ちゃーぷん先生の第3弾 |
ミイラが横たわる棺桶。どのように使われるのか想像もはばかられるような拷問道具。そして蝋燭の灯に揺らめく影をおとす長身の男。
「…妙に落ち着く場所だ、ここは」
ゴーストホテルの売店で、『SALE』の札のついたそれらを眺めながらヴィンセントはひとりつぶやいた。ロープウェイの故障でやむなく泊まることになったこのホテルのインテリアは、ヴィンセントにあの屋敷を思い起こさせた。そしてそれを振り払うようにマントを翻し、部屋へ戻ろうとして反射的に柱に身を隠した。黒い影が素早く人気のないロビーを横切る。それは玄関を伺うように立ち止まり、そして外の闇に消えた。
「…あれは…」
各スクェアへの分岐点にその小柄な人影はあった。『STATION』と書かれた、墓石に見立てた表示板の前で何か思案しているようだ。ヴィンセントはゆっくりと近づき、声をかけた。
「ユフィ」
闇から現れた赤マントの怪人に名前を呼ばれて、ユフィは飛び上がらんばかりに驚いた。
「ヴィ、ヴィンセント…?ちょっと脅かさないでよぉ。何してんの、こんなところで」
「それはこっちが聞きたい。何を企んでいる」
ユフィにはマテリア持ち逃げという前科がある。反省して心を入れ替えたとはいえ、不審な行動は人の猜疑心を呼び起こす。
「ア、アタシは別に…。ちょっと遊びに行こうかなって。せっかくゴールドソーサーに来たんだし…」
ユフィの性格はわかりやすい。嘘が見破られるととたんに動揺が顔に出る。ヴィンセントの紅く鋭い瞳に射すくめられて、ユフィは足下に視線を落とした。
「子供の時間はおしまいだ」
そう言ってヴィンセントはホテルの方へあごをしゃくった。少し間をおいてユフィは顔を上げた。
「…それじゃ保護者同伴ならいいわけ?」
「何?」
言うが早いか、さっとヴィンセントの腕をとり、ユフィは子供が甘えるようにせがんだ。
「デートしよっ。デート。今夜はマジカルナイトでアトラクションみんな無料なんだって」
「ふざけるな」
予想外の展開に戸惑い、ヴィンセントは思わず腕を振りほどいた。ユフィはちょっと傷ついた顔をしたがすぐに舌を出し、
「フンだ。このユフィ様が30年ぶりのデートのお相手をしてやろうっていうのに。アンタなんか棺桶に入って昔の夢でも見てればいい」
と言い捨て、ヴィンセントの脇をすり抜けて『CHOCOBO』スクェアへ飛び込んだ。暫し呆気にとられたヴィンセントだったが、やがて仕方ないというふうに軽く舌打ちをしてユフィが消えた通路へと足を向けた。
「…今夜はツイてないな」
闘技場ロビーで今し方もらったポケットティッシュを切なげに見つめながら、ユフィはつぶやいた。あと一人勝ち抜けば『Wしょうかん』のマテリア貰えたのに。その前のチョコボレースもことごとく全滅。
ほんとに今夜はツイてない。
ポケットティッシュを大事にしまって顔を上げると、背の高い赤マントの怪人が柵に寄りかかってこちらを見ていた。
「全くおまえは要領が悪いな」
ヴィンセントの笑いをかみ殺した表情に、むっとしてユフィは言い返した。
「しょうがないじゃん。マテリア、武器、アイテムが使えなくなる上にカエルにされちゃったんだもん。でなきゃこのアタシが負けるわけないでしょ」
シュシュシュッと拳で空を切る。
「引き際が肝心だ」
「関係ないだろ。…ちょっとぉ、ついて来ないでよね」
「おまえが私の行く前を歩いているんだ」
そんなやり取りをしているうちに、いつの間にかスピードスクェアに出た。シューティングコースターの前でためらうユフィにヴィンセントは、乗らないのか、と促した。どういう風の吹き回しか、今度はヴィンセントもやる気らしい。
「どうした。誰か探しているのか」
辺りにちらと視線を走らせるユフィに、ヴィンセントは疑いの色の混ざった眼を向けた。慌ててユフィは首を横に振り、コースターに飛び乗った。
「な、何でもないよ。それより腕前見せて貰おうじゃないの。あんだけ大口叩いてくれたんだから」
セーフティバーが降り、コースターが動き出した。
「フフ、まあ見てろ」
「す、すごいよお客さん。10万点なんて…一体何者?」
スピードスクェアの係員は訝しげにヴィンセントを見ながら、それでも超合金スイーパーだのマサムネブレードだのの景品を山ほどつけてくれた。これらの景品を持て余しながらも、ヴィンセントはちょっと得意げにユフィを振り返った。が、当のユフィは胸を押さえて柵にもたれ掛かっている。
「おい、気分でも悪いのか?」
「はぅ…。だいじょーぶ。…さ、次行こ、次」
よろよろと歩き出すユフィの腕を掴み、ヴィンセントはなだめるように言った。
「いいかげんにしろ。もう気が済んだだろう」
「やだっ。まだ乗ってないやつがあるんだっっっ」
ユフィはヴィンセントの手を思いっきり振り払い、とても先程まで具合悪そうにしていたとは思えない素早さで各スクェアへ向かう階段を駆け上がった。
こうなったら当て身喰らわしてでも連れ帰ってやる、などと物騒なことを考えながらヴィンセントはユフィのあとを追った。
(つづく)