あぐり先生の第5弾

投稿者 あぐり 日時 1997 年 8 月 22 日 03:08:08:

 そのとき、ぐらりと飛空艇が揺れ、ヴィンセントはよろめいてシドの体の上に倒れ込んだ。そしてそのまま、起き上がらない。
「シド・・・」
「だめだっ、だめだ、それだけはっ!」
「なら、何ならいいんだ」
「て、てめえは・・・」
「唇?それともここならいいのか?」
「あっ・・・」
 押しのけようとしたが、どういうわけか、見かけよりずっと重くて、力も強くて、腕一本どけられない。その指に悪さをされて、シドはかぶりを振った。
 熱い吐息が首筋から耳朶をなめた。からだは体温がないように冷たいのに、吐息は炎みたいに燃えているのだった。だんだん、シドの体から力がぬけていった。
「愛してるよ。誰にもあんたは渡さない」
「・・・」
 自分を見下ろすその顔の、なんという美しさ、端正さだろう。こんなに美しい男が自分にこんなに執着する、というのがいまだに不可解だ。そしてその瞳。完全に無表情なのに、哀しみや、その他に深いいろいろなものをひめている瞳だ。
「私を抱きしめてくれ。一人にしないで・・・ほしい」


 深更、シドは、ヴィンセントの背中に自分の腕を回してしまった。ヴィンセントが見たのは、年齢不相応に老けてしまったその顔からは想像もつかないほど、若くひきしまった体だった。
「いい声だ・・・シド」
 ヴィンセントがささやく。
「もっと鳴いてほしい・・・その声でわたしの名を呼んでほしい」
「う・・・く」
「さあ、シド。ヴィンセント・・・と」
「ヴィ・・・ヴィン・・・もう・・よせ」
「もう、音を上げるのか。日ごろのあんたらしくない」
「・・・」
「まだまだだ。わたしの名しか呼べないようになるまで・・・」
「ああ、ヴィンセント・・・」


 翌朝は、すっきりと晴れた空が艇を明るく照らしていた。ハイウィンドは、次の町に寄港の準備で活気づいている。
 シドは着陸準備を部下たちにまかせて、なんとなし悄然と、デッキでタバコをふかしていた。
 誰かが背後から近づいてくる。ヴィンセントだ。
 ヴィンセントの指が、背後からタバコを奪い取った。シドは黙って、ヴィンセントが自分の吸いさしを唇に運んでくわえるのをながめていた。



てな感じです。呼んでくれた貴女、ほんとに感謝。


[小説リユニオントップへ]