パノラマ先生の第14弾

自宅でファイルの整理をしていたら発掘されたルードレノです。
お目汚しですが、アップしてしまいます。


レノはツォンが苦手だった。ごみ溜めのようなスラムからはい上がることはツォンに会わなくても可能だったと思う。ただルードと出会えたという一点は悔しいが感謝しなければならないと考えていた。
ツォンと一対一で会うのは、たいていいやな話のときばかりである。
レノの恋人が隣にいたら露骨に眉をひそめるような。
そのような仕事も必要であることを知らないルードではなかったから、彼は黙ってレノの行動を見守っていた。久しぶりにツォンの執務室で彼と向き合ったレノは、いごごちの悪さをかくしれなかった。
「次の仕事だ。数は一人、それなりにうでは立つがおまえなら奴を片付けることは簡単だろう」
ツォンが滑らしたレポートをめくり、レノは我が目を疑った。
「・・・・間違いはないんだろうな、と」
「奴は反神羅組織と密通している。前々から泳がせていたのだが、もう潮時だ。速めに手を打つに越したことはない。」
「あんたのことだから、この決定を覆すつもりなんて」
「さらさらないね」
レノの言葉を奪いツォンは喉の奥で笑った。
「さすがのお前もためらうんだな。そんなにこいつは良かったのか?」
瞬間にらみつけたレノを平然と受け止め、ツォンは肩をすくめる。
「期限は一週間、せいぜい悩むことだな」
レポートにはルードの名が記されていた。

自分はルードを殺すだろう。それは確かだった。
彼が反神羅組織に加担しているかどうかなんてどうでもいい。問題はツォンがルードを用済みと決定したことにある。レノが殺さなくても他のタークスが、下手をしたらツォンが出てくるかもしれない。それだけは避けたかった。ツォンの手掛けた死体のことをちらりと思いだし、レノは身震いした。ツォンに比べれば自分がやっていることなど子供の遊びのようなものである。
逃げても無駄だ。下手に捕まったときのほうが恐ろしい。
やはり自分がルードを殺そう。
だが、できるのだろうか。
自分が長い間欲していたものをすべて与えてくれた彼を、そして彼を失った自分はどうなってしまうのだろうか。
どうなるはずもない。ルードに会う前に戻るだけだ。
ルードに会う前の生活などろくに覚えていない。
あのころの自分はただ死んでいないだけだった。
レノの育ての親である娼婦の口癖が不意に耳の奥でよみがえった。
「いいことは長く続かないもんさ。必ず終わるんだよ。思っていたよりずうっと早くにね」

ツォンから命令を受けて6日間、レノは何げなくふるまっていたつもりだった。だが7日目の朝、ぽそりとルードがつぶやいた。
「たしかに今週はお前が食事当番だが」
サーモンとチコリのマリネを取り分けながらレノは続きを促す。
「朝から晩までオレの好きなものばかり出さなくてもいいんだぞ。まあ今までのお前の料理に比べれば天と地との差だが、いきなりこうなるとびっくりするじゃないか」
名のある料理店で下働きをしていたこともあるレノは、かなりの料理を作ることもできた。いつもめんどうだと言い、酒のつまみのようなものを適当に用意するのがレノの常だった。
「そうだな、これ以上ルードが重くなるのも困るからな、と」
「なぜだ?」
「まあ、そのときはオレが上になればいいんだけどな、と」
「・・・仕事に遅れるぞ」
他人と食事をする楽しみを教えてくれたのもルードだったとパンをちぎりながら、ふとレノは思った。
今日の夜がリミットだ。

仕事からルードと一緒に戻ったレノは、シャワーを先に使いたいと我がままを言った。好きにしろ、とルードはいう。いつもそうだった。ルードとレノを許し続けた。
ソファにかけてレノがシャワーを使い終わるのを待っていたルードは、柔らかなウッディシプレの香りで目を覚ました。うたたねしていたらしい。
「お前、このバスオイル嫌いなんじゃなかったのか?」
ルードは気に入っている香りだった。
「気が変わっただけなんだな、と」
バスローブをまとったレノは、ソファのルードにひざだちで身を寄せた。
ルードのひざの上に座ってしまう。腰に回されたルードの手を取り、唇を寄せる。大きながっしりした手だった。堅実に生きるものの手だった。
レノはルードの手が好きだった。
「シャワーを浴びたいのだが」
「まてない」
やれやれといった拍子に眉を上げて、ひょいとルードはレノを抱き上げる。片足でドアを開け、寝室にたどり着いた。
そっとレノを横たえ、黙って何度も髪をなでた。
「ルード?」
ただ髪をなでているルードにじれて、レノが腕を伸ばす。
伸ばしたはずだった。しかし腕は全く同じ位置にある。
「お前は薬に耐性があるから効き目が遅かったんだな」
瞬時に状況を察知したレノは、ああと声を上げた。
「帰りがけに物売りから買ったビールだな、と」
体はもう動かない。そもそも回らない口も怪しくなっている。
「ツォンさんが用済みだったのはオレにのほうだったんだな、と。この一週間ルードのことばかり考えていてろくに警戒していなかったからな、と」
「一瞬の油断が命取りだと、あれほど教えただろう」
レノにタークスの技術の基礎を教え込んだのはルードだった。
「ああ、やっぱりあんたはオレより上手なんだな、と」
嬉しそうにレノが言う。ベッドに隠しておいた銃などとっくにルードの手で回収されているのだろう。
「動けたらルードに触りたいけど、これじゃあ無理さな、と」
滑らかにルードの指がレノのローブの裾を割り、乾いた肌に触れる。素直に快楽のため息をつきながら、レノは執拗にキスをねだった。乱れた息の下で、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「ルードに何をすればいいのかずっと考えていた。だってあんたはオレのほしいものばかりくれたから」
体内にルードを迎え、喉の奥を鳴らす。
「だからオレの命をあげられてうれしいかな、と」
薬のせいで徐々にレノの声は小さく聞き取りがたいものになっていく。最後にルードが聞いたのは、ありがとうという言葉だった。レノの口にした初めての感謝の言葉だった。

西日をまともに受けて、ぽつんと座っていたルードは、背後にツォンが立っても身動きしなかった。
「やけにあっさりとレノを始末することを承知したと思ったら、こういう訳か」
ツォンの手には神羅病院のカルテがあった。
「合成コカインによる重度の脳萎縮。しかもレベル4だ。手の施しようがないな」
「レノが」
振り返らずにルードは言った。
「反神羅組織とつながっていたことは知っていた。隠すつもりもなかったようだ。最近のあいつは目茶苦茶だった。だからあんたの命令ももっともだと思った。ただレノはひどくおびえていた。自分が自分でなくなることに。」
脳萎縮はレベル4から、部分的な知的障害を引き起こす。段階が進むにつれて自我は薄皮を剥ぐように失われていく。そして二度と戻らない。
「あいつがあいつであるうちに、死なせてやりたかった」
「つまらん感情だ」
「ああ、オレのエゴだよ」
ふんと鼻を鳴らしてツォンは尋ねる。
「私としては優秀なメンバーをこれ以上失いたくはないのだが、お前はこれからどうするんだ?」
「とりあえずあんたが死ぬまではつきあうさ」
ツォンはかすかな音をたててシガレットケースの蓋を開けた。
優雅な手つきで火をつけ、煙りに目を細める。
「お前が庭師に戻れる日も近そうだ」
白茶けた太陽の最後の名残が部屋に差し込む。
ルードはやはり動かなかった。

レノはルードの部族の古い神の名だ。その名はすべての始まりと、終わりを意味する。破壊のために創造し、創造のために破壊する。
矛盾した、孤独な神の名だった。


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