なに・・・?」
「いや、何でもないぞ、と」
「とにかく、ボスにこのことを・・・」
小屋に入ろうとしたルードの腕を、レノは掴んで引き留めた。
「?」
「もうちょっとそっとしておこうじゃないか、と」
「・・・」
「邪魔しちゃ悪い」
「レノ・・・なにを期待してる」
「放っとけば・・・ちょっと面白いものが見られるかも知れないぞ、と・・・」
レノ、あんたって子は・・・ちったあ懲りろよ・・・(T0T)。
閉じ込められた山小屋で、ヴィンセントとクラウドの(そしてレノルードの)運命は如何に・・・。
一線を越えてしまうのか、ヴィンクラよ(^^;)。
てなわけで、今夜はここまでです。ここまででも、読んでくだすった貴女には、感謝のチュッ☆