パノラマ先生の第8弾

最近見つけたバーによって帰ろう、そうレノは思い付きスラム街に足を向けた。
彼の鼻はすでにかぎなれてしまった匂いを嗅ぎ付けた。
「めんどうだな、と」
仕事時間以外はどのようなことがあろうと我関せず、の姿勢を貫く彼だった。
血と薬莢の匂いのもとに目をやると、豪奢な金の髪が目に入った。ふと、勝ち気な上司の姿を思い浮かべ、レノは思わず金の髪の主の方に脚を運んでいた。どんな美人が現れるのかといった期待が少なからずあったことは否定できない。
「大丈夫かな、と」
彼女の側にかたひざを突き、血でへばりついた前髪をかきあげてやる。抱き起こした感触からも、彼、であることはすぐに分かった。整いすぎた美貌に、血が鮮やかなメイクを施している。その顔に見覚えがあるような気がした。
(コードC)
宝条のサンプルだ。乱暴に上着をたくし上げると銀のタグが見えた。彼はあばら骨をやられているらしい。かすかに脇腹に触れたレノの手の下で、内臓が躍り上がるのが分かった。
正直言って、もめごとはごめんだった。今日はルードもあの店にきているかもしれない。
このまま見なかったことにしておこうと立ち上がったレノの動きは、去り際に聞きとめたクラウドの声のおかげで静止した。
「ザック、 ス....」
恋人の名前だろうか。その名を呼んだクラウドはひどく幸せそうだった。だが、ついと流れ落ちる滴が彼の複雑な思いを語っている。
「うーん、らしくないぞ、と」
華奢というには野生の獣めいた危険な空気を身に纏った彼は、クラウドを難なく担ぎ上げた。自宅まで1ブロックもない。


蒸気のやさしい暖かみに包まれ、クラウドは緩やかに目覚めた。どこだろう、ここは。
あきれるほどもののない部屋だった。大きな旧式の冷蔵庫。隣の雨傘をさしたカエルの置物が、ちぐはぐながら部屋の主の存在を物語っている。
何気なく横を向いたクラウドは我が目を疑った。
「赤い死神.....」
「センスのないあだ名だぞ、と」
レノが苦笑する。タークスきっての掃除屋の彼の名はクラウドもよく知っていた。人当たりのよいユーモラスな語り口は、死体を前にしても変わらないという。赤い髪の、血まみれの殺し屋。殺しかたの残酷さも有名だった。反神羅組織の二重スパイだった神羅社員の始末方法は、タークスですら鼻白むほどだった。
昼食のスープの中に恋人の落ち着いた灰色の目を見つけたOLは、今は精神病院にいるらしい。股間からおびただしい血を流し、半開きにした口中に己の分身を含まされた死体は、見せしめのためか、かなり長い間スラム街に放置された。
「俺の運もここまでか。あいつが俺に託した命、無駄にはしたくなかったが...出会ったのがあんたときた日には」
クラウドは笑った。喉がカラカラだ。うまく声が出ない。
「こわいのかな、と」
蒸しタオルを手に、レノが洗面所から出てきた。
「恐いよ。ふるえている」
かすかに震える指先をクラウドは見詰めた。
意外なほどの優しさでレノの手がクラウドの胸元に伸ばされた。一瞬、身を固くした彼に苦笑し、ぼろぼろの上着を剥ぎ取った。
慎重に胸から腹を探る。
「2本はやられているな、と」
うめき声をかみ殺す。
「殺すならさっさとしろ」
なお強気なクラウドが微笑ましい。殺す気ならとっくにそうしている。
「死にたいのかな、と」
クラウドは首を振る。
「この命は俺のものじゃないんだ。俺の好きにはできない」
「ザックス、か?」
レノの口から出た思いがけない名前に、クラウドは驚いたらしい。やがて小さくうなずいた。
「そうか....と」
他人からもらった命。
他人に与える命。
レノには分からない。自分は自分のものであり、それ以上でも以下でもない。
レノが手にかけた人間はレノの分からない人間ばかりだった。自分以外のなにかを、後生大事に、無様なほどしっかりと抱え込んでいるものばかりだった。彼らは苦しみの表情は浮かべるが、死に顔は総じて穏やかだった。
自分は何を持っているのだろう。ルードは大事だ。だが、仕事だといわれたら彼に向かって引き金を引くことは、自分はためらいもしないだろう。
クラウドもレノには分からない何かを持っているらしい。
ブルーグリーンの瞳の奥の揺るがない光で、それは察せられた。
自分が彼をどうするつもりだったのか。レノにはもうどうでもよくなっていた。
「賭けをしないか」
「賭け?」
「ルールはごく簡単なんだな、と。おまえはこれから俺がいいというまで一言も口をきい てはいけない、どうかな、と」
こくりとクラウドはうなづいた。レノは瞬間、狡猾な微笑みを浮かべた。
「ゲームのスタートだな、と」
どのような痛みにも沈黙を守ろうと、けなげに結ばれたクラウドの口元は、レノの起こした行動に戸惑いを隠せなかったようだ。
胸元の果実をもてあそぶレノの指先をじっと見詰め、やがてあきらめの表情をうかべる。
下肢に伸ばされた手により、固く閉じられた口元は緩んでしまう。もれる吐息を懸命に押し殺すため、跡のつくほど唇をかみ締める。瞳が潤んでいる。
面白そうに自分に注がれる視線に気づくと、慌てて瞼を閉ざした。瞼に金属にかざられたレノの舌先がノックを繰り返す。初めて触れる彼の舌は、彼にしてはためらいがちで優しかった。
「いつまで続くのかな、と」
下着が引き降ろされ、素肌が外気に触れる。
おざなりな愛撫すら施さず、レノはクラウドの体内に侵入した。
思わず上げそうになった悲鳴を、片手で押さえつける。指の間から漏れる小動物の断末魔めいた声を隠し切ることは不可能だった。
「ルールは忘れていないだろうな、と」
前戯抜きの挿入に、クラウドの器官は軋んでいた。ぬるりとした血の感触が伝わる。
「はっ....!」
身を捩ったせいで、応急手当を施した脇腹の傷が開いたらしい。元々白い顔から血の気が引き、意識を手放すまいという気力だけでクラウドはレノと対峙していた。
ふと、深い湖を覗いたような気がした。
処女を犯しているような罪悪感がわきおこり、レノは舌打ちをする。嵐の過ぎ去るのを堪え忍ぶクラウドの様子は被虐心を誘うことこのうえなかった。
(らしくないことばかりだな)
気づいたとき、とうにクラウドは意識を失っていた。
唇に小さな歯形がしっかりと残っている。ゲームはどちらが勝ったのだろうか。
これから先、まちうけるごたごたの数々を思うと、自然とため息が出る。まずは酒場で待ちぼうけをくらわされ、黙って時計をにらんでいる無口な恋人に連絡を入れなくてはならない。鋭すぎるタークスのリーダーはとうにクラウドの所在をつきとめているだろう。
それから....?
なんにせよ、これから忙しくなりそうだった。


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