ソンディ心理学の全貌

富樫 橋

いま私たちは世紀末のまっただ中に生きている.そこで,この20世紀を牽引した時代精神を顧みると,当然3人の天才の顔とその人たちが切り開いた「19世紀を超克する3つのパラダイム」が浮かんでくる.例えば経済の構造を解明し,理想的な社会像を目指したマルクス,物質とエネルギーの変換理論を解明し,核エネルギー解放を指導したアインシュタイン,無意識を発見し,人間の心の構造を解明したフロイトというふうに.

しかし,ここで考えるべきことが2つある.1つは,彼らは全く無から有を作りだしたわけではなく,それぞれの領域----経済学や物理学,精神医学など----における文化的環境が充分に成熟し,一声叫べば林檎が落ちる状態だったのだ,という視点である.もう1つは,彼ら天才は確かにその仕事に着手し,至高の段階に到達した,だが実際にそのアイデアをさらに深化させ,完成させ,実用化するには別な天才が必要なのだ,ということである.マルクスにはレーニンが,アインシュタインにはオッペンハイマーが続いた.フロイトにはソンディがそうである.

実際,ソンディは無意識発見の歴史に少し遅れてきた.しかし彼は確実に無意識という林檎を手にし,それを磨き,フロイトの真の後継者になったのであった.彼はフロイトがやり残したことを引き受け,完全に成就させた.そして,無意識の科学を樹立しただけでなく,その先に,誰もが夢見て出来なかった運命の構造を解明し,その治療と変換の科学的方法を確立したのである.

では,どのようにして彼はフロイトが残した仕事を引き継いだのであろうか.

要約すれば,ソンディは,フロィトが1905年以来,本能と明確に区別して追求した「衝動 1)」のふるまいを研究し,次のような衝動学の全体系を完成させたのである.

彼が,多くの流派に分裂した深層心理学を統一しようと考えていたことは,フロイトの真の後継者として当然であった.彼が深層心理学研究の主流と考えた無意識の層は,フロイトの個人的無意識,ユングの集合的無意識,そして彼自身の家族的無意識の3つの層である.

それゆえ,ソンディ・テストの結果得られる前景・理論背景・実験背景の3つの人格プロフィルは,それぞれの無意識層が表現される.すなわち

の3通りの解釈が同時に実現し,了解され,説明される構造になっている.

本書は,ソンディがフロイトの遺言を完全に引き受け,延長し,無意識の遺伝学と診断・治療学を完成した事実と方法を,心理学徒やカウンセリングを学ぶ人にとって,すぐ役に立つ実用的な形で記載したものである.原稿を書くにあたって先人の訳業も充分に活用したが,重要部分は必ず原著に当たるとともに,ソンディに会って直接確かめた事項に基づき,新たな解釈を付け加えた部分も多い.

本書の各項にちりばめられているソンディの学説は,以下にあげる主要原著から得られたものである.

1996年5月15日 富樫 橋