緒方さち先生の第三弾

/* Are you happy? */

……幸せになりたかったの……(←疲れてますね)。
ヴィンセントは受だあ!!との主張があるかたは見てはいけません。
あ、あと、つじつまがあわないとかいうことは何も考えないように(苦笑)。

/* the end of love story */

コスタ・デル・ソルの鮮烈な陽光が肌を刺す。まぶしすぎる太陽から身を隠すように、ヴィンセントは室内へと足を戻した。
「ここは本当に、暑いところだな……」
振り向かずにかけた声に、返答はない。さきほどより寝台に横たわったままのクラウドに歩み寄ると、不慣れな手つきで小さい頭をそっと撫でた。
「眠っているのか、クラウド?」
「眠れる……わけないだろ……」
顔を枕に押しつけているせいで、声はくぐもって聞き取りにくかった。声音の低さに、クラウドが泣いているのではないかとヴィンセントはわずかに焦った。
のろのろとした動作でクラウドは身を起こし、乱れた髪を乱暴にかきあげた。
その頬に涙はない。けれど、憔悴が、痩せたその頬を青白く病的に見せていた。
頬ばかりではない。その腕も脚も、世界の存亡をかけて戦ったあのときと比べて驚くほど肉が落ちてしまっていた。今のクラウドを見て、ソルジャー・セフィロスをうち倒し、メテオの襲来を阻止した戦士なのだと思うものは誰ひとりいないであろう。
あの戦いのあと、ミッドガルの再建に力を貸してくれと頼む仲間をふりきって、クラウドはここ、コスタ・デル・ソルにある己の別荘へとひき籠っていた。いや、クラウド一人でどこかへ去ろうとしているところを、ヴィンセントが無理矢理にこの別荘へと連れて来たというのが正しいだろう。戦いを終えてひどい脱力感と疲労感に襲われているように見えたクラウドを、一人にすることなど出来なかったのだ。せめて気分が晴れるようにと、解放的なこの地へとやってきたものの、しかしクラウドは、まるで己自身を痛めつけたいかのように何も食べず眠ることすらしようとしない日々を続けていた。
クラウドが何に傷つき、何を悔いているのか。察することが出来るだけに、ヴィンセントにはかけるべき言葉を見つけることができなかった。本当の自分を取り戻すために、かつて愛したひとを殺した。傷つくなと、忘れてしまえと言うことはヴィンセントには出来なかった。
「せめて、なにか口にしてくれないか。それでは身体がまいってしまうだろう」
寝台の上で膝を抱えて小さくなって、クラウドは幼い子どものようにただ首を振った。
「いらない。何も欲しくない」
「クラウド……」
「一人になりたい……」
その言葉とはうらはらに、クラウドはひどく淋しそうな表情をしている。
無理矢理この腕に抱きしめてキスをしたら、クラウドはどうするだろうか。たとえ今嫌がられても、その行為がクラウドを立ち直らせることができるのなら、してしまうべきなのかもしれないとは思っている。この先永遠に憎まれたとしてもクラウドがセフィロスの影を脱することができるというのなら、その憎悪にすら価値はある。
けれども、傷つけるとわかっていてその行為に踏み切ることは、結局ヴィンセントには出来ないのだった。
クラウドは、何より大切だ。たとえ彼がまだ、セフィロスのことを想っているのだとしても。
(たとえおまえが一生私のほうを振り向かないのだとしても……愛しているよ。おまえの求めるものならすべてをやろう。それが、死……だとしても)

「それでは駄目だな」
「ああ、駄目なんだ……ッ!?」
突然に耳元に話しかけられ、数メートルほどもヴィンセントは飛び退くことになった。
クラウドではない。クラウドは、寝台の上で膝を抱えた態勢のままでこちらを見ている。その目は丸く驚愕に見開かれ、ヴィンセントの背後を見ている。
ヴィンセントはゆっくりと振り向いた。
別荘の玄関口、さきほどまで誰一人いなかったはずの空間に、彼はいた。
全身を包む漆黒のコート、月の光さながらに背を滑り落ちる銀の髪、この星の生命の源と同じいろをした瞳は、かつてない優しい光を帯びてクラウドに向けられている。その瞳の奥の理知の輝きを見れば、彼がもはや狂気にも、彼の母体であるジェノヴァにも冒されていないことは明らかであった。
彼の名はセフィロス−−−−かつてクラウドが憧れ愛した、ソルジャー・セフィロスその人であった。
「どう……して……?」
クラウドの問いかけは涙を帯びた。当然だろう。この手で殺したはずの最愛の人物が、無事に生きて目の前に現れたのだから。
「簡単なことだ。クラウド、おまえがわたしの中のジェノヴァを破壊してくれた。おまえの技でジェノヴァの意志と、ジェノヴァに操られたわたしの意志はかき消され、あとにはただのわたしが残ったのだ。おまえが解き放ったこの星のライフストリームの奔流は、ジェノヴァを封じ、メテオを破壊し、そしてこの星とこの星に生きるものたちを癒していった。すべてこの星に生きるものたちを−−−−このわたしすら、ライフストリームは癒してくれたのだ」
「セフィロス……」
クラウドはゆっくりと立ち上がる。セフィロスが差しのべた手のひらに、恐がりの子どものような表情で触れていく。
「わたしを斬ったあとの、おまえの苦しみをライフストリームの中から見ていたよ……。だから、ここへ、おまえのもとへ還ってきたのだ。わたしの、約束の地へ−−−−」

ゆっくりとしたモーションで重なり合う二つの人影を、ヴィンセントは無言で背にした。
ここにもう自分の居場所はないのだと、わずかに苦く、どこかほっとした気分で感じていた。罪をあがなう者は、もうここには必要ないのだ。
足音をひそめてこの場を立ち去る−−−−そうして二人は二度と会うまい。
しかしその苦い決意は、突き出されたセフィロスの腕一本であっけなく阻まれてしまう。片腕にクラウドを抱きしめたまま、セフィロスは有無を言わさずヴィンセントの後ろ衿をむんずと掴んだ。
「どこへ行く、ヴィンセント?」
「どこでもいいだろう。邪魔者は立ち去るだけだ」
「誰がおまえを邪魔などと言った?」
至極当然といった口調でセフィロスが言う。引き寄せられてしぶしぶ二人の前に歩を進めると、まるで捕まえないと逃げられるとでも言いたそうな表情のクラウドに衣服を掴まれた。
「勝手にどこかへ行ってもらわれては困るじゃないか」
「困る……?」
「後から探しに行くのは面倒だ。探して欲しいというなら考えないことはないが」
会話の主旨についていけずにヴィンセントは困惑する。そうして話している間にも、クラウドは片腕にセフィロスを、もう片腕にヴィンセントの身体をしっかりと抱きしめてしまっていた。
「別に……探してもらおうというつもりは……」
「それならどうしてどこかへ行こうとしてるんだよ?」
小動物のようなくりくりとした目で見上げて来るクラウドに、煩悩を刺激されながら慌てて視線をひき剥す。
「……おまえたちの邪魔をするつもりは、わたしには……」
「別に邪魔になどならないが」
「ヴィンセント、邪魔だなんてことはないよ?」
「……。」
たっぷり三分間、ヴィンセントは黙りこんだ。
ここへ来てようやく、二人の言いたいことがわかってきてしまったのだ。
こともあろうにこの二人は、三人で仲良くやろうと言っているのだ。
「わ……私は、クラウドをただ見て可愛がろうというつもりは……」
あまりに焦ったので、あらぬ言葉が口をつく。
しかしそれにも平然と、恋人同志であるはずの二人は応対してしまう。
「わたしも、クラウドを観賞物扱いするつもりはないな」
「されるつもりも……ないけど」
「触りたいんだ。触るだけじゃなく、ああいうこととかこういうこととか……とにかく色々出来ないと困るんだ」
はっきり言って動揺している。何が一体困るんだ!と、あとから赤面しそうなことをきっぱりと言った。
「そうだな」
「そうだね、ヴィンセント」
二人は、そこで声をそろえた。
『だから、三人でやればいいだろう?』
「……」
「……だめ?」
「……」

三人で。

その言葉は巨大な活字でヴィンセントの頭のなかを右往左往した。
「三人で……。三人……」
いいアイデアだと思うけど、と実にあっさりとクラウドは言う。
呆然とするヴィンセントの背中をぽん、と叩いて、やけにさわやかにセフィロスは言った。
「じゃあ、やってみようか」
「……は?」
硬直するヴィンセントの左腕を、セフィロスが掴む。右腕には、クラウドがしがみついた。
−−−−そうしてこの日、ヴィンセント・ヴァレンタイン27+30数歳は、新たな世界へ飛び込むことになったのである。


さあ次は、3×実践篇だ!(さくっ!)


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