ちゃーぷん先生の第4弾 |
(つづき)
観覧車乗り場に出たとたん、ヴィンセントの腕の中にユフィが飛び込んできた。
「やばやばっっ。ちょっとここやばいよっっ。戻ろ戻ろっっっ…あーっっ」
ユフィはヴィンセントのマントに身を隠した。何がやばいのかわけわからんという風に立ちつくすヴィンセントに、観覧車から降りたばかりのカップルが近寄ってきた。女の方が声をかける。
「ね、もしかしてヴィンセント?」
見覚えのある黄色いツンツン頭が、ヴィンセントの陰に隠れているユフィを目ざとく見つける。
「ユフィも一緒なのか?」
マントの陰からぱっと顔を出し、ユフィは明るく振る舞いながら言った。
「えへへ〜。ばれたか。エアリス達もデート?」
エアリスはヴィンセントとユフィを交互に見ながら、こぼれるような笑顔をうかべた。
「…“も”ってことはユフィ達もなんだ」
「ヴィンセント。ユフィに無理矢理引っ張り回されてるのか」
クラウドの鋭いつっこみにユフィはムキになって言った。
「じょーだんっっ!コイツがどーしてもデートしたいって言うから、しかたなくこのアタシがつき合ってあげてんだもんね」
本当かぁ?と尋ねるクラウドへのヴィンセントの答えは、ユフィには意外な言葉だった。
「…まあな。今夜はマジカルナイトだそうだからな」
へぇ、とクラウドが肩をすくめた。エアリスがクラウドの腕をつついた。
「おじゃま虫は消えましょ。…ユフィ、ヴィンセント、楽しんできてね」
「あまり遅くなるなよ」
クラウドとエアリスは寄り添いながらターミナルへ向かう通路に消えていった。
二人が見えなくなったあとも、いつまでも通路を見つめるユフィにヴィンセントが声をかける。
「乗るんだろう?」
「ん…。どっちでもいい」
「これで最後だ。つき合え」
先程とはうってかわってすっかり無口になったユフィは、ぼんやりと観覧車の窓の外を見ていた。
眼下は光の洪水。人々の歓声を乗せたコースターが脇をすべり抜けていく。
突然ユフィはヴィンセントを振り返って、さも愉快そうに言った。
「…クラウドのやつってほんとすみに置けないよね。普段は『興味ないな』なんてクールなふりしちゃって」
「……」
「ちゃっかりエアリスとデートなんかしちゃって。ぜったいむっつりスケベだよ、アレ」
ユフィは両手を組んで上に思いっきり伸びをした。
「エアリス、女らしいもんね。アタシと違って…。お似合いだよね、あの二人」
「…ユフィ、おまえ」
ユフィは真っ赤になってヴィンセントが言おうとする言葉を否定した。
「ちょ、ちょっと、誤解しないでよっ。アタシあのツンツン頭のことなんか、ぜんっぜん何とも思ってないからねっっ。このアタシが、あのむっつりスケベクラウドのことを好きだなんてことは金輪際ないんだから」
まったくもってわかりやすい性格だ、とヴィンセントは苦笑した。やれやれそういうことか。クラウドとエアリスのあとを追って来たユフィの心中を思い、ヴィンセントはユフィに同情した。
窓の下に光の帯が伸びて、その上を色とりどりのチョコボが走っていく。巨大な光の柱を中心に各スクェアが取り巻き、その間を観覧車が巡っている。
再び黙り込んでしまったユフィに、ヴィンセントはどう声をかけようか考えた。
窓の外を見ているユフィの表情はわからない。泣いているのか、その薄い肩がかすかに震えているようだ。ヴィンセントは黙ったままゆっくりとユフィの方へ手を伸ばした。
「…気持ち悪い」
「あ?」
「はうぅぅ…吐きそう。アタシ、地に足の着いてない乗り物ってダメぇ……うっぷ」
もう我慢できないというふうに、ユフィは口を押さえて屈み込んだ。なんでこうなるんだ、と思いながらヴィンセントは、優しく肩を抱くどころか思いっきり背中をさすってやりながら励ました。
「しっかりしろ。もうすぐ終点だ。がんばれ」
ヴィンセントは何か手頃な袋がないか辺りを見回した。だが狭いゴンドラにそんなものはなかった。
「もう限界ぃ〜。降〜ろ〜し〜てぇぇ。はぅっ!」
ユフィはヴィンセントのマントを掴んで口に押し当てた。
「ちょっと待てユフィ!もう少しだ!堪えろおぉぉぉぉぉぉっっ……」
ヴィンセントの絶叫に近い叫びが光渦巻くゴールドソーサーに虚しくこだました。
「…気分はどうだ?」
まだ水滴の落ちるマントを思い切り絞りながら、ヴィンセントはベンチにしだれかかっているユフィに声をかけた。
「ん…。もう平気みたい。それより…ゴメン」
「洗えば落ちる。気にするな」
ヴィンセントは、ぱん、とマントのしわをのばした。
「では帰るぞ。歩けるか?」
負ぶっていくかと言うヴィンセントに首を横に振り、ユフィは歩き出した。歩きながら、横にいるヴィンセントの目を見ずにつぶやくように言った。
「…さっきはありがと。クラウド達にああ言ってくれて。…ちょっと嬉しかったんだ」
ヴィンセントは黙って肩をすくめた。
「あ、でもきっと明日みんなに何か言われちゃうね。いいよ、本当のこと言っても。アタシが引っ張り回したってこと」
「言う必要はないだろう」
へ?という顔のユフィにヴィンセントは続けた。
「何も言わないで、黙って片目をつぶってやればいい」
紅い眼を持つハンサムな怪人のそのしぐさにユフィはちょっと見とれて、次におかしそうに吹き出した。
「うぷぷぷっっっ。ぜんっぜん似合わなーいっっ」
そう言って、ユフィはヴィンセントの手から生乾きのマントを引ったくり、空を飛ぶように両手で高く掲げて走り出した。やれやれ、というふうに肩をすくめながらヴィンセントはユフィのあとを追いかけた。