write 2002/11/04
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上智大学・富野由悠季監督講演
『ガンダムから君へ』レポート

全文一挙掲載Ver.


おことわり
 このレポートは2002年11月2日・上智大学学園祭で行われた富野由悠季監督講演『ガンダムから君へ』の記録です。
 管理人が「講演会でのトミーノへの感想を書き込むスレ」上でのがっくす様ご提供のmp3データをもとに、テキストに起こしたものです。聞き取りにくい部分を勝手に補足したりしたので、正確な言葉・記述ではない部分もあります。明らかに事実と異なる部分を発見された方は上記スレでご指摘いただければ幸いです。修正させていただきます。がっくす様ならびに補足して下さった全ての皆様に感謝!
(2002/11/4)

更新履歴

イベント概略
富野由悠季監督講演『ガンダムから君へ』

★本文

 (富野、会場に入る。拍手。確か、Box東中野の時と同じく富野自身も拍手していたような気が)
 えー、こんなお天気のいい日にわざわざご足労いただいてありがとうございます。ただいま紹介にあずかりましたっていう常套句を使いたいんですけれど、紹介したくないがために(会場笑)………すみません、こういう事を実行する事を慣れていないメンバーが今回無理に主催したようですので、そのへんご容赦頂きたいと思います。
 僕がガンダムの富野です(会場笑)。
 ワンパターンが嫌いな人なので、こういう入り方で構わないと思っています。
 けど本当に冗談でなくて、こんなお天気の日にわざわざ教室に来ていただいて本当にありがとうございます。本当は何か芸をしなくてはいけないんですけど、申し訳ない、監督業・演出業というものは、基本的に暗ーい生活をしておりまして、こういう形で皆さん方にお会いすることはほとんどありませんし、今回のこういうお話を承ったときに、こういう機会でないと、自分にとって作品を見てくれるという方と会うことがありませんので来ました。
 ですので今日は本当に、皆さん方のお顔を見ても、僕にもかかわらず人がこうして集まっていただいて………あの、ご婦人方がいらっしゃらないんですよ(普段は)。
 女性の方の顔が見えるんで、とっても嬉しく思っていますんで、以後よろしく(会場笑)。
 僕は今、独身です。なんてそれは嘘です(会場笑)。
 今回のノーベル科学賞を受賞した田中さんみたいに、ああいう事が言える方は本当にうらやましいなと思っていますし、そういうセンスを身につけたいと思っています。そして、そういうセンスを身につけたいと思うから、僕自身はロボットものというアニメのジャンルを選んで仕事をさせてもらってきたという事がいえます。
 本当に考えたんですよこの一週間ぐらい。ソフィア祭でこういう、芸術哲学科の学生さん達が呼んでくれるような所で話すにあたって、どうしたものかという事を………。
 ソフィア祭というのはなんなんだという事で、「ソフィア」という単語から調べるわけですよ。少なくともその「叡智」にかなうだけの話をしないと、袋だたきにあうんじゃないかと思いました(笑)。
(富野、ここでくっくっくっと一人で笑い始める。会場にも薄い笑い)
 悪口になっちゃうんですけどね、芸術哲学科の生徒がそんなもんかって、おまえらちゃんと勉強せいよ!って話をした覚えも約一ヶ月ぐらい前に、ありました。そしてその上でじゃあどういうお話を、とも思いましたけど、基本的にこういう文化祭での一コーナーというのかな、一ブロックですので、好きなことを一時間ほどお話させていただきたいと思います。
 なので、つまんなくなったなーと思ったら、出ていってください。
 外の方が気持ちいいんですから(会場笑)。
 僕もこんなお天気の日にね、暗幕のぶら下がっている教室で人の話を聞くのなんて大っ嫌いな人間なので………。
 これは本当に、真面目なお願いです。飽きたら出ていってください。授業じゃありませんので、我慢して聴く必要は全くありません。
 実を言うと、こういう事も言えます。職業柄、顔を見ていて、そうですね………一番後ろでも実を言うと見えてしまうんです。飽きた顔が見えると話したくなくなるんですよ。だからほんっとにお願いなんです。飽きたら出ていって下さい! それのほうが僕にとっても精神衛生上いいし、話を聞きたいという物好きもいるんですよ、この中には。僕のような人の話を聞きたいっていう人が。
 そういう人達の邪魔にもならないように、そっと出ていっていただけると、ありがたいと思います。ただその場合そっとでなくって、公然(注:茫然か?)と出ていくという方法もありますので、その場合には公然と出ていって欲しいんですが、立派に出ていって欲しいんです。変にコソコソというのだけはやめて頂きたい。
 そっと出ていくっていうのもコソコソと出ていくのも違うし、公然と出ていくのも違うし………ただ一つお願いがあるんです。捨て台詞の悪口を言って出ていくのはやめて下さい(会場笑)。
 それやられると、ぴたっと止まって、あと後ろ三分も持つことができなくなりますんで、できたらそれだけはご容赦いただきたいというのが、これは年寄りからのお願いです。
 ということで、さあこれからあと55分だけども、一時間目指して、頑張るぞという事で頑張りたいと思いますが、じゃあ一体何を話すのかというと、輪郭の話をしておきますと、さきほど既にちらっと言ったとおりですけど………(富野、帽子に手をかけて脱ぎかける)落語家みたいに段取り踏んでいるみたいで嫌なんだけれどもって話、解る人(いるか)?
(会場をひとしきり見まわして)
 落語の場合には、羽織を着てきたのを今みたいな話をして、脱いでたたんで、横に置く、っていうルーチンがあるわけです。落語家と同じようなルーチンワークは嫌なんですけど、やっぱり教室の中で………今でも帽子を被ったままの奴がいるけど………(帽子を被ったものに目をやり、脱いだのを見て?)はい。
 はじめに輪郭の話をしますと、さっきアニメのロボットものという言いかたをしましたけど、アニメのロボットものっていうのは、僕自身現在でもそう思っているんですけど、テレビアニメという低俗な媒体の中でも、さらに一番最下層に位置されているのジャンルがロボットものです。………っていう言い方、解りますよね?
 ましてや僕が25年ぐらい前にロボットものの専従者になって、現在皆さん方が………今、年数の話をして愕然としましたけど、25より上の人っていないんだ、ここには。(会場を見まわし)少しはいるか。ここでの一般論として、お前らの生まれる前にね、ロボットものというものはだね、という言い方になるけど、ホントに今言ったとおりに最下層のものなんです。
 おもちゃ屋の宣伝番組でしかなかった。
 だけどそれの専従者として仕事をしていってもいいな、と思いました。思っていってはっと気がついたらこの年まで続けていたって事はめでたい話だと思いますが………僕のような話を聞いたことがない人に、特別に言いますけど、何でそんなものを選んだのかという事と、選んだ上で何をしてきたかという事をちょっとお話したいと思います。
 僕のことをほとんど知らない方には言っておいた方が解りやすいんじゃないかと思いますが、僕はロボットものというジャンルのアニメとか作品は基本的に嫌いな人間です。
 嫌いな人間なんだけども、25年以上続けてやってきたという事をできたらお話したいと思います。基本的に僕はロボットアニメというものが一つのジャンルとしてあり確立していることを聞きたくない人間です。所詮それは映画とか、アニメといった映像エンターテイメントの中の一ジャンルでしかないし、ロボットという造形を使って作品を作った………所詮ロボットというのは方便であった。で、「本気でロボットものを作ろうとは思ってはいない」というちょっと逆説的な言い方をすることがあります。基本的にその考え方があった上で、二十何年ロボットの専従者でした、というキャラクターにもし興味があるようでしたら、聞いていただきたいと思いますし、今言ったところに話がきちんと落ちるかどうか、それは保証の限りではありません。なにせライブなんだし。
 こちらで予定しているレジュメがあっても、そのレジュメはソフィア際に向けての、崇高なことがいっぱい書いてありますから、それが話になるかは解らない。
 僕自身が、そういうめんどくさく話をする気もあまりないし、それも苦手なんで………そういう人の話なんで、覚悟して聞いて欲しい、という事があります。
 特にこの二、三年なんですけど、僕にとってはとても意外なんですけど、ガンダムという固有名詞が一般的に市場に………っていう嫌な言い方がありますけど、「市場」に向かっているだろうし、それはしばらくそういう事が起きるだろうという事は見当がついています。
 見当がついていた中で、ガンダムのような作品をどういう風にして思いつかれましたか、どれだけ情熱を持ってあの企画を作ったのかという聞かれ方をよくされます。
 そういう質問設定をする新聞記者とか大っ嫌いなんです。なんでこの人達はそうまで想像力がないのかなと思います。
 どういう事かといいますと、ガンダムに関しても仕事の一つとして………僕にとっては三作目になるロボットもものの一つでしかなかったんです。おもちゃ屋がいて、そのおもちゃ屋の商品のコマーシャルフィルムでしかないという面があって、だけどそれだけで作っていくのは嫌だなという事で、ガンダムという企画も考えてみたとそれだけのことで、はじめに理念ありき理想ありき自分はこういうものが作りたいからこういう風に作ったという事は基本的にない。だけどもこういう風にやってきた。
 今や「ファーストガンダム」という言い方があるんですけども、ファーストガンダムのときにそういう思いで作ったものが現在でも知っている人は知っているという形で見らられたり評価されたりというのは、これは当然ありがたい事だと思います。
 ただ、理想があってやった事ではなかった、ましてや作り手としてこういうものを作りたいのではなかった………仕事として業務としてやった事でしかなかった、という事がある訳です。
 今、問題なのは、これから皆さん方が社会人となって、また社会人にならないまでも学究の徒としてお仕事をしていった時に、よほど恵まれた人でない限り、よほど勘のいい人でない限り、よほど才能のある人でない限り、五年後十年後のテーマというものを持って生きていくなんて人はそんないないと思っています。
 それができる人は、基本的に才能を持った方だと思いますし、言ってしまえば天才だと思ってしまいます。我々絶えず毎日毎日の勉学とか、毎日の暮らしとか、結局こういう会社に入っちゃったからこういう仕事をしている、という積み重ねの中で、我々は暮らしている………普通の人、平凡な人はおそらくほとんどだと思います。
 みんながそういう暮らしをしている中での一員でしかなかった時に、我々40年ぐらい前の皮膚感覚でいいますとテレビアニメの仕事というのは税務署で認められていませんでした。だからフリーになったときに大変でした。テレビアニメの仕事をやっているという事で、申告をするわけです。仕事の内容を説明しないと税務署の職員がうんと言わないんです。
 映画を観に行った、これ必要経費だから認めてくれっていうのを説明するために、30分ぐらい時間がかかるんです。つまり職業として認められていない。それで嫌な思いをして暮らしていても、社会人として認められていなかったんですよね。職業としても認められていなかったんですよね。
 このもう二十年、自分自身が税務署に行くようなこともしていないので解りませんがそうですね、25年ぐらい前、皆さん方がお生まれになった頃ようやくフリーでテレビアニメの仕事をしていて、それも絵を描かないで演出の仕事とかシナリオの仕事をやってまして、「ああ、じゃあそれは映画屋さんの仕事とおんなじね、はい、必要経費として認めますよ」という事をなんとなく言われたのが25年ぐらい前。
 だから僕の年齢で言うと三十七、八までほんっとにめんどくさかった。という事はどういう事かというと、そういう職業しか選べなかったレベルの人間なんです。
 もうちょっとだけお勉強ができてもうちょっとだけ気が利いていたりしていたら………要するに世間に認知される職業に就いていた。だから愚かな民、愚民だと思っています。平均値以下の人間だとホントに思っています。
 そういうキャリアがある中で、テレビアニメの仕事をやっていく中で、僕なりに少しは学習したことがあるんです。その学習論というのがあるから、例えばガンダムというような作品が作れたのだと自分の中で思っている経緯があります。
 お勉強ができなくてバカな富野っていう子供が何を考えていたというと、小学校の頃に映画を観て、いつも大人っていうのは子供を本当にナメているんじゃあないのかって心底思うことがあった、という記憶があります。僕なんかの時代で言えば、テレビがないので映画を観る上でなんですけど、文部省推薦の映画だとか、子供向けの映画だとか基本的に、かくも子供をここまでナメて作るか、という不愉快感が絶えずあった訳です。小学校三、四年の頃の思い出で凄くあります。
 小学校の上級生になったときに思ったのは、ああそうか、大学出の監督や大学出のシナリオライターというのは、子供向けの映画を作るのに完全にナメて作るんだな、という事が解った。 映画を作るならこういう風に作りたくはないなと思ったのは事実です。
 その教育が実際に現場で仕事をする時に、キーワードとして、それしかありませんでした。
 もう一つあったのが、自分が成人してから………僕がファーストガンダムを企画・演出したのが三十七の時なんですけど………そういう年齢までに何を考えていたかというと、映画を見るような子供をナメているという事と、なんでこうも解りきった事を映画にするのかが解らなかった。
 映画というのはフィクションです。ですから何を作ってもいいはずなんです。何でこうまでよく解る………僕らの時代で言うと、江戸川乱歩原作の怪人二十面相とかって映画があって、その中に小林少年っていう探偵団の団長が出てくるっていう設定がある訳です。その設定構造を見てとてもナメてるなと思うわけです。子供が大人の犯人なんて捕まえられるわけがないのに、なぜ平気で子供の探偵団長を設定するのか僕には解らない。そうじゃなくて探偵だって大人の明智小五郎が出てるからいいんだと。
 話として解りきっているのが嫌なのに、子供は子供の出演する映画を観にくるだろうと思うんだろうか、という映画のセンスにほんっとに腹を立てた。
(注:「センス」ではなく「何々体質」だと思います。ちと不明)
 自分がこういう立場に立ったときに………それは25年ぐらい前の話なんですけど、子供を絶対にナメないという事を本当に心がけた、これだけなんです。他の学問や
能力という事は一切合切ありません。
 今の話だけでいきなり言うと(不明)商売が下手な奴だと思いますけど、子供の趣味性の部分とか、よく言われますけど大人として商品を打ち出していて、一点として恥じない大人というのは同列だと思っています。
 だけども銭もうけができればそれでいい。お金が入ってくればスターウォーズ作ったっていいんです、ハリー・ポッター作ったっていいんです。だけどもお前らそれでやっている仕事っていうのは(不明)だっていうのが解っているのかって具体的な作品を挙げてしまいましたが、本当に腹が立つくらい一般大衆、愚民というのはそいつらのために物買っているんだから、あなたの趣味で買っているんではないかもしれないんだよぐらいの自覚をそろそろ持って欲しい。
 コンビニにこれだけこれだけ商品があって、百個見せられれば一つや二つ買っちゃうよねっていう人間の欲望論とか習性というものを利用して商売している大人達がいっぱいいるわけです。
 それはしたくはない、それはしたくはないけど儲けは出さなくちゃいけない。本当は自分の作ったものはもっともっと売れて欲しいと思っています(会場笑)。
 これだけ売れたから、これだけ観客が動員できたから………今、解りやすい言い方をしますけど、昔の商業主義論のシステムにのったものでないユニークなもので客を動員したい、売りたいって本気で思うんです。そういうコンセプトで、せめて作品というソフトウェアに対するテーマはそういう風に作りたい。そして売りたいと思うから僕はおととしやった事があります。それは見事に商売として失敗したわけです。袋だたきにもあいました。
 僕がやったのはガンダムってこれだけ復活するかもしれないという話が出てきたときに、過去のガンダムを継承して売るなんて事は絶っ対しないという事でターンエーガンダムを作ったんです。
 その中にはガンダムで、つまりメカもので………これも不思議な言い方なんですけど、アニメをよく知らない方にとってはこういう言い方が出てくる。けどこれを不思議な言い方と思わない方はガンダム的なものに汚染されているんだからこれから言う事をすっと聞けるようだったら、自分の感覚がかなりヤバイと思ってください(会場笑)。
 リアルメカもの、リアルガンダムものっていう言い方があるんです。
 リアルってどういう意味なのかお前ら知っているのか。ガンダムっていう人型の造形のものでリアルも糞もないだろう。はなっからウソだ、と(会場笑)。
 リアルメカものとかリアルガンダムものとか、「リアルなアニメ」という言い方に汚染されているマーケットに向かってそれはないだろうそれはおかしいだろうって事でターンエーガンダムを作った。見事に総スカン(笑)。
 今言ったとおり、この感覚で物事を楽しむだけであったら………もっと他に気持ちのいい楽しみごとがあるんだけど………目線というものが、感度というものが落ちるかもしれないと気にするようになってきた。僕も(そういう)年齢的な感覚があります。世代論的な感覚もあります。
 たとえガンダムという作品であっても、全部がリアルメカものじゃないんだよ、リアルメカものというのがとてもおかしな事態であって、商業主義的な記号でしかないんだからそんなものは自分の感覚の中には絶っ対に取り込んではいけないんだと(思いました)。人と道具という関係という事をきちんと身につけなくてはならない、とか。これ以降の時代を考えたときに、我々が一番大事にしなくてはならないのはどういう事かっていうのは………三年前にターンエーガンダムを企画・制作したときより前に「癒し」という言葉が流行った。
 「癒し系」とか「癒される」とかいう言葉がこんなに広まっている日本というのは本当に異常なんです。
 どういう事かというと、本来癒し癒される観念というものは我々の生活をしていく感覚の中で決定的に必要であり、必要でなければならない事が、言葉として浮上してきてしまったという事が、我々の本来的な人の関係性を維持していくための皮膚感覚を構築しなければという社会構造があるからです。
 もう一度言えって言ったって言いませんからね(会場笑)。
 テレビアニメであろうがアニメーションであろうがどういう言い方でも構いません、ソフトウェアの機能として今言ったような気持ちというものを伝えていく物語が作れるんではないか、と。
 ソフトを作っていくのは基本的に現在いる人々・マーケットに対して、平凡な人々・愚民に対して、商業主義的なコマーシャリズム的な売上効率論的なものが一方にあるし………これはなければならない事、絶対に必要な事です。
 (商業主義とかを)否定なんかしていません。
 今の世の中は経済があるという現実がある訳です。資本主義だから。そういうものが基盤としてある社会に対して、人として我々は(どうか)と考えていったソフトウェアというものは世界が(注:不明。「感知」か?)しない部分で物語が作れないか。商売的に成功すればもっといいことなんですけど、大失敗であってももしその作品がとても素敵なものであれば20年後にも50年後にも残るかもしれない。俗に言われている「名作もの」というのは100年後にも生き残っているというのはどういう事かというと、人の考えるための、暮らしを考えるための、理念を考えるためのコンセプトが封じ込められているわけです。
 僕自身がガンダムでやったことは最下層のジャンルの媒体を使ってもそれはできるのではないか。重要なことはテレビという公共の媒体を使った作品を発表できるんだろうか。おもちゃ屋さんの宣伝フィルムを作っているだけでいいのかって。
 企業に対して社会的な責任があるだろう、意義もあるだろう、利益をペイする部分での企画だってあるんではないかという事も認識論として対極にあります。たとえ宣伝アニメという下らないものであっても、宣伝機能を兼ねていながら、物語をその中に投入するという事ができるんではないかという事が、僕がロボットものを選んだ理由です。
 もうちょっと解りやすく言いますと、テレビアニメが初の仕事にしかできなかった人間、つまり立派にテレビ局に入れなかった人間、立派に映画制作会社に入れるよう能力を持っていなかった人間………下請けのプロダクションの仕事しかできなかった人間でしかなかった。公共媒体への作品を作っていってましてや自分の名前が物語の発信元の立場にいればいるほど、媒体を通じて伝える物語の中に、ある種の物語性というものを放りこむことができるんではないかという事を実験していったのが、僕にとってはガンダムの前の二本の作品で、ガンダムに生きている。(不明)
 媒体の機能を利用させてもらうには、オリジナル作品を作るにはその媒体でしかなかった訳です。テレビアニメと言えども、原作があるというケースの方が多いです。それはコマーシャリズムがあれば当然そうなるでしょう。だからロボットものを選ばざるを得なかったという部分もあります。
 だからといって、原作のある作品の演出をする事が嫌なのかというと、それには異議がありまして、そんな事はありません。コンテュニティという事がここ(経歴紹介?)に書いていないんですけど、かつて『アルプスの少女ハイジ』とか『母を尋ねて三千里』とかの仕事は高畑(勲)監督とかと一緒にそういう仕事をお手伝いさせてもらったこともあります。そういう仕事がつまんないかっていうとつまんなくないです。あのレベルの作品だったらどうとでも作り変えもきくしどうとでも作り変えないような形で、今の時代にあうような作り方っていうのは演出家としてとても面白い仕事です。そういう仕事を否定しないんではなくって、演出家として立派な仕事ができれば(不明)。
 僕が皆さん方と違うことは、僕の生きてきた40年間という時代の中で、ガンダムを作ってきた25年ぐらいの時間の中で、実際の(注:不明。「マニュフェスト」か?)の状況ですとか俗に言う映像のコンセプトや作り方を次々とシチュエーションとして見せられてきました。そういうものを見せられていく中で、やはりそれぞれの時代の作り方っていうのがあるし、要するに僕にはガンダムしかなかったかもしれないけど、その周辺で仕事をやっていく上での楽しみという事を見つけていくことができましたんで、今言ったような事が自分の「背骨」としてある。
 そういう背骨を持っていなければ固有の作品というものは作れないんじゃないかなと思うようになりました。
 この数年という言い方が妥当なのが十年ぐらいという言い方が妥当なのか解らないんですが、映像という感覚が我々とちょっと違ってきているな、とはちょっと感じます。
 どういう事かというと、たとえばビジュアル社会という言われ方をして、10年になります。我々の立っていた時代はビジュアル社会ではないわけです。それで、ビジュアルの仕事をはじめたんです。
 最近気になるのは、ビジュアルに慣れてきて入ってくる世代がビジュアルに対して感度があるかというと、感度が落ちたとしか言えない。
 そんな事は絶対にありませんって言う当事者がいたら手を挙げてほしい。
 ビジュアルから成った世代に育った人が、ビジュアルがない苦労なんか知らない、という言い方ができます。ビジュアルのない世界でビジュアルの仕事をしていく中で、つまらない雑誌かもしれない、つまらない絵描きかもしれない、これだけビジュアルが氾濫している中で、育ってきた人々と違う時代感覚はあるんです。皆さんの中で「ビジュアル系の仕事を探しているんだよね」っていう言い方が使われるでしょう? その「ビジュアル」ってのはなんなの、と疑問もなく「ふーん、あんたそんなのが好きなんだ」言い方をする。そういう一般化した言葉の中に漂っていて、自分がビジュアル的なものが好きだから、という事でいうと競争相手は百万人いる。100年前なら競争相手は百人しかいなかったかもしれない。300年前だったら十人しかいなかったかもしれない。
 私はこの職業が向いているらしい、この職業が好きだから、って入ってくる人がかなり多い。実を言うとロクでもないのがいっぱいいる。自分がロクでもあるのかないのかっていう所から今度は………僕の話ってのはバカーンと飛ぶんですけど、個性の話をします。
(富野、ここで客席に近づく)
 おおむね皆さん方の年代というのは個性を大事にしろと教えられたと思うんですが、どうでしょう?
 いやそんな事ないよって人、私は軍隊教育みたいな事しか受けていないからって人はいないか………全員?
 (最前列の一人にマイクを向けて)個性を大事にしろって教えられたでしょ?
(マイクを向けられた人、「はい」と答える)
 かなりの人が言っていることなんですけど、尊重できる個性って、そんなにないよって事。
 普通の人ってぜんぜん普通の人なんだよね。それを間違えちゃいけない。
 どういう事かっていうと、個性が先にあって、物事を比べうるかって事なんですけど………才能って言い方があるでしょ。
 才能って言い方は才能なんです。
 個性というのはその人が固有に持っているもの。固有に持っているものを大事にしなければならないのは事実なんだけど、絶対に間違っちゃあいけないのが固有に持っているものが「才」、才能であるわけでなくって、原理原則でしかない。才能があってスキルがあるって思ってはいけない。
 日本語って不思議なもので、これは皆さん方がよく知っているとおりで、我々が知っている熟語っていうのも明治維新後に作られた新しい言葉っていうのがものすごく多い訳です。
 例えば「自由」って言葉は好き勝手にする振る舞いのことを自由って言うんじゃないですよね。まさかこの話を初めて聞いたなんて人は………初めて聞いた人、手を挙げて。………もう手を挙げられないですね(笑)。
 僕も専門じゃないからきちんと説明できないけど、抑圧された社会構造がある中での自由といった時に、個人の自由が認められても構わない。つまり前提に抑圧された社会なりシステムがあるわけだから、自由を宣言する人々には公共の義務がある。好き勝手な振る舞いではない。本来自由というのはそういう言葉であると福沢諭吉先生あたりがはじめたらしいんだけど。
 「個性」という言葉がものすごく乱雑に使われているなと感じるのは………固有なものを個性というんだけど、それが才能まで普遍する言葉ではあるはずないのよ。何で全部認めるんだと。
 今、若い人達に言っているんだけどお前らの個性なんてものがやろうとしている事は、お前が好きだからやろうとしている事であって「才」でないから認めない。だからまず、解るようにしろ、表現として一般的に解るようにしろ、だってテレビで映るんだもん。映画にするんだもん。ヒットしたら百万人が観るかもしれないんだもん。百万人の人にまず解るという一般的な表現があって、そのスキルもなくって、俺はこうしたいんだから、って作ったのが百万人の人が観て解るものになるか? ならないです。
 ものすごく乱暴な言い方かもしれないけど、これを教えられていない世代がものすごく多い。おおむね今の日本人だって言ってもいいぐらい。我々の世代まで含めて。
 自分達だけの利益を、存亡を賭けているから今回みたいに………全然違う話をするんですけどね。竹中大臣が言ったような、不良債権に対して、銀行がバタっと倒れる、それはできないって言うんだけど一般の(不明)我々の世代までの日本人は、戦争に負けた痛みを50年経って忘れるんですよ。忘れてきた時に自分達の都合だけで話がはじまっていって、日本の国家システムというものもこういう風に変わっていったんではないかなと思います。自衛隊の話とかも。
 何が一番いいたいかって言うと、我々は新しい言葉に振り回されて、自分達の身内に持っているもの、本来持っている身体感覚と社会のシステムを兼ね合わせることがとてもできなくなっているんではと………民族という言い方もしません、国家という言い方もしません………そういう気分というものを持ち過ぎているんではないかと思います。
 そういう事を気をつけるような物語をロボットものでも定義していきたい、示していきたいと考えるようになったんですよっていうのが僕の考えです。
 この後お話するのは………その前に、思い出した。質問事項が来ているという話はどうなった?
(主催者に尋ねる。主催者、あらかじめ来場者から集めていた質問用紙をまとめる)
 ごめんなさい、話がとっちらかってしまったんで、先にこちらを見た方がいいのかと思って。
(富野、質問用紙を手にとって見る)
 えー、了解しました。
 質問に答えていくには………あと20分話をしなくてはいけないんだけれども、最後にとっちからかったんで、やめます(笑)。理路整然と話をしてきたんだけど。
 自分の実体験の話をしたほうが解りいいと思うので………僕のレジュメでは、前に戻ります。
 今までお話したことで、全体像は述べたつもりです。僕自身が必ずしも映画を作りたいって事ではなくって(不明)。日本大学芸術学部映画学科という所に入ったんですけど、これも他に受かる大学がなかったんで………なおかつ合格点に達しませんでしたので、裏口入学です(笑)。
 裏口入学なんですけど、証拠が一切残っていません。どうしてかっていうと、映画学科の演出コース定員50名、僕の学生番号が………映画学科に3桁の番号があってそれは忘れたんですけど………下3桁が311なんです。演出コースが「3」で11番です。ですから裏口入学の証拠は一切ありません。(不明)裏金も払っていません。
 だけど、やっぱり俺、裏口だったんだと愕然としたのは、2年の時にロッカーをばっと開けたら入試の解答用紙っていうのがばさっと出てきた(笑)。やっぱり僕のは合格点に達してなかったので、間違いなく裏口入学です(笑)。
(学生番号)50番中の11番なんだけど。
 それでね、学生番号20番代から30番代っていうのは確実に卒業しました。それ以降はごっちゃごちゃで。というのは定員50名のところに200名入っていたっていうのが当時の映画学科の実際です。こういう話はもう時効だと思いますが、だいたいそういう事をやっていました。
 ………どういう話をしようとしていたんだっけかな?(会場笑)
 というのが、僕の学生時代の物語です。そういうレベルの学生さんだから、卒業するまで基本的にちゃんとした授業を受けた覚えがありません。授業内容もかなりひどかったという記憶があります。
 そうは言っても大学四年のときには映画学科ですから、実際に15分ぐらいの映画を撮影するやったのです。真似事として。今考えても解らないんだけど、あの時、教授が監督やっていたんだよね。本当は学生にやらせるべきなんじゃないかなと思うんですが、やっぱり授業の体をなしていたとは思えません。
そういう大学でした。あ、現在の日本大学芸術学部映画学科とは全っ然無縁の話です(会場笑)。現在どうなっているか知りませんから。
 ただ一つだけありがたかったのは、そういう学科にいたおかげで、映画というものをすこし意識して観ることができたっていうのと、一つだけ特別なことを………そのためにはお金がかかったんですけど、8ミリのカメラを強引に買わされたんです。貧乏人が買うの大変なんです。当時8,000円でしたから。一番安い映写機が。公務員の初任給が6,000円って時代です。
 その8ミリを使って、何本かフィルムを編集した経験があった事、それだけが学生時代で大変実効性のある勉強でした。僕が大学を卒業し虫プロダクションに入ったときに、それが本当に発揮されました。大学四年の時の昭和37年の時に『鉄腕アトム』というのが初めて国産第一号のテレビアニメとして毎週放映された。その二年目の虫プロダクションに潜りこむことができたんです。きちんと入った訳ではなくって、裏口入社みたいなもんでした(笑)。
 二年目の『鉄腕アトム』を作るために、会社が一番人を欲しがっていたので潜りこめたっていうだけの事です。そこでは僕自身は鉄腕アトムの仕事を結局三年間、続けまして。虫プロで第一期生の社員達が、今度は本邦初のカラーアニメーション作品『ジャングル大帝』を作るんでごそっと『鉄腕アトム』班からいなくなったわけです。そうすると僕のような二年目に入った者に『鉄腕アトム』を任せるという事が実際に起こってきて、結局それが実務に対応していくためにどうしていくかという事が、僕にとっての本当の学習の時期になったと思っています。
 8ミリをやっていった時のフィルムをつなげていくという作業になりまして、どうもその映画というのはクセがあるという事を自分なりに見つけることができました。それについてはさっき大学の悪口を言いましたが………映画全般の経験者というのは映像のクセというのを何一つ教えてくれないで、映画を作っていた。どういう事かというと、見せるときに理念が先走ってしまって、作品論から入ってしまうわけです。
 映画というものはこういうものじゃないか、とか蓋然的な話は聞かされたんだけども、具体的な手法というものについては何一つ教えてくれなかった。
 一つには時代の問題もあるんですけど、8ミリフィルムというものはビデオのように簡単ではないんですけど………かなり面倒なんです。フィルムを繋いでいく時になって、動く絵のクセっていうのはこういうものだなって自分で解った訳です。自分で学習した事を一つお話しましょう………きっと面白いから。
 どういう風に面白いかっていうと、実を言うと想像してもらわないとわからないんだけど。
(富野、黒板に絵を描く。以下のような図)

  A    B
1[←]  [←]
2[→]  [←]
3[←]  [←]
4[→]  [←]
5[←]  [←]

(キネマ旬報社『映像の原則』P.65にも同様の絵が描いてありますが、[ ]は四角で囲まれていると思ってください)
 これ(四角)が一つの絵だと思ってください。
 こういうサイズの違った絵………我々は簡単にカットと言っていたけど一つ一つの画面が5カット違う絵があると思ってください。
(それぞれが違うコマ割の絵という事を質問する。不明)
 動く絵のクセって面白いんですよね。物理的にこのフィルム(5コマ)の長さが30秒だとします。こちら(B)のカットが同じ方向に移動する、アップでも何でもいいです。こちら(A)はこう(←)、こう(→)………と。
 同じ30秒です。
 どっちが長く感じる? どっちが短く感じる?
(客席の一人に尋ねる。当てられた人、「A」と答える)
 こっち「B」が長く感じるって人は?(客席に目をやる。何人か手を挙げる)
 ええっと………困ったな(笑)。見た目でだよ、ストップウォッチで計るんじゃないよこっち(A)が長く感じる人、手を挙げて! ええっと………半分くらいか。こっち(B)が長く感じる人は? はい。
 正解はこっち(A)の方が長く感じます。映画はこれを利用して演出します。
 つまらないシナリオ、ひどい演出は全部方向を同じでやるから、全部こっち(B)(笑)。話を面白くするためにはこっち(A)。
 どうしてかっていうと、一方方向の流れでは、動いている映像を見下しているんです。だからこっち(B)の方が短く感じる。こっち(A)は印象がぶつかるという記憶があるために、生理的には長く感じる。
 じゃあ今度はもうちょっと解りやすく。
 お芝居見たこと………ありますよね?
 舞台の上手、下手ってどっちが上手でどっちが下手?
(客席の一人にマイクを向けて尋ねる。舞台が正面として「左手が上手」と答える客席の人)
 おびえる必要はないんだけど………(笑)上手はこっち(舞台を前とすると、右方向を指す富野)。下手はこっち(左側)。
 どうしてかっていうと………どういうのがいいかな。
 こちら(下手)から入ってくる人と、こちら(上手)から入ってくる人って、実は印象が違うんだよね。
 実を言うと(左手方向を示し)こちらが上手だっていう意見もあながちウソではないんです。あ、こういう事やったら解るかな?
 上手の立ち位置で入ってくるのと………今の演技を見て。下手の立ち位置からこう………入ってくるのと、どっちが似合う?
(ここで富野、教壇を舞台に見たて、下手と上手の両方から「顔を正面に向けて笑顔を作り、へこへこと低い姿勢で入ってくる」というサルのような演技をする)
 今のキャラクターをこっち(下手)から入れるか、こっち(上手)から入れるか。
 今度は全く逆の話。今度はこのキャラクターが………って入ってくるのと、どっちが似合う?
(ここで富野、今度は「背筋を伸ばして堂堂と歩き、最後に机をバンバン叩く」毅然とした軍人のような人物を演じる)
 これは演出の授業じゃないから、解答はしない。
(注:富野は結局、解答は出しませんでしたが、調べるのがメンドイという方の為に、恐らくこれが正解だろうというのを書いておきます。以下、富野由悠季・著『映像の原則』(キネマ旬報社)のP.46から抜粋。

「舞台の上手(観客から見て右側)、下手(観客から見て左側)。
 これは経験的に決められたことなのですが、そうなった原因も、われわれの心臓が左にあるからなのです。
 人間は、左側に心臓があるために、左からくるものに対して心臓をかばおうとします。防御の姿勢をとろうとします。
 逆に、右から来るものに対しては寛大です。右ききなら受けやすいということも原因しているでしょう。
(中略)
 右より見えてくる視覚効果は、心臓より遠いために、プラス指向を喚起するというとオーバーなのですが、観客は寛容にその存在を認めることができるのです。
 当たり前にその存在を容認できるものは、右側に見えるものなのです。
 ですから、観客であるかぎり、右にあるもの、右から現れるものについては"そうだよね"と受け入れます。
 その受容できるという視覚感覚が、観客にとっては上位感になって、大きなもの、強いもの、というようなものは、右側から登場させるようになったのです。ですから、舞台では右側を上手にしたのです」)

 だけども、何となくの「上手」「下手」ではないんじゃないかな、という事を想像してくれるとありがたいんだけど。実は何となく決めている事ではないんです。舞台として、上手下手って決めた日本人の視覚能力はかなり高いと思っています。
 どういう風に高いかっていうと、観客から見た見た目の印象によって、表現が変わるっていう事を知っているんです。それを上手下手っていうきちんとした固有名詞として残したというのはかなり凄い。
 僕は勉強ができなかった人間だから、英語ではどう言っているか解りませんが、東南アジア、韓国の人に調べてもらったんですけど、「上手」「下手」っていう言葉はありませんでした。中国にもないかもしれない………京劇の世界にはあるかもしれないけど。
 視覚認識の話で、今度は漫画の話をします。これも感じるか感じないかセンスの問題があるんですけど、日本でこれだけ漫画が流行った理由は本当に考えた。考えた末の結論は、日本語の表現が右から左に流れる読み方だったからという事に突き当たりました。欧米の漫画っていうのは、ご存知の通り基本的に横書き、左から右。その文化圏の違いが日本で漫画をはやらせた理由かと思います。
 さて、これはその手の映像の演出の講義ではありませんから、これ以上の話はしません。皆さんの方で調べてください。ただ、そういう事が動く映像を利用して演出する上ではものすごい有効だという事はファーストガンダムの時代に感じたので、映像を演出する上できちっと踏まえて演出することにしています。これはもちろんテレビ程度の仕事なんで、全部が全部、理想的にはできませんし、他の人が描いたコンテをベースとして演出することもありますので、全部回しきるという事はできていません。
 半分ぐらいはノーチェックなんですけど、この原則は基本的に間違えていません。今言ったことがどうして原則なのか、という説明はしませんけど………そういう事が解りたい方はキネマ旬報社から『映像の原則』という本が出ていますので、それを見てください。
 それは現在、映像に携わる方への教本として書きました。
 その上手下手から発生するような事も含めて、我々が身につけてきた文化論というものは粗雑にはしたくない。それから漫画が日本でこんなに流行ったというのはどうも国語の表記、右から左という事にあったというのも一般的に漫画に対して抵抗なくさせているという事がある、だから欧米人が思うほど日本人というのはお馬鹿だから漫画を読む、というのとはちょっと違った理由が間違いなくある。そういった事を体験論的に………想像しているだけですよ、こんなのは理論的に説明していても全然いけませんから。
 そういうものの積み重ねを自分の中で解ってきたときに本当はこういう事を皆さん方がきちんと教えてもらっていれば、もっとビジュアル社会に対応できる自分、視覚認識が有効であるという事を我々の世代の人達は誰も若い人達に教えてこなかった。そしてビジュアル社会をやっちゃったんだよね。
 今みたいな話を知っているだけで、かなり自分達の現職でのスキルというものを学ぶことができるのに、そういうアドバイスをする事をしない。僕もそうでした。だからさっきのマニュアル本みたいに書くしかないと。(不明)
 虫プロ時代でどういう風に利用したかといいますと、オンエアに間に合わなくなった時に、昔のフィルムを5本ぐらい持ってきて、使えそうなシーンを並べ替えて一本のフィルムにして、再放送ではない、新作ではない、というようなものを作ったという事があります。そういう事をやったのは、世の中で僕が初めて(笑)。
 それはモノクロの時代だったんで、例えば背景の位置とかモノクロの濃度だけあわせれば何となく使えたりしたんで、そういう事ができました。今はできません、という言い方もありますが、ウソです。現在のパソコンというのはそれがまたできるようになりましたので。
 映像という動く絵を使って物語を作るのが重要であって、映像を使うから見て解りそうなものだから、それで誰でも繋いで物語が作れると思うのは嘘八百。これも『映像の原則』に書いた事ですが、何でアニメの場合………(注:不明。「CSでも地上波の監督さんでも」か?)コンテをかなり詳細に書いている。まずシナリオからこう具体的にアニメーターに1カット、2カット、3カット、4カット、5カットこういう絵を描けとかなり具体的に示したコンテを作るんです。そのコンテュニティー………。
 えー、何の話をしようとしていたんだっけ?
 (客席の一人に)何の話をしようとしていたんだ?(会場笑)
 (答えられないのを見て)今まで何も聞いていなかったな(会場笑)。
 (客席の一人が「コンテを作ること」という声が。続いて、「パソコンだけで背景とか変えられるのでアイデアが………」という声)
 あーオッケーオッケー、それで思い出した! それで、コンテを作るんですよ。コンテっていうのは曲者で、絵が描いてあってここにカットの内容が描いてある訳です。この人物はどうせいこうせいとか。台詞も書いてある。
 見て解るんですよ、一見。
 問題なのはその後なんだよね。
 だって漫画よりヒドイ絵なんですよ、鉛筆の走り書きで、僕のやつは。絵も見えなければ文字も判読できないほどの(笑)。だけれども、このコンテが、まさに絵が描いてあって文字が書いてあって何となく話が解ったり何となく登場人物が何をしているかっていうのが解る。解るために本っ当に困ったことがあるのは、このコンテだけで面白い面白くないっていうシロウトさんがいる訳。そのシロウトさんがプロデューサーだったり出資者だったりする。
 ところがシロウトが楽譜を見てて、うんいい曲だね悪い曲だねって言う所を想像して下さい。
 本来、コンテって言うのはこういう風に(見えやすく)表示されているんだけど、楽譜と同じなんです。これが解らないために今までどれだけバカどもが、その企画当たりそうだいけーっ!ってゴーして、大損したか(会場笑)。
 逆にいうと、読めなかったばっかりに、こんなの駄目だって言った瞬間にコンテも読める(不明)プロデューサーになれないわけです。本当の意味でのスキル、密着して物事を考えている人は多くない。
 何が言いたいかって言うと、冒頭に言ったことに戻るんですが、我々っていうのは実際に行うことと認識………今回ソフィア祭ですから、理念みたいなものと行為、というものをどれだけ我々はきちんとつなげて理解しているか。混合視している………つまりおおむねそうではないかもしれない、たまたまみんなが得たものかもしれない(不明)。我々はもう一度目線を落として、その上での自分のスキルというものを上げていって頂きたいなと。
 皆さん方が今後どういうお仕事に就かれるか解りません。そしてどういう社会人になられるのか解りませんが、一ついえるのは自分の立ち居場所、環境、状況がどういうものなのか、それを繋げていくためにどうしたらいいのかな、という事は第三者には何一つアドバイスすることができません。
 できないから俗にいうフレキシビリティ性、柔軟性を身につけていかなければという事にお話は尽きるわけです。そういうフレキシビリティを手に入れるにはどうしたらいいかっていう時に、今日ここでお話した通りの事なんです。結局、子供の頃に持っていたある種の思いなり心棒があれば、その心棒を軸にして物事を考えていくしかなくって、今、語られている言葉というものに対して、我々はどう対応するかっていう事をいつも、全否定しちゃいけない。絶えずクエスチョンマークをつけていいのか悪いのかというのを繰り返しつつ、生きていくのがいいのかなという気もしますので、例えば僕はそれをロボットものという仕事を通して今日までそういう事をやってきたっていうお話です。ほんとにごめんなさい。とっちらかってしまって。
 若い人達だけじゃない、皆さん方それぞれの道を探していただきたいと思います。
 いきなり質疑応答に入ります。
 (質問の用紙を一枚手に取る)
 いきなり読んだ文章に、「児童ポルノ法の改正云々」となんていう質問を受けてしまいましたが、それも半分以上お話した通りです。公共に対して発表されるべきものと、個的に楽しまれるものと、アンダーグラウンド的に楽しまれるものは基本的にそれぞれの法律とはいいませんけど、規範の中で行われるべきだと思います、というのはお話した通りです。
 自由のこともお話しました。この問題に関してよく自由とごっちゃになったりするんですけど、不確かな事をやって許される社会はどこにもありません、というそれだけのことです。どういう風に使い分けしていくのか、という事です。その上で、なおかつ個人のことで言えば、個の自由、個性の自由というのはもう一度考えていかねばならないと思っています。
 これを矛盾した話じゃないかっていう話は聞きません。
 矛盾ではないんです。それを自分の中で、統合していくと個性でなく、僕に言わせれば悟性が出来上がっていくのではと思っています。一つの論で全てを埋めようとすると、オウムになるかもしれない。
 (別な質問の用紙を一枚手に取る)
 『キングゲイナー』の話はしません(会場大笑)。
 (別な質問の用紙を一枚手に取る)
 「実写とか、そういうのを撮りたいという意欲はありますか」っていうのは基本的にない訳がないんでなくって、アニメなんてやりたくないですよ、というような話。
 ただ僕に営業的なセンスを持てなかったという事が、自分にとってとても悔しいことだと思っています。

 (別な質問の用紙を一枚手に取る)
 「死についてどうお考えですか」。
 僕は死ぬことが怖くないという自分でありたいと思いますし、そうなるにはどうしたらいいかという事が基本的なテーマでしかありません。死は受け入れるべきものです。
 (別な質問の用紙を一枚手に取る)
 「富野監督が40年近くも仕事を続けて来れたのは何故ですか」。
 基本的に言えばバカですから、という言い方があります。自己卑下もはなはだしいだろうと思いますが………。ただこういう質問を受けたときに一つ思えるのは、今日の自分に絶望したくないから仕事をする、それで同じ仕事をしていくのならば、いつでも納得できるようにしたい。それを繋げて毎日が連続していくっていう事です。毎日を何故連続させていかなくてはいけないかというと、例えばここで僕がボケた老人としていたら迷惑するでしょ。ボケた老人だったら死にたい。じゃあどうすればいいかというと元気なうちに走り回っていれば元気なうちに死ぬだろう、ということ。
 そういうものを持っていると、40年ぐらいどうってことないです。
 この半年間で大変な事になった人に対してだったら(不明)、あのね、それは関係者なんだから、あと20年同じような企業にいて苦労もある、だったら苦労を苦労としないで頑張ってください、と言う。
 (別な質問の用紙を一枚手に取る)
 「最近、監督が放映されている番組で興味があったのは」。
 テレビ全く見ないので解りません(会場笑)。

 (別な質問の用紙を一枚手に取る)
 「何で他のスタッフの意思が介入しやすいアニメや小説で」………あれ、これ文章になっていない(考え込む)。「何で他のスタッフの意思が介入しやすいアニメを小説や映画ではなく選んだのですか」。ああそうか。
 小説を書くという事も………最近面白い小説を読んでいてつくづく思うのは………小説というのは、個人ワークで完結することができるものだから小説はいいものだと思っている人いるかな。
 小説を書くというのはものすごく過酷だと思います。年に一冊書く小説家は、要するに小説という商売としてではなくって、作家であるかどうかという事は別問題だと感じるのね。どうしてかっていうと一つのマスに書いて示すことができるような人生観がある物語っていうのは、年に冊書けるでしょうか。お前の好きなファンタジーとかお前の好きなミステリーだろう、という気が凄くあります。読むレベルに値するという「値」がどのレベルのことなのかという問題があるんですけれど、人様に書いてよしとされる作品はそうそうあるとは思いません。
 だけど一人一冊は書けるかもしれないという事も認められていますので、小説家であるのは構いませんが、他のスタッフが介入してくるアニメっていうのを選んだのは何故かっていうと、前にもお話した通りです。と同時に、自分が大変(不明)なのは、そういう事なんです。他人の意見を入れられる入れ物を持っているっていうのは、自分を三倍にも四倍にも広げる事ができる。他人の意見をも封じ込めてしまう力量のもてる監督なり演出家になれるといいなと思っています。一人で自分で納得するだけでは(不明)。
 ものすごく卑属な言い方をしますと、右と左と前と後ろに、お姉ちゃんがいてみんなで何か作るとしたらそっちの方がいいよね、っていう事。どう取るかはお好きなように。
 ついでに今最後にちらっと読んだ質問の人は、他人の意思が入ることに対して嫌悪感を持っていらっしゃるかもしれない。
 自分が社会的な動物として、社会的な人としての嫌悪感とかうっすらとした疑問を持っていらっしゃるんではないかと。そうであればあるほど、現在の時間の中で広く世の中に接する、広く世の中を見る、といろんな体験をする中で、もう一度、外部に接する自意識を持つ必要があるのではないかという事が、年寄りめいた危惧感としてあります。
 (別な質問の用紙を一枚手に取る)
 「キングゲイナーは楽しく笑いを取る作品にしようと思ったのはどうしてですか」っていうのは………こういう事です。難しく考えていくって、自分がどれだけ頭がいいかという体験で、とても快い体験です。
 でもそれは、第三者には解りません。
 第三者が喜んでくれる姿を見ていると、自分の思いとしても、とてもいいことだと思えてきまして、ある環境、ある状況の楽しさや嬉しさを共有する
ことができないか。音楽の様に。誰でも聞こえるように。そういう体験を
いっぱい積み重ねていく方が、物事を難しく暗く考えるよりはいいのではないか、ましてやテレビアニメ、アニメ映画、演劇、つまり芸能一般というレベルというものは、基本的に人を奮起(注:「復活」か?)させる機能を持つものではないか、と。そのようにあるべきだという事をこの数年、本当に感じていますので、そのようにしています。
 自分の考えている事を代弁してくれる作品とかっていうのは当然ある訳です。そういう作品が(不明)問題ないと思うんですが、人間が一人でものを考えているという事は、僕にとってはいつも突き当たる言葉がありまして、ニーチェの「絶望というものは死にいたる病である」という言葉があります。一人でいるという事に対して、生きている限りそれを避けたいという努力をしてきました。病気が楽しみだという悟性や感覚があるという事も否定できません。だからこそ、そこに漂うものは危険なことであり、ましてや自分の仕事、若い人が見てくれるかもしれないという可能性を考えたときに、そのような言葉のエアゾーンや記号を封じ込めるというのはこれは卑怯だと思っていますし、死ぬまでやるかとも思っています。
 来年から「ガンダムの富野」から「ガンダムの」を外したいと思っていますので、ご支援のほどをひとつよろしくお願いいたします。

(富野、観客に一礼。会場から万雷の大拍手。主催者が退場に際して「改めて盛大な拍手を」と呼びかけると富野、「いや、そんな」と照れたようなポーズ。会場また大拍手の中、富野退場)


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