たいとるが思い付かない…(9)


投稿者 あぐり 日時 1997 年 9 月 22 日 02:15:09:

 意識をなくして倒れたシドを、ヴィンセントは抱き上げて部屋の中に運びこみ、とりあえずソファに横たえて、手当てを始めた。
 ぐったりと痛々しいその姿・・・。
 ネクタイをゆるめ、シャツの襟をくつろげると、その下までが痛ましい傷だらけになっていた。まぎれもない、男たちのつけた傷である。
 あの輝く肌が、見るかげもない。・・・手当てをするヴィンセントの手が震えた。
 指先の爪に血がこびりついている。抵抗したのだろうか。
「シド、頼む・・・目を開けてくれ」
 すべての傷を洗い、清め終わると、さすがにヴィンセントはたまらずに、震える声をかけた。
「う・・・」
 シドが顔をしかめながら、目を開けた。
 ぼんやりとしていた焦点が、ヴィンセントの美しい顔の上で合った。
「・・・ヴィンセント?」
「シド」
「・・・俺・・・どうしたんだっけか・・・」
「・・・」
「お、お前・・・なに泣いてるんだ?!」
 シドはびっくりして身をこわばらせた。ヴィンセントは血の気のない唇を噛み締め、白い頬に涙の筋を伝わらせていたのである。
「すまない・・・すまない、シド」
 ヴィンセントは、ぎゅっとシドのからだを抱きしめた。
「許してくれ・・・守ると言ったのに」
「そ、そんな・・・お前が悪いわけじゃ」
 シドのほうが面食らってしまった。
「何をされたんだ?シド・・・男たちに」
 シドは、きゅっと身を固くした。
「それは・・・言えねえ」
「はずかしめられたのか」
 シドは、かぶりを振った。
「違う・・・そんなこと!」
「手当てをしたのは私だ。私にはわかる」
 それでもシドは否定し続けた。
 言えない・・・とても言えるようなことではないのだ。
 ヴィンセントの指先が、シドの二の腕に食い込んだ。
「シド」
「・・・」
「私といっしょに死のう」
「・・・え、ええ?!」
 シドは、びっくり仰天してヴィンセントの顔を見た。何と言うことを言い出すのか・・・。
 ヴィンセントは、こわいほど真摯な顔だった。
「私にはもう耐えられない。あんたを誰か他の人に渡すくらいなら・・・いっそここで、あんたを殺して私も・・・」
「ま、マジかよ・・・」
 シドは背筋に寒いものを走らせた。
 シド自身、死にたいくらい屈辱で、つらい目に合わされたと思っていたが、まさかヴィンセントにそう出られるとは思ってもみなかった。そうだとしたら別に彼は、ほんとに死にたいわけではないのだ。
 ヴィンセントのガントレットが、シドの首筋に巻きついた。
 シドの青空色の瞳が、恐怖で凍りついた。
「・・・永遠に私のものでいてほしい、シド。わたし一人のものだ」
「や、やめろっ、ヴィンセント・・・お前の冗談、面白くねえぞ!」
「私は本気だ」
 ヴィンセントのガーネットの瞳が、怖いほど真摯にシドの瞳を覗き込んだ。
「もう誰にも手は出させない。汚い欲望も、陰謀も手の届かぬ世界へ・・・二人きりで旅立とう」
「やめ・・・」
「20数年、あこがれつづけた甘美な永遠の闇の世界・・・あんたとならば、よろこんで旅立てる・・・」
ばかやろう!
 シドは、じわじわと首を絞められながら、ぎゅっと目をつぶって叫んだ。
 目じりから、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
 ヴィンセントははっとした。はっとして手を放した。
 シドはソファに身を投げ出して、ごほごほと咳込んだ。
「す、すまない・・・」
 ヴィンセントは我に返り、シドの背中をさすった。
「てめえ・・・てめえ、まっとうになったんじゃなかったのかよ」
「・・・」
「これじゃ、むかしのてめえとおんなじじゃねえか・・・バカヤロウ!バカヤロウ!」
「すまない・・・」
「昔の、陰気くせえヴィンセントなんか、俺は嫌いだよ・・・」
 シドはもうこらえきれなくて、声を忍ばせながら、泣いてしまった。
 自分の身の上に起きた出来事もつらくくやしかったし、何より、ヴィンセントの仕打ちが情けない。彼が愛していたのは、あんなヴィンセントではなかった。シドは、後ろ向きなヤツなんか大嫌いなのだ。
 ヴィンセントは、たまらずに・・・おろおろしながらシドを抱きしめ、唇で涙を吸い取ろうとした。が、シドは邪険に彼の身体を押しのけた。
「あっち行け!てめえの顔なんざ、見たかあねえや・・・!」
「シド・・・」
「・・・と、ここはてめえの部屋だったんだな・・・」
 シドはよろよろと立ち上がった。
「どこへ行く」
「俺の部屋に帰るんだ。いや、俺あもう帰る。ロケット村へな」
「な・・・何だって」
「どうせもう俺はここにはいられねえんだ」
「何故?!何を・・・何をされたんだ、シド」
 ヴィンセントは・・・もともと顔色が悪い男だが、今はもう積極的に青ざめていた。答えは聞かなくとも何となく見当がついたが・・・。
 シドも、殺されても言うつもりのない事実であった。だが、もう我慢できない。騎虎の勢いで、シドは吐き捨てるように言い放った。
「さっき、バトルブリッジの手のもんにまわされて、ビデオ撮られちまったんだ」
「・・・」
「あんなもんで死ぬまで脅迫されるくれえなら、もういっそ何もかもおしまいにしちまえ」
「ダメだ・・・ダメだ、シド」
 ヴィンセントも、珍しく感情的になっていた。彼は手を振り回した。
「あんたこそ、やけになってる。一時の感情でそんなことをしてはいけない」
 シドはヴィンセントを、まるで自分をはずかしめ傷つけた張本人みたいに睨みつけた。ヴィンセントはたじろぎながらも、一歩も引かず、唇を噛みしめて睨み返した。
 二人は長いこと、無言でにらみ合っていた。
 やがて、先に目をそらしたのはシドだった。激情でとんでもないことを言ったと、さすがに気がさしたのだ。
「・・・どうすりゃあいいんだよ、俺は・・・あんなもん撮られちまってよ」
「私が取り返す。私が守る」
「いらねえよ!」
 シドは、この期に及んでまだ我を張るのである。何と言う強情さかと、ヴィンセントはあきれた。だが、そんなシドだからこそより強く惹かれる自分を感じていた。
「シド、こっちを見てくれ」
「・・・」
「私は・・・私はあんたのおかげで変わることができた。人間らしい気持ちを取り戻すことができた」
「・・・」
「だから、あんたも・・・少しは私のことを考えてくれ。私がいつもあんたのそばにいることを・・・」
「ヴィンセント」
「あんたは、一人で生きてるわけじゃないんだ・・・」


「副部長・・・これが例のものだそうです」
 秘書が届けたのは、茶封筒に入った平べったいものであった。
 バトルブリッジはそれをデスクの上に置いたままにしておいた。秘書はいぶかしむように、
「それから・・・もし邪魔が入るなら、タークスの方も少しおどかしておこうか、とのことですが・・・」
「タークス・・・ヴァレンタインのほうは、もういい」
「は、しかし・・・」
「いいと言ったらいい」
 バトルブリッジはいらだたしげに手を振った。
 いくら野望のためでも、あの美しいヴィンセントを、他の男たちの無残な手に引き渡すことなど、考えただけで胸が焼けた。
 その時インターホンが鳴った。秘書が受け取った。
「副部長・・・中尉が」
 秘書がおずおずと申し出た。
「ジョンが?」
 バトルブリッジは、息子の来訪に顔をしかめた。




 だんだん話が進展してきて、よかった、よかった。ふう。
 何だかわし、自分で書いてるヴィンセント・・・惚れてきてしまいましたよ。いい男になってきた。成長する男はやはりよいものです。
 こんなのでも、読んでくだすった貴女には、感謝のチュッ☆


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