緒方さち先生の第17弾

/* 図書室 ラスト */

ちょっぴり困ったラスト。何が困ったかというと、ザックス極悪人説が捨てがたい趣を持っていたからです(^^; とりあえず『昭和初期連ドラ風』というばかばかしいラストにしてみました(笑)



#5

 立ち入りの禁止された屋上のすみで待ち合わせをしようと言ったのはザックスのほうだった。
 言われてためらったのは、クラウドの中に迷いがあったからではない。図書室以外の場所でかれと会うのが初めてのことだったからだ。
 それを言うとザックスは、ひどく困ったような表情をして、小さい声で短くただ一言済まなかったとクラウドに詫びた。
 それが何に対しての謝罪であるのかクラウドはわからず、きょとんとした顔をしていると、めずらしくも本当に困惑した表情のままでザックスは、今までおまえの気持ちも考えずに酷いことをしてきたからと、再び詫びた。
「悪いのは−−−−ザックスだけじゃないよ」
「セフィロスも、か?」
「それから、オレも」
 驚いた表情になるザックスの横に並んで暮れていく空を見上げながら、クラウドは一語一語、己自身にいい聞かせるようにゆっくりと言葉にした。
「自分の孤独を−−−−自分で癒す方法も探さずに、優しい言葉をかけてくれたセフィロスだけにただ、すがってた。あのひとの手を放すことでまた孤独になることが恐くて、嫌なことだと、駄目なことだとわかっていたのに抱かれるのを拒めなかった……弱かったんだ」
 ザックスは、手を伸ばしてクラウドの頭をぽんぽんと軽く、子どもをあやすように軽く叩いた。
「でもおまえは、自分で自分の弱さを振り切ろうとしてる。その決意だけでも十分に強いものを持ってると思うよ」
「オレの背中を押してくれたのは、ザックス、あんたじゃないか……。あ、ひょっとして、今のはザックス様を褒め讃えなさいっていう意味だった?」
「違う! 違うって!」
 笑い合う−−−−どうしてこんな簡単なことが今まで出来なかったのか、クラウドには不思議に思えた。そして、笑い合うことを簡単だと思える今の自分が嬉しかった。
 ただひとつ、不安だったのは。
「あいつのこと、あんまり心配すんなよ」
「ザックス……」
 彼の言う『あいつ』が誰のことであるのか、その名を告げられなくともクラウドにはわかっていた。
 セフィロス−−−−いつものようにクラウドをクラウドを図書室へと呼び出したかれは、この瞬間もクラウドの来るのを待ってあの閉ざされた空間にいるのだろうか。
 たった一人で−−−−?
「あいつには、俺から言う。俺からはっきり、おまえにはもう近付くなと言ってやるさ」
 敢えて明るい声で言って、ザックスは自分よりも一段低い位置にあるクラウドの頭をがしがしと撫でた。
「痛いよ、ザックス」
「おまえの髪、触ると意外に柔らかいなあ」
「なんか変質者みたいだよ、その手つき!」
 触れ合って笑い合って抱きしめ合って。そんな簡単なことでこんなに幸せな気分になれる。世界中でただひとりでも、自分を理解し自分をみつめてくれるひとがいるというそれだけで、世界はすべてこれまでとは違った色で見えて来る。そんな気分で、クラウドはそっと抱きしめてくるザックスの胸に身体を預けた。このまま、世界が終ってしまってもいい。そんな刹那的な気分に心は浸った。ときおり囁かれる自分自身の名前の響きすら心地よい。
「ザックス……」
「うん?」
「あんたのこと……すごい好きだよ……」
 何気ない一言だった。だがクラウドのその一言にザックスは一瞬、ひどく驚いた表情になった。
 それから、子どものようになんのかげりもない表情で笑ったのだ。
 クラウドはこれまで、自分のなにかの言葉で誰かが喜ぶなどという経験をしたことはなかった。少なくとも、これほどまでに喜んでもらえることなど、セフィロスとの数カ月にわたる密かな情事のあいだにもまったくなかったことのだった。
 不意に俯いてしまったクラウドを、ザックスは驚いたような、慌てたような声で呼び、こわごわとした手つきで顔を上げさせた。
「クラウド……?」
 答えられる言葉はなかった。
「どうしたんだよ……泣くなよ。大丈夫だから。俺がそばにいてやるから……」
 宥めるように声をかけられ、クラウドは自分が涙を流していることにようやく気がついた。
 ザックスの力強い腕がしっかりと抱きしめて来る。
「ザックス……好き……」
 あたたかなその温もりのなかに包まれて、クラウドはいつまでも泣き続けた。


#6


 ゆっくりと毎日が過ぎて行く−−−−
 図書室へと足を運ばなくなって数日、クラウドは自分がこれまでになくゆったりとした気分で過ごしていることに気がついた。友達のいない教室にいても、孤独感は薄らいでいた。それが、同じ学園の中にいるザックスの存在のためであるとクラウドはもうわかっている。たとえどれだけ長い時間を一人で過ごしたとしても、放課後になれば彼に会うことが出来る。子どものような屈託のないあの笑顔を目にして、彼に触れられるのだと思っただけで、クラウドの心のなかに温かい何かが広がって行く。幸福、という言葉の意味をクラウドは噛みしめた。
 あの日から、放課後の二人の指定席は屋上の片隅と決まっていた。
図書室のある校舎の屋上ではない。校内でも図書室からはいちばん離れた特別教室棟の、出入りすら禁止された屋上である。
 授業の終る鐘を合図に教室を飛び出したクラウドは、廊下で一人の上級生に声をかけられた。一度二度ザックスと一緒にいるところを見たことのある、彼の友人らしい生徒である。
「クラウド・ストライフ……だよな?」
「はい……」
「奴から伝言があるんだけど」
「伝言?」
「いつものところで待ってる、ってさ」
 伝言などしたことのないザックスのその言葉に、クラウドは不安そうな表情になってしまったらしい。上級生は、苦笑しつつクラウドの肩を軽く叩いた。
「そんな心配そうな顔すんなって。俺も奴も、何も企んでやしないから心配すんなよ。あいつ、おまえにメロメロになってるよ。本当言うとさ、あんまりあいつがのろけやがるから、ちょっと噂のかわいこちゃんを見たかっただけなんだ。『伝言』はただのおまけだよ」
「そう……なんですか」
「あいつ、待ってるから行ってやってくれよ」
 今度一緒に遊ぼうな、と言ってその上級生はザックスに少し似た表情で笑いながら手を振った。
 そういえば彼の名前を知らない−−−−手を振り返してからクラウドは思う。少しずつ、世界が広がって行く感触がある。ザックスを媒介にして、クラウドの前に開けて行く世界がある。
 すべてが明るい光に満ちて、クラウドの前に広がっている。そしてその光の真ん中にザックスはいるのだ。
 校庭を半ば駆け足で横切って、クラウドは人のあまりいない特別棟の階段を駆け上がった。待っているだろうザックスのことを考えると足は自然に速くなった。
 錆びついた扉を開けて、夕焼けの色に染まった屋上へと出る。
 そこに−−−−背の高い制服の後ろ姿を見つけて、クラウドは足を止めた。
 すらりと高い長身。夕焼けの色を弾いて赤く染まった長い髪。
 ゆっくりと彼が振り返る。
 クラウドは、己の足が自然と震え出しているのを感じていた。
 そこでクラウドを待っていたのは、ザックスではなかった。
 形よく長い手指でクラウドを差し招き、端正な美貌の上に皮肉げなそしてひどく冷たい笑みを浮かび上がらせたその人物を、クラウドはもちろん知っていた。
「セフィ……ロス……」
 震えながら名を呼んだクラウドを、セフィロスは満足そうな表情で見据えていた。
「随分とお見限りだな……おいで」
 傲慢な支配者の言葉に、クラウドはいやいやと首を振るだけで意志を伝えた。この場所から、逃げてしまえばいい。今すぐここを立ち去ってしまえば、何も起こるまい。
そうとはわかっていても、数日ぶりに見るセフィロスの姿に釘付けとなったかのようにクラウドの両足は動かなかった。まるで、セフィロスの視線一つにクラウドのすべての意志が封じられてしまったかのように。
「ここへおいで、クラウド」
「いや……だ」
 凍るように冷たい微笑を浮かべながら、セフィロスは歩み寄るとクラウドの腕を掴み引き寄せた。屋上の端、先ほどまでセフィロスが立っていた場所までひきずるように連れて来ると、視線だけでクラウドにある方向を見るように促した。
「ザックス……は……?」
「奴は来ない。奴なら、おまえの名前で呼び出されて、今ごろはあの場所にいるはずだ。あの場所で、来るはずもないおまえを待っているはずだ」
「あの場所……」
「図書室だ」
 セフィロスの唇がゆっくりとつりあがり、残酷な笑みを模った。
 クラウドの視線を促して上がる指のさきに、その場所、図書室はあるはずであった。古ぼけた校舎。
夕焼けの色に灰色の壁を染めたはずのその建物は、ザックスがクラウドを待っているのだというその場所は。

 激しく黒煙を吹き上げながら、紅蓮の炎にとりまかれて焼き尽くされようとしているのだった。

「ザックス……!」
 クラウドの目の前でその場所は、みるみる炎に埋もれていく。一瞬で燃え尽きよとあらかじめ細工されていたかのように、校舎のそこここから炎が吹き出してきていた。
「諦めろ。あの男はあの中で命を落とす。もう二度と、おまえには触れさせはしない」
 酷く冷静でどこか愉しげでさえあるセフィロスの声に、クラウドはおののきつつ振り返った。長い腕が絡み付くようにクラウドの身体を抱きしめた。強い力だった。クラウドを決して離すまいとする強い力だった。
「セフィロス−−−−あなた、が……あなたがあれを……?」
「当然の報いだろう。この私のものに手を出し、私から奪おうというのだ、これくらいの結果は予想して当然だ。これくらいの報いは……」
 クラウドは、のぞき込んだセフィロスの瞳の奥に形のない妄執をみつけていた。
 それは昏い炎だった。
 クラウドに向けて燃え盛る炎だった。
 歪み、ねじ曲がりながらもその炎は執着というかたちでクラウドに向けられていた。
「あなた……は狂ってる……」
 抗いがたい強い力で抱きしめられて、クラウドは唇を奪われていた。早急な指が衣服の下にまでもぐり込む。素肌に直に触れられて、クラウドは嫌悪感から悲鳴をあげていた。
 かれに触れられることに嫌悪したわけではない。かれの指先を、唇を、かれがクラウドに向けて来る感情のすべてを、毒々しい歓喜とともに受け入れようとしている自分自身に気がついたからだ。
 すべて振り切ったつもりだった。己のすべてをザックスに与えたはずであった。それなのに、ザックスの生命の終焉を前にして、セフィロスに抱かれて歓喜を知る自分がいる。
 その指に、唇に触れられてさらにとらわれたいと願う自分がいるのだ−−−−まるでこのときをこそ待っていたとでもいうように。
「い……いや……」
「いい子だ、クラウド。愛しているよ」
 クラウドは何度も、いやいやと首を左右に振った。
「愛しているよ……」
 けれどもそのただ一つの言葉に、クラウドの意志のすべてが塗り替えられていく。
 幾度目かにその名を呼ばれ、甘く囁かれたそのときに、ザックスとの日々のすべてを振り払うようにして、残酷な支配者の腕のなかにクラウドはその身を投じていた。
「いい子だ……」
 口づけが甘い。
 目に見えぬ檻の中に再び捕らわれる己を感じとりながら、クラウドはゆっくりと目を閉じていった。



postscript:
あ、なんか思ったような効果にならなかったな(-_-;) ちょいと反省。夏コミ修羅場中にナニをやってるかな自分……。(これを現実逃避という)


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