6機のVRが対峙する。
緊張した空気が周囲を包んだ。誰もが誰かの出方を覗っている。
まずその均衡を破ったのが一郎だった。モノトーンのフェイ=イェンに向かって切りつける。フェイ=イェンも自らのソードで応戦した。激しい切り合いが始まる。
哲のドルドレイはスペシネフとの間合いを取り、ファイヤーボールを撒き散らした。無数に飛んでくるファイヤーボールをスペシネフは確実に避ける。それにまぎれてサイファーのビームダガーが炎を帯びてきても、スペシネフの回避力は並外れたものがあった。哲は尚貴に合図を送ると、相手を別のエリアに誘導するような攻撃を仕掛け始める。
そして、洋和のサイファーと淳のグリス=ボックがピンクのフェイ=イェンに一斉攻撃を仕掛けた。グリス=ボックの無数に発射されるミサイルと、洋和のホーミングボムがフェイ=イェンを直撃する。爆炎の中から、金色の光が見えた。
時刻1900ジャスト。
限定戦争「Operation Alice」は、全世界が見守る中で、その幕を切った。
バイパーとフェイ=イェンがぎりぎりの所でせめぎあっている。互いに1歩も譲らない態勢だ。
ライデンが猛然と前ダッシュで距離を詰めてくる。爆心地から最も遠い所にいたアリッサは、フェイ=イェンの背後から前ダッシュバズーカを撃ち込んだ。
それを正面から見ていた一郎は、フェイ=イェンをなぎ払うと、上空にジャンプしてそれを回避した。
「なっ…… 後ろか!?」
それに気づいた弓月は、1発目を回避しきれず、その場にダウンした。
「小癪な真似を……!」
Vアーマーが僅かに剥がれたフェイ=イェンは、その場でジャンプすると、ソードでハートを描いた。その軌跡がそのままライデンに向かってホーミングする。
アリッサはそれを引きつけるように前進し、バーティカルターンで横に回避した。その態勢でグランドボムを放つ。ボムは地面をすべるように飛んでいき、障害物を巻き込んで炎上、小規模な火の海を作り出した。
「えぇぞ! そのまま相手を追い込むんや!!」
バイパーはビームソードを形成し、爆炎を逃れたフェイ=イェンに向かってダッシュする。
「おりゃぁっ!!」
「させるか!!」
ぱしゅぅぅぅっっっ
互いのソードがぶつかり合い、レーザーの粒子が飛び散る。
レバーを握る一郎の手に、うっすらと汗がにじんでいた。
「そら! どうしたどうした!!」
ドルドレイとサイファーの連携をものともせず、驚異的な回避を見せるスペシネフ。
哲渾身のドリル特攻も、マイスナーの殺人スライディングの前では手も足も出ない。
なおかつエリアを縦横無尽に走るターボサイズがサイファーに命中。早くもシールドを60%を切るダメージを受けてしまった。
「哲さん! どうすりゃいぃんだよ!!」
開幕早々に甚大なダメージを受けてしまった尚貴のサイファーは、スペシネフから距離を取って戦わざるを得ない。しかし、障害物の向こう側ぎりぎりから撃ったフォースビームすら、スペシネフは軽々と回避する。
「焦るんじゃない。活路は必ず……見えてくる!」
ジャンプVターボハリケーンが炸裂した。哲のVターボハリケーンは拡散角度270度を誇る。出力は低めだが(それでも軽量級にはかなりのダメージが来るが)広範囲にわたって拡散される為、これを回避するには哲の背後に回るか、かなり遠くの射程範囲外まで回避しなければならない。
「こんな芸当が出来ると言うのか!」
さすがのマイスナーもこのハリケーンから逃れることは出来ず、ファイヤーリングの海に巻き込まれていった。
「よし、追い討ち入れろ!」
「はい!」
ハリケーンがおさまったのを確認し、ドルドレイの背後にいたサイファーからレーザーが叩きこまれた。
「これで借りは返したぜ!!」
よろよろと立ち上がるスペシネフ。
「おのれ…!」
起きあがりざまサイズを振り下ろす。
ドルドレイとサイファーは1度互いに見合わせると、スペシネフを挟むように散開した。
開幕に総攻撃を受けた真理子・Kのフェイ=イェンは、早くもハイパー化現象を発生した。
彼女の通常の能力は、ごく一般的なパイロット相当でしかない。しかし、一度ハイパー化すれば彼女の眠っていた能力が開花するのだ。
グリス=ボックのダブルナパームをジャンプからの空中前ダッシュで回避し、サイファーの無限ダガーの間を縫って接近してくる。
「ちょこまかちょこまかとねずみみたいに……!」
グリス=ボックのショルダーから、ミサイルの雨が降る。それをハンドビームで相殺し、爆風の向こうからソードカッターを繰り出してくる。
「うわっ!!」
幾重にも飛んでくるソードカッターを避けきれず、転倒するグリス=ボック。幸いにも距離が遠く、追い討ちはなかったが、度々こういった攻撃をされているので、じわじわとシールドゲージが減っていく。
相手が遠距離からしか攻撃してこないことに着目した洋和は、サイファーの機動力を生かし、接近して近接勝負に出ようとした。しかし、相手のフェイ=イェンの機動力はサイファーのそれをはるかに上回っていた。接近しようとすれば、ハートビームが飛んでくるのでうかつに近づけない。地上でのダッシュ近接も出せなかった。
「近づけない…地上…… 空中…… そうか!
水無月君!」
「はい」
「地上で足止めさせてくれ。上から行く」
「上から!? そんな! いくらなんでも……」
「地上じゃ追いつかなくても、空中ならサイファーの名に懸けて追いついてみせる」
「…判りました。頼みます」
淳はマシンガンで相手の注意を引きつけると、今度は細心の注意を払って攻撃する。だが、飛ばれたのでは意味がない。相手がジャンプの態勢に入るのを見抜いて先読みで攻撃の高度を上げる。
「やだー! もううっとうしいってば!!」
自分の動きを封じこめるような攻撃に、いらつきを隠せない真理子。苦し紛れにハートビームを放ったその時、
「きゃぁっっ!!」
上から激しい衝撃が襲い掛かる。サイファーの空中ダッシュ近接がヒットしたのだ。
「やった!」
すぐさま追い討ちを入れる為にソードを振り上げた。が…
「ちょっと! 僕は怒ってんだぞ!!」
仰向けに倒れたままの状態から、スパイラルショット(RTRW)がサイファーの正面に放たれた。これはさすがの洋和も予測がつかず、真正面から食らってしまった。
「染谷さん!!」
淳が駆け寄るも、フェイ=イェンのハンドビームにより、それ以上近づくことが出来ない。
真理子のフェイ=イェンはVアーマーのほとんどが剥がされている。スケルトンシステムが剥き出しにはなっていないが、所々にノイズが走っている。
「どういうことだよ……」
ようやく立ち上がった洋和のサイファーも、既にVアーマーをほとんど削られていた。
立ち上がったフェイ=イェンの全身から、異様な感じが漂っていた。ハイパー化した時の金色のオーラのような物ではなく、目には見えないが、二人には確実にその異様さが感じられた。
「よくもここまでやってくれたね」
無線を通じて聞こえた声は少女のそれであった。しかし、耳に聞こえる以上に、異質な「何か」を感じていた。
「許さないんだから」
左手のソードを一閃し、その切っ先をサイファーに向ける。
「死んでもらうからね」
そこかしこにスペシネフのエネルギーボールがふわふわと浮いている。あまりに数が多いので、哲が力に任せて破壊し、尚貴は常にスペシネフの背後を取るような形を採っていた。
「飛べ!!」
哲の声と同時にファイヤーボールが地面いっぱいにばら撒かれた。スペシネフとサイファーが同時に宙に舞う。
「しまった!!」
哲はミスをした、と思った。ここで2機同時に飛ばしてしまっては、完全に差し状態になってしまう。今まで自分が攻撃を引きつけ、尚貴に迎撃をさせていたのが何だったのか、全くの無意味になってしまいかねない。
サイファーにロックすることになったスペシネフは、その照準を完全にサイファーに合わせた。
1段、2段。高高度まで上昇する。スペシネフはサイファーに向けてライフルを構えた。
とすっ
空中で回転するかのように、クロスライフル(RTRW)を発射する。
あぁ、もうだめだ…… 哲は思った。
しかし、尚貴は焦りもしなければ、慌てもしなかった。
銃弾が眼前まで迫った時に、その機体はさらにふわりと宙に舞った。紫色の弾跡はサイファーの足元をすり抜け、遠くへと消えて行く。
「ざ〜んねんでした!!」
彼女のサイファーに特別にカスタマイズされた3段ジャンプ。サイファーのジャンプ高度が幾ら全VR中トップとはいえ、索敵を目的とした場合はそれ以上の高度が必要な時もある。しかも、このカスタマイズが実現したのはこの機体が初めてのこと。テストは行ってきたが、実践での投入は今回が最初なのだ。
スペシネフを足元に見下ろし、サイファーは機体を360度回転させながらバンパイヤダガー(RTLW)を放った。空中で機体を360度完全に回転させる為、上昇地点のほとんどをフォローする事が出来、サイファー最強の攻撃である為限界までその精度を上げてある。仮に漕いでロックオンを外そうとしても、その攻撃からは逃れることはまず不可能だ。
そして、その放たれた7本のうちの1本が、スペシネフの片口に命中。バンパイヤダガーの特徴は、命中した機体が空中にいる場合は、そのまま高く打ち上げられるのだ。これはスペシネフのクロスライフルにも同等のことが言えるが、サイファーのダガーのほうが打ち上げられる高度がさらに高い。
「そんな馬鹿な……!!」
マイスナーは打ち上げられながらも、態勢を立て直そうと必死に操作した。だが、一度打ち上げられた機体は自由が利かず、上昇高度が頂点まで達すると、後は重力に導かれるまま落ちるだけである。
「哲さん!! お願いします!!」
尚貴から落下地点のデータ解析の結果が送られてくる。哲は上空を見上げ、ドリルを回転させた。さらに自分の速度と相手の落下速度を計算したデータが送られる。哲のモニタースクリーンでカウントダウンが始まった。
「さっきの借り、きっちり返してもらうからな」
カウントダウン0と同時に哲のドルドレイが特攻する。機体全体を赤いオーラで包みながら、落下地点に落ちてきたスペシネフをドリルが直撃する。
普通のスペシネフであれば、この一撃で間違いなく撃沈しているが、なんせ相手は通常のVRよりも遥かに性能がいい。よって、その耐久性も数段上である。
マイスナーのスペシネフはVアーマーの殆どが失われたものの、シールドゲージはまだ稼動出来るだけの量を保っている。
「はぁ…… はぁ……」
肩で息をするマイスナー。彼がO.D.A.に入ってこの方、ここまでの苦戦を強いたのはKönigin Rのみだった。
−こいつらは、女王陛下と同等か、それ以上の力を持つと言うのか!?
信じられないと言う面持ちのマイスターは、その頭上からレバーを引き降ろした。
「貴様らがあのお方を超えることなどは許されない。
それならば、この身を道連れにしても、貴様らに引導を渡してやる!!」
レバーに手をかけ、勢いよく奥に押しやる。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
コックピット内がパトランプで真っ赤になり、アラートブザーが鳴り響く。スクリーンが一瞬暗転した。
画面にはカウントダウンウィンドー。そこには「DEATH MODE」の文字。
「何あれ!? 気持ち悪……」
スペシネフから発せられるおどろおどろしい空気を、尚貴がいち早く察知した。
「デスモードだよ」
緒方からのインカムが入る。
「デスモード!? でもあれって、条約で通常時の使用は禁止されて……」
「ヤツらは普通じゃないんだ。自分達の目的の為なら、自分の命が犠牲になる事だって惜しまない。仲間がいる限り、誰かがその遺志を受け継いでくれると思っている……」
「お喋りなら後だ!! 来るぞ!!」
突撃をかけたスペシネフを挟んで左右に散開する。
「デスモードに1度入ったら転倒はするけどダメージは入らない。こっちがダメージを食らわないように今はひたすら回避するんだ」
「んなの聞いてねぇよ!!」
「13秒になったらパイロットもろとも『自壊』現象を起こす。それまで何とか耐えるしかない」
狂戦士と化したスペシネフの猛攻をかろうじて回避する2機。反撃を試みるも、確かにダメージは入らない。
「13秒まで待ってられるかよ。
尚貴!!」
「はい!!」
「やつの残り時間、当然数えてるだろうな?」
「当然です!」
「残り3秒になったら……」
「なったら?」
「SLCで特攻しろ。真正面からな」
モノトーンのフェイ=イェンとブラックパープルのバイパーUの攻防は今だ続いていた。
一郎の堪忍袋の緒はとっくに切れ、自分を保って戦っているのが不思議なくらいだと思っていた。
というのも、フェイ=イェンのターボ近接であるヒップアタックが、一郎の予想以上に強力なのである。物理的ダメージ的にと言うよりは、一郎に与える精神的ダメージの方が大きかった。
そして、これはヤガランデ・アイによるものだろうか。時折フェイ=イェンが分身したり、姿を消したりもする。それも一郎にとっては厄介な物の一つであった。
それでも、一郎は2対1という有利な立場にいながら、決してアリッサに救援を求めたりはしなかった。もし、自分がここで戦闘不能になっても、削るだけ削っておけばアリッサが戦うときに少しでも楽になる。ライデンなら高性能なフェイ=イェンでも特に苦戦することはないだろう。そう一郎は考えていた。
しかし、この幻惑現象は何とかしなくてはならない。
考える間もなく、フェイ=イェンの攻撃は続く。ガードを入れ、そのままガードリバーサルへ…… そう思った一郎だが、ガードリバーサルに入る前に、とあるコマンドを入れた。
「しゃらくせぇ。そんなので俺が誤魔化せるとでも思うて……
なっ…… 後ろか!?」
弓月がヒップアタックで潰そうとしたのはバイパーUの「幻影」であり、実体はその背後にいた。
「馬鹿が見る〜★ ブタのケツ〜★」
バイパーは大きくソードを振りかぶり、フェイ=イェンのボディにそのソードを叩きこんだ。この一撃で弓月のフェイ=イェンはダウンをとられ、金色のオーラを発しながらハイパーモードに移行する。
だが、一郎も決して楽観視出来ないダメージを受けていた。
「アリッサ!!」
「は…はい!」
「選手交代。お前が前衛や」
「はい……えぇ〜っ!?」
「だ〜いじょ〜ぶ。お前なら出来るっちゅーに。
ずっと俺らのタイマン見ててつまらんかったやろ?」
「いえ…… そんなことは……」
「ほな、行ってこい!!」
一郎のバイパーに背中を押されるようにフェイ=イェンと対峙するアリッサのライデン。
フェイ=イェンの起き上がり様、グランドボムを放り投げ、大バズーカ(RTRW)を叩きこんだ。
態勢が整っていないながらも弓月はぎりぎり回避し、そのまま横にダッシュする。だが、今度は目の前に電磁ネットが立ちふさがった。触れる直前でジャンプキャンセルし、ライデンに向けてソードカッターで応戦するも、アリッサのライデンはライデンらしからぬ回避力で、これを易々と避ける。
フェイ=イェンとしてはなんとしても自分の戦える空間に持ち込みたい。ハンドビームを撒き散らし、ライデンを誘導するも、ライデンのノーマルバズーカの1発の重さが侮れない。あまりそれだけに集中すると、時折レーザーも飛んでくる。
アリッサは整備兵と言う立場上、ライデンの全てを知り尽くしている。ライデンの長所や短所、機体独自の癖、破損の原因等。
故にライデンをいかに消耗させず、有効に攻撃出来るか、原理上は彼女はよく知っていた。ただ、それが実践ではどうかと言うことだったが、この戦い振りから彼女のパイロットとしての腕は十分評価に値する物である。
オーソドックスではあるが、ミスの少ない攻撃、負担の掛からない操縦。ライデンパイロットの必要とされる全てを彼女は持っているのだ。
「伝説の機体だか無敵の戦士だか知らんが、ライデン何ぞは所詮過去の遺物に過ぎへんのや!!」
弓月のその一言が、眠っていたアリッサの闘争本能に火をつけた。
機体の動きが止まる。フェイ=イェンとの距離はおよそ450m。
「……………」
「おい、何やっとんねん? 早ぅとどめさせや」
「…………もん」
「は? どうした? 気分でも悪いのか?」
「ライデンはそんな子じゃない。ライデンは弱くなんかない」
「もしもーし? 大丈夫か?」
「ライデンのことを悪く言う人は、許さないんだから!!!」
ぱぁんっ!!
ライデンの周りに光が弾けた。剥離された黒い装甲が、カクテルライトに照らされ、ライデンを一瞬光に包んだ。
「アーマーブレイクだと!?」
フェイ=イェンの一瞬の隙をついて、ライデンが前ダッシュで距離を詰める。バズーカを振り上げ、そのままフェイ=イェンに叩きつけた。
「ぐわっ!!」
ダウンしたフェイ=イェンにしゃがみバズーカで追い討ちを入れ、距離を離す。
「!!!」
ライデンのスピードに一郎は目をむいた。速い。とにかく速いのだ。こんなに速いライデンはお目に掛かったことがない。
その間にも、アリッサは電磁ボムを撒いてフェイ=イェンの動きを制限する。その動きに、弓月は翻弄され始めた。
アリッサの操るライデンの動きは、これまでのライデンの概念を覆すには十分過ぎるものだった。かつてOMGにおいて特殊重戦闘VR大隊のピエゾ・バイモルフがアーマーブレイクを初めて実現させてから8年。Pパイロットの中には対戦を盛り上げる為、あえてアーマーブレイクを行う者はいたが、それを効果的な戦術として組み込んだ者がいたかというと、それもまた疑問詞が残る。
だが、アリッサのこの行為は、明らかに「敵を倒す」為に行われている。
一郎はこの時、かつて大いなる伝説を築いたライデンという機体に、改めて敬意と畏怖の念を抱いたのである。
違う。何かが違う。どこが、と言われると返答に困るが何かが違う。
真理子・Kのフェイ=イェンが何かに捕り憑かれたかの様な動きを見せ始めた。
動きに全く無駄がなく、先程は違ってオールラウンドな距離で攻撃を仕掛けてくるようになったのだ。特に洋和には遠距離で、淳には近距離で、というようにはっきりと相手に合わせて戦い方を変えている。
「ひっついてくんなよな。本当に!!」
グリス=ボックはどちらかというと、1発の質より量で攻めていくような機体だ。近接を仕掛けられると分が悪い。バルカンで距離を置き、ミサイルやナパームで相手の動きを制限して、サイファーが距離を詰めて得意の近接を仕掛ける。
「ねぇねぇお兄ちゃん、もっと楽しい事して遊ぼうよ」
ハイパーモードで追い詰められているにもかかわらず、真理子・Kの動きは衰えるどころかその性能を飛躍的に高めている。
それは彼女が「人間」ではなく、VRに乗る為に作られた存在「マシンチャイルド」であることに所以する。
OMGの時代、DN社の傘下によって開発されたマシンチャイルドは大量に配備され、有人機の突入が困難な地域へ大量に送られていた。
しかし、OMG終結後、生き残った「彼ら」の「人権」を巡り、有力なオーバーロードを後ろ盾につけたマシンチャイルド達が、DN社を相手取り一斉に裁判を起こすと言う事件があった。
事態を重く見た各企業国家の最高幹部会は、DN社にマシンチャイルド達への最低限の生活保障を与え、今後のマシンチャイルドの製作の一切を禁止する判決を下した。
当時のDN社はそれに告訴する力は当然なく、甘んじて受け入れるしか道はなかった。
製作に関連する資料は全て回収され、厳重なセキュリティの下、現在では最高のセキュリティ技術を持つBlau Stellarのマザーコンピュータに封印されたのだ。
だが、この技術の一部がrn社へ、そしてDN社やrn社を離れた技術者の一部がO.D.A.へと流れ、今回の開戦へ向けて、大量のマシンチャイルドが製作された。
完成したマシンチャイルドの中には、聖域をたった一人で壊滅状態へ追い込んだ「ホワイトリリス」を始めとする傑作を生み、その傍ら普通の人間と何ら変わらない能力しか持たない者も生んだ。
真理子・Kもまた、マシンチャイルドとしては「不適正」の烙印を押されているのである。
だが、彼女には製作の段階ではプログラムされていなかった能力が秘められていた。どんな機体に乗せても一般人程度の能力しか発揮出来なかったのだが、フェイ=イェンが1度ハイパー化すると、彼女もまたそれに引きずられるようにして、隠された能力を発揮し始めたのだ。
それに目をつけたのがMeister Oである。「失敗作」として処分されるはずだった真理子・Kを再度訓練させ、彼女の能力を充分に引き出すことの出来る特別なOSを開発させた。
ハイパー化することにより、それに連動して擬似バーチャロン現象を起こさせるのである。
周知の事実だが、バーチャロン現象は、適性があって初めてその効果が最大に発揮されるのだ。Vコンバーター開発当初は適性がなく「取り込まれ」た者が後を断たなかった。
彼女に適性がない訳ではない。しかし、強引なマインドシフトを続けた反動の先にあるものは「発狂」である。
真理子・Kの異変に先に気づいたのは淳だった。
VRにはそれぞれ独特の「空気」と言う物がある。それが時間が経つにつれ、異質な物に変わっていったのだ。
「くそっ…… 止むを得ないか……」
確かに人命は大事だ。しかし、それは自分達が大前提であって、その次に他人、と彼は考えている。それが彼に「冷血漢」と言う印象を与えててしまっているのかもしれない。
だが、彼の考えは戦場で生き残るにはもっとも最適な考えだ。平和に慣れ切ってしまった人間には、それが理解出来ないだけである。
「染谷さん、本気出さないと、俺達がまずいですよ」
なかなか当たらないミサイルを発射しながら、淳は洋和に呼びかける。
「本気? 水無月君、それで本気なの?」
洋和が返した返答は、淳が予想していたものとは全く異なっていた。
「本気なの?…って、染谷さんは本気じゃないんですか?」
「確かに、本気出さないとまずいよね。でも、その本気がどこまで本気なのかは、人によって違うと思わない?」
いろいろ言われているけど、この人はやはり「マシンチャイルド」なんだ。淳は改めてそう思った。今だって、この人が全力を出しているとは思えない。ほんの少しだけこの人が「本気」を出せば、それこそ目の前の敵など相手にならないのかもしれない。
「君がやらないのなら、俺がやるよ」
しばらくよろしくと、洋和はフェイ=イェンとの距離を大きく離し、徹底的な回避に出た。
「やっぱり貴方は怖い人だ」
「何のこと?」
「おいしい所は今日は貴方に譲ります。いつかこの借りは返してもらいますけどね!」
淳のダブルナパームが火を吹いた。洋和はそれを見て、愛機を上空へと飛翔させていった。
「SLCで特攻しろ。真正面からな」
「真正面!? そんな無茶な! サイファーのSLCは無敵じゃないんですよ!?」
冗談じゃないとばかりに声を張り上げる尚貴。一郎ならともかく、自分ではデスモードのスペシネフに向かってSLCで突っ込むことなんか出来ない。
「んなこたぁ判ってるよ」
「判ってるんなら……」
「人の話は最後まで聞きなさい。
お前がSLCで突っ込んでくれば、やつは確定でターボ鎌を出してくる。そこが狙い目だ」
「?????」
「いーから! お喋りは終わりだ!
勝ちに行くぞ」
哲の声に、核心のない勝利を感じた尚貴は、言われるままに上空へ飛び上がった。そして、空中前ダッシュからモータースラッシャーへと変形、青白いオーラと火花を飛び散らせながらSLCダイブ!!
「SLCなんぞでこの俺が倒せるとでも思っているのか!?」
マイスナーは残された渾身の力をこめてサイズを振り下ろした。これまでにないエネルギーの衝撃波が襲いかかる。
ターボサイズとモータースラッシャーが触れ合う寸前、尚貴は機体を左へ急旋回させた。
「何ぃっ!? おのれ虫けらめがぁっっ!!」
マイスナーの眼前にはドリル特攻をかけてきた真っ赤なドルドレイが。
デスモードのカウントが0になった瞬間、スペシネフの細い機体をドリルが貫いた。
「なんだと…… Aliceによって裁かれるべき人間が…… 何故……」
デスモードを発動させた代償は「自壊」。スペシネフはその存在を消滅させていきながらも、懸命に立ち上がろうとしていた。
「何故だ……」
決して無傷ではない哲だったが、消え行くスペシネフを見つめ、こう呟いた。
「人間は、誰かによって裁かれるべき存在なんかじゃない。誰かに支配されるべきでもない。
人間は、いつでも自由でいなければならないんだ」
立ち上がろうとして、がくりとひざを落とすスペシネフ。
それを見つめる3つの影。
「こいつは、もう『使えない』な。恋……」
「しゃーないわ。プログラム作動、7315番は『回収』する」
「了解。回収プログラム作動。回収後『礎』に固定します」
少女がキーボードを叩く。
「恋、仕方ないよな……」
「仕方ない?」
その声は笑っていた。
「己が弱いのが悪いんや。俺の部下に弱いヤツはいらん」
SLCで全エネルギーを使いきったサイファーは、モータースラッシャー状態を解除しながら信じられない光景を見た。
スペシネフのクリスタル板が強い光を発したかと思うと、その姿が少しずつ希薄になっていった。
「なんじゃこりゃ……」
VRが消える。爆発炎上する様はCGで何度も見たことがあるが、存在自体が消えるというのは初めて見た。
姿が消えると言う感じではない。パイロット諸共、存在全てが消えて行く感覚があった。まるで、魂の存在までをも消されてしまうような。
「大丈夫かー?」
哲からの通信で、現実に戻る。
「あ…はい、お陰様で……」
「他の奴らも心配だ。俺は一郎の所に行く」
「あ! 哲さんずるい!」
哲の後を追おうと態勢を立て直した。
先ほどの場所に目をやると、そこにスペシネフの姿はもうなくなっていた。跡形もなく。
魂をもひねり潰されたような、そんな感覚を覚えた。
ライデンの見事な動きに、一郎はただただ目を奪われていた。
かつて沢山のライデン使いと出会ってきたが、ここまでの動きは今だかつて見たことがない。
もともとそれほど被弾している感じはなかったが、アーマーブレイクしてからの動きは本当に見事であった。確かに、アーマーブレイク後の被弾はライデンにとって命取りになり、必然的に距離を取って戦う場合が多いのだが、彼女はおとなしい性格が嘘の様に積極的に戦っている。
「一郎ー!」
「一郎さーん!!」
視線の先には見慣れたドルドレイと、Vアーマーをほとんど削られたサイファーが。
「どやー!? 首尾はー? 上々かー?」
「上々でーす!!」
長時間ホバリングが出来ないドルドレイは戦いの邪魔にならない程度に場所に着地し、サイファーはしばしバイパーUと上空に漂っていた。
「……にしても派手にやられたなぁ」
「こっちだって大変だったんですから」
「デスモードだよ」
哲は先ほどの戦いを掻い摘んで一郎に説明した。一郎も、アリッサのアグレッシブな戦いを絶賛するのである。
モニタースクリーンで戦いの様子を見ている3人だが、背後のエリアで大きな爆発音を耳にした。
海を挟んだ向こう側が、炎に包まれていた。
「あはははは。何の真似よ。そんなので僕が倒せるとでも思ってるの!?」
シールド残量が殆ど無いはずのフェイ=イェン。その右手のリボン状のエネルギーがサイファーを捕らえている。
先程の爆発は、とらわれたサイファーを救おうと、グリス=ボックが放った大型ミサイルによる物だった。
「そんなに助けたければ…… そらっ!」
リボンを手繰り寄せてその勢いでサイファーを放り投げる。抵抗出来ないサイファーは、そのままグリス=ボックと激突した。
「みっともないわね。このまま死んでちょうだいよ。
最も、あんた達の魂がAliceによって選ばれる訳無いと思うけどね」
フェイ=イェンが全エネルギーをに集中させた。全てのエネルギーを注ぎ込んだハートビームが2機に向かって放たれる。
刹那、淳のグリス=ボックがすさまじいエネルギーを発生させた。一か八か、己の全てをこの一瞬に懸け、フェイ=イェンの放ったハートビームに向かっていく。
「なっ…… 自殺する気!?」
避ければハートビームはサイファーに当たってしまう。それだけは避けなければならない。
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
通常の倍以上の大きさはあろうかというハートビームに向かって突進するグリス=ボック。機体全体からオーラを発し、ハートビームを全身で受け止めようとする。そして洋和は、淳のとった行動の真意を汲み取り、残された力で空中前ダッシュに移行した。
ハートビームとグリス=ボックの姿が重なる。
ぱぁんっ!
ショックでグリス=ボックが弾き飛ばされた。しかし、ハートビームもグリス=ボックのオーラにより、弾けたシャボン玉のようにこなごなに砕け散った。
「そんな……」
渾身の力をこめた1発だったのに。真理子はこの光景を目の当たりにし、あまりにも大きすぎるショックを受けた。ショックのあまり、次の行動にも移せず、洋和が自分に向かってきていることすら判らなかった。
ようやく自分を取り戻したのは、洋和が放った空中前ダッシュ近接がヒットし、フェイ=イェンが後ろに倒れこむ瞬間だった。
そして、彼女はおぼろげながら、自分の「死」を感じていた。
−そういえば、お父さんとお母さんも事故で……
いいや、違う。事故なんかじゃない。私をかばう為に……
お父さん、お母さん。もうすぐそっちに……
彼女の思考はそこで途切れた。テイルフランジャーやカメラアイ部分のクリスタル板が強く輝き、やがて機体がその姿を消して行く。まるで、空気に溶け込んでしまうかのように。
洋和と淳に見守られ、真理子・Kとフェイ=イェンは完全に消滅した。
マイスナーのスペシネフ、真理子・Kのフェイ=イェンが消滅した。
弓月はアリッサとの戦いの中で、僚機の消滅をはっきりと感じ取っていた。
「くそったれが!!」
誰に発せられたのだろうか。彼らを倒したBlau Stellarか、それとも戦いに敗れた仲間だろうか。
しかし、このままでは自分の方が圧倒的に不利である。やむなく、弓月は機体転送プログラムを発動させた。態勢を立て直し、再戦すれば、自分達が負けることはないだろう。
食い下がるアリッサを振り払い、足元にヤガランデ・アイを出現させた。開かれた目に吸いこまれるように、フェイ=イェンの姿が地中へと消えて行く。
その場に残されたのは、アリッサと、少し離れた所に哲、上空に一郎と尚貴。洋和と淳は先ほどの場所から今だ動けずにいる。
突然の敵の消滅に、皆が言葉を失った。互いを見合わせ、とりあえず無事を確認する。
「敵はいなくなったようだな。皆お疲れ。キャリアーでとりあえず帰ってきてください」
緒方の無線にも、いまいち実感がない。
「一郎さん」
「あん?」
「これって、一応勝ったことになるのかな?」
「せやな〜。まぁ、えぇんちゃう?」
スクリーンのワイプを通して笑い合う。
「んじゃ、そろそろ帰りますか」
哲もワイプで乱入した。
「そーいやあと2人は?」
「何とか生きてますよ」
「こっちもです」
「ほな、全員無事っちゅーことやな」
自力で動ける4人は各自自分で、中破の2機は回収班に助けられ、それぞれキャリアーに帰還した。
とりあえず、初戦はBlau Stellarの勝利で幕を閉じた。
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表の世界の、ずっと、ずっと、ずっと奥。
限りなく電脳虚数空間に近い世界。
モノトーンのフェイ=イェンが1機、ハンガーに固定されている。それを見下ろす管制室には、ピンクの髪の持ち主Königin
Rと、彼女に付き添うKavalier Sの姿が有る。少し離れた所にはKlosterfrauが座っているだけだ。他には誰もいない。
「それで、お前はおめおめ逃げ帰ってきた訳か?」
「逃げてきたんじゃない! ヤツらとまた戦う為に……」
「俺はあの時言うたはずや。負けても文句は言わん。全力で戦って負けたのなら、その分は俺がきっちりかたをつける。だが、敵前逃亡だけは認めんとな」
「だから……」
「理由は何であれ、ここに戻ることが出来るのは戦いの勝者のみ。敗者に用はない」
冷たく、冷酷な判決が、Königinの口から下される。
「1度でいい。必ずヤツらに……」
「329番機は回収。回収後、『礎』に固定しろ」
「あら、いいんですの? 貴方のお気に入りの一人じゃなくて?」
「俺の部下に、弱いヤツは必要ない」
「まぁ。それではプログラム作動。回収後『礎』に固定します」
Klosterfrauが手馴れた手つきでキーボードを叩いた。
「Königin!!」
弓月はモニター越しに管制室を睨み付けた。彼女に気に入られる為ならどんな事だってやってきた。それがO.D.A.で生き残る為に必要なことだからだ。それこそ、己のプライドを捨ててまで、Königinの為に尽くしてきたのだ。
それが、こんなに簡単に切り捨てられてしまうのか。
それだったら、先ほどの戦闘で消滅したマイスナーや真理子の方が、殉死と言うことで称えられると言うのか。
自分は負け犬扱いで、使い捨てのように己の存在すら否定されてしまうと言うのか。
「くそったれが!!」
コックピットにイジェクトをかけようとして、彼は異変に気づく。
自分の存在が、希薄になっているのだ。自分自身だけではない。機体そのものも、そして、己の意識すらも消え去ってしまう感覚が、弓月を襲う。
「貴様ぁっ! これがお前らのやり方とでも言うんか!!」
モニターの先の主「だった人間」は、座っていたシートから降り、傍らにいたKavalierに身体を預けた。背中に手を回し、首筋から漂う香りを楽しんだ後、一瞬だけその視線をフェイ=イェンに向けた。
哀れんでいる訳でもなく、敗北に怒っている訳でもなく。感情のない視線がただ送られているだけだ。
そして、Rの表情が、「弓月司」が最期に見た物だった。
砂時計の砂が落ちきったような光と共に、全てが消え去った。
「私の用事はこれで終わりですわね」
Klosterfrauが足早に席を立つ。
「すまない。手間を取らせたな」
KavalierがKöniginの相手をしながらも、Klosterfrauに対して礼を述べた。
彼女は、Kavalierの父親違いの妹なのだ。無碍に出来るはずもない。
「ごきげんよう」
2人の方を振り返らずに、Klosterfrauは管制室を出た。
残されたのはKöniginとKavalierだけ。ドアの閉まるエアーの音を確認すると、Königinは自分の唇をKavalierのそれに押し当てた。僅かに開かれた歯の間から、舌を差し入れる。
どちらの物ともつかない唾液が、Königinの唇から零れ落ちた。
長い口付けのあと、ようやく2人の唇が離れる。Kavalierを見るKöniginの眼は、先ほどの無感情な色は既に消えうせていた。
「シーラ……」
背中に回した腕に力をこめ、全身をKavalierに押しつける。熱を帯びた身体が、KavalierのKöniginに対する愛おしさをさらに高めさせる。
やれやれといった表情をKavalierは浮かべるが、彼は己の仕える女王が要求してくる物は全て叶えてやりたいと思っている。それが自分の存在意義であり、自分自身の義務であるからだ。
「じゃぁ、今日はもう上がろうな」
Königinの、柔らかくきめの細かい頬に口付けると、Kavalierはその身体を抱き寄せた。
2人の姿はノイズとなって、その場から消え去った。
その外では、Klosterfrauがミントスモークの青白い煙を、形のよい唇から吐き出していた。
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フローティングキャリアーMYK−3434。先ほどまで激戦を繰り広げていた隊員達は、ここで疲れを癒している。
真っ先に降り立ったのがアリッサだった。いつものおっとり具合が嘘の様に走り回り、ライデンのメンテナンスに取りかかった。特に彼女自身に怪我はなく、あったとしても、自分よりライデンを優先させるだろう。
その反対に、グリス=ボックで無茶とも言える特攻をかけた水無月淳。身体的にはこれと言った負傷は認められなかったが、オーバーフローによる精神的負担が大きかった。染谷洋和と共に、その場で当面の絶対安静が言い渡された(と言っても、それほど大袈裟ではないのだが)。
あとの3人は機体にはそれなりの損傷はあったものの、本人達に怪我などはなく、特に初陣を勝利出飾った高森尚貴は手荒い祝福を受けた。
「皆、お疲れさん」
キャリアーの司令室から緒方が出てきた。香織里や友紀も一緒だ。
「さすがにあの程度じゃ話にならない?」
「それなりには楽しめたけどな」
一郎と哲が笑い会う。さすがは歴戦の兵だ。
「さすがに骨はあったね。そうじゃないと面白くないけど」
早速煙草に手を出す二人。やはり戦いの後の一服は格別に旨い。
「おーおー、早速のお帰りかー」
「お疲れさまー」
今回は待機だった藤崎賢一と飯田成一が出迎える。拳と拳をぶつけ合い、互いをねぎらった。
「次はお前らやな。みっともないバトルしたらただじゃおかへんぞ」
「何言うてんねん。するか、そんなもん」
藤崎は次の戦いに自信まんまんだ。何も言わないが、成一も次に向けて考える所があるらしい。
「今日はゆっくり休んでくれ。
RODと成一は、次頼んだぞ」
足早に緒方は姿を消した。
「忙しいんやな、おがっち」
「誰かさんとは違うからね〜」
友紀の一言に、いちいちむくれる一郎だが、こればっかりは仕方ない。
「一郎さーん、先上がりまーす」
千羽矢に引っ張られる形で、尚貴が自分のルームに引っ込んだ。
「おう! お疲れ! よく頑張ったな!!」
「お疲れ様」
一郎は、自分が発掘した新人は、絶対に間違いないと思った。その自信は、確信へと少し近づいた。
表の世界の、ずっと、ずっと、ずっと奥。
限りなく電脳虚数空間に近い世界。
それよりさらに深い場所。
そこはただ真っ暗な空間だった。空間の中央に、青白い小さな光が見えるだけである。
いや、それは決して小さな光ではない。光の正体はクリスタルだ。大きさは2mほどはあろうか。
この空間があまりに広すぎるせいで、クリスタルの大きさも相殺されてしまう。
クリスタルの表面は見事に磨かれており、その中には一糸まとわぬ少女の姿が映し出されていた。
少女の姿は、映像にしてはあまりにもリアル過ぎた。青白いクリスタルを通しても、絹糸のように美しい金色の髪、きめの整った素肌までも認識することが出来る。少女期を抜け出し、大人の女性へ変化を迎えようとする体躯も、全てがリアルに映った。
本当に映像なのだろうか。その体躯には肉感が感じられ、今すぐにでも閉じられた瞳が開かれようとしている。
そして、このクリスタルも異質さを感じさせた。中には時折気泡のような泡を発し、その表面も時折波打っている。
少女の胸の鼓動によって、その表面が波打ち、少女の呼吸に合わせて、小さな気泡がその姿を現しているのだ。
何より、このクリスタルを支えている物は何もない。重力があるのかないのかも、この空間では確認することが出来ない。
やがて小さな光が現れた。広すぎる空間なので、気をつけなければ見落としてしまうほどの小さな光だ。
それが3つ。
光は闇に吸いこまれるように消えた。
光の消えた場所から、真っ赤な「目」が現れた。ヤガランデ・アイなのだろうか。形は酷く歪み、かろうじてそれが「目」であることだけが認識出来た。
だが、酷く歪んで現れたのはその一つだけだった。もう一つは比較的形が残り、もう一つははっきりとヤガランデ・アイであることが判った。
広すぎる空間に、たった3つだけ現れた「目」では、この空間を埋め尽くすことは出来ない。
もし、この空間の全てが「目」で埋め尽くされた時、初めて少女が目覚めるのなら、きっと今少女はこう望んでいるだろう。
『私の為に、もっと美しく、強く、高貴な魂を……
この世界が嘆き、悲しみ、心を閉ざしてしまう前に……
私の声を聞く者よ。私を早く目覚めさせて……
大地も、月も、星も、私の為に……』
「Aliceよ、この星に住む魂を、貴方の望むだけ、貴方に捧げよう。
私は、いつかこの朽ち果てるだけの身体を捨て、永遠に果てることない存在となり、その全てを貴方の物とすることを誓おう。
全ての民を貴方に捧げても、私は貴方を目覚めさせることを、ここに誓う……」