あぐり先生 |
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夏の盛りと言うのに、ニブルヘイムの神羅屋敷に足を踏み入れると、厚くおおった葉が日差しをさえぎり、空気はひんやりと涼しくよどんでいる。窓を全開し、カビくさい空気を全部入れ替え、人が起居できるようにした。またも意識を退行させ、自分の世界にひたりこんでしまったクラウドのめんどうを見るために・・・・。
「こうしてる間にも、メテオが星に近づいてくるのに・・・」
バレットなどは焦れて歯がみせんばかりだったが、何分にも一行のリーダーであるクラウドがこのざまでは、どうしようもない。
「ニンジャのねえちゃん、クラウドのこたァ頼むぜ」
若干「大丈夫かな」という顔ながら、シドはユフィに言い含めた。
「ツンツン頭のこたあ、ほんとは武闘家のねえちゃんに頼むのが一番なんだが・・・なにしろ彼女、どっかへ消えちまったしなァ」
「大丈夫だよ、まっかせなさいって」
ユフィは可愛くクチビルをとがらせた。
「みんながいない時に、クラさんのマテリア全部剥がして持って帰っちゃったりとか、そーゆーコトはぜえったいしないもん」
シドはヴィンセントに目くばせした。クラウドのマテリア、全部預かっとけ、と・・・。ヴィンセントは納得して、ユフィの目の前で、クラウドの腕輪につけられたマテリアを全部ほじくり出して、自分のポケットにしまってしまった。
ユフィはふくれた。
「・・・冗談ごとじゃねェんだよ、ねえちゃん。ティファがどっか行っちまったからなァ・・・ほんとはここでお前さんを残してくのさえ、大幅な戦力ダウンで、痛事なのさ。だけどしょうがねェや、このありさまのクラウドを、一人で残してはおけねえもんな」
「分かってるって」
本当に分かってるのかどうかは大いに疑問だが、もう、仕方がない。
ティファは「セフィロスをさがします」という置き手紙を残して、どこかへ行ってしまった。エアリスはもはやこの世にない・・・。となると、パーティで、いちおう女性としてエントリーされているのはユフィ一人だけなのだ。後方支援として残しておくには大いに不安であったが・・・。
クラウドとユフィを神羅屋敷に残して、ハイウィンドが離陸するまで、ひと晩の猶予があった。メンバーは一応、ニブルヘイムのニセホテルに宿を取っていたのだが・・・。
夜半、ヴィンセントは、神羅屋敷の地下室をひとり彷徨していた。
・・・セフィロスが籠って自分の出生の秘密を探ろうとしていた地下室、むかし宝条がヴィンセントを改造した研究室・・・そしてヴィンセントが長い、長い時間を悔恨に胸を噛ませつつ過ごした一室・・・。
ヴィンセントは振り返った。かぎ慣れた、タバコのにおいがしたのだ。
「・・・ここでオマエに初めて会ったんだったな」
ヴィンセントは、かすかに目元をほころばせた。上着はTシャツ一枚というラフな姿で、シドが笑いながら立っていた。
「そうだった・・・あの時はクラウドとエアリスとあんたがここに入って来たんだったな」
「エアリスはもういない・・・そしてクラウドはあのありさま。何だか夢のようだよ」
シドはズボンのポケットからタバコをとりだしてくわえた。年のわりに老け顔だとか、年のわりに行動がガキっぽいとかいろいろ言われるが、やはりライターを取り出して点火するそのしぐさに、年齢相応の落ち着きがあった。そして薄いシャツを透かしてちらちら見える鎖骨の繊細さに、ヴィンセントは呼吸がせつなくなるのを感じた。
いつからだろう・・・この男のしぐさのひとつひとつ、引き締まったからだの線、ことば使い・・・そんなものから目が離せなくなってしまったのは・・・。
今だって、タパコのにおいをかいだだけで、ヴィンセントの体はすでに熱くなっていたのだ。あの唇にくわえられているタバコになりたいとさえヴィンセントは思うのだ。
だがヴィンセントは黙って、表情も変えずに見守っているだけであった。
シドは目を上げて、その視線に、すこし決まり悪そうにした。
「・・・よせよ、そんなにジロジロ見るない」
「あんたからは目が離せないんだよ・・・」
ヴィンセントは赤い目を細めた。
「・・・どうしてここに来た?とっくに眠ったと思ってたのに」
「散歩だ。別に深い意味はねえ」
シドは「調子に乗るなよ」と言わんばかりに顔をしかめた。がすぐに笑顔になって、
「たまにゃオレだって、おセンチな気分になることだってあらァな」
・・・ヴィンセントから離れ難いのは、シドも同じことだ。自分もこの変わり者の、奇妙な、元タークスの美青年の毒気に当てられてしまったらしい。けっして男を知らないシドではないが、下から見上げていてこれほどサマになるというか、絵になる男は他に知らないのである。
ヴィンセントはシドのタバコのにおいだけで昂ってしまうが、シドも、ヴィンセントの低いなめらかな声を聞くだけでイッてしまいそうになる。決して「アイシテル」とかそういう燃えるような感情ではないが、何度か肌を合わせて、本能のまますべてさらけ出してしまった相手を、「完全に他人」とはやはり思いきれないシドであった。
「・・・ここで眠ってたんだな、オマエは」
「自分のした罪を悔やみながらね・・・。長かったよ・・・」
ヴィンセントは小さくため息をついた。
「・・・あんたに会えてよかった、シド・・・。生きていてよかった。これほどの幸せが自分に訪れる日があろうとは、思ってもみなかったんだ」
「けっ、ずいぶんお手軽な幸せだぜ」
シドはタバコを吐き出し、ゆっくりと靴底で踏みにじった。
ルクレツィア、さようなら・・・。けっして貴女を忘れたわけではない、この呪われたいのちの続くかぎり、私の最愛の女性は貴女一人だ。それは疑う余地もない。これまでもこれからも、貴女より美しいと思う女性は現れぬだろう・・・。でも、そろそろ私も、貴女から卒業してもいい時期かも知れない・・・。永遠に私を顧みてくれぬだろう貴女のおもかげを追いつづけ、過去に閉じこもるより・・・私にはまだ未来があると、そう信じたいのだよ・・・。
ヴィンセントはシドにみとれながら想った。
すきま風がどこからか入り込んできた。シャツ一枚のシドは身震いして、
「おお、さむ・・・。オレあ戻るぜ。明日に響くからな」
戻ったら戻ったで明日に響くことになるのにな・・・とヴィンセントは思った。が、何も言わずに黙っていた。余計なことを言って、せっかく2人に訪れた、静かで濃密な時間をこわすようなばかなまねはしたくなかったからだ。
「セフィ・・・まだ、来てくれない」
クラウドは、そっと自分で自分のからだを抱きしめた。
「セフィ・・・。オレ、あんたのためにあんなことまでしたのに・・・。仲間をだまして黒マテリアを渡したのに・・・。なのになんで俺がこんなに求めてる時、来てくれない?抱いてくれない・・・」
クラウドのうつろな目から、涙が美しい宝石のように流れ落ちた。
・・・仲間たちは、クラウドをもとにもどすため、いろいろな事をやってみた。シドはクラウドを思い切りぶん殴りまでしたものだ。それでもクラウドは、自分の世界から戻って来ようとはしなかった。
「セフィ?」
ふと、クラウドはぴくんと顔を上げた。
「セフィ・・・来てくれたんだね!」
クラウドは腕をさしのべた。戸口にセフィロスの長身が立っていた。
輝く銀の髪、体の線は細いのに、抱かれたときだけわかる、しっかりと骨を覆うなめらかな筋肉・・・。
「ああ・・・抱いて、抱いて・・・オレずっと待っていたんだよ」
「クラウド」
クラウドは、欲情にぬれた瞳でセフィロスを見上げながら、しっかりと首に腕を回した。
「ああ、セフィ・・・めちゃめちゃに・・・して・・・。いつかしてくれたように・・・」
「お、おいっ、目ェ覚ませ、クラウド」
バレットは目を白黒させていた。戸締まりのついでにクラウドの様子を見にきただけなのに、突然、いかにも欲しそうに目をうるうるさせながら、熱烈に抱きつかれたのだから・・・。
「バカなこと言ってんじゃねえ、オレあセフィロスじゃあねえんだよ・・・お、おい・・・」
バレットは、引き離そうとして、動きを止めた。自分のからだにからだをすりつけてくるクラウドの・・・なんとしなやかな細い腰。
バレットはごくんとノドを鳴らした。
神羅屋敷は真っ暗。誰もいないのだ。物音と言えば、風の音だけ・・・。
「おいクラウド・・・ほんとにいいのか?」
バレットは、そっと声を低めた。
ここで一度切ります。この先は・・・ああ禁断の・・・。
覚悟を決めた方だけお読み下さい。(しかし、ホントにセフィクラになるのかネ・・・)。
ここまででも、読んでくれた貴女に感謝。