「貴方は私の大切な・・・・・・」


 目が覚めた。朝だ。
 眩しい・・・・といっても朝日が差すわけではない。
 照明が部屋を明るく照らしている。ここは月なのだから・・・・。
 ・・・・立ち上げたコンピュ−タ−のように二人の意識が起動する。
「おはよぉ〜」
 頭の中で声が響く。そしていつもの様に返事をする。
「うん・・・・おはよ、水稀」

 必要最低限以外何も置いていない部屋から出て、キッチンに行く。人々の生活水準は旧暦からさして変わっていないが、ここには必要以上に機械がある。
「おはよう、葵、水稀」
 姉・・・・が声をかけてくる。同時に片方の精神が体を離れ、キッチンに人の姿を形づくる。実体化システムを起動させたのだ。
「今日の仕事は・・・・」
 姉がデータを見てしゃべり始める。他愛の無い、いつも通りの光景。でも葵にはそれが何となく嬉しく思える。
「だから今日は一日中PCの前なのよ・・・・」

 ここはDN社月面自社整備区画第90号内研究施設の居住区域。かつてこの一帯には巨大な遺跡と人智を超える結晶体が眠っていた。それがOMGによって破壊されてからはや7年。そしてその立役者となったVR、皮肉にもここはその研究機関だった。まるで征服した領土の様に・・・・。

「・・・・なの。じゃあ、今日もよろしくね・・・・って葵?」
「葵?・・・・ねぇ、起きてる?」
「・・・・・・」
「お〜い?・・・・あ・お・い〜っつ!!」
「え? 何何何?」
「何って・・・・聞いてた?」
「???」
「聞いてなかったんだ」
「聞いてなかったのね」
「いや、だから何?」
「疲れてるの? 今日は休む?」
「・・・・何かよくわかんないけど・・・・聞いてたって何のコト?」
「・・・・ねぇ水稀・・・何だっけ?」
「・・・・ダメじゃん・・・・」
「・・・・何の話?」
「仕事よ、し・ご・と
「・・・・なんか押しつけられそうな予感が・・・・」
「何〜!?」
「・・・・なんでもないです」
「葵、水稀、もう出るよ?」
「え゛?早いって・・・・×2」

「・・・・ま、いつものコトだけどね・・・・」
 ・・・・でも、こんな日常がずっと続くといいな・・・・。
 朝の夢・・・・何だったんだろう?
「・・・・やな夢・・・・」

 DN社月面自社整備区画第90号内研究区域、ここでは世界中の技術者が考案した理論、技術をVRに応用するための研究がなされている。特に、DNA所属の著名な研究者達が秘密裏に訪れて自らの理論を試作機にするという形で実践されていた。無論、そういった研究者だけではここの管理は成り立たない。そのために常任の研究者が居住区域で生活している。
 姉・・・・エレクトラ・レイヴもその一人だった。DN社有数のいわゆる『お嬢様』でありながら自らVR研究に関与し、何不自由の無い親元から離れて生活している。決して両親と不仲なわけではない。何より、この直属研究所への研究要請はDN社首脳陣・・・・平たく言えば両親達からのものがほとんどで、わざわざ自分達が通達に出張るほど彼女を溺愛しているのである。もっとも、いわゆる変わったキャラクターな両親なのであるが・・・・。
 彼女がここにいる理由は二つ。VR研究と二人の・・・・。


「でも・・・・ほんっと上層部って無理難題を押しつけるんだから・・・・」
「エレクトラ・・・・愚痴ってないで仕事しよーよ」
「あとちょっとで終わるんだからさぁ・・・・」
「そういう水稀もダレてるって・・・・早く終わらせてゲ−セン行こうよ」
「あら、一人分の仕事を三人でやってるんだもの、少しぐらい休んだって平気よ、葵」
「その一人分がとんでもないから愚痴ってたくせに・・・・」
「あら、お仕事の追加が・・・・」
「あ゛ぁ〜バーチャロンとビーマニが〜・・・・」
「だから早く終わらそうって言ったのに・・・・」
「まあ、そんなにたいした仕事じゃなさそうだし・・・・」
「何の仕事?」
「今来てる研究者リストの発送」
「???・・・・DN社本部で把握されてるはずなのに・・・・何か怪しくない?」
「二人ともちょっと離れて」
 葵の周囲にウィンドウが展開され、外部接続ネットワ−クのデ−タが写し出される。
「・・・・逆探かけてみたけどDNからじゃないよ、特定は無理だけど」
「ここのシステムに介入するなんて・・・・」
「どうせちょっと腕のいいどっかのイタズラ好きダメ人間でしょ?」
「誰だか知らんけどそこまで言っちゃあ・・・・」
「でも、けっこう悪質だから別にいいよ」
「・・・・ま、何にせよ仕事も終わったことだし」
「そうそう」
「二人とも行くわよ」
「は?速いって・・・・×2」
「だってもう解決したんでしょう?」
「・・・・・・」

 夜、何の変哲も無い日だったと誰もが思っていた。水稀と葵も遊び疲れて寝ていた。
 ・・・・かすかな爆音が聞こえ、目を覚ます。下に行って電源を入れるのが面倒だったため、腕輪の力を使って水稀が実体化する。
「葵・・・・ちょっと・・・・かな〜りヤバイかなぁ・・・・?」
 窓を開けながら水稀が言う。
「救援要請も来てるしね・・・・、エレクトラの位置、サ−チ出来る?」
「・・・・もう研究所ね・・・・」
「・・・・行動が迅速ですね・・・・」
「いつものことだけどね・・・・行こっか・・・・」
「いいけどどうやって?」
「あ゛・・・・・・」

「人のシェルタ−収容は終わってるわ」
「さっすがエレクトラ、迅いわね〜」
「あの・・・・水稀さん・・・・回線開きながらだと非常〜に走りにくいんですけど・・・・」
「もう着くんだからつべこべ言わないの!」
 格納庫に走り込むと同時にPCとリンクし、研究所の周囲の周囲をサーチする。
「どう? 水稀・・・・はぁ? ODA? 政府開発援助?」
「葵、ふざけてる場合じゃないって・・・・」
「この装備と機体数だと、結構大きい組織ね」
「でなきゃこんなコトになってないって」
 既に防衛用VRは半壊、他の区画との連絡回線もかなりが沈黙していた。
「少しぐらい抵抗しなきゃ」
「っていうかボコボコに返り討ち?」
「ま、できればね」
「テムジン×3、ライデン、スペ、エンジェ、フェイがそれぞれ×1くらいかな?」
「ノルマ約4機ってとこだね、行くよ水稀」
「EもFも試作機なのよ、あまり無理をしないでね」
「CYPHER−F起動します、先行くよ!」
「同じくVIPER−E発進!」


「テムジン3機は私が何とかするわ、葵と水稀はあそこにいらっしゃるエンジェを」
「・・・・いらっしゃるって・・・・やっぱ双龍先生だから・・・・?」
「っていうかそのままフェイ、ライデンね」
 テムジン隊が近接を仕掛けようと接近してくる。
「行くよ水稀、散開っ!・・・・っても2機だけど」
 と同時に低空前ダッシュホ−ミングを放って一機を転倒させる。
「そう簡単に捕まらないわよ」
 バイパーは斜め後ダッシュで距離を離し、7wayを放つ。
「そこでおとなしくしてなさい!」
 7wayが一機にHIT、同時に先端の爪が機体に食い込み、重力磁場を展開してその場に固定する。
「これで一対一、これでもB-ライセンス持ってるんだから」
 近接をクイックステップでかわし、ソードを展開してそのまま上昇する。
「SLCソードっ!」
 ソードを突き出したまま無敵で特攻するバイパー。テムジンはSLCよりむしろソードに驚いて硬直する。
「HIT☆」
 ソードがテムジンの腹部を貫き、そのままSLCで薙ぎ倒す。あっという間にシ−ルドが0%になったテムジンはそこで頓挫する。
 その時、葵が転倒させたテムジンがライフルをかまえて突っ込んでくる。
「甘いっ!」
 スパイラルショットをかわし、もう一度ホーミングビームを当てる。
「あら?・・・・あまり強い人じゃなかったみたいね」
 起き上がり、再度突っ込んでくるテムジンにモードを切り替えた7wayを放つ。
 一発がHITし、テムジンはメロメロ状態になって機能停止する。
「あと一体は・・・・と」
 残る一機の場所を見ると、動きを封じられているはずのテムジンの姿が無い。
「!」
 後から斬りかかられるが、間一髪ガ−ドが間に合う。
「もう回復したの? デ−タじゃ・・・・ってきゃあっ!」
 真後からタ−ボサイズが飛来する。さすがにこれは回避できず、装甲を剥離させながら派手に吹っ飛ぶ。
「・・・・つっ・・・・」
 転倒した時のショックでエレクトラの意識は薄れていった・・・・。

「・・・・エンジェ、フェイまでは楽に倒したくせに・・・・」
「あ゛〜もう、カタイのキライっ!」
「あ!葵、あと30秒でフェイが動けるようになっちゃう!」
「ネット何とかしてよ〜」
「はぁ・・しょうがないなぁ・・・・」
 サーチ対象をライデンに変更し、CWを射出する瞬間を機体の制動から読み取る。
「今っ!」
 頭の中に響く声を頼りに空中ダッシュ近接でライデンを吹っ飛ばす。
「あとレーザー一発っ☆」
「まって! フェイが・・・・」
「え゛!? もう?」
「今のうちにトドメ刺しちゃえ♪」
 ダッシュ近接CWでフェイを上空に飛ばす。重力が地球の8分の1ため脚が凍ったまま上空に舞うフェイに向かって、片足でスケートの様にターンしそのまま飛び上がる。
 起き上がったライデンの肩が光るが上昇するサイファーのスピードに追いつくはずもなく、足元をレーザーが疾る。
「これで残りのシールド削り取れー!」
 フェイをレーザーに叩き落とす。レーザーでシールドが0%になったフェイは地面に叩きつけられた衝撃で頭が吹っ飛ぶ。
 その残骸をサマーソルトでライデンに向かって蹴り飛ばし、背後に回る。ダッシュで逃げようとするライデンにクイックステップ近接を当てて沈める。
「エレクトラが! 急いで葵!」
「わかってる、スペをロックオンして!」
 低空ダッシュで近づき、レ−ザ−をスペの横に撃つ。多くの人がとっさの回避に横ダッシュを選ぶ例にもれず、驚いたスペが広い方の空間・・・・レーザーの走った方にダッシュし、光りに巻き込まれる。
 レーザーはそのままテムジンとバイパーの間を走り、テムジンのサーベルを弾き飛ばす。
「もう一発っ!」
 攻撃手段をなくして慌てるテムジンにレーザーがクリーンヒットし、飛ばされたテムジンのサーベルはバイパーに当たり、その衝撃でひっくり返ってエレクトラは目を覚ます。
「はにゃ〜って、ええ!?」
 テムジンが転がってきたのに驚いて思わず操縦桿を握り締める。バイパーは横に動いてテムジンをかわし、代わりに起き上がったばかりのスペがテムジンともつれあう。
「まだ・・・・動くわね!」
 とっさに7wayのモードを切り替え、システムの全エネルギー係数をつぎこむ。
「最後の一発、E−motion!!」
 虹色の光りを放つ7wayが放たれ、スペもその一撃で沈黙する。
「大丈夫?」
「二人ともありがとう、葵、Eを連れて一旦研究所に戻って」
「敵の増援が来る前に応急処置もしなきゃいけないしね」

「とりあえず救援要請は出しておいたけど・・・・たぶんムダね・・・・」
「重要デ−タは全部本部に送ってここのは削除した、他の試作機も潰しておいたよ」
「二人ともお疲れ様」
「エレクトラこそ大丈夫?」
「えぇ、何とか」
「そう・・・・」
「これで少しは研究者が避難する時間も稼げたわね・・・・」
「うん・・・・」
 ・・・・夢・・・・か。またヤな予感当たっちゃったな・・・・。
「葵、ODAの目的は月の占拠ね。他のプラントもやられてるみたいだし」
「おそらくここの技術と研究者が狙いって方向だろうね」
「何で?」
「昼間のリストの仕事」
「そっか・・・・あれ、今誰がいるかのチェックだったんだ・・・・」
「たぶん、有名な研究者・・・・それとその技術・・・・試作機の安全確保だろーね」
「ここも直接は攻撃されていないみたいだし・・・・・・」
「そういうコト」
「・・・・・・・・葵、水稀、地球に行く気はない?」
「???」
「最近アースクリスタルの方でもVクリスタル質の回収が始まったの。きっと、あのクリスタルが現れるはずよ」
「・・・・エレクトラは?」
「私はもうちょっと抵抗してみようと思うの、他のところの防衛用VR隊も集結してきてるし・・・・研究者の皆さんの避難もまだ終わっていないしね・・・・」
「でも・・・・」
「あなた達には『約束』があるでしょう?彼の暴走は止めなきゃ・・・・」
「Vクリスタルに『彼』って・・・・」
「とにかく時間が無いの。葵、水稀、研究所内と違ってシステムは無いから水稀は腕輪の力で実体化するしかないし・・・・あまり力を使い過ぎないように気をつけてね」
「強制・・・・」
「だね・・・・」
「あと、体に気をつけてね・・・・それから・・・・」
「・・・・エレクトラ・・・・」
「泣いてなんかいないよ、急がなきゃ、時間が無いわよ」
「墓穴掘ってる・・・・」
「・・・・有無を言わさずだろうね・・・・ま、仕方無いか☆」
「心配だけど・・・・まあ、い〜かげん増援部隊もくるでしょ?」
「何よりもあの二人が・・・・ねぇ・・・・」
「血相変えて飛んで来てるんだろうね」
「さ、急いで」
「・・・・必ず帰ってくるから」
「そ−だね、またゲーセンでも行こっか」
「えぇ」
 サイファーのVコンバータが開く。
「ちゃんと帰ってきてね、貴方達は私の大切な家族・・・・弟と妹なんですから」
 サイファーは飛行形態に変形する。
「行ってらっしゃい」
「うん×2」
 二人が同時に返事をする。
「CYPHER−F行きます☆」


 外に飛び出すとそこには三機の影があった。
「ライデ・・・・やばっ!」
 三組のネットがサイファ−を止めようとする。
「葵!SLCFっ!!」
 サイファ−のVコンバ−タから彗星のような尾が伸び、ライデンを機能停止させネットを突き破る。
「このまま地球までGO!」
「水稀・・・・そんなことしたらエネルギー切れるって・・・・」
 サイファーは月から離れていく。バイパーはライデン三機を破壊して停止する。
「・・・・無理し過ぎたかなぁ?」
 エレクトラはハッチを開け、一応地球を見上げる。
「必ず帰ってきてね、私の大切な人達・・・・」
 地球で会えるよね・・・・そんな思いを残し、バイパ−も残存部隊との合流地点に向かう。
「これは直すの大変ねー」
 半壊したバイパ−をチェックしながら愚痴ってみる。いつもなら返ってくる突っ込みが無いのがなんだか寂しい。
「泣いてる場合じゃないよ、早く合流しなきゃ」
 そう自分で元気づけ、エレクトラとEは飛び去った。


「葵、どしたの?」
「・・・・絶対帰ってこよーね」
「当〜然☆」
「・・・・ま、とりあえずあれとODA止めなきゃね」
「何?その間は」
「いや、無事着けるかなって」
「どういう意味〜?」
「あはは〜☆」
「・・・・大丈夫よ、・・・・絶対失敗なんかしないから」
「それこそ何?その間は」
「・・・・ま、なんとかなるでしょ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・何?この沈黙は×2」
 サイファーは慣性飛行を続ける。地球の予測降下ポイントは日本と呼ばれた場所の北。
「行ってきます・・・・エレクトラ姉☆」

 ・・・・舞台は地球、そして『Blau Stellar』へ・・・・


 関連設定