「生ける屍と銀河鉄道の夜 〜Night of the Living dead and the Galactic Railroad〜」
一、午后の授業
「ではみなさんは、さういふふうに四肢を切断するのだと云はれたり、杭で心臓を貫くのだと云はれたりしてゐたこの生ける屍のほんたうのほふり方は何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した人体模型の、半分あらわにされた内蔵のやうなところを指しながら、みんなに問をかけました。
カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげやうとして、急いでそのまゝやめました。たしか頭を破壊するのだと、記憶のどこかにはあったのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、なんだかどんなこともよくわからない、まるで彼自身が生ける屍であるといふ気持ちがするのでした。
ところが先生は早くもそれを見附けたのでした。
「ジョバンニさん。あなたはわかってゐるのでせう。」
ジョバンニは勢よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答へることができないのでした。ザネリが前の席からふりかへって、ジョバンニを見てくすっとわらひました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまひました。先生がまた云ひました。
「生ける屍をすみやかにほふり去る方法とは大体何でせう。」
やっぱり頭だとジョバンニは思ひましたがこんどもすぐに答えへることができませんでした。
先生はしばらく困ったやうすでしたが、眼をカムパネルラの方へ向けて、「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもぢもぢ立ち上ったまゝやはり答へができませんでした。
先生は意外なやうにしばらくぢっとカムパネルラを見てゐましたが、急いで「では。よし。」と云ひながら、自分で人体模型を指しました。
「生ける屍を再び眠りにつかせるためには、彼らの頭部を破壊することです。ジョバンニさんさうでせう。」
ジョバンニはまっ赤になってうなづきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙がいっぱいになりました。さうだ僕は知ってゐたのだ、勿論カムパネルラも知ってゐる、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士がマスケット銃で生ける屍を倒すところをカムパネルラといっしょに見ていたのだ。それどこでなくカムパネルラは、生ける屍が倒れると、すぐそばに小走りに近づいて行って、弾丸が撃ち抜いた頭部のまっ黒な穴を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈もなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云はないやうになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、さう考へるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあはれなやうな気がするのでした。