MAMI先生の第1弾

 やーっとお約束の手土産が載せられますぅ。
 クソ暑い日が続いているというのに、暑苦しい話になってるらしい・・・。
 とりあえず、コード801モード全開ですので、嫌いな方、ごめんなさい。



FARE WEII

 もう…じきに陽が沈む。オレンジ色に揺れている水平線と、夜の色を濃くした空の狭間が、一際紅く燃えている。その色で染めたようなコスモキャニオンの大地に、黒く長い影が伸びる。それはひどく悲しくて、心細い記憶に繋がるかのようにクラウドの深いブルーの瞳を曇らせた。
 クラウド・ストライフ。
 ソルジャーの証しを持つ彼は、鮮やかなブロンドの髪を夕日の色に染めながら紅土の地に立ち尽くしていた。
 明日はいよいよ古代種の神殿へと向かうのだ。しなくてはいけない用意もいろいろある…筈なのだが、彼は言い知れぬ不安を抱き締めたまま、仲間の中からそっと抜け出して来たのだ。
 きっと知られてしまう。どんなに隠しても、きっと解られてしまう。そうしたら、惨めなほどに弱い自分をさらけ出してしまいそうで…怖い。
 結局、最後のプライドが意地を張らせてしまうのだ。
 本当はそんなもの…とうに砕け散っているのかも知れないのに。そう思うと、クラウドの唇に自嘲の笑みが浮かぶ。
 セフィロスとの決着。復讐にも似た思いを胸に、いつの間にかここまで来てしまった。記憶の中の怒りは、多分消えてはいない。だが、本当にそれだけの為なのだろうか。ふと、そんな事が頭を過る。
 自分の中から声が聞こえる。
《奴は仇だ。母さんの仇。故郷を焼き払い、オレの思い出まで殺した》
 それは憎しみの声。
《信じてた。ずっとずっと…。あの日、あの瞬間まで…》
 だが本当は…。
「わから…ない」


 ぽつりと呟いた言葉が、風に乗って消えて行く。聞いた者は誰もいない。
 疲れているのかも知れない。今までこんなにナーバスになったことはなかったのだから、そうなのかも知れない。
 クラウドは自分に言い聞かせた。そうしないと、このまま動けなくなってしまいそうで。
 大丈夫。大丈夫。
 ティファに何度も言ってあげた言葉を、今は自分の為に使う。
 大丈夫。まだ歩ける。まだ進める。まだ闘える。まだ…。
 胸の中で繰り返し呟いた時、人の気配を感じたクラウドは、ゆっくりと振り向いた。
 殺気を孕まないその気は…。
「ヴィンセント…」
 少しだけ掠れた声で、クラウドはその名を呟いた。
 深い緋のマントを纏い、長い黒髪をその背まで無造作に流した長身の男は、いつもの無表情を脱ぎ捨て、今は少しだけホッとした笑みを浮かべた。もっとも、その差はよく見なければ解らないだろうが…。
「ここにいたのか…。お前の姿が見当たらないのでティファ達が騒いでいたぞ」
 角度によっては深紅にも見えるヴィンセントの瞳が、そう言って、僅かに見開かれた。
 初めて見るクラウドだった。多分彼自身も初めて見せたのかも知れないが、それは頼りなく、今にも崩れてしまいそうな脆さを持っていた。
 ソルジャーとしての自信に溢れ、いつも真っすぐに彼方を見つめていた視線が、行き場を無くして臥せられる。
その横顔がいつものクラウドより随分幼くて、ヴィンセントは一瞬言葉を無くした。
 心の中の脅えが、そこにははっきりと見て取ることが出来たのだ。
“何が一体…”
 だが、ヴィンセントはそれに気づかない振りを装った。しばらく一緒に旅をして、彼の大体の気質は知っている。多分、追求されることは望まないだろう。
 それに…彼はこんな瞳の持ち主を、以前にも知っていた。
「ここは…美しいな。この星の意志のままの姿があるようだ…」
 ゆっくりと歩み寄り、クラウドとの距離を詰めると、穏やかな瞳で語りかけた。そしてその目を水平線へと向ける。
 紅い瞳が炎を映したように燃え上がる。静かに巻き上がった風が長い髪を煽り、フワリと靡かせた。
 日没が迫る。闇が世界を多い尽くす。沈黙が訪れる。そして…孤独と苦悩と後悔が胸を刻む。それはどちらの思いなのか…。
 クラウドは無意識に唇を噛み締めると、ヴィンセントの背中越しに、彼の見つめる先を追った。


 砂漠の果ての荒野であるコスモキャニオンは昼夜の寒暖の差がはげしい。少しずつ冷え始めた空気の中で、ヴィンセントの微かな体温の気配だけが温もりを伝えて来る。触れ合うほど近くにいるのに、それを確かめるには遠すぎる距離がある。
 それが己の心の壁であることに、まだクラウドは気づいてはいない。
「ずいぶん長く眠っていたつもりだったが…何も変わってはいない…」
 少しだけ目を細めると、ヴィンセントは軽く頭を振って俯いた。
 顔を半分隠す髪の間から、苦い記憶を映す深紅が昏い光を放つ。
 元タークス。神羅の親衛隊であった彼は、かつてニブルヘイムで同じ神羅の手にかかり殺された。そして改造された。人ならぬ身体に。
 ジェノヴァ計画。それが彼の運命をも狂わせたのだ。
“同じだ…”
 神羅の…、ジェノヴァの存在が、自分たちから大切なものを奪い取って行った。
 忘れられない暖かな記憶。こんな筈じゃ無かったと、胸を掻き毟るほどの苦しい夜を何度過ごしたことだろう。
それをクラウドは憎しみと呼び、ヴィンセントは己の罪と言った。
“同じなのに…”
 再び訪れたニブルヘイムで、作られた偽りの事実を見せられた。そしてヴィンセントと出会った、あの神羅屋敷で…見た。五年前の事件についての報告書を…。
 実名での記載は無かったが、多分どちらかが自分の事であるような気がする。
『A 抵抗したため射殺。B Aが抵抗する間に逃亡』
『現在Bの行方は不明。しかし、意識の乱れが進行しているもよう。このまま放置しても問題は無いと判断する』
 だとすれば生きている自分がBなのか?それならAは誰なんだ?まさか…。
“セフィロス…?”
「そんな…事」
 真実だと思っていた事が、音を立てて崩れて行く。自分が正しいのだと言い切ることが出来ない。それは…自分の記憶の中にも穴があるからだ。どうしても繋ぎきれないパズルは不安だけを生み出す。
「オレは…」
 クラウドは不意に蹲るように崩れた。地面の上にペタリと座り込み、両手できつく自分自身を抱き締める。まるで何かに縋るように。
「クラウド…」
 何かに脅えるように見上げて来た顔はまるで迷子の子供のような、そんな泣き出しそうなものだった。
 確かにクラウドは脅えていた。
 オレハダレダ…。オレハダレダ…。オレハオレナノカ?
 解らない。わからない。ワカラナイ。
 あの日、何があった?オレは何故生きている?
 考えれば考えるほど意識が混乱して行く。何か知らない生き物が自分の中から生まれるような恐怖が、身体の奥から込み上げて来る。何も答えは見つからない。
 セーブの効かないあふれ出るような感情の昂ぶりに、クラウドは意味も無く叫び出したい衝動に駆られた。
 言葉にならない叫びに、唇が…震える。
 ふわりと気配が舞い降りた。大地にヴィンセントのマントが広がる。そして彼は片膝をつくと左手を差し出しそっとクラウドの髪に触れた。ゆっくりとその手が頬を滑って行く。感じるはずの冷たい金属の感触が、今は無い。
 思っていたより暖かい手が、優しくクラウドの肩を掴んだ。
「ヴィンセント…」
 誰にも知られたくなかった。こんなにも小さな自分を知られないように、必死に自分を作って来た。だが、ヴィンセントの手が暖かかったから…。その眼差しが優しかったから…。何も聞かないから…。だから…。
「…っ」
 張り詰めていたものが解け出すように、クラウドの頬を透明な滴が伝った。
“涙…”
 もう随分流していなかったそれを自分の手で拭った時、クラウドは更に訳もなく悲しくなった。
 俯き、涙に濡れた顔をヴィンセントから背け、唇を噛んで声を殺す。それが今出来る精一杯の事だった。
 ポツリ、ポツリと乾いた大地に滴が落ちては吸われて行く。
 ヴィンセントはいつもより小さく見えるクラウドの肩を胸の中にそっと抱き込むと、自分のマントで背中を包んだ。
 人と拘わることをあえて避けているような、いつものヴィンセントからは想像出来ない行為だった。
 驚いたように顔を上げたクラウドは掠れた、小さな声で、
「どうして?」
 とだけ呟いた。
 だが、ヴィンセントは何も答えずに、ただそっと口元を緩めるだけの微笑を浮かべた。
「ソルジャーが聞いて呆れるよな。女じゃあるまいし…こんな…。でも、こんなじゃティファの事も、エアリスの事も…守ってやれない。オレは、オレがどうなるのか…怖いんだ。真実の事が解らない…。ヴィンセント、教えてくれ。オレは…オレなのか?」
 強くヴィンセントの胸に縋りながら、クラウドは必死に訴えた。所詮は他人だ。自分の事など自分しか解りはしないと頭では解っていても、言わずにはいられなかった。
 今はただ自分を見つめてくれるヴィンセントに甘えたかったのかも知れない。
「お前は…お前だ。誰でもない。このわたしの胸にいるのがクラウドでなければ、わたしは今、誰を抱いているのだ?」
 低い、穏やかな声音がクラウドに降り注ぐ。
 胸の中に固まっていた不安や疑念が、ゆっくりと暖かい光で包まれるように蕩けて行く。


 お前はクラウドだと、自分以外の口から聞くことでようやく精神が落ち着きを取り戻して来る。
 いつの間にか涙は止まっていた。だが泣き腫らした瞼はふせたまま、クラウドはヴィンセントの心臓の音を聞いていた。
 その姿を見つめながらヴィンセントは胸の中で最愛の名前を呟いた。
“ルクレツィア…”
《あなたは私の何を見ていたの?》
 美しい女性だった。尊敬が恋心に変わるのに、それほど時間はかからなかった。
《私は女である前に、科学者なの。解るでしょ?》
 自分の求めるものに素直で、強い女性。だから、それは間違ってるとは言えなかった。
《わたしはこの仕事に自分の全てを賭けてるの》
 あの時、彼女の胸の奥にしまい込まれた、強さの裏にある寂しさに気づいてあげればよかった。彼女が求めるもの以上に与えることが出来たのなら、頑なな心ごと包んであげられたかも知れないのに…。
“もう…後悔はしたくない”
 自分が何故ここにいるのか。何故ルクレツィアと同じような瞳に出会ってしまったのか。真実は一つしか無いのだから…。
 ヴィンセントはゆっくりとクラウドを抱く腕に力を込めると、強く抱き締めた。
「あ、なに…」
 一瞬驚き、身体を強ばらせたクラウドだったが、直ぐに緊張を解き、身体を預けて来た。
「暴れないんだな…」
 そう言ったヴィンセントにクラウドは消えそうな声で答えた。
「…別に」
 不快では無かった。強く抱き締められる事が自分でも以外なほどに心地いいと思える。そうすることでつなぎ止められているような気がするのだ。現在という時間に。
「よかった…。私も今は、拒まれたくない」
 囁くように呟いたヴィンセントの唇が、そっとクラウドのそれに重なった。
 キスは初めてではない。…と思う。柔らかく甘い感覚は以前どこかで…。
 ぼんやりと頭の中でそんな事を思いながら、クラウドは自然に唇を開いていた。それを合図に、重ねるだけの接吻がしだいに深いものになって行く。
 呼吸のリズムすら解らなくなるほどに舌を絡ませ、口中を犯し合う。
 不思議と嫌悪感は無かった。やめろと言えば、ヴィンセントはそれ以上の事はしないだろうし、多分二度とは触れないだろう。
“優しすぎるんだ…。だから、苦しんだ”
 身体を包む微かな硝煙の匂い。それを抱き締めるようにクラウドは腕を延ばした。 同情なんかじゃない。真剣に解ろうとしてくれた。それが嬉しかった。そう、ヴィンセントは中途半端な情けや、義理で動くほど単純じゃ無い。それに今はこの優しさを手放したくは無かった。こんな自分でもいいのだと思いたかった。そして自分は、自分なのだと信じたかった。
 再び立ち上がる為に…。
「ヴィンセント…」
 わずかに唇が離れた時、クラウドは吐息に重ねて名を呼んだ。青い光を瞼の内側に隠し、そして待った。次に訪れるであろう行為を。
 それは審判を下される罪人の祈りに似て、恐怖と安らぎを合わせ持ち、希望と絶望をその胸に齎した。
 だが、意に反して、気配は離れようとしていた。
 暖かいと感じていた腕が、肩が、急に温度を失って行く。
“あ…”
 切なさが波のように心の中に迫る。強くあり続けなくてはという意識の裏にある、無意識に守られることを願ってしまう幼い意識が不意に大きく膨れ上がる。
“行かないで。もっと…、もっと強く抱いていて…欲しい”
 クラウドの肩が微かに震えた。唇が噛み締められ、白く色を変える。
 その姿を目の当たりにして、ヴィンセントは再び驚くことになった。クラウドの手が自分の腕を掴み、《行くな》と無言で訴えているのだ。
 衝動的な接吻だった。いや、本当は…出会った時から。ずっと…。
「クラウド…。私もおまえも、同じ性を持っている」
 ヴィンセントは愛しさを込めて囁いた。再びその背を抱き締めようと両手を回す。「解ってる…」
 優しい男の胸に額を押し付けて、クラウドは呟いた。
「これは…たぶん天の意志に反している」
 強く、強く抱き締めてヴィンセントは色を無くした空を仰いだ。
「解ってる…」
 クラウドの手がためらいを残しながら、ヴィンセントの腕をずり上がって行く。
「これは…罪かも知れない」
 苦しげに赤い瞳が閉ざされた。
「解ってる…」
 声が震えた。
「そう…。これは…」
 クラウドの顎に指をかけると、ゆっくりと自分を向かせる。
「罪でもいい。間違いでも…いい」
 縋るように言葉を続けたクラウドの青に引き込まれるように、ヴィンセントは再び唇を求めた。
 早くなって行く鼓動を重ねながら、互いの熱を奪い合う。
「共に…犯してくれるのか?」
 ゆっくりと赤い大地に倒れながらヴィンセントの吐息が囁いた。その言葉を肯定するように、クラウドはヴィンセントを見つめた。そして…。
「おまえとなら…」
 過去に脅え、深く傷を負い。苦しくて、悲しくて、乾くことの無い涙を知っているヴィンセントとなら…。きっとこの痛みも不安も解り合える。
 愛情や優しさなんて奇麗なものから生まれた事じゃ無い。互いの傷をなめ合うだけの最低の所からの欲望。
それを罪と呼ぶのだろうか。そしてこれはいつか、裁かれるのだろうか。
 もし、そんな日が来たのならば、どうかそれは自分の枷になるように。ヴィンセントはそう願いながらクラウドの身体を抱き締めた。
 唇を白い首筋に滑らせながら、指先が薄く奇麗な筋肉をたどり、ベルトとプロテクターを外して行く。そして無防備になった胸に掌を這わせ、薄皮を剥ぐようにそっと上着を取り去った。
 これからの事を思ってか、それとも外気に晒された事からか。クラウドの身体が一瞬強ばり、震えた。
 金色の髪に、閉じた瞼に、丸い頬に接吻ながら、ヴィンセントは指先で胸の突起を押した。そして摘まむように力を入れて、じゃれるように転がす。それだけでそれは色づきプックリと勃ちあがった。
 むず痒いような感覚と、そこからぼんやりと広がってくる熱に、クラウドの背が浮き上がる。
 ヴィンセントはその背を左手で支えながら、尖らせた舌先で鎖骨の窪みを抉り、それを胸へと滑らせた。
 早くなる鼓動と共に、そこから送り出された血液に乗って、痺れるような浮遊感が全身に広がって行く。
「あ…」
 初めて声を上げたのは、ヴィンセントの舌先がもう片方の突起に触れた時だった。その事を意識したのか、クラウドの頬に朱が走る。その様子を上目使いに見つめながら、ヴィンセントはゆっくりとそこを転がし、吸い上げた。それと同時に指で触れていたほうを、痛みを感じるくらいにつまみ上げた。
「ん…」
 ヴィンセントにぴったりと触れていたクラウドの下肢が、逃れようとするように蠢く。それを離すまいと、ヴィンセントは強く引き寄せる。引き寄せながら濡れた飾りに歯を立てた。
 クラウドの雄は布越しにその熱さを、正直にヴィンセントに伝えていた。
 ひざを割った脚でそこを軽く押すと、クラウドの腰が切なげに揺れた。
 戦いの中にある男の性衝動はヴィンセントにも覚えがある。死を背中にすると、身体は快楽を求めて止まない。ましてクラウドは若いのだ。
「恥ずかしがらなくていい…」
 低く呟いたヴィンセントの吐息すら、クラウドの身体に火を点けた。
 胸を彷徨っていた手が腹部を滑り、熱く張り詰めた場所を包むように触れた。柔らかく揉みしだくようにすると、クラウドは呼吸を早め、ヴィンセントの腕の中からズリ落ちるかの様にのけ反った。
 ヴィンセントは再び胸に唇を落とすと、その白い肌を確かめるように接吻け、緋い跡を残す。その間も彼の手はクラウドの脚の間に差し込まれており、指先は強く後庭を押すように刺激していた。
 そんな布越の曖昧な刺激に焦れたのか、クラウドは競り上がる喘ぎに懇願を交ぜた。
「ヴィン…セ…」
 吹き荒れる嵐に耐えるかのようにヴィンセントの腕をつかんでいた指先が、震えて力を無くす。潤んだ深いブルーが、見つめた先には炎のような紅があった。その紅がクラウドの中の記憶に触れた。
“セフィ…ロス…”
 炎の中で、幻の様にゆっくりと背中を向けるその姿。
 憧れていた。ずっと、ずっと…。それがその強さと同じだけの憎しみに変わったあの日。運命の輪は回り始めたのだろう。
 そう…。あの日から始まった、強く激しい妄執とも言えるセフィロスへの想い。それはクラウドの精神をバラバラに切り刻んでいた。裏切りという記憶に深く傷付き、魂は血を流して慟哭する。
《ウソだと言ってくれ…》
 全てから目を背けたくて何度も虚空に叫んだ。
《助けて…》
 失意と恐怖に縛られていくのが怖くて、ずっと強い腕を待っていた。
「たす…け」
 吐息の透き間に、それは呟かれた。何かを求めるように指先が彷徨う。瞳はどこか遠い所を見つめるように見開かれた。涙が一滴、目尻から零れた。
 そっとクラウドを地面に降ろしたヴィンセントは、差し伸べられた手を強く握り締めた。そして涙の粒を唇で拭う。
「ここにいる…」
 耳元で何度も囁く。
「ここにいるから…」
 だから嘆かないで。傷つかないで。脅えないで。大丈夫だから…。
 クラウドの涙に濡れた瞳が、ゆっくりとヴィンセントを映していく。
「あ…」
 掠れた声は、言葉を繋げなかった。だから精一杯の思いをヴィンセントの手を握り返すことで伝えた。
 大丈夫だから…。もっとおまえを感じたいから…。
 そしてクラウドは乾きかけた唇を自分からヴィンセントに押し付けた。乾きを癒すように舌を絡め、どちらのものとも解らない蜜を飲み下す。身体の奥に燻ったままの欲望が再び激しく燃え上がる。
 唇の縁をなぞるヴィンセントの舌先がもどかしくて、クラウドは指を彼の黒髪に絡ませた。
 ヴィンセントの手がクラウドの下肢に舞い戻ると、トラウザースのボタンに手をかけた。それを止めるでもなく、クラウドはヴィンセントの上着に手をかけた。
 着衣は邪魔だった。
 生まれたままの姿になることを咎めるモノは、この大地には無い。
 闇に生きるものに相応しい、透けるように白い半身が露になると、クラウドはヴィンセントの胸から腹部にかけて走る古傷を見つけた。
 醜く引きつったようなその傷は、作られたように美しく鍛えられた男の身体にはひどく不釣り合いに見える。その傷に触れようとしたとき、ヴィンセントはクラウドのトラウザースを下着ごと剥ぎ取り、直接若い雄に触れた。
 クラウドの指先が空を泳いだ。
「はっ…ぁ」
 腰部からジンと広がる浮遊感に、クラウドは反射的に目を閉じた。既に頭をもたげていたそこは、ヴィンセントの掌に包まれて、鼓動と同じ早さで脈打っている。それはクラウドの動脈を駆け巡り、耳元でもリズムを刻む。
 羞恥と快楽に支配されて行く意識と身体は、ただ貪欲に強い力を求めていた。解放されたいという願い。それが何に対してなのかはクラウドにも解らない。確かなものは、肌に感じるヴィンセントの体温。そして彼の手が作り出す苦しいほどの快さ。
「ぁっ…あ…ん、んっ」
 信じられない嬌声が喉を突いて唇から零れる。
 ヴィンセントの指は濡れて震える雄の先端を刺激するように撫でた。そして腕と言わず胸と言わず、唇で愛撫を加えて行く。
 クラウドの肌がしっとりと汗ばみ、艶やかに色づくころ、ヴィンセントは蜜をあふれさせるクラウドの雄に口づけた。
 身体が震えた。直接与えられた鋭い快感が、脳をかき乱す。思考を奪い、それしか考えられなくしてしまう。
「あ…もぅ、ヴィン…ぁっ」
 若さが、もう限界だと悲鳴を上げる。だが、ヴィンセントはそれを許さず、はぐらかすように唇を離してしまう。そしてその波が僅かでも引くと、再び咥るのだ。
 クラウドは両手で顔を覆うと、下肢をヴィンセントに預けたまま背中を引きつらせた。もう自分が泣き出していることなど、どうでもいいことだった。
「はぁ…あ、はっ…ん」
 ヴィンセントの舌が括れをくすぐるように蠢く。そして脈動を支えていた手がその下の果実に触れた。
「やぁ…んっ」
 クチュ、クチュと湿った音が途切れる事なく耳に忍び込んでくる。自分が何をされているのか目を閉じていても解ってしまう。
「ヴィンセント…、ヴィン…セ…」
 うわ言の様に名前を呼ぶ。呼吸が速い。本当に息を吸い込んでいるのかどうかすら怪しい。ただ喉を過ぎているだけで、肺にまでは落ちていないのかもしれない。
「ヴィンセント…、ヴィンセント…、んっぁ…も、もぅ…でちゃ…う」
 泣きながらクラウドは訴えた。一瞬ヴィンセントの唇が離れた。
「かまわない…」
 吐息にすら刺激され、クラウドは震えた。
「でも…」
 熱と涙でとろけそうな瞳で、ようやくヴィンセントを見下ろすと、自分の雄に舌を絡めるヴィンセントの映像が視界を埋め尽くした。それが本当の限界だった。
「はぁぁっ…んんっ」
 大袈裟なほどに全身を震わせて、クラウドはその熱を解き放った。それをコクリと飲み下したヴィンセントの視線の先で、クラウドは乱れた呼吸のまま、膝を抱くように丸く横たわった。


 幼いと思った。上気した頬も、うっとりと閉じられた目も、半開きの唇も、だれかの為の姿ではなく、自然なクラウドの姿なのだ。
「クラウド…」
 ヴィンセントの声にクラウドは首を巡らして反応を見せた。甘く掠れる吐息は、まだ情欲を含んでいた。
 甘く視線を絡ませながら、ヴィンセントは掌をクラウドの脚に滑らせた。つま先から膝へと、滑らかな感触を確かめるように。
 身体の中の嵐の余韻がその指先の軌跡を鮮やかに伝えてくる。
「はぁ…っ」
 クラウドの声が震えた。
 ヴィンセントは乱れた金の髪をそっと梳き上げると、涙の跡を残す頬にキスを送った。そして少しずつ力を込めて行く。
 大きくM字に脚が開かれ、その最奥までを晒すころ、クラウドの雄は再び震えながら熱を帯びていた。全てを知られてしまう羞恥が、溶けるような甘美な快感を生み出すことを、クラウドは初めて知った。
 激しく上下する胸にヴィンセントの唇が触れる。それがゆっくりと動くたび、クラウドは泣きたくなるほど餓えている事を思い知らされる。
 ひどく淫らな本性を突き付けられていると感じるのだ。それでも飽く事なく、そこは愛撫の手を求めている。
「ヴィンセント…」
 切なく名前を呼んだとき、ヴィンセントの手がクラウドを包んだ。溢れる滴に流れを作るように、側面をツッと撫でる。それだけでも敏感な身体は達しそうになる。 まだだ…とヴィンセントの目が告げる。
 共に…とクラウドの唇が震える。
 愛しい…とヴィンセントの指が触れる。
 もっと…とクラウドの肌が泣いた。
 クラウドの堅い、淡い色の蕾にそっと指が押し当てられた。その指がそこをほぐすようにゆっくりと蠢く。女と違い、濡れる事を知らないそこに、クラウドの先端から流れ出る滴を塗り付けると、そこは拒みながらもヒクリと動き、ヴィンセントの指を迎え入れた。丁寧に内壁をなぞり、そっと押すと、クラウドの雄がビクリと震えた。 冷え始めた大地が火照った身体を包む。絶え間無く訪れる波が自分をどこかへと運んでしまいそうで、クラウは大地に爪を立てた。
 深く大地が抉れる。傷ついた指先の端に、血が滲んだ。
 温度が上がる。二人の身体の間で。何も生み出さないはずの行為の中で。それでも互いの胸の中には何かが産まれていた。
「は…ぁ」
 湿った音と共にヴィンセントの指がクラウドの身体に出入りを繰り返す。やがてそこは蠢きながら誘い入れるようになる。
 奥まで濡れた蕾から指を抜き取ると、ヴィンセントは自分の熱をそっとあてがった。
 ゆっくりと青い瞳が開かれた。
「ヴィンセント…」
 艶やかに光る唇がひそやかな吐息を生んだ。
 細い身体を抱き締めるように、ヴィンセントの腕がクラウドを強く引き寄せた。
「星が…こんなに、近い」
 ヴィンセントの肩越しにクラウドは、暗黒の夜空に輝く星々を見た。一瞬の命を惜しむかのように激しくきらめき、競って輝く。その輝きを掴み取ろうとするように両手を伸ばす。
 ヴィンセントはその目元にキスを送ると、首筋に顔をうずめながら、ゆっくりとクラウドの後庭を押し開き貫いた。
「うっ…」
 息を詰まらせながらも、クラウドは自らの意志でヴィンセントを受け止めようと力を抜いた。
 一つに溶け合おうとする身体と心が互いを求め合う。ジワリと広がって行く狂気のような痛みに、クラウドは伸ばした腕できつくヴィンセントにしがみついた。
 涙がこぼれた。
 だが、それが痛みの為では無いことは自分が一番よく知っていた。
 グッと深く突き上げられ、クラウドの唇から短い悲鳴が漏れた。
「クラウド…」
 ヴィンセントの声は、波のように押し寄せてくる甘い痺れに拍車をかける。
 身体が熱い…。
“とけ…る…”
 思考も、身体も、過去すらも…全て。溶けて無くなってしまえばいい。
 何もかも解らなくていい。
“今はお前だけ…”
 クラウドの指が、ヴィンセントの肩に食い込むほどに力を入れ、小刻みに震える。
 ヴィンセントは苦痛と快感をないまぜにしたクラウドの顔を見下ろしながら、ゆっくりと注挿を繰り返した。
 荒い呼吸の下、色づく唇がわななく。のけぞった首筋に汗が光る。
 二人の周囲に張り巡らされた濃密な空気の中、互いの呼吸が速くなる。
「あ…ぁっ…ぁ…ん」
 半開きの唇に自分の唇を押し当てながら、ヴィンセントはグッとクラウドの背を起こし、自分の腰の上に座らせるように抱き締めた。
「あぁぁっ…」
 更に深まる結合に、クラウドは目を見開いて天を仰いだ。
 息が…詰まる。ヴィンセントが深く、身体の奥深くを突き上げている。ガクガクと震える身体の腔内がそんなヴィンセントをリアルに感じさせる。
「はっ…あっ…っ」
 いつしかクラウドはヴィンセントの腹部に自分の雄を擦り付けながら、激しく腰を振り始めていた。
 腔内がきつくヴィンセントを絡み取り、締め付ける。強く、そして激しく突き上げながら、ヴィンセントは理性を飛ばしたクラウドを愛しく感じていた。両手で強く、折れるほどに強く抱き締めながら、最後の波が押し寄せるのを待った。
「あつ…い、な…か…ぁ、あつ…」
 うわ言の様にクラウドは訴える。
「い…ぁぁ…ぃく…」
 欲望は出口を求めて荒れ狂う。心臓が爆発しそうなほど。身体が砕けてしまいそうな程。手足の感覚は既に無い。どこからが自分でどこからが相手なのか、その境すら意味が無い。
 狂う。狂いたい。狂わせて…。お願いだから…。
「ん…クラウドっ…」
「ヴィンセントぉっ…」
 互いの名前を呼んだとき、狂喜の波が二人を包んだ。
 閃光が弾ける。白い、どこまでも白く鮮やかな光り。それは底が無いと想わせるくらいに深く、温かかった。
“このまま…眠れたら、楽なんだろうな…”
 クラウドはヴィンセントの胸の中、微睡むように目を閉じた。子供のようなその顔を、ヴィンセントは優しい笑みを浮かべて見つめた。
 冷えきった大気は、それでも二人に寒さを与えなかった。それでも脱ぎ捨てたマントでクラウドの身体を包むと、そっと抱き締めて額にキスをした。
「ヴィンセント…」
 深いブルーの瞳が静かに開かれる。どこか気怠さを残した発音で唇が動いた。
「オレ…」
 ぼんやりとした視線を地面に彷徨わせながら、クラウドは言いよどんだ。
 ヴィンセントはじっと見つめたまま、黙して待った。だが、続きは無かった。クラウドは切なげに唇を噛むと、その先の言葉を飲み込んでしまったように押し黙ってしまった。
「今はいい…。何も言わなくて」
 クラウドは優しい声で言葉を告げるヴィンセントの唇を見上げた。
「今はいいから…」
 ヴィンセントは何度もクラウドの髪を撫でながらそっとその髪に接吻を繰り返す。
「全てが終わるまで、おまえに預けておく。お前が決めればいい。わたしは、いつまでも待てるから…」
 それが例え永劫だとしても…大丈夫だから。
 打ちひしがれた思いからでも生まれないものなんて無い。
 大丈夫だから…。
 側にいるから…。
 言葉にしない気持ちを抱き締めることに変えて、ヴィンセントは星を仰いだ。
 この星空のどこかに、セフィロスはいる。クラウドの、そして自分たちの運命のカギを握ったまま。
 すべてが終わったとき、自分たちはどうしているんだろう。ひょっとしたら、今が一番幸せなのではないだろうか。追っているときは夢中になれるから…。
「サンキュ…」
 クラウドは小さく一言呟くと、ヴィンセントの肩に頭を預けた。ヴィンセントの優しさに対する答えとするように。
 コスモキャニオンの大地は、密やかな熱を残しながらただ静かに夜に包まれていた。
 夜明けはまだ先にある。そして運命の時は少しずつ、その秒針を進めていた。

END


 お疲れさまでした。
 長かったでしょ。ここまで読めたということは、仕事中じゃないですね。
 次回もがんばりまーす。
 超若葉マークの(ええぇー)MAMIでした。
 (あっ・・しほちゃん泣かないで・・・・)

 ↑嘘つけ…どこが若葉マークやねん!!!!(怒怒怒)
 (by.隣の席のしほ)


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