ノノイくんのこと
                   松居友

 彼に出会ったのは山だった。中腹の森の中に、なかば崩れかけている一軒家があって、その貧しい家に彼はいた。
 ポリオで生まれたものだから足が小さく萎えていて、26歳になるまで一歩も家から出たことはなかった。車いすを使えば生活はできるのだけれども、貧しい山の家では無理だし、買うお金があるはずもなかった。
 学校へ行くのもあきらめた。しかし、頑張りやで勉強好きだったから、弟や妹たちから英語とタガログ語を学んだ。不自由な体だけれど、いつか世界を見てみたい。自分で仕事もしてみたいというのが、長年の大きな夢だった。
 不自由な手を駆使しながら、ギターを独学で学んでいった。絵を描くことも好きだった。
 彼の家族は、日々の食事すらままならないのだけれど、とても明るく思いやり深い。
 ぼくが初めておじゃましたとき、ノノイくんはギターを弾き、父さんも母さんも兄弟や親戚たちも、みんなで夜更けまで歌った。とてもなつかしい夜だった。うまく言えないけれども、貧しい人たちといっしょに床にすわって、葉を浮かべただけのスープとトウモロコシの粉で食事をしたり歌ったりしていると、ふっと、とてもなつかしい気持になることがある。ガラスビンに石油を入れて、丸めた新聞紙を芯にした火が、灯りとなってゆらゆら揺れて、外の闇には蛍が飛び、豊かな世界から来たぼくが言うのは不謹慎なのかも知れないけれども、それでも人肌のぬくもりに久しぶりに出会ったような、なつかしい気持になるのだった。
 キダパワン市に、今度子ども図書館を作ろうと思っている。ささやかな図書館だけれども、ミンダナオでは初めての子ども図書館になるだろう。すでにはじめている貧しい地域での読み聞かせや、家庭文庫を建設するための拠点になるところだ。あきらめずに努力すれば、いつかはかなうと信じている。
 ぼくの夢は、フィリピンの貧しい若者たちに、未来の夢やちょっとした仕事を伝えることで、図書館活動や読み聞かせ、出版活動を通して育った子どもや若者たちが、それぞれの未来に向かって羽ばたいていってくれたら良いなと思っている。
 ぼくは、ノノイくんをスタッフに入れることに決めた。今はお願いしたダバオの医療ミッション会で、3ヶ月のトレーニングをつんでいることだろう。
 山から下りる日、皆泣いた。とりわけ末の妹が泣いた。家から出るのも、町も、仕事も、彼にとっては初めての驚くべき経験なのだけれども、彼は喜びに燃えて山を下りた。