ここはD.N.A.、r.n.a.が合同で設立したVR連合軍「Blau Stellar」本部。
 50人は入れるかと思われるブリーフィングルームには7人の男女が集まっていた。
 無造作に置かれた書類と人数分の端末機。
 時は折しも、入隊試験合格発表のあった夜のことだった。

「なぁ、今年の受験者って何人やったっけ?」
 食い入るように書類を見ていた関西弁の男が誰とも無しに問いかけた。
「公式発表では6万人って言ってたけど、大体58,000人前後じゃない?」
 端末を叩きながらほのかに赤毛の女性が答えた。その目はディスプレイから離れることなく。
「そんなんなんか。ほんま物好きな連中やなぁ」
「っていうか、藤崎君試験受けてないでしょ? 皆厳しい難関を乗り越えてきた優秀な子達なんだから」
「そうそう、RODとは根性がちゃうねんで、根性が」
 するとRODと呼ばれたもう一人の関西弁の男(藤崎というのが本名らしい)が、手元にあった空き缶をロンゲの男に投げつけた。ちなみに、藤崎はやや長めの短髪である。
「じゃっかぁしぃ! しばくか!? こら!!」
 その様子を一部始終見ていた金髪を短く切りそろえた男が笑っている。
「まぁまぁ、ROD君も一郎さんも、早くしないと遊びに行く時間なくなっちゃうよ?」
「なんや、成一。自分かてプロレスの試合見たいからって早ぅ帰りたいんやろ?」
 成一と呼ばれた金髪の男がばつが悪そうに苦笑いする。
「でも、一郎より成ちゃんの方が健康的だよなぁ?」
 成一に突っ込んだ男、一郎にまた別の男が突っ込む。
「てぇ〜つぅ〜!」
 そう言われた一郎は堪ったものではなかったが、言われた相手が自分の人生の半分を共に生きている親友、哲である以上、反論は出来なかった。
「……にしても、今頃になって人事異動なんて、上層部も何を考えているのかしら……」
 それまでずっと沈黙を守っていたもう一人の女性が、やれやれといった感じで呟いた。
「こればっかりは最高幹部会で決まったことだからね」
「でもおがっち、せっかく皆ここに慣れてきてくれたっていうのに……」
 おがっちと呼ばれた男(恐らく緒方が本名だろう)は、黙って首を横に振った。
「仕方ないよ、香緒里さん。俺は一介の中隊長であって、この決定にあれこれ言えるほど権力がある訳じゃない。いいんじゃないの? ここを出た皆がそれぞれの所で頑張ってくれれば」
 香緒里と呼ばれた女性は、半ば諦めたかの様に納得し、またディスプレイに視線を落とした。
「友紀さん、今の時点でうちに配属が決まった人のデータ出せる?」
 赤毛の女性、友紀がすぐさま香緒里の端末にデータを送る。
「とりあえず残留組が千羽矢ちゃんとクレイスね。こっちへの移籍組が藤崎君の所に元天使隊の神宮寺深夜(じんぐうじ・みや)准尉と……」
「神宮寺って、あの『堕天使』か!?」
「そうよ。藤崎君、まさか知らなかったの?」
「ちゅーか、近接好きのエンジェランが来るのは知っとったけど…… まさかほんまに『堕天使』が来るとは思わなんだ……」
「いいじゃん、これでROD君一人で特攻しなくて済むし」
 成一の慰め(?)の言葉にも、藤崎は浮かない顔をした。
 神宮寺深夜准尉。元第6913特殊防御部隊一番隊隊長。エンジェラン搭乗者には珍しく、ゼロレンジ攻撃、いわゆる近接攻撃を主体とするパイロットだ。特にウィング展開からのターボ近接攻撃は、エナジードレインと呼ばれるVフィールド吸収の特殊効果もある為、かなり恐れられている。特に、深夜率いる一番隊は作戦遂行時に先陣を切ることが多く、作戦開始と同時にウィング展開、全機一斉ターボ近接に入ることもしばしば見受けられたという。
「で、もう一人は『ヤツ』やろ?」
 『ヤツ』という言葉に反応して、友紀が手元にあった書類のコピーを手に取った。
「藤崎君が知ってるなら話は早いわ。
 7年前に起きた「O.M.G.」オペレーション・ムーン・ゲートを成功させたD.N.A.きってのエリート、土居二郎(どい・じろう)少将。あの人も藤崎君とこへの異動が正式に出ているわ」
 友紀の言葉に藤崎と緒方を除いた3人の表情が変わった。
「マジ!? DOI−2やろ? 哲、昔一緒にテストやっとったよな!?」
 哲は一郎の言葉を遮るかの様に耳を塞いだ。
「俺、あいつ苦手なんだ……」
 溜息混じりにこぼす哲。恐らく、新型VR開発中に何かあったのだろう。皆、声には出さないが「あの哲が苦手なんだから、相当な人間に違いない」という思考が頭をよぎっていた。
「…にしても、DOI−2が何でまたうちなんかに配属になったんやろ?」
 藤崎が決まったことはしょうがないと、半ば諦めたかの様な顔をしていった。
 確かにそうなのだ。土居二郎少将、通称DOI−2と言えば、8年前のあの事件、オペレーション・ムーンゲートを成功させたD.N.A.きってのエリートである。Blau Stellar所属後も、多くの戦果を挙げている。そんな彼が「厄介者集団」と呼ばれているCRAZE隊に何故配属になったのか、皆不思議で仕方ない。
 ただ、唯一言えることは、D.N.A.及びDN社がCRAZE隊を直接傘下に取り込もうと目論んでいる事だ。CRAZE隊はBlau Stellarの中でも珍しくどちらの傘下にもなっていない、数少ない部隊の一つだ。問題を抱えているとは言え、多くの難解な作戦をこなしてきたCRAZE隊を自社の傘下にすると言うことは、Blau Stellarの中でより強力なイニシアチブを取れることになる。もちろん、rn社もそれを黙って見ているはずもなく、今回の人事もこの時点で未だかなり揉めているのが現状だ。
「でもまぁ、その『堕天使』なんで成ちゃんとこ行かなかったんやろ?」
 藤崎の言葉に成一は笑って言った。
「まぁ、千羽矢とのコンビも悪くないしね。今更変えられてもって感じだし。あとは誰が来るかだけど……」
 成一の部隊では、昨年配属されたフェイ=イェン乗りの竜崎千羽矢(りゅうざき・ちはや)を除いた2人が他の部隊へ異動となった。この異動となった2人はCRAZE隊結成当時から成一の下にいた者で、成一としてもかなり信頼を寄せていた隊員だったのだ。
「成ちゃんとこ、今回は、ちょっとばかり厄介かもね……」 
 友紀の表情が暗くなる。
「友紀、そりゃどーゆーこっちゃ?」
 一郎の疑問に、友紀は即座に反応する。
 端末のディスプレイに現れたのは、一人のパイロットデータ。全身黒ずくめの、一見怪しげな雰囲気を持った男だ。
「蒼我、か……?」
「あれ? おがっち、知り合い?」
「かけ持ってた頃の後輩、かな」
 緒方がまだVRに乗って前線で戦っていた頃、一般任務としては扱えない事態を鎮圧する「危険分子駆除部隊」の設立が計画されていた。緒方はその案にあえて「スペシネフのみ」での設立を考案し、その案は最高幹部会によって採用された。よって、この部隊は「死神隊」と呼ばれ、他の部隊とは一線置かれた存在となったのだ。
 黒ずくめの男、蒼我恭一郎(そが・きょういちろう)大尉はかつて緒方と共に死神隊で戦ってきた。だが、ある日愛機のスペシネフと共に所在未確認となる。部隊上層部は全力を持って彼らを捜すも、蒼我のCRAZE隊転属が正式になるまでは、その姿すら見ることが出来なかった。
 一部では「緒方が蒼我を呼び戻す為に、転属命令を出した」等と言われているが、真実は定かではない。
「とっつきにくいヤツかも知れないけど、腕は確かだ。ちょっとむらっ気があるのがたまにきずかな」
「俺は、そういうの、あまり気にしないから……」
 とは言ってみたものの、心のどこかに不安が残る成一。それでも、緒方が悪く思っていないのだから、あとは実際に一緒に戦ってみて判断する事にした。成一自身「うちに来るのは皆似たり寄ったり」ということだけは確信しているだけに、今回も同じだと思っているのだ。
「で、あとの一人は?」
「今揉めてる最中よ。DN側もrn側も譲らなくてね。特に新型機導入が絡んでるみたいだから……」
 香緒里も、さすがに今回の人事に関しては言いたい事は色々あるらしい。今回の大幅人事に一番反対したのは彼女なのだ。
「新型……ってーと、テムとかライデンとか……」
「はずれ。全くの新型機よ。強いて言うなら、バル・バス・バウの後継機、かしらね」
「まじ!? 聞いてへんで! そないな話!!」
「当然よ。機密事項だもの。でも、近いうちにお披露目になるみたいだから……」
『第9012部隊緒方大佐、至急最高幹部会までお越し下さい。繰り返します。第9012部隊緒方大佐……』
 香緒里の言葉が館内放送に遮られた。
「お呼びか……」
「決まったのかしらね? まだ少し空きがあるもの。いい加減決まってくれないと、こっちも困るわ」
 緒方は席を立って制服の上着に袖を通した。勲章が擦れ合い、金属音が小さく響く。
「決まったならすぐ戻るよ。オンラインで更新すると時間かかるから」
 端末を抱え、緒方は出て行った。
 6人が、再び新しい隊員の資料を漁り出す。
「そーいや、今回特例で若い子が入るんだよなぁ?」
「そうそう、哲君とこね。元々は前線でVR修理に携わってた子なんだけど、特例でライセンスを発行されたのよ。最近そういう若い子が多いんだけどね」
 友紀のディスプレイに一人の少女の姿が映し出される。おとなしい、と言うよりは気弱そうな少女だ。
「おいおい!こんな子供がVR乗るってのかよ!!」
「それもライデンよ。アリッサ軍曹。第704修理大隊所属。重量級、特にライデンの修理を受け持っていたらしいわ」
 香緒里を除く4人、特に哲は呆気にとられた。
 データ上の年齢は17歳だったが、外見は明らかにそれ以下だった。下手すれば10代半ばから前半にも見える。
「こんな子供が、しかもライデンかよ……」
 いまいち納得出来ない哲。そんな哲の為に用意されたかの様に、ビデオスクリーンが降りてきた。
「この間、定期適正テストがあったのよ。彼女も参加してるわ。これはその時の彼女の試合よ。」
 映し出されたのは1台のライデンとバイパーU。当然、ライデンに搭乗しているのはアリッサだ。
 試合開始。バイパーUはすぐさまライデンとの距離を離す。
 だが、ライデンは一向に動こうとしない。
 バイパーUがジャンプから7WAYミサイルを発射。ライデンは避けようとしない。あえて動かないのか?
 ミサイルがヒットする……と誰もが思った瞬間、ライデンにしては驚異的なスピードでこれを回避。逆に着地際のバイパーUにバズーカをヒットさせた。
「「「「!?」」」」
 4人は驚愕した。今までに見たことのないライデンの機動性、回避能力、そして命中率に。
 それ以降、バイパーUは明らかに苦戦を強いられていた。回避能力の高さに攻撃がヒットせず、反対にライデンの驚異的な攻撃を回避しきれずにいた。
 残り20秒、あと一撃でも攻撃を食らえばバイパーUの負けが確定する時に、それは起こった。
 砕け散るVアーマー。当然ながら、ライデンの物だ。
「「「「!?」」」」
 再び驚愕する4人。
 ライデンが自らアーマーブレイクを行ったのだ。このまま行けば確実に勝てるというのに、わざわざ自分のシールド残量を相手より少なくしてまで。
 だが、その行動は決して無意味なものではなかったのだ。アーマーブレイクの後、急速離脱したライデンが先程までいた場所に、バイパーUは捨て身のS.L.C.ダイブを仕掛けてきたのだ。
 先読みした上での行動なのか、それとも、ただの偶然だったのか。どちらにしても、アーマーブレイク後のライデンの動きは、ノーマル状態のバイパーUを上回っていたのは事実である。機動系をかなり向上させている一郎のバイパーUにも追いつくのではないかという程だ。
 この試合、バイパーUの着地後を狙ったかの様にライデンのしゃがみレーザーが炸裂。バイパーUは即座に沈黙した。
「す…すげぇ……」
「……あぁ……」
「マジであれがライデンの動きかよ……」
 4人は呆気にとられた。特に、哲は言葉がなかった。
「まだあるのよ。藤崎君とこのクレイスの試合。これもかなり見応えがある物だったわ」
 画面が変わる。今度はクレイス=アドルーバの操るアファームド・ザ・ストライカーとフェイ=イェンが対峙していた。
 カウントダウン。3、2、1、0。試合開始。
 開始直後、得意のレンジに入る為か、2機の距離がするすると開いていく。
 先に仕掛けたのはフェイ=イェンだ。ジャンプからのハンドビームで牽制し、隙あらば広げた間合いを詰めて、近接に持ち込もうというのが狙いだろう。
 片やクレイスの操るストライカーは後手に回ってはいるが、相手の攻撃をナパームで相殺、着地際を狙ってファニーランチャーを展開するごくオーソドックスな戦い方だ。
 近接に持ち込みたいフェイ=イェンと、常に距離を置いておきたいストライカー。「鬼ごっこ」の如く、2機がフィールドを駆け回る。
 フェイ=イェンのハンドビームを、ストライカーがジャンプして回避した。それに合わせてフェイ=イェンもジャンプしようとするが、ストライカーが空中前ダッシュからボム攻撃で反撃。運悪くフェイ=イェンは爆風の中心に巻き込まれてしまった。
「♪〜」
 藤崎から口笛がした。彼が援護してもらうパターンの一つだからだ。この爆風に紛れて相手の背後に回り込んでの近接やグランディング・ラムを、藤崎はよく使っている。クレイスもそれを判っているので、この空中前ダッシュボムだけは確実に決められるよう、毎日の様に練習していた。
 だが、今回は藤崎の追い打ちはない。着地と同時に、グレネードランチャーが火を噴いた。同時にフェイ=イェンがハイパーモードになる。
「あのバカ! フェイには50%止め使えってあれほど言うてるのに!!」
 今度は藤崎は怒りだした。フェイ=イェンと戦う時は、ハイパー化させない程度のぎりぎりのダメージでとどめておくのが、ここ最近の主流になっている。特に藤崎はいち早く実戦でそれを取り入れた為、この50%止めには非常にこだわりを持っている。
「ROD、やっぱ気に入らへんか? 50%止めせーへんの」
 にやにや笑いながら一郎が言った。一郎はどちらかと言うと、S.L.C.で相手を撃沈させたいタイプなので、クレイスがとった行動に悪い印象は持っていない。むしろ「撃破してこそ男の戦い」というポリシーから、気分的には楽しくなってきている。
「当ったり前や!! せっかく削ったVアーマーが100%に戻るんやで!? こっちが必死こいてガリガリ削ったってーのに、ハイパー化してもーたら意味ないやんか!!」
「そりゃまぁ、そうやけどなぁ」
 面白くなさそうな藤崎と、面白そうな一郎。そんな二人を見て、哲はこう言った。
「成ちゃんは50%行ったら近接コンボだもんな?」
「……うん……… まぁね」
 中量級No.1の装甲と、全VR1の前ダッシュスピードを誇るバトラーを操る成一は、「近接コンボで全て片づければいい」というちょっと偏った戦い方をする。マシンガンは牽制程度にしか使わず、竜巻も決して大きなダメージ源ではない。あくまでも「近接で相手を撃破する」のが成一流なのだ。
 4人が自分の戦い方について討論している間にもバトルは続いている。お互い削り合いの接戦。最後は空中ダッシュハンドビームをかわして、ストライカーがファニーでフェイ=イェンを撃破した。
「ま、一人でやったにしては上出来やな」
 藤崎が安堵の表情を浮かべている。口では色々言ってもやはり自分の所の隊員。勝つと嬉しいし、負けると悔しい。
 4人が試合を見ている間、香緒里と友紀は新しく入る隊員のデータを検索していた。
 香緒里の端末に映し出されている男、染谷洋和(そめや・ひろかず)少佐。「マシンチャイルド」の二つ名を持ち、どんなバーチャロイドも自在に操る。よって、毎年様々な部隊が引き抜きに躍起になっていた。
 だが、先に所属していた部隊では何者かの裏切りに会い、その責任は彼一人に押し付けられた。今回のCRAZE隊への移籍は、事実上の左遷と言っても過言ではない。
 移籍(左遷)先は航空戦術部隊。今年から、彼はサイファー使いとして、一郎の部隊の隊員となる。元々のメインVRがサイファーだっただけに、今回の移籍組の中では最も期待のかかるパイロットだ。
「染谷君も気の毒よね。あの事件さえなければ……」
 あの事件、すなわち共同で動いていた部隊の突然の謀反。未だその原因ははっきりとはしていない。内部に手引きした者がいたとか、元々の作戦自体がスケープゴートだったとか、様々な憶測だけが飛び交っている。
「一郎ちゃんも、うかうかしてると自分とこの隊員に隊長の座を取られるわよ」
 友紀がさりげなく突っ込む。
「あのなぁ…」
 とは言ってみたものの、洋和の実力がちょっとやそっとのものではないのは、一郎も重々知っている。Pパイロット時代の成績は華々しく、最も注目すべきはランダムバトル世界大会の優勝だろう。
 ランダムバトルは試合開始直前に自分が搭乗するVRが決まるという、ゲームの「バーチャロン」におけるランダムセレクトのようなルールの元に行われる。
 よって、このカテゴリーに出るには、全てのVRを知り尽くし、なおかつ操れる者でなければならない。軽量級も重量級も関係ない。必要なのは「全てのVRを操る能力」のみなのだ。 
 洋和はこのタイトル獲得で、Blau Stellar入隊を手にしたようなものなのだ。
「そーいや、俺んとこあと1人決まってへんやろ? いくらなんでも2人はキツいで」
 一郎の言葉に、友紀は「さぁね」とだけ答えた。
「まさか新人が入るなんて事は……」
「あり得ない事じゃないわね。クレイスやちーちゃんの例もあるし。だとしたら、一郎ちゃん責任重大よね〜?」
「?」
「だって、そうなったら一郎ちゃんが誰を入れるかを決めるのよ? 下手すりゃ一生恨まれるかもよ?」
「な…なんでや!!」
 友紀がにやにや笑う。が、その真意は明らかにしない。
「なんか、感じ悪」
 一郎は拗ねたかの様にタバコに火を付け、端末の画面を変えた。
「哲、お前んとこ、3人やっけ? あと1人か?」
「そうそう。ICBM使わないグリスボック」
「奇特なヤツだよなぁ? そんなヤツ見たことないぜ、俺」
「俺もちょっとは開発に加わったけど、乗りにくかったよなぁ、あの機体。半分はDOI−2専用みたいなもんだったしな、アレは」
 哲がしみじみと開発当時の事を思い出す。
「噂の彼だけど、裏じゃ結構言われてたみたいよ」
 友紀の端末から一郎の端末へ情報が送られる。それを覗き込む哲。
「こいつ、前に一緒に仕事したような気がするわ」
 端末に映し出されていたのはまだあどけなさが残る青年だった。水無月淳(みなづき・じゅん)、階級は軍曹。移籍前はSAVのみを集めた後方支援部隊に所属していた。
「珍し〜。一郎ちゃんが一緒に仕事した子の顔覚えてるなんて」
 むかっ!
 一郎の表情は、明らかにその言葉で形容されるものだった。
「で、裏で結構言われてるって?」
「あぁ、その事ね。なんでも、前に一緒の隊にいた子達が口を揃えて言ってるのよ。
 『てめぇの血の色は何色だ!?』とか」
「はぁ?」
「なんでも、人より任務優先に今まで仕事をしてきたらしくって、それが他の子達には鼻についたんでしょうね。
 本人も何も言い返さないみたいだし……」
「随分と『いい感じ』に言われてるねぇ」
「真面目なんでしょうね、きっと」
「真面目、ねぇ……」
 ぴろろろ… ぴろろろ……
 突然誰かの携帯が鳴り出した。それに反応したのは友紀だった。
「もしもし… あ、ちーちゃん?」
 ちーちゃんとは飯田陸戦隊唯一の残留組のフェイ=イェンパイロット、竜崎千羽矢軍曹のことである。千羽矢の両親は共にVR開発技術者。特に離婚して別れた父親はかのフェイ=イェン開発責任者プラジナー博士の愛弟子と噂の高い人物である。
「これから…? 今はちょっと無理かな…… でも夕飯はいいよ。赤木さんも一緒で。うん、じゃぁ6時にいつものゲーセンの前ね」
 そう言って友紀は電話を切った。
「あれ? 千羽矢今日非番だっけ?」
「うん、尚ちゃんの合格発表付き合ってたみたい」
「あぁ、今年尚貴ちゃん受験したんだっけ。どうだったって?」
「何も。あの様子だと受かってるんじゃないのかな?」
「なんで判るん?」
「後ろで『舞踏革命』やってるらしき声が聞こえたのよ」
「……尚貴って…… あぁ!! あれか!? 友紀の連れてた若い男!!」
「「女の子です!!」」
「「「「ウソ!?」」」」
 さも信じられないと言うような声を上げた4人だった。
「そうそう、皆で一緒に夕飯食べようって。赤木さんも一緒にって言っといた。6時にいつものとこで」
「本当? 皆でご飯食べるの久しぶり〜
 千羽矢は昨年の入隊試験に合格し、最初の配属先がCRAZE隊だったという、クレイスに並んで不幸な人間だ。
 フェイ=イェンパイロットとしては、オーソドックスにハンドビームやボウガンで相手を牽制、ひるんだ所を近接間合いに持ち込む戦法を多用している。
 ただ、半年前に飯田陸戦隊に下された任務を遂行してからは、今までとは様子が違う、と彼女に近しい人間は口を揃えている(勿論、友紀や香里も感じている)。
 独り言が多くなったのだ。
 その独り言の中には「デュオ」という人物の名前も多く聞かれるらしい。
 何より一番の変化は「今まで適性度の低かったスペシネフ」との相性が俄然良くなったことだ。しかも、Blau Stellar所属のスペシネフと相反するかのように、近接を好むのである。
 これは最近行われた定期適正テストでも数値として現れている。一時的な偶然等ではない。彼女自身の「能力」として、それは認められるようになった。
 故に特例として、千羽矢にはサブ機体としてのスペシネフの搭乗が認められている。
 何故に目覚めたのか、は未だはっきりとはしていない。
 プシッ、という軽い空気音と共にドアが開き、緒方が戻ってきた。
「あ、おがっちお帰りなさい」
「どうだった? 残りの人員は?」
 緒方は書類の詰まった封筒を二つ、無造作に放り投げた。
 一つは何も書かれておらず、もう一つには『難解系多機能型試作機体 XBV−819−TR/TM/TS バルシリーズ開発報告』とだけ書かれていた。
「これって…… まさか!?」
「ロールアウト完了次第、うちに来ることになった。バルシリーズ。バル・バス・バウの後継機。地上対応型、水中対応型、無重力宇宙空間対応型の3タイプの姿を持つ、今までにないVRだ」
「変形するんか!?」
「変形…とは違うな。それ自体が一つの機体だから。基本性能に変化はないけど、若干攻撃力が前後するくらいで」
 緒方が持ち帰った書類を、六人は奪う様に見ていた。藤崎、一郎、成一、哲はバルシリーズに関する方を。友紀と香里はもう一つの封筒、すなわちバルシリーズに搭乗するだろうパイロットの資料だ。
 泉水優輝(いずみ・ゆうき)。V・P・Bランダムバトル世界大会a6年度の優勝者。その実力が認められ、16歳という異例の年齢でBlau Stellar入隊。数々の特殊任務をこなし、脅威のスピード出世で少佐まで登りつめた、次世代の有望パイロットだ。
 現在はバルシリーズの原型ともなったバル・バス・バウに搭乗している。
「で、これが最後のパイロット?」
「いや、正確には最後じゃない」
「「「「「「?」」」」」」
 緒方の端末が、今回の新人入隊者の一覧を出した。そこから、サイファー、バイパーU搭乗者のみをはじき出す。
 受験者全世界で約58,000人、見事合格したのは僅かに300人前後。その中からのサイファー、及びバイパーU搭乗者は10人にも満たない。
「今年は、何故か男のフェイ=イェン使いの合格者が多くてね。反対に、バイパーとサイファーは少ないんだ。参ったね」
「それって……」
「上からのお達しだ。
 一郎の所の最後の一人は、新人から選ぶ」
「ウソだろ……?」
「お達しだ。俺にはどうすることも出来ないよ……」
 水を打ったかのように、静まり返る室内。
 すでに合格者の発表は昼間の内に行われている。そうした上での、今回の決議だ。
 三日後には入隊式、その翌日から一週間、新人研修が行われ、一日おいて配属が決定となる。
 実質猶予十日弱。
 余りにも急、かつ酷なCRAZE隊の人事異動は、最後の最後まで風雲急を迎えていた。


To be continued PREMISSION 1