「運命分析療法」序 言

L.Szondi

精神分析から運命分析へいたる道は,ジグムント・フロイトが死ぬ2年前にみずから指し示した一つの方向であり,既存の治療の道の必然的な延長線上にある.

「終わりある分析と終わりなき分析」(1937)のなかで,S.フロイトは精神分析の成功と不成功の病後歴を考察してつぎのように述べている.「分析にとって,外傷性の原因の方が素因的なものよりもはるかに都合のよい機会を提供してくれることは疑う余地がない.分析が偉大な業績をあげることができるのは,主として外傷的な原因が作用している場合だけであって,その外傷の適切な解決による自我の強化のおかげで,幼時期の不適当な解決を補うことができるわけである.それゆえ,ただこのような場合にのみ,分析が最終的に終了したということができる.1)

彼はさらに,分析が<終結不可能>のなかで延々と持続するいろいろな要因について答えている.

「素質的な衝動の強さと,それにたいする防衛闘争で自我が不適当に変化したことがその要因であり,それらが分析の効果をだめにするし,いつまでも分析の期間を長びかせる.前者すなわち衝動の強さは,後者の形成つまり自我の変化にも責任があるから積極的に評価しよう,という試みもなされているが,後者もまた固有の病因論を持っており,もともとこれら各要因の関係は充分に知られていないことを認めねばならない.それはやっと最近になって精神分析学的研究の対象となってきたのである.」(Bd.16,S.64.)

この重要な,しかも彼の弟子たちからほとんどまったく忘れられ,それどころかおそらく抑圧されてしまった主張にたいして,S.フロイトはつぎのような批判を付け加えている.

「私には分析家の興味が今やまったく正しくない方向に向いているように思われる.私はいかなる治療が分析によって成り立つかという問題は充分にあきらかにされたと思う.今後はそのような研究にかわって,分析的治療の前途にどんな障害が立ちふさがっているかという問いが発せられなければならない.」(Bd.16,S.65)

われわれはここでフロイト的な答えをくりかえすのである:終わりなき分析における障害は素質的なるもの,すなはち衝動障害と自我障害の病因論における遺伝的要因である.そしてこれらの障害要因は分析家たちによって研究されるべきであり,いかにして障害の影響を減少,あるいは迂回できるかという道を探求しなければならない.これでわれわれはS.フロイトの要請から出発した運命分析の,特別な目標設定と使命をすでに言葉で言い表したのである,すなわち:

運命分析は,遺伝的に規定された素質的なもの,衝動の変化と自我の変化にたいして新しい治療の道を探求したが,その方法は精神分析の古典的理論と技術に照らして,終結可能であることが判明した.

精神分析は,個人的な生活で獲得されたいわゆる<外傷的な神経症>にたいして<名人わざ>のように機能を発揮する治療処置である.しかし,ただそれだけである.

運命分析は,精神的障害の発生と原因のなかに遺伝的要因がおどろくべき役割を演じているケースに適用されるべきである.

分析的心理療法の今日の危機は,われわれの考えでは,とりわけ2つの理由から生じている.第1に,S.フロイトによる古典的技術が,単に獲得された外傷性神経症だけに限られ,遺伝的な家系の問題にも適用されることが考慮されていないという点である.ところが多くの分析家は,あらゆる遺伝性の存在を−フロイトと対照的に−問題にするところまで歩みを進めたのである.しかし遺伝的なケースは分析的なテクニックでは役に立たなかった,というのはその堅固な遺伝の壁は別の種類の衝動−自我障害に基づいているために,決して突き破ることができないからである.

第2に,精神分析の狭い領域で最近十年間に達成された技術的な修正が,すべて,フロイト的な精神分析というより,むしろ<看護婦治療 Nurse-Therapie>の性格(フエーデルン,ローゼン,ベネデッテイ,マダム・ゼチェハイェなど)を身につけているということである.こういったことは,勿論まだ耐え忍ぶことはできる.もしもそのように修正された治療が,疾患をひきおこす遺伝要因の,適切で持続する社会化に成功するのであれば.だがそれは−残念なことに−成功しないのである.

治療法としての運命分析は,すでに述べたS.フロイトの要請が研究の入門書として選ばれた.いかにして失敗した治療結果を1937年から1960年までの研究によって成功するものにしたかということが,この本のなかではじめて体系的になったのである.そしてそれは,つねに古典的精神分析と比較対照させて述べてある.

私は妻テレーゼ・ワグネル−シモン(Riehen)哲学博士の原稿校閲にたいして感謝する.私の尊敬する出版者,ハンス・フーバー氏に,この本のすばらしい出来ばえに心から感謝の念を捧げる.

チューリッヒ,1963年5月31日

L.ソンディ


訳注1)このフロイトの言葉は次の文のあとに続くものである.
「すべての神経症的障害の原因は混合的なものである.すなわち強すぎる衝動が自我統制に反抗しているか,幼時期つまり過去の外傷体験を,当時未成熟だった自我が支配できなかったためかのいずれかである.それは素因的なものと偶然的なものとの結びつきによる作用で,素因的なものが強いほど外傷は固着を生じやすく障害を残すし,外傷的なものが強いほど障害が現れる可能性は増大する.」

(訳:富樫 橋)