春だ。
 就職、進学、進級。新たなスタートを切るには相応しい時期がやってきた。
 それはD.N.A.、r.n.a.VR連合軍『Blau Stellar』も例外ではない。
 今年もまた、難関を勝ち抜いた新たな精鋭戦士を迎えることになる。
 神宮寺深夜(じんぐうじ・みや)は自分が新人を迎え入れる立場になってから、いくつかの春を過ごしてきた。
 彼女自身も、今年から部隊移籍という辞令の下、長年過ごしてきた6913特殊防御部隊、通称天使隊(隊員は女性のみ、所属乗機の大半がエンジェランであることから、その名が付いた)から、第9012特殊攻撃部隊、通称CRAZE隊への転属が決まっている。
 まだ仮辞令であり、正式辞令は新人の配属決定と同じ時に発表になるが、既に彼女自身の籍はCRAZE隊に移っている。
 この日の仕事−入学式での新人受付−が、深夜の天使隊での最後の仕事となるのだ。
「はい、右の入り口から講堂に入って下さい。式は11時半からです」
 入学式の受付という仕事は、誰が決めたかは知らないが、ここ近年は天使隊の仕事となっている。深夜が入隊した翌年からは、彼女も受付の仕事を担っている。
 それも今年までかと思うと、少し寂しい。
「先輩、交替の時間ですよ」
 後ろから声をかけられる。
「え? もうそんな時間?」
 深夜が慌てて時計を見る。時刻は11時。
「じゃ、あとお願いね」
「はい」
 先程深夜に声をかけた少女、剣岬神奈(けんさき・かんな)と席を交替した。
「あと何人ぐらい来てませんか?」
「殆ど来てるかな。まだ来てない人もちょっといるけど……」
 神奈が名簿をチェックしていると、机の上にすっ、と一枚のIDカードが差し出された。爪に塗られた毒々しい青が嫌でも目に付く。
「はい、お疲れ様です」
 神奈が名簿をチェックした。IDとの名前を確認する。
「講堂の場所は判りますか?」
「多分」
「そ…そうですか。判らなかったら係に聞いて下さいね」
 相手は神奈からIDを受け取ると、きびすを返してその場を立ち去った。
「なんか、感じ悪いですね。男の人なのに、髪長いのは判るけど、マニキュアしてお化粧までしてますよ」
 先程の新入隊員の背中を見ながら、神奈がぼやいた。男性用の指定制服に、茶金髪の長い髪を一つに束ねた後ろ姿を目で追いながら。
「アレですか? 旧暦に流行ってた『ヴィジュアル系』とか言うの……」
「え、あの子女の子だよ」
「嘘!? 先輩、何見てるんですか!? そんなことあるはず……」
「あの子、よくゲーセンで見るよ。まぁ、確かに男の子っぽいけどね」
 深夜が行きつけのゲームセンターでよく見かける顔だった。たまに『舞踏革命』をやっている姿を異様に覚えている。
「バーチャロンやってる時に会う方が多かったけど、やっぱりライセンス持ってる子だったんだ」
「そうなんですか?」
 神奈は怪訝そうな顔を止めない。
「悪い子じゃないと思うな。あたしはそう思う」
「先輩がそう言うなら……」
「ま、実際付き合ってみないけど判んないけどね。
 んじゃ、あたしお昼行ってくるね」
「はい。お疲れさまでした」
 今日は暖かく、風も穏やかだ。購買でパン買って食べようかな、と深夜は足取り軽く施設へと足を運んだ。

 食堂の中にある購買は、時間も時間なせいか、かなりの人で賑わっていた。
 常設のモニターでは入隊式が行われる講堂が映し出されている。
 お目当てのパンを抱え、外に出ようと思った深夜だったが、テーブルの一角に見慣れた姿を見つけ、声をかけた。
「染谷君★」
「あ、神宮寺さん……」
 声をかけられたのは今年から同じCRAZE隊所属になるサイファー乗り、染谷洋和(そめや・ひろかず)だった。
「隣いいかな?」
「あ、うん……」
 浮かない返事だが、彼にとってはこれが普通なので、深夜は特に気を悪くするようなこともなく隣に座った。
「そーいや、今年から一緒だね」
「……え……?」
「ほら、あたし達今年からCRAZE隊じゃない……」
 と言って深夜は語尾を濁らせた。
 洋和の今回の異動は左遷も同然だという噂を思い出したのだ(深夜はそんなこと信じてはいないが)。
「ごめん。あんま言わない方がいいね、この事」
「いや、別に……」
 怒っている様子もない。というか、どうも感情が表に出ないのか、それとも本当に怒っていないのか。
 −いつものことだけど、こういうとこ、やりづらいなぁ……
 最後の一つだったいちごパンを頬張りながら、深夜は思った。
「聞いたけど、そっちのあと一人、新人入るんだって?」
「らしいね」
「この子達の誰かが一緒になるんだよね」
「うん……」
「いい子だといいね」
「うん……」
 −本当にそう思ってんのかなぁ……?
 洋和とそれなりに長い付き合いの深夜だが、今でも何を考えているのか判らない所だけは苦手だった。
 そうしているうちに式が始まる。毎度毎度の最高幹部会や総司令の式辞に、深夜は苦笑した。
 各部隊の隊長クラスの挨拶が進み、いよいよ我らがCRAZE隊の緒方豊和の登場だ。
「あ、緒方さんだよ」
 CRAZE隊の隊長クラスの五人は、階級や「隊長」という肩書きで呼ばれる事を嫌い、内部は勿論外部の隊員にも自分達を名前で呼ばせることを徹底させている。他にもそういった部隊は多いのだが、CRAZE隊はその傾向が特に強い。
 今まで挨拶をしてきた人間の年代に比べ、緒方は若い部類に入る。おまけに顔もいい方だ。目ざとい女子隊員は早々にチェックを入れている。
『今年は数少ないバイパーU、サイファー乗りの中から一人、CRAZE隊に入って貰うことになります。
 あまりいい噂のない部隊ですが、直接的なパイロット能力以上に、個性の強い新人を入れたいと思っていますので、心構えの方、よろしく』
 会場中がざわめきだった。「新人配属」に関してはトップシークレットだったのか、単純に知られていなかったのか。どちらにしろ緒方のスピーチが会場にいた人間、特に新入隊員の心に波風を立てたのは間違いない。
「あーあ、大変なことになっちゃったね」
 返事がない。
 −本っ当にこれでやってけるのかなぁ?
 深夜は他人事ながらだんだん心配になってきた。
 洋和の方はというと、昼御飯のチキンドリアをブロッコリーだけ残して片づけた。
「あれ? 今日は?」
「俺非番だから」
「どっか行くの?」
「高速道路」
 車を走らせに行くということなのだろう。
「明日のミーティング、10時半からだよ!」
 返事がないので、判っているのだろうと深夜は勝手に解釈した。
「前途多難だなぁ……」
 ふぅ、と溜息をついて、深夜は残りのパンを食べ始めた。
 モニターの向こうの入隊式は、まもなく終わろうとしていた頃だった。



 日も沈みかけている夕方。深夜はいつものゲームセンターで一踊りしてから寮に帰ってきた。
 玄関を入ってすぐのホールには、新入隊員と、送られてきた荷物でごった返している。
 その中に、深夜は昼間見た新入隊員を見つけた。段ボールの山を隣りに、先輩らしき三人の女性隊員があれこれ色々と言っている。
「いい? 食堂はこの奥。お風呂は地下一階。自分の部屋番は?」
「六階の…23番」
「正解」
 一番背の高い女性から鍵が渡される。
「私達も同じ建物だから、何かあった時は内線で呼んでね」
「はい」
「じゃ、君達、荷物運んで」
 その一声に、ソファに座って待機していた男子隊員達が一斉に立ち上がった。
 深夜はその光景を見て、酷く驚いた。思わず指示を出した女性隊員の制服を見る。
 いくつかの勲章と、『9012』という刺繍の入った襟章が目に入った。
 −あ、じゃぁあの人……
 視線に気付いたのか、オプションのロングスカートの制服(Blau Stellarの制服はボトムに限り、自分で選ぶことの出来るオプションがついている)を着た、長い黒髪の小柄な女性隊員が歩み寄ってくる。
「貴方、確か今年からうちに来る……」
「はい。元6913特殊防御部隊一番隊隊長の神宮寺深夜准尉です」
「あぁ、やっぱりね。写真で見たことのある顔だったから、そうかもしれないって思ってたの。
 私は赤木香緒里。階級は一応大尉よ。第9012特殊攻撃部隊の専属オペレーターをやっているの。あそこにいる背の高い人が、私と同じ専属オペレーターの日向友紀中尉。赤い制服を着ている子がCRAZE隊の陸戦隊B班所属の竜崎千羽矢軍曹。金髪の子が今日入ったばかりの新人の高森尚貴ちゃん。
 いつまで一緒にいられるか判らないけど、これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「明日のミーティングの時間、判る?」
「はい、10時半に隊のブリーフィングルーム集合の話を聞いてます」
「あら、それはうちの隊長さん達用の集合時間ね。本当は11時からなの。いつも30分遅れるから、わざと早めの時間を教えてるのよ。
 だから、神宮寺さんは11時までに来てくれれば構わないわ」
「は…はい……」
 −染谷君に嘘教えちゃったなぁ…… ま、後でメールすればいいや。
「じゃぁ、また明日会いましょうね」
 香緒里はにっこりと微笑み軽く頭を下げて、友紀達のいる場所へと戻っていった。
 −あたしも、部屋帰ろうっと。
  明日からいよいよか…… 大丈夫かなぁ? いい人が一緒だといいなぁ。
  あ、その前に染谷君にメール打っとかないと。
 新人の時の様な気分を思い出しながら、深夜は自室へと戻っていった。

 V.C.a7年度Blau Stellar新人研修、翌日より開始。

ヤガ目の後書き