後れ馳せながら・・初投稿です


投稿者 いかそーめん 日時 1997 年 9 月 07 日 13:55:43:

 はう……何時までも感想ばかり書いていては申し訳がたたないので、不祥ながら私も筆を取らせていただきます。
 でも、ちと仕事が積んでるんで、土日ぐらいにしか書けない(泣)
 ちなみにやおいは有りません。(おかしい……(^^;)
 もしかしたらシリアスかも……。(なぜだ……(^^;)
 なんか予定してた話からどんどんずれて来ちゃったんで、すごい読み辛いかも知れませんが、どうかよろしくお付き合い下さいませ。



「自分の戦う理由を確かめて来て欲しい……」
 セフィロスが待ち受ける大空洞へ突入する前日、クラウドは皆にそう告げた。
 星の為ではなく、ましてや皆の為でもなく、自分が守りたいものを、もう一度確かめる為に。
 再び戻って来るか、それともそのまま残り続けるか……その選択は各人に一任された。
 一行は敢えて行き先を告げずにバラバラに別れることにした。もしそれを知ってしまったら、二度とは戻ってこないかもしれない仲間を、無意識の内に待ってしまうかもしれない。
 だからこそ旅立つ時間すら決めず、彼らは思い思いに別れの日を迎えた。気が向いた時、あるいは己の内で密かに決めていた時を境に、ふらりと飛空艇から降りればいい。
 誰もその後ろ姿を追おうとはしなかったし、気付かぬ内に姿を消していた者も居た。
 そして、全ての仲間が姿を消したハイウインド号の甲板に――ヴィンセントただ一人が、取り残された。

 長い黒髪を風になびかせながら、ヴィンセントは暮れゆく夕日を眺めていた。
 彼に帰るべき場所はない。ニブルヘイムには過去の悪夢が、そしてようやく見つけた最愛の人との間には、取り返しのつかぬ時の流れだけが残された。
 ヴィンセントは腰のホルスターに目を落とした。夕日を浴び、銃身が鈍い光を放つ。
 デスペナルティ――ルクレイツィアが彼に託した、最初で最後の贈り物。
 彼女は、彼の腕に抱かれるよりも、彼の手で自らの子を殺める事を望んだ。
 ヴィンセントの頬に、苦い自嘲の笑みが浮かんでいく。今の彼女は、子を想う強い母の思念に支配されている。そこに、彼の入り込む隙間はなかった。
 ……いや、あるいはあったのかもしれない。だが、全ては遅すぎた。彼が自らを呪い、長き眠りに付いている間、時は刻々と過ぎて行ったのだ。
 宝条の狂気、ルクレイツィアの嘆き……。それは、あるいは止められるものだったのかもしれない。
 彼が、すべての存在に……自分自身すらに、背を向けてさえ居なければ――。

「何しけた面してやがる」
 突然降って湧いた声に、ヴィンセントは束の間の追想から引き戻された。
 普段からあまり表情の変わらぬ顔に、わずかに驚きの色が広がる。
 振り返った視界の先に、シケ煙草を咥える、見慣れた男がたたずんでいた。
「シド……? なぜここに……」
 ヴィンセントは、静かな、だが微かに戸惑いを含ませた声で呟いた。
 船を降りたとばかり思っていた。ここ数時間、その姿を見掛けては居なかったのだ。
 だがその問いには応えず、所々機械油の染み込んだ作業服に身を包んだシドは、吸い込んだ煙を深く吐き出しながら言った。
「どうせこんなこったろうと思ったぜ。暇なんだろ? ちっと付き合いな」
 言うなり、ヴィンセントの返事も待たずに歩き出す。ヴィンセントはわずかにためらった。特に断る理由はないが、今日は各人にとって大切な日であるはずだった。何も持つものなど無い自分ならいざ知らず、シドには帰るべき場所も、待っている人も居るはずだ。
 だが、飛空挺の扉に手をかけたシドは、苛立ったように背後を振り返った。
「何やってんだ? さっさと来いよ」
 付いて来るのが当然だといわんばかりのその声音に、ヴィンセントは密かに溜め息を付いた。シドのマイペースぶりはこの旅の間に痛感している。ヴィンセントは諦めてシドの背中を追い、歩き出した。


「へっ、俺様の特等席にご招待ってな」
 まるで悪戯小僧のような得意げな笑みを浮かべ、シドが招いたのは、ハイウインド号のコクピットだった。
「……」
 ヴィンセントは無言でたたずんだ。見慣れた光景だ。今更感慨の湧く場所ではない。
「おっ、なんでぇご不満って面だな。けどよ、こっからの見晴らしは最高だぜ?」
 そう言いながら、シドは操作版に指を走らせ、飛空挺の窓を開け放った。
 湿った涼しげな空気が艇内に吹き込んだ。飛空挺の窓から、残光を残し、今まさに地平線へ消えゆこうとしている夕日の姿が見える。
 遥か彼方まで広がる地平が、一望の元に見渡す事が出来た。わずかに茜色を残した空が、天に近くなるに従い、赤紫に、そして深い藍色へと色を変えていく。
 地平線に消える黄金色の夕日を受けながら、シドは語るとも無しに呟いた。
「どうせいつも奥の方で下向いてて、外の景色なんざ見た事ねぇんだろ。いい機会だ、たっぷり拝んどきな」
「……」
 ヴィンセントは無言で、シドの横顔を見返した。その身体は、黄金色の残光を受け、さながら自ら光輝いているように見えた。床に落ちた黒く長い影が、彼を引き止める楔のようにも見える。だが、夕日に照らされたその眼差しは、それすらも断ち切るように遥か遠くを見つめ、揺らぐ事などないように見えた。

 ……この男に、苦悩などあるのだろうか。
 ふと、ヴィンセントの胸中に奇妙な感情が沸き上がった。
 シドは他人に頼ったりしない。常に前向きに行動し、その一言が一行の迷いを断ち切った事も何度と無くある。
 失敗を恐れない、強い心の持ち主だ。
 その強さが羨ましくも有り……時には、嫉妬すら感じる事も有る。
 自分は彼のようには行動出来ない。二度と過ちを繰り返さぬ為にも、己を戒め、そして他者と関らぬよう、過ごして来た。
 だが、シドは違う。無遠慮とも言える気軽さで他者の懐に踏み込み、惜し気もなく己の全てをさらけ出す。
 羨ましいと思うと同時に、ヴィンセントはそんなシドにある種の恐れを抱いている事に気付いた。
 彼はヴィンセントにも変わらぬ態度で接していた。先に仲間になったクラウド達ですら気後れして遠巻きにしていた自分を、事もあっさりと一行の輪に引きずり込んでしまったのだ。
 シドの気心の良さは心地好い。だが、同時に、己の全てを見透かされてしまうような恐怖を覚える。
 ヴィンセントは己の醜さを知っていた。悔恨に溺れる心、己の意志で制御出来ぬ化け物の身体、そして老いる事を忘れた、生き物の枠からはみ出てしまった呪われし身……。
 それを晒したくなどなかった。己の醜さが知られる事も、それによって人を傷つける事も、もうしたくはなかった。
 ヴィンセントにとって、シドの魂の熱さは、ともすれば己の肌を灼きかねない、諸刃の剣だった。

 その時、ふと、辺りが薄暗くなった。
 太陽が、完全に地に没したのだ。
 急速に夕闇が色濃くなり、艇内に闇が忍び込む。
 重く冷えた夜風がするりと流れ込み、心地好く肌を撫でた。
「お〜、いい風だぜ。今夜は涼しくなるな」
 笑みと共に、シドは地平線から視線を戻した。……そして、自分を見つめるヴィンセントの視線に気付き、眉をしかめる。
「なんだお前、もしかしてずっとこっち見てたのか?」
「あ……? ああ……」
 思わず言葉に詰まり、曖昧な答えを返す。途端にシドは呆れたように顔を覆った。
「カーッ! ったくおめぇって奴はよう、なんの為に俺様が呼んでやったと思ってんだ? 俺の面なんか拝んでたって仕方ねぇだろうが。ちったあ周り見る余裕ってもんを身に付けろよ」
「……」
 返事に困り、ヴィンセントは沈黙した。シドの言いたい事は解る。地平線に沈む夕日は、確かに美しいものだった。
 だが――それ以上の感慨は、ヴィンセントの胸に湧きあがる事はなかった。
 長い間感情を殺していたせいだろうか。あるいは、もう既に人としての心も失い掛けているのか……。心動かされるという感情を、彼はここ久しく感じた事はなかった。
 怒りや悲しみに胸を焦がした事はある。だが、それが感動や喜びに繋がる事となると、ほぼ皆無といってよかった。
「ったく仕方ねぇな……ま、どーでもいいけどよ」
 ヴィンセントの様子を察したのか、あるいは本当にどうでもよかったのか、シドはあっさりと引いた。新たな煙草に火を付けると、気を取り直すように言葉を続ける。
「何もここに呼んだのはてめぇと仲良く夕日見るためじゃねぇからな。まぁ、こっちに来いよ」
 言うなり、床にどっかりとあぐらをかく。シドは事前に用意してあったらしい酒瓶を取り出すと、つまみ共々床に並べ始めた。
「どうせ一人寂しく夜を過ごすつもりだったんだろ。だったら俺に付き合えよ。一人で飲む酒ってのは味気なくていけねぇ」
「……」
 ヴィンセントは沈黙したまま動けなかった。困惑した思いが胸中に広がる。
「何ぼーっと突っ立ってんだ? 取って置きの秘蔵酒だぜ」
 ニヤリと屈託の無い笑みを浮かべ、ヴィンセントを手招きする。ヴィンセントには彼の思惑が解らなかった。戸惑いを抱えたまま、彼はポツリと問い掛けた。
「シド……なぜ船を降りなかった?」
「はっ、明日セフィロスの野郎んところに突っ込もうってのに、俺様がこのハイウインド号を整備しないでどうするんだ? ばっちり最高のコンディションに仕立て上げたぜ。大空洞どころか地の果てまでだって飛んでいけらあ」
 アイスボックスを取り出しながら、カラカラと笑って見せる。それでここ数時間彼の姿が見えなかった事にも納得がいった。彼は飛空挺のエンジンルームを整備していたのだ。
 だが、それだけでは彼の聞きたかった理由には事足りない。ヴィンセントはその場にたたずんだまま、再び問い掛けを口にした。
「……なぜ、帰らない?」
 ふ、とシドの視線が上がった。一瞬、その澄んだ青空の色をした瞳が深いガーネットの瞳を捉える。束の間、その瞳から笑みが消えた。
「あんたには待っている人がいるはずだ……」
 そう、自分などとは違って、帰るべき場所も、待つべき人も居る。護るべき最愛の者達のもとへ、帰る事が出来るはずだ。
 シドはヴィンセントの問いには応えず、氷を落としたグラスに酒を注いだ。琥珀色の液体がゆっくりと満たされ、氷を溶かしていく。カランと音を立て、グラスの中で氷が触れ合った。
「……朝までそこに居るつもりか? 話しがしてぇんならこっちに来いよ」
 グラスを掲げ、ヴィンセントを透かし見る。ヴィンセントはわずかな沈黙と共にそこにたたずんでいたが、やがてゆっくりと歩み寄り、シドの前に腰を下ろした。


 静かな夜だった。濃紺の空には満天の星が輝き、開け放たれた窓からは心地好い夜風が吹き込んでくる。
 ヴィンセントは手の中で弄んでいたグラスを一口傾けた。燃えるような熱さが舌先に広がる。それは豊潤な香りとほろ苦さを残し、喉の奥へと消えていった。
 強い酒だった。荒くれの飛行機乗りには欠かせないと品だと、シドが笑いながら説明する。本来はタイニーブロンコのように、操縦席が剥き出しの機体に乗る時の暖取り用として使うらしい。
 暫くは他愛の無い会話をしながら盃が進んだ。
 いや、一方的に喋っていたのはシドの方だ。ヴィンセントは、ただ黙って彼に問いたげな眼差しを送っていた。
 まだ、答えを聞いていなかった。別にシドが言いたくないのなら無理に聞き出すつもりはない。もとより、ここに戻るかそれとも姿を消すか、各人の判断に任されているのだ。
 だが、ヴィンセントの中で、違うと叫んでいるものがあった。彼だけは違う。シドには、護るべき者も、その理由も明確に見えているはずなのだ。
 彼はここに居てはいけない。なぜ帰るべき場所へ帰り、護るべき人を抱きしめないのか……。
 ヴィンセントは何故か心がざわめくのを感じていた。それが苛立ちだとは、彼自身、気付いてはいなかったが。
 ヴィンセントの咎めるような視線に、シドはようやく彼の瞳を見返した。だいぶ盃が進み、心の堰も緩やかになったのだろう。どこかばつの悪そうな顔をし、首をすくめる。
「なんだよ……んな目で見るない」
 一口酒を含み、言葉を続ける。
「別に帰りたくねぇって訳じゃねぇや。敵さん倒しゃまた戻ってこれるんだ、何も今慌てて顔見せに行くこたねぇだろ」
「……帰って来れないのかもしれないのだぞ」
「はっ、そんときゃそんときだ。どうせセフィロス倒せなきゃメテオが降って来て皆おっ死んじまう。生きて戻るか野垂れ死ぬしかねえんなら、今行こうが後で行こうが変わんねぇだろうが」
「……」
 ヴィンセントは束の間押し黙った。確かにシドの言う事は解る。そう言い切れるだけの心の強さも、彼にはあるのだろう。
 ――だが、残された人々は違う。
「……彼女の事は、どうするつもりだ」
 一瞬、シドの瞳がヴィンセントを見返した。その口元には未だ笑みが浮かんでいたが、瞳からは飄げた気配が消えていた。ヴィンセントはいつもと変わらぬ、感情を感じさせぬ静かな声で言った。
「シエラといったな……彼女はあんたの帰りを待っているはずだ。その彼女を、あんたは放っておくのか」
「……」
「あんたはそれで満足かもしれない。だが彼女は、あんたの手が差し伸べられるのをずっと待ってるのかもしれない。それを放っておいていいのか?」
 何時に無く、ヴィンセントの声に熱がこもった。自分自身、胸に湧きあがる感情がなんなのか理解出来ぬまま、彼は言葉を続けた。
「今行かなければ、後で取り返しのつかない事になるかもしれない。それでもあんたはいいのか? 悔恨の念に囚われ、己が身を呪う事になっても? 今ならまだ間に合う。あんたならまだやり直す事が出来る。あんたは私とは――」
 唐突に、ヴィンセントは言葉を失った。自分が続けようとした言葉に愕然としたからだ。
 私とは違うのだから――そう彼は言おうとしていた。私とルクレツィアとは違うのだから。過ちを起こし、彼女を絶望の淵へ追いやってしまった、愚かな自分とは違うのだから――。
 ヴィンセントは、無意識に己の過去の姿を、シドとシエラの関係に重ねていた事に気付いた。そしてその関係を羨み、ある意味妬んでいた事にも……。
 ヴィンセントのその心の動きを察したのか、シドは何も言おうとしなかった。グラスを傾け、一口、二口、口に含む。

 束の間の沈黙の後、シドはポツリと呟いた。
「今戻ったってな……何も出来ねぇだろうが」
 手の中で揺れる液体に視線を落とし、言葉を続ける。
「いくら抱いてやろうが、約束してやろうが、そいつはなんの形にもならねぇ。かえって見えねぇ鎖で縛り付けちまうようなもんだ」
 琥珀色の液体に映る彼の瞳は、いつになく静かだった。いつものような、少年のように輝く熱い眼差しではない。32歳の重みを湛えた瞳が、そこにはあった。
「あいつは笑って送り出すだろうよ。いつもと変わらねぇ態度でな。だが一歩家を出ちまえば……俺はあいつを安心させてやる事なんざできねぇんだよ」
 グラスの中身が波打った。苦い想いを噛み絞めるように、その口元が歪む。
「あいつは待ち続けるだろうさ。俺が死んでるか、それとも生きてるか、頭ん中ぐるぐる悩ませながらな。でも俺にはあいつを安心させてやる事は出来ねえ。生きて帰るって約束も出来ねぇ。もしそんな約束をしちまったら、あいつは何時までだって待ち続けるに決まってんだ。例え俺がおっ死んじまって、その事を誰かから聞かされたとしてもな……」
 シドは苛立たしげに舌打ちすると、胸の内のわだかまりを吐き捨てるように、グラスの中身を窓の外へとぶちまけた。
「クソッタレ! そんな光景、考えるだけで吐き気がすらぁ。俺様はな、出来ねぇ約束はしたかねぇんだ。そんなもんで縛り付けたかねぇ。だったら、全部終わらせちまうしかねぇじゃねぇか。そうすりゃ晴れて迎えにいけるってもんだ」
 シドはそう吐き捨てると、大きく息をつき、新しい煙草を取り出した。
「あいつが待ってんのは解ってる。だからよ……だから俺は生きて帰るぜ。セフィロスなんかさっさとぶち倒してな」
 言い終えると、シドは深く息を吸い込み、煙草の煙を吐き出した。

 ヴィンセントは無言でその言葉を聞いていた。シドの言葉の強さが、痛かった。
 生きて帰ると言い切れる彼が羨ましかった。自分にはそう言い切れるだけの強さも、それを支えるだけの想いもない。
 ではなぜ自分は戦うのだろう。自分が戦う理由は? この戦いに、自分は何を求めているのか?
 セフィロスを倒す――? 無論それは望むところだ。最愛の人から託された願いを果たす事こそが、彼に残されたわずかな望みだった。
 では、それ以外は――?
 ……解らなかった。己の戦うべき理由を、護るべきものを、見つける事が出来なかった。
「……どうした?」
 掛けられた言葉に、ヴィンセントは顔を上げた。
 そこには、言葉もなく思い悩む彼を気遣うように窺う、シドの顔があった。
「いや……なんでもない」
 ヴィンセントはその視線から逃れるように顔を背けた。今はその瞳で見られたくない。今、自分は醜い顔をしているだろう。シドを羨み、己を蔑み、答えの無い悩みに歪んだ顔を。
 シドは一旦何かを言いかけ、口を閉ざした。そして呆れたように溜め息をつくと、無遠慮とも言える声音でずけずけと言い放った。
「けっ、それがなんでもねぇって面かよ。大方またろくでもねぇ事で悩んでんだろ」
 胸の奥を、チリッと灼ける感情が走り抜けた。
 くだらないと言い切れるシドへの羨ましさと、決してシドには解り得ぬだろうという苛立ちがヴィセントの心に湧きあがる。
「……私はあんたとは違う」
 苦い呟きがその口から漏れる。シドはわざとらしく眉をしかめた。
「ったりめぇだろうが。俺とおめぇとじゃ生き方ってのが違わぁ」
 違う、とヴィンセントは思わずにいられなかった。あんたには解っていない。解るはずがない。いくら踏みにじられようと決して屈伏せず、常に前を見続けて生きて来たシドに。
 取り返しようのない過ちが、今なお因縁となってこの身に絡み付く。過去の因縁と己の侵した罪に彩られた暗き地の底こそが、ヴィンセントの生きる世界だった。
 己の夢を実現させ、大空を羽ばたいていたシドに……解るはずがない。
「……私はあんたのようには生きられない。あんたのように強くはなれない。あんたが羨ましい。……何も恐れぬ事のない、あんたが」
 そして……同時に感じる、この感情は何だろう。久しく荒れる事のなかった彼の心が、今はチリチリと疼くような痛みを抱えている。
 羨望、嫉妬、そしてこれは……憎しみ、だろうか。
 彼が手に入れ得ぬものを、シドはいともたやすく手中にしてしまう。彼に無いものを、求めてやまないものを見せ付ける。何時の間にか心の領域にまで踏み込み、そして心の底まで暴こうとする。
 ……シドは、傲慢だ。全てを己の中に取り込み、一体になろうとする。

 顔をうつむかせ、黙り込んだヴィンセントを、シドは黙って見つめた。しばしの沈黙が流れる。シドは煙草の煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、頭をがりがりとかきむしった。
 そして、静かな、何気ない声で、シドは告げた。
「ヴィンセント……てめぇは船を降りろ」
「……っ!?」
 驚愕と共に、怒りにも似た抗議の視線がシドを射貫く。それをものともせず、シドは言葉を続けた。
「今のてめぇにゃセフィロスと戦うなんざ無理だ。無理に戦うよりゃ、ルクレツィアんとこにでも行って、二人でやり直す方法でも考えてた方がいい」
「……私が戦力にならないというのか」
 静かな怒りを滲ませた声で迫るヴィンセントを、シドは手を降って制した。
「そうじゃねぇよ。戦力になるとかならねぇとか、そんな問題じゃねぇ。……てめぇにゃ、戦う理由ってのが見えてこねぇ。あのねぇちゃんとの約束があるってのは解る。けどよ……本当にそれだけで戦えんのか? 本当にセフィロスを倒してぇのか?」
「……無論だ」
「そうか? 俺にゃてめぇが自分から望んでそうしてるたぁ思えねぇぜ。過去の因縁だのあのねぇちゃんとの約束だので、がんじがらめにされてるようにしか見えねぇ。……そんなんで戦ったところで、てめぇにゃ何一つ残らねぇだろうが」
「……だから、どうだというのだ」
 低く、押し殺した声でヴィンセントは呟いた。無意識に握った拳が、時折怒りに震えるように固く握り締められる。ヴィンセントは己の内に吹き荒れる感情を押さえようとしながら、淡々と言葉を続けた。
「それが私の生き方だ。……あんたとは違う。セフィロスが倒せるのなら、例えこの身が滅んだとて、かまいはしない」
「だから、そういう考え止めろっつってんだよ俺は」
 不意に、苛立ちを滲ませた声でシドは言った。
「ヴィンセントよぅ、てめぇ、この戦いが終わったらどうするつもりだ? 何かやりてぇ事ってあんのか? セフィロスを倒しゃそこで終わりって訳じゃねぇんだぜ」
 無言で応えを返さぬヴィンセントを、シドはその空色の瞳で真正面から見据えた。
「言っとくがな、俺ぁ思い残した事だらけだぜ。やりてぇ事もある。やり直さなきゃなんねぇ事もある。そいつを全部ひっくるめて面倒見るために戦うんだ。生きて帰ってこなきゃ、意味がねぇ」
「……」
「てめぇはどうなんだ? そうまでして戦う理由ってのがあるのか? 死ぬために戦うなんざクソ食らえだ。てめぇを縛り付ける約束なら、放り出しちまえ。てめぇはてめぇのやりたい事を見つけりゃいいんだよ。周りに流される必要なんかねぇ」
 無責任に言い放たれたその言葉が、ヴィンセントの感情を刺激した。
 不意に、血の色をした瞳がシド射貫いた。その口から、低く押し殺した声が洩れる。
「……俺はあんたとは違う。あんたのように生きる事は出来ない。もうこれ以上……口出ししないでくれ」
 怒りで歪む己の声に、ヴィンセントは臍を噛んだ。
 これ以上、己の醜さを見せ付けられたくなかった。シドの言っている事はすべて正しい。だからこそ、己の内に抱える矛盾を否が応にも自覚させられる。
 だが、だからと言って何が出来るというのだろう? 自分はシドのようには生きられない。シドのように考える事は出来ない。
 もう放っておいて欲しかった。シドへの苛立ちが、急激に募る。
 ヴィンセントは無言で立ち上がり、踵を返した。これ以上この場に留まれば、見たくもない己の心をさらけ出す事になる。
「逃げんのか」
 背後から浴びせ掛けられた冷たい声に、ヴィンセントは思わず足を止めた。
「……もう話す事はない」
「そうやっていつも逃げ回ってたのか、てめぇは。いいかげん、ちったあ自分の事見つめ直したらどうだ」
 急激に、己の感情が高ぶるのをヴィンセントは感じた。もはや、押さえ切れない。ヴィンセントはシドへ振り返ると、数十年振りに激した声で叫んだ。
「あんたに何が解る!? あんたは私ではない。私の事を知りもしない。これ以上知った顔をして私を詮索するのは止めろ。なにもかも、あんたの思い通りになるなどと思うな!」
 激しく言い捨て、ヴィンセントは踵を返した。もはや一秒でもこの場には居たくない。大股で歩を進める彼の背に、シドが追いすがった。
「待てよおい、ヴィンセント!」
 後ろから腕を掴み、強引に引き止める。刹那、怒りに燃える赤い瞳がシドを打ち据えた。
「私に触るな!」
 掴まれた腕を、力任せに振りほどく。刹那、眼前に赤い軌跡が走り抜けた。
「痛っ……!」
 シドのうめき声が漏れる。ヴィンセントは息を呑み、振りほどいた己の手を見つめた。
 左腕のガントレットの爪先は、シドの血で赤く塗れていた。
 ヴィンセントは怒りが急速に冷めて行くのを感じた。同時に、胸の奥底に冷たく氷を押し込んだような感情が広がって行く。
 自分は何をしているというのだろう。己が身が凶器である事は、誰よりも心得ているはずなのに。
 苦い自責の念が沸き上がった。シドの言っている事は全て正しい。全てに背を向け、逃れようとし、あまつさえ彼を傷つけた。自分はただ、己への苛立ちをシドにぶつけただけなのだ。
 シドは、胸を押さえながら立ち上がった。シャツには引き裂かれた赤い爪痕が残されている。だが、さして傷は深くない。
 シドは、急に力を無くし、肩を落として立ちすくむヴィンセントを見つめた。やれやれというように溜め息をつく。
「……ったく、てめぇって奴はよ……つくづくガキ臭ぇ奴だな」
 ヴィンセントは反論しなかった。ただ、親に見放され、途方にくれる子供のように、その場に立ち尽くした。
 シドはその姿を見つめながら、がりがりと頭をかいた。
「ったく……しょうがねぇなあ……」
「――っ!?」
 不意に、ヴィンセントはグイッと引き寄せられた。力強い腕がその首にまわる。
 シドに抱き寄せられている事に気付き、ヴィンセントは息を呑んだ。
 突然の事に言葉も出ないヴィンセントの頭を、シドはポンと軽く叩いた。
「んな顔してんじゃねぇよ。……泣きてぇ時は泣いちまえよ。自分で抱え切れねぇんなら俺達にぶちまけろ。なんもかんも全部自分で背負込もうとするんじゃねぇ。そのための仲間だろうが」
 シドの声が耳に染み込んで行く。ヴィンセントは己の内に久しく感じていなかった感情が湧きあがるのを感じていた。シドの腕がぬくもりを与え、心さえも暖めて行く。
「誰かに頼りてぇんなら好きなだけ寄り掛かりゃいいんだ。てめぇ一人ぐらい支えきってみせらぁ。……もっと俺達を信用しろよ」
「……シド……」
 人のぬくもりは、ここまで心を癒してくれるものなのだろうか。言葉などいらぬ、絶大な安心感が胸中に広がって行く。抱きしめられている、ただそれだけで、自分という存在がここに在る事を実感させてくれる。
 理屈抜きの安堵感に包まれながら、ヴィンセントは目頭が熱くなって行くのを感じた。
 ヴィンセントはシドの首に顔を埋めた。なぜ涙が出て来るのか、その理由すら解らない。だが、それは心地好かった。涙を受け止めてくれる存在が居る。己の存在を、認めてくれる者が居る。
 ヴィンセントはシドの背に手を回し、すがりついた。そして、この数十年分の涙を流した。忌まわしき記憶も、己を縛り付ける悔恨も、全て涙で押し流しながら……。


***********************


「ヴィンセント!?」
 驚くようなクラウドの声を聞きながら、ヴィンセントはハイウインドのコクピットにいる全員の顔を見渡した。
「なんだ、その驚いた顔は。私が来てはいけなかったのか?」
「いつも冷めてたから……関係無いって顔してただろ?」
「さめて? フッ……私はそういう性格なのだ。悪かったな」
 そう言い残し、コクピットの奥へと身を翻す。その時、ヴィンセントは己を見つめるシドの視線に気が付き、彼へ歩み寄った。
「いいのか? ここまで来ちまったら後戻り出来ねぇぜ」
 からかうような口ぶりでそう告げるシドに、ヴィンセントは微笑を返した。
「あんた達の行く末が見たくなった。そのためには、あんた達に死なれては困るからな」
 そう、本気とも冗談ともつかぬ声音で告げる。
 心が軽かった。素直に感情を表現する事が、こんなにも自然に出来るとは思わなかった。
 ふと、昨夜の事を思い起こす。長い年月凍てついていた心が、たった一晩で溶かされてしまった。ちらりとシドを見返す。己の感情を取り戻してくれたこの男ならば、また新しい世界を見せてくれるかもしれない。
 ならば、自分はこの仲間達を守ろう。彼らの未来の為に。そして、自分の未来の為に。
 ヴィンセントは、ようやく己が戦うべき理由を、己が護るべきものを見つけ、心が満たされていくのを感じていた。



 お、終わった……(パタリ)
 難産でした。途中何度も筆が止まってしまった(泣)
 全ての元凶はヴィンセント。コンプレックスの塊にしてすまん。おかげで彼の心理描写が辛くて……(泣)(頼むから同じ事で悩まんでくれ)
 うう、ヴィンファンの人すみません。なんかねちねち苛めてるみたい……
 彼とシドの関係に付いてあまり煮詰めずに書いてしまったので途中が大変でした(泣)このままきちんとまとまるんか〜いって感じで。
 でもなんとなく前向きに終わったみたいなんでよしとしよう……。

 ご意見、ご感想など、何かございましたらどうかお聞かせ下さい。
 やおいは次回の反省文という事で……(実は元ネタはこっちの方が先)
 ところで……反省文って具体的にどういうこと書けばいいんですか?(^^;


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