パノラマ先生の第13弾

ルーファウスと最も多くの時間をすごした他人は自分であるとツォンは思っていた。実際、そのとおりだった。ルーファウスが誰かと一緒にいると言う事は、ほぼツォンといる事を意味していた。
何かと言うとツォンのジャケットの裾を握り締めて放さなかった少年は形ばかりは非のうちどころなく成長した。少年らしいやわらかさは年々はぎとられ、怜悧な容貌が顕になった。
ルーファウスのことを独善的だとか身勝手すぎると批判する声はかなり強いものだったが、彼の気まぐれも含めてツォンは彼を愛していた。始めの頃は親が子に寄せる愛情と何等変りはなかったはずだった。
だが実父に犯されうちひしがれたその姿に強烈な欲望をかきたてられたツォンは、己の罪深さに反吐が出る思いであった。ほんのひとときとはいえ、幼い頃から成長を見守っていたルーファウスに自分がその様な感情を抱くことなどあってはならないことであった。
取り合えず浴室へ彼を連れていこうと、そっとその肩に手をおく。肩に手が触れるか触れないうちに、ツォンが驚くほどの激しさで、ルーファウスは手をはねのけた。
「触るな!」
「ですが、せめて御身体を...」
「お前もあの薄汚い男と同じじゃないのか?!」
息子に一言も親らしい言葉をかけた事のないプレジデントを、ルーファウスは捨て犬のようなみじめでひたむきな愛情を寄せていた。プレジデントの漏らすルーファウスへの言葉は、主に次期社長に向けての言葉だったが、ルーファウスは何度も父親の言葉を反芻していた。
「あの男、ぼくのことをアデルと呼んだんだ....畜生」
アデルはプレジデントが唯一愛し、彼を唯一愛さなかったルーファウスの母の名である。彼女の死には不審な点が多く様々な憶測が乱れとんだが、激怒したプレジデントに殺されたというのが最も良く知られた噂であった。ルーファウスが物心もつかない頃の話である。
ルーファウスに振り払われた手の置き場に困り、ツォンは所在なげに立ち尽くしていた。手の甲が紅くなっている。ルーファウスの心情を思いやってツォンは視線を落とした。 せめてプレジデントがルーファウス個人を望んだのなら事態はまだましだったのだろう。顔すらも覚えていない母の身代わりとして父に抱かれたルーファウスがこれからたちなおれるのかどうかも怪しかった。
「ぼくにかまうな!さっさと行け」
こんな状態の彼を一人おいていけるはずもない。ためらいつつも動こうとしないツォンにいらだたしげに舌打ちをしたルーファウスは、ふっと唇を歪めた。
「ぼくが欲しいのか?」
欲しかった。渇望していたといってもいい。だがそれは決して言ってはならない一言であった。
ツォンのためらいを、好意的とは言えないまなざしで見つめていた。
「欲しいものが解らないお前ではないだろうに」
「ルーファウスさま!」
「ぼくはお前のことなんかどうも思っていないが、だからといってセックスができないことはないけど」
ひどく傷ついた顔のツォンをみて、楽しげな笑い声を上げる。何もいえずにツォンは部屋を後にしていた。


ルーファウスはあまり変わりもしなかった。プレジデントの自室に呼ばれたときに、端麗な容姿からは想像もつかないような罵りを口にする程度だった。
ただ、彼は思い出したようにツォンに質問を繰り返した。
「僕が抱きたいんだろう?」
「ぼくを愛しているんじゃないのか。そういう意味で」
自分はルーファウスを愛している。だからこそ触れたいと思う。しかしセックスは必要不可欠のものではないのだ。そうツォンは伝えたかったのだが、いつもうまい言葉が見付からずに口篭もってしまう。
黙るツォンを前にして、満足げにルーファウスは言い放つのだった。
「僕はおまえのことなんかどうも思っていないのに」
ツォンに対するルーファウスの態度は以前と変わらなかった。ツォンに向ける年より幼い笑顔は相変わらず彼だけのものだった。時折、不意にルーファウスはツォンに自分を抱きたいかと質問し、答えられないツォンへお前のことなんかどうも思っていないというのだった。綺麗な笑顔で。
なぜルーファウスがそのように繰り返すのかツォンには分からなかった。ルーファウスが自分を愛してくれたらすばらしいとは思うが、あの彼がそのような感情を抱くとは思えなかった。だが肉親として、友人としての自分をもルーファウスは拒絶しているのかと思うと、ツォンは胸の痛みを隠せなかった。
ルーファウスは同じ質問を繰り返し、ツォンはだまる。
儀式のように繰り返されるそれはまるでゲームのようだった。ツォンにとっては苦痛しか生まないゲーム。しかしルーファウスが飽きるまで、この残酷なゲームにツォンは付き合うつもりだった。


ゲームはあっけなく終わった。プレーヤーの一人が死んでしまったのだ。
タークスの報告をつまらなそうに聞いたルーファウスは、いいかげんに打ち切らせて彼らを部屋から追い出した。
あの男にしてはやけにあっけなく死んだものだ。てっきり自分のために命を落とすだろうと考えていたルーファウスは、乾いた笑いを浮かべた。肝心なところがツォンは抜けていたのだ。
ルーファウスはツォンにゲームを仕掛けていた。とてもシンプルなゲームを。
「お前は最後まで気づかなかったんだな」
豪奢な社長室にたった一人で居るのは息が詰まりそうだった。一人でいたことなどなかったのだ。いつも彼が控えていたのだから。
「お前は僕にすべてを与えてくれた。僕もお前にすべてを与えたかった。当たり前のことだろう...?」
両手で顔を覆ったルーファウスは鳴咽をもらした。
「単純なゲームだったのに」
かみ殺しきれない鳴咽のせいで声が震える。
「この世の何よりもお前を愛していたよ。たった独りで生きていけるほど強くはないんだ」
ふいにルーファウスは顔を上げ、耳を澄ます。
聞こえるはずのない葬送の鐘の音が聞こえたような気がした。



当初はもっと鬼畜でいきたかったツォンルーですが、いつのまにか甘甘に。まあ、これもルーが悲惨だという点では同じなんだけどね。


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