パノラマ先生の第6弾

まえまえから書きたくてうずうずしていた、お子様セフィと宝条とヴィンセントの話。
アメリカ行く前に、書けるだけ書いちゃおうとおもって、最近すさまじいことになってます。夏コミ原稿もしあげてしまったのだ。(注:GW)
この話、しばらくシリーズになりそう....いやなひとは、狂犬にかまれたとでも思って許してください。



物心ついたころから他人に愛されたという記憶はない。薄暗い屋敷の中でだれにもかまわれずにそだった。実験に名を借りた虐待行為に耐えることができれば、この屋敷の生活も悪いものではなかった。書物だけはあったから、彼は無心にページをめくり続けた。
外の世界に出ることは許されなかった。ときおり村の子供たちが興味本位にちかづいてくることがあったが、警備兵に追い払われては嬌声をあげていた。ぼんやりとその声を聞きながら彼は夢想していた。
外の世界とはどんなところなのだろう。屋敷の中の白衣の男たちは取り合ってはくれなかった。彼は癖になったあきらめの表情をうかべ地下の書庫に足を運んだ。書物だけは優しく彼を受け入れてくれた。
ずっと昔、自分を抱き締めてくれた腕があったような気がしないではないのだが、記憶は定かではない。
ある日、しみだらけの本の間から古い屋敷の設計図を彼は見つけだした。
(この屋敷の設計図だ・・・)
すぐに彼は奇妙な事を発見した。今は壁になっている所に扉があることになっている。地図を片手にその場所に彼はでかけた。薄暗い廊下である。彼はいつも足早にここを通り過ぎていた。暗闇から化け物が出てくるのではないかという気がしてたまらなかったからである。実際、実験に失敗した“なりそこない”が徘徊しているといううわさもあって、彼はここが苦手であった。
壁を注意深く調べるとかすかな切れ目が確かにあった。小さな指先で丹念にそれをなぞる。
(鍵がないとひらかないのかな)
どん、と彼なりの精いっぱいで扉に体当たりすると扉はあっけないほど簡単に開いた。もともと隠す意志はなかったようである。
胸いっぱいにすいこんだかび臭いよどんだ空気にむせて、彼はせわしなく胸を上下させた。ずっと閉め切られていた部屋にしては、ほこりっぽくない。よく見るとひきずったような足跡もついている。足を引き摺るくせのある白衣の男の事を思い出し、彼はかすかに震えた。
男はいつも彼に痛い事や恥ずかしい事を強いる。もっとも恥ずかしいという概念は書物から学んだものなので彼にはよくわからなかった。なんとなく男が彼にする事がイケナイコトであるらしいのは感じられた。
だが男はときどき彼を見つめて切なげに“るくれちあ”と呟き、彼をかたく抱きしめる。どうすればいいのかわからないので彼はうろたえて、じっと男のなすがままになっている。その時の男はいつもの威圧感のかけらもない、やせこけた弱々しい男に過ぎなかった。そんな男をみていると、彼は単純に男を憎む事ができなくなってしまうのだった。
あの男がここに来ているのだろうか。ひきかえそう、そう彼は決心したが、部屋の隅にある棺桶に気づき足を留めた。化物が潜んでいるのかもという恐怖心と、中を見たいという好奇心の争いは、好奇心の勝利に終わった。
おそるおそるふたを開ける。一枚板のふたは、彼には重すぎた。予想外の時間がかかったが、ついに彼はふたを開けた。真っ白なシーツをかけられた男がいた。つややかな黒髪が端正なほほを飾っている。
その美しさに、思わず彼は手を伸ばした。
不意に男の目が見開かれる。深いため息が押し出された。
「宝条か」
白衣の男の名前が出てきた事に、彼は驚いた。黒髪に伸ばした手を慌ててひっこめる。
ゆっくりと辺りを見回した男、柩のわきに立つのが子供だと気づいたようである、「ルクレツィア?」
彼は再び驚いた。白衣の男の繰り返すのと同じ言葉が、男の口から飛び出した。
男は彼をじっと見つめた。やがて赤い瞳に沈鬱な光が宿る。
「名前は何と言う?」
彼は考えた。彼はいつも「コードS」とか「被験体」と呼ばれている。白衣の男だけが「セフィロス」と彼を呼ぶこともあった。イケナイコト、をしている時だけであったが。
「名前って、特別なものだよね。たった一つの」
彼の疑問に男は首をかしげたが、真剣な彼の瞳にうなづいた。
「そうだ、だれもがもっているが、だれもが同じではない」
男が自分の質問にまともに取り合ってくれたことは彼にとって新鮮な驚きであった。無視されると思っていたのだ、いつものように。
男はじっと答えを待っている。
「セフィロス」
彼の答えを聞き、男はうめいた。
「やはり・・・あれからもうそれほどたったのか・・・」
そっと男は身を起こす。シーツがすべりおち、男の上半身がむきだしになった。無造作につけられた傷の残酷さに、彼は息を呑んだ。
「痛くないの?えぇと」
「ヴィンセント」
「ヴィンセント、どうしたの?その傷」
白い肌を犯す傷痕を慈しむように何回もなでて、彼は尋ねた。
男は視線をさまよわせ服を探したようだっが、やがてあきらめた表情を浮かべ首をふった。
「いいんだよ、セフィロス。これは私に与えられた罰なのだ」
「罰・・・・・」
「償わなければならない。これくらいでは私の罪は消えるはずもないが」
彼のもつれたプラチナブロンドをなでながら、男は呟いた。
「お前は決して私を許さないだろうな」
「ゆるす?」
男の言葉は分からないことだらけだ。だが男は彼の目を見て真剣に言葉を選んでいることは感じられた。彼は嬉しかった。自分を見てくれる人間に出会えたことが。
「さあ、もう行くがいい。宝条に見つかるとやっかいだ」
彼はもっと男と話したかった。
「また来ていい?」
男は首をふった。
「やめておけ」
「くるもの!また来る、絶対!」
それは彼が初めて言ったわがままだった。語気の鋭さに男は驚いたようであったが、苦笑して彼をそっと抱き締めた。
「あの男にみつからないように、な」
「うん」
彼の邪気のない笑顔は男の胸を突いた。無関心のベールを被った深い緑の瞳に鮮やかに生気が灯る。遠い昔に失った女性に酷似していた。

その夜、白衣の男の書斎に彼は呼び寄せられた。彼を部屋に招き入れた男は、ゆっくりと眼鏡を外した。切れ長の酷薄な瞳が彼を見つめる。
「お前はわたしに言わなくてはならない事があるんじゃないかな?」
彼はどうすればいいのか考えた。正直に言う方がいいのだろうか。
「彼に会ったね」
彼は黙ってうなづいた。
「いけない子だ、罰を与えなくてはならない」
冷たい視線が彼の動きを促す。
彼はのろのろと服のボタンを外し始める。幼い裸身が明るい光の中にさらされる。安楽椅子に座る男の前に、黙って彼は立った。消毒液の匂いのする細い指が彼の体を犯す。
男の指に身を任せながら、彼は吐き気を必死に押さえていた。いつも耐えられるのに、今日は男に底知れない嫌悪感を抱いた。
(いつになったら、おわるんだろう)
終わりのない悪夢のようだ。ヴィンセントという男に会ったことも、悪夢の中のちょっとした慰めだったような気がする。赤い瞳の人間なんているはずもない。
震える指で男の白衣を握り締め、彼はただ耐えていた。
堅く綴じられたまぶたの上に、男がやさしく口づける。
「ルクレツィア」
何なのだろう。この言葉は。
男はこの言葉を大切にゆっくりと紡ぐ。ヴィンセントもそうだった。
なつかしい言葉のような気もする。
なめらかな首筋に男のかみつくような愛撫をうけながら、彼はヴィンセントのことをぼんやりと考えていた。


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