パノラマ先生の第12弾

大昔にリクエストいただいたルードレノです。
ルード、すさまじくおしゃべりですが....だってそうしないと話が動かない。



ルードは庭師だった。いい金になるからといって神羅と取り引きなど始めたのが間違いの元だった。社長室から続く屋上庭園の剪定にやってきたルードを、東洋系の男が呼び止めた。刃のような男だった。かすかな血のにおいにルードは眉をひそめる。
「何か...」
「一千万、いや一億ギルだそう。タークスに来い」
あまりに傍若無人な申し出に、怒る気すら失せる。
タークスの名はルードですら聞いたことがあった。巨大コングロマリット神羅の特殊組織。主に公にしたくないことを片づけているという。
ただ断っても、この男は納得しないだろうと考え、思い悩んでいると、ふと男の陰に隠れている小さな人影が目に付いた。二人のことが気になるようで、鮮やかな金の髪が時折見え隠れしている。
「?」
覗き込んだルードと彼の目があった。実際の年より大人びているのであろうと思わせるような少年であった。
似ている、とルードは思った。
少年と男はまるで異なる外見をしているのに、その根底にあるものはまったく同じもののようであった。愛されるはずの人間に拒絶され続けてきた人間だけが持つ切ない気配を、両者からルードは感じた。
まいったなと思う。
捨て犬や捨て猫をルードは見捨てていくことができない。彼らの持つ雰囲気に、思わずその手を差し伸べてしまうのである。愛するものがここにいることを伝えたくて。
天職であると考える庭師に未練はあったが、目の前の捨て犬と捨て猫に気づいてしまった。もう遅い。
「承知した」
一億ギルは翌日、動物愛護協会やら戦災孤児育成基金に全額匿名で寄付された。

タークスでのルードの仕事は思っていたよりずっと‘きれいな’仕事だった。故意にリーダーであるツォンがそういうものばかりを回していたらしい。
ツォンがルードに期待していたのは他のタークスメンバーの面倒をみることであった。
「タークスはコストパフォーマンスが悪いんだ。あいつらにつぎこんだ金に見合う働きをする前に自滅するものがほとんどだからな」
ソルジャー適性に、主に心理面ではねられたものがタークスにくることが多い。彼らはソルジャー以上の力は持っていたが、精神面の裏付けを持たない力はえてして暴走することが多かった。
致命的な障害、精神崩壊、脱走して犯罪者の仲間入り、そして自殺。
タークスの末路は哀れなものだった。
「タークスに十年以上いたのは今までにたったの二人だ。私と、先代のリーダーであったヴァレンタイン。もっとも彼も今は消息不明だがね」
ルードの前でツォンは饒舌だ。タークスのメンバーは各人なりの最大の好意をルードに持っている。彼らを切り捨てて庭師に戻ることは、もうできないだろう。
思い切りがつかず捨てられなかった剪定鋏を今日にでも捨ててしまおうと、ルードは決心していた。

ツォンは時折さまざまなところからタークスのメンバーをスカウトしてくる。
引ったくり、掃除夫、OLと彼らの前歴は多彩だったが、皆すばらしいメンバーになった。ルードが入ってからのタークスでは脱落者も激減し、上層部の覚えもかなり良くなったようである。
「ルード、しばらくこいつの面倒を見てくれ」
いつものように新人を任されたルードは、黙ってうなづいた。
幼いのか、みかけよりかなり年上なのか。不思議な印象の男だった。男の口から甘い合成コカインの匂いがした。
ジャンキーだろうか。耳には穴を開ける余地もないほど穴が開けられ、ちろりと覗いた舌先にも銀のピアスが見えた。やせてはいたが、しなやかな男だった。そのしなやかさがごくもろいバランスの上に成立していることは明白だった。
「ルードだ。よろしく頼む」
彼としては最大限に愛想よく言ったつもりだったが、男はついと顔を背けた。
「名前は私も知らないんだ。君がつけるといい」
どうやら面白がっているらしいツォンを後にして、これからの多難ぶりを想像したルードは深いため息を吐いた。

カンパニーを出て自宅まで歩くことにする。車に乗らないルードに驚いたようだったが、男は黙ってついてきた。
赤い髪がルードの鼻先でゆれる。
2ブロックほど歩いたころ、男はぐいとルードの上着をつかんで足を止めさせた。
「話が違うんだな、と」
男の声から彼が年若いことが分かった。
「あの男はこう言った。タークスに来れば何もかもが許される。金も、セックスも、殺人も。だから来た」
「タークスのメンバーになるのはオレが認めた後だ」
剣呑なひかりが男の中に宿ったが、彼はじっとルードを眺めただけだった。
「なるほどな、と」
ニッと口元を歪める。
「あんたは少なくともオレよりは上手らしい。負ける勝負はしない主義なんだな、と」
とりあえず男はルードに一目おくことにしたようだ。
ルードの家に着くまでの間、男は何も言わずについてきた。
“この建造物は建築基準法234条第2項に違反しています”
政府が立ててくれた看板をなれた手つきでわきに退け、ドアロックを解除する。再開発地帯に指定されたこの地区の住人はほとんどいない。
やわらかな音をたててドアが開き、ルードの後ろに立っていた男がいきを飲む。
ルードの部屋は、生活に必要な最低限の空間以外を大小様々の植物が占領している。もうこの世界にはないはずの種もある。
部屋に入ろうとしない男を不審に思い、ルードは声をかけた。
「どうした?」
「入っていいのかな、と」
男はためらっていたようだ。
「ああ、オレの同居人達もお前を歓迎しているらしい」
はじめて男が笑った。邪気のない笑顔だった。
薄汚れている男のために浴室の準備を整えて部屋に戻ったルードは、しきりに一つの花に見入っている男に気付いた。
エビネランだ。ランの中でも原種に近く、乱獲と生育の難しさがたたり絶滅寸前のものである。
「気に入ったのか」
こくんと男がうなづいた。
「お前にやろう。大事にしてくれ。気難しい奴だが、コツさえ飲み込めばかわいい奴だ」
しっかりと鉢を抱きしめた男は、あわててルードの元に走りよってきた。
「本当なのかな、と」
重々しくルードは首を縦に振った。そっと足元に鉢をおくと、男はルードに噛付くようなキスをしかけた。巧みな舌先に翻弄されそうになるのを辛うじて押し留め、ルードは幾分乱暴に男を突き放した。
「な、なにを」
「いま手持ちは1ギルもないし、だからお礼なんだな、と」
あわてるルードを尻目に服を脱ぎ始める。
「やめないか!」
「脱がすほうが好きなのかな、と」
しどけなく肌に絡み付いた服ごと男を抱きかかえ、まっすぐ浴室に向かう。
バスタブに強引につっこんだ。
「そこで頭を冷やせ」
「....のぼせるんじゃないのかな、と」
二の句が告げないルードに笑いかけ、男はくるりとシャツを脱いだ。
浴室のドアを閉め、思わずルードは大きなため息をついた。
どう見てもあの男のペースだ。
彼の名前すらまだ聞いていなかったことに、やっとルードは気付き、再びため息をついた。

男はかなりの偏食家である事を除けば、めんどうの少ない同居人だった。
「名前は?」
「とくにない、好きに呼んで欲しいんだな、と」
名前のないのは本当らしい。タークスのメンバーは男のことを「名無し」と呼んでいたが、ルードはとてもそうは呼べなかった。
名前のないものなどこの世にはなく、名前がないものは世界から排除されてしまう事をルードは知っていたからである。
仕方なく、男のことは二人称で呼んでごまかしていた。
男がやってきて7日目の夜、簡単な食事とアルコールを前にルードは切り出した。
「その、考えていたのだが...」
「何かな、と」
男は2本目の缶を空けつつあった。
「お前に名前をつけたいんだ」
「....名前?」
ゆっくりとルードはうなづいた。男は張り詰めた空気にうたれたのか、急いで缶をテーブルに戻した。
ちろりと上目使いにルードを見つめ、おとなしく次の言葉を待っている。
「オレの部族の古い言葉で、すべての始まりを意味する言葉。レノというのだが、どうだろう?」
「....レノ」
男がうつむいたままなのでルードは立ち上がり男のそばに寄った。
「どうした?」
顔を覗きこんでルードは驚いた。男は意外に大きな瞳から涙をあふれさせていた。
「すまない、気をわるくしたのか?」
男は首を横に振った。
「お前はオレの欲しかったものばかりくれるから、どうすればいいのか分からないんだ、と」
かすれた声でつぶやく男が無性にいとおしくなって、ルードは思わず抱きしめていた。
「名前は気に入ったか?」
腕の中でうなづく気配がした。
「じゃあ、レノ。オレは泣かれるのが苦手なんだ」
「そんなこと言ったって、とまらないんだな、と...」
くいと顎を持ち上げてレノの顔を上向かせると、ルードは涙の跡にキスをした。レノのやせた腕が首にまわされる。
ルードは心の中で、もう何度目か数える気にもならないため息をついた。
遅かれ早かれツォンにこうなってしまった事は嗅ぎつけられるだろう。どうせルーファウスとのことは棚に上げて、飽きるまで自分をからかうに違いない。


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