緒方さち先生の第7弾

/* 図書室 */

不幸で酷くて酷くて酷くて酷いセフィ×クラです。えっちーはたいしたことないが。不幸はキツイ。読んでも幸せになれない保証付き(←そんなもの送るなよ……)。



#1

図書室の空気は、いつもひどく澄んでいる。
誰もが声をひそめて音をたてぬよう振舞うために、そこはいつも凍りついたような静謐さを漂わせていて、クラウドを安堵させていた。
本棚と机。椅子は木製で、座るとかすかにぎしりと鳴った。
古びた紙の匂いさえ嫌いではなく、毎日のようにクラウドはここへ足を運んでいた。
昼休みや放課後以外にも、今日のように、自習などで時間があきさえすればすぐにここへとやってくる。
週に三日やってくる司書の老婦人も、はじめのうちは授業時間だけは教室にいたほうがいいと諌めていたものの、友人ひとり連れずに現れるクラウドに何を感じとったものか、いまでは何も言わずときおり司書室に手招いては紅茶などふるまってくれるようになった。
にこにこと穏やかに微笑んでくれる老婦人を、クラウドは嫌いではなかった。
幼すぎるクラスメイトたちよりはずっと、話もわかるような気がしていた。
だが今日は、彼女の代わりに若い国語の教師が司書の代役を担う曜日だ。授業はどうしたと問われれば、自習のための資料を探しに来たのだと誤魔化さねばならないだろう。
図書室にふさわしい重たい木の扉を開けて、クラウドは図書室の中をのぞきこんだ。幸い、何の所用でか担当の教諭はいないようである。
(よかった……)
窓際に近いいつもの席に、持って来た筆記用具を置いてから、今日は何を読もうかと本棚の森に向かう。歴史、科学、美術、それとも文学。活字であればそれが何でも、眺めているのは楽しかった。適当な数冊を選び出して席へと戻る。窓際の席は薄いカーテンから午後の柔らかな陽が漏れて、とても心地がいいはずだ。何気なく席につこうとしてクラウドは、これまで無人であったはずの場所に、見慣れぬ人影をみつけて足を止めた。
窓際。足元だけに配置された低い書棚の上に腰かけて、窓から入り込むわずかな風に心地よさげに瞳を閉じて。
片方だけ床へと下ろした足がすらりと長い。身につけているのはクラウドと同じ制服だ。生徒なのだろう。
長い銀髪が陽を弾いてきらきらとわずかな光を放っている。彼はまるで、生まれたときからそこにすえられていた彫像のように、一枚の絵画のように完成された美しさでそこに在った。
「……。」
クラウドはしばらくの間、言葉もなくそこに立ち尽くしていた。彼は眠っているようだったが、声をかけることすら憚られる、そんな雰囲気を身に纏っていたのだ。
「どうした……?」
不意に声をかけられて、その声が自分に向けられたのだと思うよりも先に、その声の、少し低いトーンが彼に似合うことにうっとりとした。
「いつまでそこで立っているつもりだ」
「え……っ?」
碧の、独特の色合いをした瞳がクラウドをまっすぐにみつめている。
「あ……」
慌てて取り繕うとして、両手から抱えた本が滑り落ちた。どさどさと不粋な音をたてて本は床に散らばった。
慌てて拾い集めようとするクラウドを、彼は嘲るでなく罵るでなくわずかに柔らかい視線を向けて、歩み寄って来るとその長い指で尾とした本を拾い上げてクラウドに手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
「前世紀の詩人の自叙伝か。悪くない趣味だ」
表題を一目見て、悪くない、と彼は言うが、クラウドには、己の子どもっぽい面を指摘された気分になった。赤面しているのを自覚しつつ俯くが、予想とは異なる言葉が後に続けられた。
「中盤で多少退屈になるが、面白くなくはなかったよ」
「……あなたも、この本を?」
クラウドに持たせた本の表紙を、彼の指が優雅にめくる。裏表紙に貼りつけられた貸出管理用のカードに、彼のものらしい名前があった。
S.Hojo−−−−
「宝条……先輩?」
「その名は嫌いだ」
子どものように嫌悪も露わに眉根を寄せる。宝条、というその名をクラウドは知っていた。
いや、この学園の生徒でその名を知らぬものなどいまい。化学教師宝条の実子でありながら、父親には似ることのない端麗な容姿と、奇跡とさえ言われる完璧な頭脳を持ち合わせた優等生−−−−
彼の目が促すように自分に向けられていることに気付いて、クラウドはおずおずと彼の名を口にした。
「……セフィロス、先輩−−−−」
「セフィロス、だけでいい」
彼は学園の英雄的存在であり、在校していながらすでに伝説とさえ言われるほどの数々の逸話の持ち主であった。今年入学したばかりの一生徒であるクラウドが気楽に声などかけていい人間ではないのだと、クラウド自身は思っていたのだ。
だが。
長身の青年−−−−年齢的にはクラウドと3歳も違わない。まだ少年と呼べる年代であるはずなのだが、セフィロスは大人びていて、青年と呼ぶほうがしっくりときた−−−−セフィロスは、ひょいと身体を浮かすようにして机の上に腰かけた。椅子を引き、クラウドに座るよう促すと、未だ幼いラインを描くクラウドの細い顎を指先ですくいあげた。
「おまえも、授業から逃げて来たのかな。クラウド・ストライフ?」
「どうして……オレの、名前を……?」
その問いには答えることなく、セフィロスは低く笑った。そうして、仲良くやろうと差し出された手のひらに、クラウドが恐る恐る触れるのに興味深げに目を細めていた。


#2

「ちょっと……待って、待ってください。こんなところで……」
上擦った声があがった。
己の声音のあまりのいやらしさに、クラウドは泣きそうな気分で目をつぶる。
唇はすぐに重ねられ、存分にクラウドから吐息を盗んで去った。
「どうして……」
「おまえが、そんなに可愛い顔をしているからだ」
クラウドの小さい身体を本棚に押しつけながら、セフィロスは容赦ない力で顎を捕えて幾度もくちづけを繰り返した。
与えられる唇の冷たく柔らかい感触に、クラウドは恐怖すら感じていた。
「いい子だ……そのままじっとして」
腰にまわされた長い腕が、普段は他人になど触らせぬ箇所に辿り着く。ぴくりと身を震わせたクラウドに、セフィロスの視線が反らされることなく向けられている。すべてを見透かすようなその視線が痛かった。
キスは、はじめてではなかった。
この図書室で出会ってから一月とたたぬうちに、戯れのように押しつけられた唇を、クラウドは震えながら受け入れた。学園の英雄的存在であるセフィロスに、特別扱いされることは決して嫌ではなかったが、キスから先−−−−こんな行為に発展しようとは思ってもみなかったというのもまた真実である。
戯れでならばキスも悪くない。
だが、セフィロスの行為は、彼らが図書室での秘かな密会を続けるたびに少しずつその濃度を増していったのだ。触れるばかりのキスから、深く吐息を盗みあうくちづけへ。はじめは軽く抱きしめていただけの指先が、襟元からしのびこみ肌をなぞる。
そうして今は。
「イヤ……−−−−」
冷たい指がクラウドの衣服の前を寛げて、誰にも触れさせたことのない箇所をやんわりと握りしめた。耳朶に軽く歯をたてられて背筋がはねる。耳元に注ぎこまれる吐息すら、心地よくて泣きたくなった。
感じている。
男の自分が、同性の手指の戯れに性的興奮を覚えているのだ。
このあさましい感情を知られていると思っただけで、泣きたいほどの羞恥に襲われた。けれど、抱きしめてくれるこの腕を引き剥すことは、クラウドには出来なかった。
「いい子だ、クラウド……可愛いよ」
囁かれる声は甘く、涙の浮かんだ目で見上げると、セフィロスは優しいがどこか獰猛な部分の見えかくれする表情で見下ろしているのだ。
この小さい自分のどこに、セフィロスの興味を煽るものがあったのか。
セフィロスとは、人のいない図書室でこうして逢瀬を重ねるばかりで、他の場所で顔をあわせることはない。校内一の有名人であるセフィロスのことだ。誰かとつき合っているなどと知られれば、たちまち噂の渦に巻き込まれるだろうということがわかっているから避けているのか。あるいは校内にいる彼の父親に、ことが知られることを避けているのか。
そのどちらにせよ、クラウド自身も噂に巻き込まれることがないのは幸いであったが、こうした行為をしてなお、この部屋の外では他人同然の顔をしなければならないのは、少々辛くもあった。
再び唇を奪われながら、そんなことに思いを馳せていると、不意にセフィロスは身体を離してクラウドの痩せた身体を抱き上げた。
「なに……?」
「司書室へ行こう」
その言葉の促すものがわかって、クラウドの表情にわずかにおびえの色が浮かんだ。
図書室から、薄い壁と扉ひとつで隔てられたその小さな部屋は、通常は生徒の出入りは禁止されている。しかしセフィロスは、どういう手口を使ってか、その鍵を手に入れていた。
司書室には、廃棄された図書の山と、古い机と、クッションのきいた長椅子がある。クラウド一人なら、十分に横たわれる大きな長椅子が。
「誰かが……来たら……」
「誰もきやしない。おいで」
セフィロスは強引だった。
抱え上げるようにクラウドを司書室へ連れて来ると、小さなその身体を、長椅子に押しつけるようにうつぶせさせた。床に直についた膝が冷たい。
獣の態勢。その格好がクラウドはなにより嫌いだった。まるで物のように使われているという気分に陥るからだ。
「ヤダよ、ねえ……」
長椅子があるのだから、せめてよこたえてほしいと思うのだが、そんなクラウドの小さな拒絶などわからないふりで行為は進められた。
「セフィ……服を……」
「すぐに済む。そのままいい子にしていられるだろう?」
狭いその箇所に指を入れられて、クラウドはもう返答など出来なかった。荒くなる呼吸に満足したかのように、セフィロスはきつく掴んだ腰の奥へと己の欲望をつきたてていった。

(とりあえず終わってみる……というか、クラウド終わっちゃってるよー)


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