パノラマ先生の第4弾

お約束どおり、せのおさんに捧げさせていただきます。こんなんでお礼になります?るるさん。
手違いでまえにアップした前編まで入ってしまいましたが、続き物だしね。お許しください。
ちょっち血まみれなので、そういうのが嫌いな人は読まないでください。
なぜかクラウドがマリア様になってしまったのだ。うーん、おかしいなあ。宝条がかわいそうな人になってしまった。



「くだらない失敗作だ、もう廃棄してしまおう」
宝条の声を聞いた研究所所員たちは皆一様に振り返った。
「彼、のことですよね?」
「あの人形だ・・・クラウドとかいう名前もあったがな、最近精神に異常をきたしている。もう限界だろう」
何かいいたげな所員に冷たい眼差しをくれると、宝条は肩をすくめた。
「さっさとあいつをケージからだしてこい」
まだ年若い所員は、宝条の言葉に黙って従った。
研究室の隅に設けられた大きな檻に彼は眠っていた。
実験動物であることを示すタグが首輪につけられている。服など着てはいない。
クラウドには連日の苛酷な実験のせいで大小様々な傷がある。新しいものから、痣になってしまったずっと古いものまで、まるで記憶のように彼の体に刻まれている。
ひどく虐げられて、実験の都合上ついたものはもちろん、たしかな悪意で傷つけることを目的につけたものも多かった。だが本来なら白磁のように滑らかであっただろう素肌を汚す傷痕の殆どはクラウド自身がつけたものであった。
苦痛以外の何物も生まない行為。不思議なことにクラウドは死を望もうとはしないのであった。ただ殉教者のように自らを痛め付けることを繰り返す。
手足には無数の傷痕。太ももには引き連れたケロイドが残る。何回もおられた指は曲がったままに固定されてしまった。
クラウドの精神は現実を拒み、内へ閉じこもっていた。おそらくもう元には戻ることはないだろう。
「さあ、おいで・・・・」
うっすらと目を開けたクラウドは途端におびえた色を瞳にうかべた。
檻の隅にうずくまってしまった彼に手を焼く所員に、宝条は露骨に舌打ちした。
「なにをぐずぐずしている。もういい、わたしがやろう」
乱暴に所員を押しのけ、宝条は檻の中に入った。
クラウドの首輪を引っ張り、強引に立たせる。
「歩けるな・・・?それとも私の言うことをきかなかった罰が欲しいのか」
ひっと息を呑み、クラウドは何度も頭を振った。なえてしまった足で懸命に歩こうとする様子に宝条は満足げな微笑みをもらした。
「手術台に乗れ」
クラウドは不自由な体でぎこちなく手術台に横たわった。慣れた手つきで宝条は彼のか細い手足に拘束具をはめる。
「良い子だ・・・だが、もうお前は用無しなんだよ」
骨張った指で痩せた頬をなでる。
「・・・・・?」
無感動に見つめる瞳は深い色をたたえている。
「美しい。この世で最も完璧なのは魔晄エネルギーだけだ。あの光をそのまま閉じ込めた瞳だ。失敗作にはもったいない」
宝条はクラウドの口を片手でふさいだ。抗議の声は恐怖に飲み込まれる。銀の光が輝き、鋭利なメスが優しいと言ってもよい繊細さでクラウドの瞳に突き立てられた。
視神経を切断された眼球が宝条の手のひらにのるまでたいして時間はかからなかった。
宝条は無事な左目からあふれる涙をたどり、ひくひくと動く頬の感触を味わい、激痛でショック状態に陥り放心しているクラウドにキスをした。
「なぜ泣く?これ程美しいものはないというのに。」
血まみれの眼球をライトにすかして、宝条は笑った。
「大事に保管してやろう。もっともお前はもう見えないかもしれないが」
右目からあふれる血はクラウドの頬を汚している。痛みで半開きの口元は愉悦の表情のようだ。
「かわいそうに・・・さぞかし痛いんだろうな」
くぐもった笑いを浮かべると宝条はクラウドの下肢に手を伸ばした。
「お前の大好きな褒美をやろう」
銀のシャーレの上に眼球をそっと置き、宝条はクラウド自身に指をからめる。驚くほど繊細な愛撫に彼の息は簡単に上がった。細い喉が上下する。くぼんだ右目が新たな出血に汚される。
「・・・博・・・・士」
不自由な手を上げてクラウドは宝条にすがろうとした。
かすれた幼い声に宝条は反応し、黙ってクラウドの四肢にはめられた拘束具を解く。痩せこけた腕は宝条の白衣を震えながらもしっかりとつかみ、ぎこちなく宝条を抱き締めた。
「何をする・・・ついに狂ったのか」
クラウドの腕をほどこうとした宝条は、クラウドの唇から漏れたささやきにその身を硬直させた。
「かわいそうに、・・博士」
「馬鹿げたことをほざくな!」
乱暴にクラウドの体を突き放し、宝条は珍しく声をあらげた。
「このわたしが、お前ごときに何を哀れまれることがある」
しかし言葉とは裏腹に宝条の声は震えていた。
「何が分かる・・・・・お前に、何が!!」
クラウドは笑っていた。
右目からの出血は止まらない。血の涙を流しながら、彼の口元はほほ笑みの形を崩さなかった。魔晄を宿す左目の澄んだ輝きは衰えない。
手術台をおりて、よろめきながら宝条に近付く。宝条は恐怖の表情を浮かべ、苦しげに大きく息をはいた。だが足は動かない。クラウドが近づくのを凝視するだけだった。
かなりの時間をかけ宝条にたどり着いたクラウドは、不意にくずれおちた。それでも彼は宝条の元に行こうとふるえる両腕ではいずった。白衣の裾をつかみ、幼子のように頭をもたせかける。血に汚された淡い金髪を何度も白衣にすりつけた。
「離れろ!!はやくっ」
常日頃の冷静な宝条からは想像もできないうろたえた声をあげる。形勢は逆転していた。
「許すのに・・・」
クラウドの小さな声を宝条は聞き逃さなかった。
「・・何を・・いう・・」
宝条を見あげてクラウドは一字一字はっきりと言葉を紡いだ。
「あなたを、許す」
「許すだと!?このできそこないめ!!」
宝条の声はもはや悲鳴に近い。
クラウドを蹴飛ばし手術台に走り寄ると、開頭用の小型鋸を手にした。
床に横たわるクラウドの喉元に突き付ける。鋭い刃がライトの下で輝いた。
「さあ、もう一度言ってみろ、クズが!」
けだるけに宝条を見つめて、端正な唇がふたたび言葉を紡ごうと開かれた。
「黙れ黙れ黙れ」
いきなり宝条はクラウドの足首をつかみ、下肢を大きく開かせて秘奥をむきだしにする。ためらわすそこに刃を当てた。
「失敗作だ、お前は失敗作なんだ」
狂気の色をうかべた宝条は互い違いになった細かな切っ先でクラウドを犯した。あふれる鮮血に白い肌を彩られ、クラウドはうめいた。
「・・・はっ・・・・あぁ・・・・」
「苦しいだろう、痛いだろう?さあ、わめくがいい」
ずぶずぶとやわらかな肉を細みの鋸が犯す。どれほどの痛みなのだろうか。だがクラウドは弱々しく頭をふるだけだった。
どこにそのような力が残っていたのか。その身を起こすと、ひざをつく宝条に向き合った。血にまみれたうつろな眼窪にみすえらえて、宝条は動くことができない。呆然とした顔の宝条の唇に、そっとクラウドは自分のそれを重ね合わせた。
「博、士」
「やめてくれ、もう許してくれ!」
無我夢中で宝条はクラウドの華奢な喉を締め上げた。鈍く骨の折れる音がしても、こわばった指を喉から離すことができなかった。
クラウドはやはり笑っていた。おそらく息を引き取るそのときまで。血の衣装を身にまとったいたにしては穏やかすぎる死に顔を前に、宝条は座り込んだ。
まだ暖かいクラウドの手をとる。その手は小作りで驚くほど頼りなかった。宝条は乾ききった唇を桜色の爪に当てた。
「許してくれ、だれか私を許してくれ」
呪文のように同じ言葉を繰り返す。肩が震えていた。宝条を知るものが見たら驚愕していたに違いない。彼は泣いていた。

出勤した職員は、皆一様にむせ返る血の匂いに顔をしかめた。宝条はいつものようにせわしなくキーをたたき、職員に目もくれない。
「死体を始末しろ、目障りだ」
宝条の命令を受け、彼らはまたかというふうに顔を見合わせた。ため息をつきながら貧乏くじを引いた研究所員は目を背けたくなるような無残な死体を袋に詰めた。聖母のような微笑を血のこびりついた死体が浮かべている事を不思議に思ったが、彼は再びため息をついただけだった。余計な詮索はこの研究所ではろくな結果をまねかない。廃棄所に袋を降ろし、手を消毒する。この実験体が気に入っていた彼は胸の痛みを隠せなかった。
後で花を備えようと考えながら、報告のために宝条に近寄る。
宝条は培養水槽に何物かの眼球を入れていた。
「培養するんですか?霊長類の眼球ですよね?」
「ああ・・・・美しいだろう」
うっとりと言うと、宝条は喉の奥で笑った。
「実に楽しみだ」
培養槽のガラス面を何回もなでる。
「実に、ね」



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