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B.Jマンガ夜話

第4回 バオー来訪者
BAOH
作・荒木飛呂彦
84年週刊少年ジャンプ連載


 ★ご注意 → このPAGEはもともと、間黒男さんという方のPAGEにあったものなのですが、事故で失われてしまいました。CON$が持っていたバックアップに、若干誤字・その他を修正し、掲載することとなりました。「第4回」となっていますが、他の回はありません。ご了承ください。

作品紹介
 奇才・荒木飛呂彦の二番目の連載作品。
 秘密機関「ドレス」が造った生物兵器・バオーは人体に寄生する最終兵器でもあった。「ドレス」の手によってバオーを寄生させられた橋沢育朗は予知能力を持つ少女・スミレと「ドレス」から逃亡する。刺客に追われつつもバオーの力に次第に目覚めていく育朗であったが、刺客・ドルド中佐にスミレをさらわれてたった一人で「ドレス」に立ち向かうことを決意する。「ドレス」への「来訪者」として研究所に向かう育朗を待ち受けていたのは地上最強の超能力者・ウォーケンであった。育朗の孤独な死闘の結末は………?
 この後に『ゴージャス・アイリン』そして傑作『ジョジョの奇妙な冒険』と続く荒木作品を語る上では欠かせない作品。デザイン・ネームのセンスなど随所にジョジョへの布石が見え隠れしている。単行本は全二巻。


今回のゲスト
CON$さん・・・・東京都在住。パソコン歴は6年ぐらい。1997年3月より週刊少年ジャンプの漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の予想PAGE「週感ジョジョンプ」を開始。周囲には秘密にしているが熱狂的な荒木飛呂彦ファン。「ジョジョの奇妙な冒険」では第二部が一番好き。
(注:本人談)


間黒男(以下間)「今回はかの『週感ジョジョンプ』のCON$さんをゲストにお迎えしての『バオー来訪者』です。CON$さんは投稿型ページの大先輩なんで少し緊張します。ボロが出なきゃいいが・・・・・・では、よろしくお願いします。CON$さん!」

●名前の妙

CON$「とうとうバオーについて話す事になってしまいました。今、私は無職(河合注:この対談時には無職でした)なんですが、この無職中にやりたいことやっておかなくちゃなぁ、と思って、ふと間さんのPAGEの掲示板に書き込んでしまったのがきっかけというか。掲示板から始まったといえば「週感ジョジョンプ」も、もともとは『ジョジョの奇妙なページ』の掲示板から始まったPAGEでした。ですからこれも何かのご縁かなと考え直して、いっそのこと一生懸命やろうと。」

間「そう言えばそうでしたね。それにしても『ジョジョ』は予想しても、予想しても当たらない・・・・『ドラゴンボール』や『るろうに剣心』は以前いい読みをして展開を当てたものですが・・・・・結局当たったのはジョジョ第5部最終回を当てただけでした。と、前置きはここまでにしてバオーに行きましょう! では、何から行きましょうか?」

CON$「話したいことがあまりにもありすぎて、何から話していいものかと考え込んでしまったんですが………。やはり、ネーミングからでしょうか?」

間「そうですね。インパクトありますし。」

CON$「荒木飛呂彦の作品数というのは滅茶苦茶多い訳ではいんですけれど、『ジョジョの奇妙な冒険』、そしてこの『バオー来訪者』、この二つのネーミングは際立ってますよね。ジョジョはまともな編集者だったらOKしないネーミングですよね。そして『バオー来訪者』………。 これもよくOKが出たなぁ………という感じで………。もっとも、編集担当だった椛島という人はちょっと変った人だったらしいですから、編集からの決定かもしれませんね。」

間「椛島という担当、ジョジョ3部の終わりに名前が出てましたね。荒木先生が感謝の意を表してました。」

CON$「椛島という人は『トイレット博士』とか担当した名編集者だったらしいんですけどね………。ま、それはさておき『来訪者バオー』だったらよくありそうですね。ヒーローものの古典的なパターン名称で、書店に並んでいたっておかしくないでしょう。『獣神バイオ』(きくち正太のマンガ)みたいに………読んだ事ないですけどね。 『バイオ』で思い出したんですが、『バオー』は『バイオ』から来ているそうですね。 」

「当時は、ちょうどバイオ・テクノロジーが話題になっていて「これマンガに使えるんじゃん」って。だからバオーの語源はバイオなんです」
 ………集英社『JoJo6251』1993、P.170より。

間「だそうですね(笑)。この間、掲示板で『バオー』は『馬王』だなんてアホみたいなこと書いてしまいましたが・・・・そういえば、なんで『バオー』と『来訪者』が倒置のようになってるんでしょうか。なんか違和感というか、普通じゃないな、と前から思ってたんですが・・・・・・」

CON$「倒置のアイデアっていうのは随所にあると思うんですよ。『ジョジョ』に出てくるスタンドでも、倒置のアイデアがよく生かされているものがあると思いますよ。アイデアのエネルギー源のひとつではないんでしょうか? この『バオー来訪者』は、バイオ・テクノロジーの産物である『怪物』橋沢育朗のカッコイイけど悲しいお話。そのキャラクター性は後程話すとしてですね、この『来訪者』っていうのが気になるんですよ。作者本人は、あんまり大した意味じゃない、みたいな事を言っているんですけど」

 「『来訪者』ってのは別に意味はないんですよ。戻ってきて襲ってくるとか、そんなニュアンスですね」
 ………集英社『JoJo6251』1993、P.170より。

間「うう〜ん。大した意味を持ってるような気がするんですけどねえ。今、流行りの人類に対する警鐘というか・・・・人類が生み出したものが、人類を滅ぼしかねない『来訪者』であるというような。作品のキーワードになりうると思いますよ。」

CON$「作品中の決定的なところに出てきますよね、台詞で。2巻の122ページ目で最強の敵・ウォーケンが『ようこそ来訪者!』って言っているんですよね。ウォーケンはもちろんこの時点でバオーの名前は知っていますから、ちょっと飾って言ったんでしょうけど、研究所にやって来た来訪者、異端者であることは間違いないんです。」

間「『戻ってきて襲ってくる』というわけですね。」

CON$「そういうことになるでしょう。ドレス第一研究所の外は『日常』が支配する世界ですね。バオーは秘密機関"ドレス"の支配下に一度置かれ、スミレと共に橋沢育朗として『日常』に支配されて戻ってきた、そこをアメリカ先住民であるウォーケンが指摘した訳です。こう考えると、ウォーケンがただならぬ差別、つまりアメリカ先住民であることと、超能力者である事の中で生きてきたんだな、という深読みも出来ます。これはウォーケンの、バオーに対する敬意を考えると、ますます面白いんです。」

間「なるほど。ウォーケンとしては今まで強すぎて『戦士』として互角に渡り合えるものもいなかったでしょうからね。心をわかちあう人間がいなかったことでしょう。戦士と戦士は敵味方を超えてわかりあえるのは『王道』ですから。格闘マンガの(笑)。」

CON$「ジョセフとワムウとか。育朗本人もこの言葉を物語の後半で使うんですよね。2巻89ページ、ちょうど話が4分の3まで行ったところですよ。『ぼくはおまえらにとって脅威の来訪者となるだろう』って。育朗がバオーであることを自覚してからですね。もう自分は来訪者だ、人間じゃないんだっていう決意のシーン。逆にバオーだろうが人間だろうがやることは変りはない、と。」

間「ということは、『日常』である人間と異端である『バオー』とが育朗の中で混在しているというか、一致しているというか、そんな状態である、と?」

CON$「話の中で、しばしば『日常』が要所要所に出てきますね。そこを行き来する重要なドアが『来訪者』なんですよ。それが今回の再読で再認識できましたね。」

間「ははあ。そこまで深かったとは・・・・・・・・CON$さんと対談しなかったら気づかないでいるところだった・・・」

●バオーの時代

CON$「バオーは1984年にジャンプで連載された漫画ですよね? バオーで一番多い誤解が、『バオーは打ち切りマンガだった』というものです。バオーは打ち切りではなかったようですね。これから打ち切りって言った奴は打ち首。リスキニハーデン・セイバー・フェノメノンの刑。」(河合注:ホントは打ち切りです)

間「ええーッ!! 打ち切りだと思いこんでました!! ち、違うんですか?打ちきりの割にはうまくまとまっているな都は思ってたんですが・・・・・・」

CON$「い、いや結構自分でそう思っているだけだったりして………(笑)。でもあの練られた構成とか、ジョジョの前にやったこととか、ジャンプの当時のコメントから判断して、例外的な短編だとは思っていますよ。ほら、ルパンもヤマトも放映当時は視聴率的に失敗だったけど、後から評価されたでしょ。そんな訳で、バオーも再評価しろ!って思っているんですよ。バオーは単行本が出た後、1989年には50分のビデオアニメ(集英社・東宝)とオリジナルサウンドトラックCD(東芝EMI)になっています。CDは現在かなり入手が難しいんじゃないでしょうか? 声優は育朗に堀秀行、スミレに日高のり子………ドルド"中佐"が池田秀一ってのがちょっと可笑しいですね。」

間「バオービデオは存在は知ってました。間がよく行くホームページ『おまパン』の千尋さんと恵さんが最近見たそうなんですよ。恵さんが『笑える』とおっしゃってたのは、ドルド中佐のことだったんですかねえ。それにしても、いつの間に降格したんでしょう・・・・・アクシズを出てエゥーゴに行く間にバイトしてたのかな? エゥーゴでは大尉ですね。・・・・バカな事ばかり言ってすみません。」

CON$「そういえば、バオーが連載された84年はZガンダムとガンダムのブランクの中間くらいですね。ガンダム世代にはバオーはリアルタイムかな。荒木作品の中で1984年がどんな時だったかっていうと、まず1981年が『武装ポーカー』、82年が噂の単行本未収録『アウトロー・マン』、そして同年に『バージニアによろしく』、同年『魔少年ビーティー』、84年になって『バオー来訪者』、85年に『ゴージャス★アイリン』、87年にやっとジョジョが始まる訳です。ちなみに、86年にはファンロードの表紙でバオーを描いているんですね。この頃のファンロードって凄かったんだなぁ………。というかファンロードでの読者人気が凄かったんですよね。ヨイショ・フェノメノンという感じですか。荒木飛呂彦はバオーの時に仙台から上京したらしいんですよ。84年の夏ですね。」

 「そのあとが『バオー来訪者』ですね。『ビーティー』をやっている頃から構想はあったんですよ。そのコンセプトを担当の編集者に話したら『それを連載しよう、東京に来い』と言われて、'84年の夏に上京したんです」
 ………集英社『JoJo6251』1993、P.170より。

間「ハハハハ!! いいですね!! ヨイショ・フェノメノン!!! それにしても、そんなに人気があったんですか・・・・・ちょっと驚きです。てっきり一部のマニアにウケたマイナーなマンガとばかり思ってました(笑)。」

CON$「いや、ヨイショ・フェノメノンって当時のファンロードに書いてあるんですよ(笑)。特集で大々的に取り上げましてね、バオーを。連載終了後に。荒木飛呂彦のインタビューも載っているっていう………。ところで間さんは先日、仙台に行かれたんですよね?」

間「ええ。人情屋台花京院村に行ってきました(笑)。」

CON$「私は仙台に住んでいたことがあるんですよ。1984年といえば私が小学校の時ですよ。仙台にいたんですねぇ。とはいえ都心から離れた田舎の学校だったんで、ニアミスはしてないですね恐らく。」

間「いや〜、わからないですよ。たまたま街中に出たときにすれ違ってるかもしれないし・・・・・・」

CON$「まぁ、子供ですからねぇ(笑)。ところで84年って言えばロスアンゼルスオリンピックの年ですね。もちろん、他にいろいろあった年なんですけど、荒木飛呂彦が『ユリイカ』(*)のインタビューの中でわざわざ言っているんですよ。オリンピックの年だったって。『風の谷のナウシカ』公開の年だって言ってもよかった訳ですよね。」

*………『ユリイカ』 青土社発行。1996年創刊。詩と文学、批評の専門雑誌。毎月25日発売。ここで言っているのは1997年4月号(p.135〜143)に掲載された精神科医・斎藤環との対談。

間「『ナウシカ』かなり好きなんですよ! そんなに昔の作品だったんですか? はじめて見たのが小5の時で、その頃確か『天空の城ラピュタ』(編注:1986年公開)やってましたからね。テレビで。もしかしたら『となりのトトロ』(編注:1988年)ももう公開されていたかも・・・・・だとしたらやはりそれくらいですね。ところでユリイカの対談読んでないんですよ・・・・ちょっと身の回りがゴタゴタしてた時期で・・・・」

CON$「じゃあ、『ユリイカ』にはあまり深く立ち入らず………。これは深読みのし過ぎだと思いますが、肉体にこだわりのあった当時を思い返しての言葉かもしれませんね。極限を追求するアスリートと、生物学的に極限を目指したバオーという関連で。だって、軍事的に優位に立つんだったら、火器方面に強い生物を作り出しても構わなかったんじゃないですかね? バオーはあくまで肉体を使った白兵戦で最強なんですよ。」

間「そうですね。現にバオー犬はレーザーで焼き殺されています。」

CON$「で、当時バイオ・テクノロジーの研究が盛んで新聞に何かが載ったという記憶はないんですけど、調べてみたんですよ。」

間「す、すごい! そこまでして頂いてありがとうございます!!」

CON$「いやあ、単なる暇人ですよ。町の図書館で、資料が無くて参りましたけどね。1980年にスタンフォード大学が遺伝子組み換え技術の特許を獲得、1981年には遺伝子を合成する機械が開発され、1982年には遺伝子操作により巨大なマウスを作ることに成功。1983年には遺伝子工学製品の販売が開始されています。日本じゃないですけどね。」

 (同文書院『バイオテクノロジー』、1988年、p.226参照)

間「そんなに早くから遺伝子がいじられてたとは知りませんでした。つい10年くらいのことかなあ、なんて漠然と思っていましたが。」

CON$「1971年には三菱化成が生命科学研究所なんてものを作っているんですよ。今、週刊誌でも遺伝子組み換え食品について触れられていますけど………そのへんの警鐘みたいなものはSFなりなんなりで15年も前から行われていますね。ただ、比較的目新しいアイデアだったんだという事は解ります。何とか、現実的に出来るんじゃないのかな、ある程度、マンガにしても説得力のあるリアリティが出せるかな、という範囲でしょう。」

間「ですね。人間の遺伝子を直接いじった生物兵器『バオー』を描くよりは、『寄生虫』という媒介を経るほうが馴染みやすいです。人道的にも少年マンガでやるならそうなるんですかね。」

CON$「まぁ、平気で人体実験のシーンを描くとクレームになりますからね。しかしながら、映像面で言えば現在という時はようやくルーカスがスターウォーズの新作を撮る気になった、ルーカスのアイデアに技術が追いついてきた、という時でしょう。バオーもそれに近いものがあると思いますね。」

間「荒木先生の創造力は当時としては先進的過ぎた、という話題は『魔少年ビーティー』のところでも話題に上がりました。やっと今のマンガ界が荒木先生に追いついてきたというか。今のマンガ界に及ぼした荒木先生の影響といは計り知れないと思うんですがねえ・・・・・もっともっと評価されていいはずです。荒木マンガ。」

CON$「あの当時に推理ものをやっていたんだ、ってね………。荒木マンガの評価に関係するかもしれませんが、先日、『マトリックス』が公開されて『こんな感じでジョジョとか撮って欲しい』なんてファンの声が挙がったりしましたけど、私としてはバオーをやって欲しいですね。香港とか舞台にして。もうスポーンなんてメじゃない。あっ、そうだトッド・マクファーレンにアメコミとしてバオーを描いてもらって映画化っていうのは? 『バオー vs スポーン』とか、『バオー vs プレデター』とかね。ただ、アメコミって独白多いから育朗が内向的、内罰的になってしまいそうなので駄目なのかなぁ………。とにかく、今でもそう再評価できるほどバオーの描写と構図、演出がキマっている訳ですよ。これが約15年前ですよ………。」

間「本当に面白いものはやはり生き残ると思います。『ブラックジャック』とか『火の鳥』とかまだまだありますけど、そういった『名作』は今でも十分面白いです。荒木作品もそうなるのでは、と思っているんですよ。あと10年後くらいにどうなっているのか楽しみですね。ジャンプ系のマンガで後世まで生き残るとしたら荒木作品かな・・・・・他のは瞬間的には面白いんですけどねえ・・・・・・・『名作』として生き残れるのかどうかはちょっと・・・・って言い過ぎですかね。」

●バオーの地

CON$「先日、間さんのPAGEの掲示板で、この対談に先がけてクイズをしたでしょ? バオーの最後の舞台は一体どこなんだ、って。」

間「はい。あれは間の答えで大体当たっているでしょうね。まあ、劇中で『三陸海岸研究所』って出てますし。」

CON$「確かに出てますね。でも、もっと詳しく突っ込んでみるとですね、これは日本ジョジョ学会(*)で定説があるんですよ。岩手県下閉伊郡に宮古という所があって、その辺じゃないかって。もちろん宮城県仙台市という説もあって、橋沢育朗が『第22の男』に刺されるバス停、あるじゃないですか。あれって仙台にああいう場所、あるらしいですよ。『霞の目』っていうのは花京院と同じく仙台にある地名ですしね。」

*………むろんウソだ。

間「『霞の目』も仙台の地名だったんですか・・・・・それは知りませんでした。」

CON$「確か自衛隊の飛行場があるんですよ。広い原っぱでしてね………今はどうなっているのかな? それで、その宮古ですけど、2巻の8ページ目を参考にして、地図で調べてみたんですよ。霞の目専用研究所が『北上山地』となっていますよね。そうすると海岸沿いの線路は、三陸鉄道の北リアス線でしょう。オープニングに出てきたドレスの黒い列車が走っていた『東北のローカル線』というのは山田線の事でしょう。盛岡と宮古市をつなぐ路線のようですね。」

間「山田線ですが、ローカルもいいところです。宮古〜盛岡間は一日四往復でして・・・」

CON$「ええっ? それホントですか。一時間に一本なら解るけど、一日四往復なんて………」

間「まあ、宮古〜釜石間や路線の途中までしか行かない通学列車みたいなのを入れれば、1時間に一本くらいは走っています。山田線の茂市駅から出てる岩泉線という盲腸線がまたローカル!! 一日たったの3往復!! 朝に一本だけ全区間走らない列車を入れても一日につき四本しかありません・・・・・・・・あ、あれ? 何時の間にかローカル線を熱く語ってしまった!」

CON$「ローカル話題はまだ続きますよ! 2巻にある研究所の設置理由(人里はなれていること、海岸で輸送に便利、日本で一番古い地質地帯で研究資料がある、動植物が豊富など)、これにもあてはまるみたいなんですね。下部白亜系の宮古層群というのが、1913年に確認されてから、多くの層位・古生物学的研究がなされているそうです。アンモナイトも出るらしいですよ。」

 (共立出版(株)『日本の地質2 東北地方』、1989年、p.74〜75参照)

間「マニアックな設定は荒木飛呂彦らしいですねえ(笑)。そういえば、育朗は研究に鍾乳洞をつたってきましたよね。最後の戦いも鍾乳洞の中でした。あの辺は鍾乳洞結構あるんです。間は龍泉洞という鍾乳洞に行きました。三陸の。」

CON$「どんなでした? ウォーケンとか出ました?」

間「ウォーケンは出ませんでしたけど、芳香蝙蝠(アロマ・バット)が出ました・・・・・ってウソですけど、蝙蝠はいましたよ。鍾乳石も不気味ですごかったです。あと地底湖とかきれいでしたね。」

CON$「いいですね〜。行ってみたいなー。私も最後の場面は岩泉の鍾乳洞が舞台かな、なんて思っているんですけどね。いや、ジョジョ第五部ゆかりの地を死ぬまでに行きたいんですけど、東北なら何とか実現可能っぽいですね。ところで、ローカルネタで変った所では、ノッツォが土地の言葉だ、というのもありますね。『のっそり』とも言いますが、うすら馬鹿とかノロマとか、野良犬・野良猫を指す言葉です。宮城とか岩手でも、かなり田舎の方ですけどね。ま、サニー・ステファン・ノッツォって立派な名前がありますから、元ネタはアーティストか俳優では?」

 (小学館『日本語方言大辞典 下巻』、1984年、p.1857〜1858参照)

間「そうですね。コミックスの64ページにも『サニー・ステファン・ノッツォ』とありますね。でも、方言と掛けてあるのかもしれませんよ。ちなみに間の地元で『のっつぉ』と言ったら、『乗るぞ』という呼びかけの意味になります(笑)。」

CON$「今回、読み直してみて、そうか岩手か………と思い当たるところがありますね。子供の頃の思い入れも入っていると思いますけど、東北六県ってそれぞれカラーがあるんですよね。こう言ったら失礼かもしれませんけど、全体に通じるこのちょっと暗くて不思議な、何が起こってもおかしくないところは岩手だという感じがしますね。歴史の重力が違うというか………。場所は違いますけど、『遠野物語』ってありますよね。あの雰囲気ですか? 『遠野物語』に人を殺すために夜、包丁を研ぐ話があるんですよ。これが2巻に出てくる洗脳された六助じいさんが銃の手入れをする所を彷彿とさせますね。」

間「東北六県の中でも岩手は特に独特の雰囲気があるんですよ。太古からの流れというか。環状列石とか、平泉とか、歴史が奥深いんですよ。それに、『遠野物語』とか新しいところでは宮沢賢治とか、どこか幻想的というか、現世とどこか乖離している世界があると思いますよ。同じ東北でもYとは大違い(笑)。遠野に伝わる話だったと思うんですけど、いわゆる『姨捨山』の話があるんですが、ちょっと普通の姨捨山と違うんです。ある程度歳をとると、山里に老人は移り住むんですね。そこで共同生活をするんです。そこでは『歳をとる』という観念がなくなり季節だけが移り変わるというそうですが、それが六朗じいさん夫婦の生活となんとなくダブるんです。やはりあの辺はCON$さんのおっしゃるように民話がモチーフかもしれませんね。」

CON$「あのじいさんのところ、古きよき東北というところですね。私、宮沢賢治も好きで、親父に頼んでイギリス海岸とか、行きましたね。ホント真っ白でさぁ………。ここが物語の場所かと思うと大興奮でしたね。ジョジョ第四部の杜王町を出すまでもなく、荒木作品には結構、東北が出てくるんですよね。漫画家が自分の故郷とか住んでいる場所をもとにマンガを描くのはよくあることなのだと思いますが、この演出された東北は新鮮だなぁって思うんです。ジョジョ日本編だーと思っても、仙台。東京のビルがガンガン建っている都会の方が『隣人の恐怖』を演出しやすいのにそうしないんです。第五部に至ってはいったい日本の小学生がどれくらい知っているんだと言われそうなイタリアですよ? 新人だったら、いやトッポイ編集者だったら、読者が感情移入できないとか言って、すぐ没ですよ。」

間「5部ですが、小学生なんかジョジョ読んでないからいいや、イタリアでなんてことだったのかもしれませんよ、編集側としては(笑)。4部の舞台が東北というのはホント新鮮でした。東京みたいな都会だと隣人が誰だかすらわからないじゃないですか。それよりもなんとなくお互い知ってるかもしれない、という都会と田舎の混在した仙台くらいが『隣人の恐怖』を演出しやすかったのかもしれませんね。マンガ家が故郷のことを描くといえば、『レベルE』で富樫も書いてました。間にはすぐわかりましたよ。あ、これ××高だって(笑)。」

CON$「わかる人にはわかってしまうんですよ。今、少年画報社の『ヤングキングアワーズ』に連載されている『ジオブリーダーズ』っていう漫画、舞台の綾金市っていうのは名古屋らしいんですよね。本当かどうか解りませんけど。この漫画、面白いことは面白いんですけど、舞台設定としてはあまり生きていないように思うんですよ。岩手を簡単に田舎って言っちゃあ失礼ですけど………」

間「現に田舎ですよ。」

CON$「厳しいですね。間さん。最近気がついたんですけど、アニメも田舎の舞台設定、多いなーと思って。12チャンネル(テレビ東京系)で深夜やっているのがそうだし、『ターンエーガンダム』もテクノロジー・レベルの範囲もありますがあれって田舎ですよね。ちょっとした物語世界の、田舎への移行って流れがあるんですよ。これなんでだろうなーってずーっと考えているんですけどね。」

間「『ターンA』以外はちょっとわからないんですけど、『ターンA』は確かに田舎です。」

CON$「舞台設定として、作者が意識しているのか、していないのかという違いがあります。まぁその意味でさっき『ジオブリーダーズ』の例を出したのは失礼な話なんですけど、日本のそういうミステリアスな部分って今や一体どこなんだろう?ってだれしも考えたことがありますよね。その時に東北は欠かせませんよ。名古屋の地下街とかじゃあね(笑)。あとオープニングの『列車』っていうのもなんで出てきたんだろう?って考えましたね。ジョジョ第五部でも列車編として列車を舞台にした長い戦いがありましたけど、好きなんでしょうね、こういう列車という限定された場所での展開が。それでやったんでしょうけど今見ると滅茶苦茶恐いですよ。」

間「かえって場所や地域を限定した方が各キャラの行動をどうするか考えやすいのではないでしょうか。的を絞りやすいというか・・・・アイデアの。寝台列車に乗ったとき思ったんですけど、あそこで兄貴に襲われたら確かに逃げ場がない。恐いですよ。暗いし狭いし。」

CON$「電車の話ですと私、前に都営新宿線に乗って神保町の会社まで行っていたんですけどね、ある日、ホームに電気のついていない電車が入ってきたんですよ。真っ暗の。あの時、ぞっとしましたね。映画で、あやしい黒服の組織の男達が乗り込んだ黒い車、なんていうのは何となくありそうって思うじゃないですか。虚構に毒されている訳ですけどね。でも列車はないだろう、列車は駅員さんがいつもいて、正しいダイヤがあって、毎日それなりの組織が運営しているんだ、と思っていますからね。」

間「貨物列車に偽装すれば何とかなるかもしれませんよ。ホームで電車待ってるとものすごい勢いで貨物列車が通りすぎるじゃないですか。あれも窓とか入り口のない無機的な感じがして恐いですよ。あの中に『バオー』が入っていてもやはりわからないと思ったりして・・・・ハハハハ。」

CON$「貨物車の中で何が起こってても分からないんですよね。千葉とか営業で行くとさ、中途半端な時間は貨物列車だけとまっているホームがあって、あれも恐い。1984年はもちろん新幹線も一般的で、東北新幹線なんかも走っていたんじゃないかな?と思います。ですから特殊な乗り物であるということは全然ないんですけど、この黒い列車っていうのは乗った瞬間終りですよね。そいつに乗ることは終りを意味する訳ですよ。列車にせよ、東北の奥深いところにせよ、我々の預かり知らぬところで話がすべて動いている訳です。両方とも、作者がそこまで計算したとは思えませんけど、結果的にはバオーの孤独を産み出すプラントにはなったんではないでしょうか? 手法としてはデビッド・リンチに近いものがあると思いますね。あの監督もインタビューで適当な事言っていますけど、特に意識した訳ではないと思いますよ。いろんな演出をね。ただ荒木飛呂彦はリンチはちょっと駄目だ、って言っているんですけど………。」

 「リンチやキューブリックは、僕はちょっと駄目なんです。もちろんいいところはあるんですが、自分のものとして採り入れようという気にはならない」
 ………青土社『ユリイカ』1997年4月号、p.138より

間「キューブリック結構好きなんですけどね・・・・・・・」

CON$「私も『シャイニング』なんかは傑作だと思いますよ。小説も好きだし………」

●バオーの誕生

CON$「バオーは当時のファンロードなどの記事を見ると、女の子に人気のあった漫画らしいんですよ。今見ると橋沢育朗の妙な紳士っぽさとか、こんな奴いないよっていうような偽善者ぽい所とか、ちょっと鼻につくところはありますよね。『魔少年ビーティー』ではそれを逆手にとっているだけに、なおさらです。私はビーティーも好きなので、育朗を見た時に本当はコイツ、内側にものすごい暴力衝動のある悪い奴じゃないのか?って思いましたもんね。ところがいくら『きゃーバオーカッコイイ』なんて言っても、バオーはあのヒルみたいな寄生生物なんですよね。あれがバオーの全てと言ってしまうと身も蓋もないですけど。」

間「女の子に人気があったんですか? にわかに信じがたいというか・・・・・・ジョジョのイメージが強すぎるからですかね。だって、高校の時、同級生の女の子に『あのマンガ気色悪い』っていわれましたから・・・・・・やはり主人公が王道的で女の子にはウケがよかったのでしょうか。バオー自体もグロテスクだし、他にも結構グロいシーンはあると思うんですけどねえ。ジョジョを彷彿とさせるような。」

CON$「まぁファンロードの読者層っていうのもあるんで一概には言えないんですが、美形主人公だったし(笑)。バオーは、過酷な環境に適応した一部の生物の遺伝子情報を元に創られた生物です。生存競争の中での最強の生物、これは『蠱毒』に近いものがありますよね。沢山の毒虫を壷に入れて、その中で生き残った最強の毒虫で呪殺するという………。最強は常に一人、という訳ですね。そう言うと今更かもしれませんが、バオーって孤独なんだなぁと思います。もちろん、バオー自体は自分が大量の屍の上に築かれた頂点の存在なんだ、とは認識していない訳ですよね。自覚が無い。もちろん、最後あたりでは台詞として出てきますけど、生まれてすぐに、「なぜこんな風に生まれてきたんだろう」とは考えない。マーチンと戦う時もそうです。マーチンを操る男のモノローグとして、バオーとマーチンは同じ原理によって生まれた、とは出てきますけど、それは戦いのためらいの理由にはならない。

間「むしろ自分の存在にとっては危険な敵となりうるわけですからね。マーチンにとっても、バオーにとっても。」

CON$「そうです。また、スミレとも、ウォーケンとも一生違う生物である訳で、その事に対する育朗の不安の描写は出てきますけど、寄生生物だから自分では考えない訳ですよ。これは今考えてみると面白い。あの蛭バオーが『アームド・フェノメノン!』って信号は発していても、自分で自分の事は考えない、疑問も持たない………。バオーってその野生的なところから、出てきた瞬間、食欲というか『周りの生物を破壊し、食らい尽くしてやるぜ!』ということが優先されるような感じがしますが、戦いの現場でもこっちからは手を出しません。バオーでも結構、紳士なのね。」

間「というか、寄生体がアドレナリンを分泌しないと『アームド・フェノメノン』できないわけですから、どうしても戦いでは後攻になりがちなんじゃないですか? 紳士というか(笑)。」

CON$「ああ、そっか。正当防衛で偽善者ぶっている訳じゃないんだ(笑)。ジョジョ第二部でサンタナって出てきますよね。あれはもともとの成立からして違うんですが、バオーを客観的に見た恐ろしさというものがありますよね。最初はしゃべらない、何を考えているかも解らない。一方、バオーを読んでいる読者は橋沢育朗=バオーの気持ちというのを見ているので、サンタナを前にしたジョセフの最初の気持ちも解るような気がしますよね。あそこだけ見ると、最強の敵が目覚めてしまった、さぁ戦うんだ主人公!という所で、『いやあいつも悪いとは限らないんじゃないの?』とかぬけぬけと言ってしまう………びっくりしてしまう訳ですよね、読んでいるほうは。これもここまで計算しているとは思えないんですが、私とかはバオーを思い出してしまう訳ですよ。」

間「あのサンタナのシーンはバオー思い出しますよ。バオーを観察している霞の目&謎の組織の男とサンタナを観察しているシュトロハイム&スピードワゴンかなりダブって見えますね。『未知との遭遇』とでもいいますか。」

CON$「SFでいう『ファースト・コンタクト』って奴ですよね。そういったことに関してというか、間さんは月刊アフタヌーンがお好きと伺っているんですが、あれに『犬神』って漫画ありますよね。ものすごく簡単に言うと、エイリアン?と人間の葛藤を描くというような話で、『寄生獣』に近い漫画ですよね。あれにバオー犬みたいなものが出てきて、バオー犬が脱走したら………なんて想像しながら読める漫画ですよね、『犬神』は。」

間「あれ、『バオー』+『寄生獣』といったようなマンガです。アフタヌーンはマンガ多いし月刊なんで、ストーリー物はストーリーをずっと覚えてるのが結構つらいものが・・・・ということで、『犬神』はあんまり真面目に読んでないほうです・・・・」

CON$「まぁ単行本で読むと結構面白いですよ。まだ大事なところが途中なんですけどね………。『犬神』も『寄生獣』も地球外生物ということもあって、人間とは異なる価値観などがあり、近い人間とのファースト・コンタクトから衝突、そして他の地球外生物との衝突の間で物語が発生する訳ですが、バオーの場合は意識とか、バオー自身の言語とか持たないので、その存在とインパクトだけで話を作っていく訳です。もしこんな生物、日常にいたらどうする?って。こう言うとジュブナイルSFによくありがちなネタに見えるんですが、結局、自然上でものすごい強力な存在が人間の手で産み出されることって一体なんなんだろう?という所がバオー最大のテーマじゃないかな?と思っているんですよ。」

間「なるほど・・・・・・」

CON$「言いかえると、『自然』の中で人間が出来ることって?という事ですよね。ここで言う『自然』は森や動物や、というものではなくて、生物として見た人間、昆虫も何もかもひっくるめた『自然』という意味ですよ。橋沢育朗とバオーはその最強の生物、種の頂点に立つ生物であっても、スミレという少女一人を救っただけではないか………それでいいんですよ。軍事的に世界の優位に立ったり王になるという事をバオーは自ら欲しなかった。戦っていく上で自分が滅茶苦茶強い種であることを自覚しても、生存本能という部分が他の駆逐には向かわなかった………これがバオーの面白いところなんですよ。」

間「バオーは寄生虫ですから、寄生の対象を駆逐するわけにはいかないんじゃないですか? バオー自体は無力な蛭みたいなやつですから。」

CON$「それもそうですかね。そう考えると結構したたかだよなぁ………。これは飛躍しすぎかもしれませんけど、『バオー来訪者』って『もののけ姫』と一緒だな、と思うんです。私はこの対談前に『バオー来訪者』を何度も読み返して、バオーと『もののけ姫』は多分一緒だろうと思って、宮崎駿の『出発点[1979〜1996]』(*)とか読んでいたんですよ。宮崎駿っていう人は、私は勝手にアニメ界ではかなり評判の悪い人なんじゃないかな、と思っているんですけれども。というのも、あれだけ多くの事を語るともちろん整合性なんて無くなってきちゃいますし、なんだ、作品以外で勝負しやがって、という所もあると思いますしね。あと邦画の興行成績トップなんてところで矛盾も数多く抱えている訳ですし。」

*………徳間書店『出発点 [1979〜1996]』、1996、宮崎駿。監督のインタビュー、随筆などをほとんど網羅した本。

間「間も2時間近くも並んで観ました、『もののけ姫』。でも何であんなにヒットしたのかよくわからない。『ナウシカ』がなんだかんだ言って一番好きですね。間は。」

CON$「なんだ、ナウシカじゃねーかとかよく言われましたよね。でも、対談の中で宮崎駿はちょっと面白い事も言っているんですよね。あの人はエコロジストでも何でもない人なんですが、『もののけ姫』は自然と人間との共生なんかをテーマにした作品では無くって、『憎悪が克服できるか』っていうのが宮崎駿本人のテーマであったようなんです。アニメーション映画は集団制作ですから、これをそのまんま映画の本質と捕らえてしまっては危険なんですけど、バオーと似たところがありませんか?」

 「こんなものを作ってしまって誰がどういうふうに受けとめるんだろうという本当の不安は山ほどあるんですが、憎悪が克服できるかというのが僕らの作品の最大のテーマだったんです。結論から言うと憎悪は克服出来ない、憎悪は憎悪のために死ぬだろうという、そういう結論が出てしまったんですよ、映画のなかで」
 ………青土社『ユリイカ8月号臨時増刊号 総特集 宮崎駿の世界』1997、p.36より

間「ははあ、なるほど。『もののけ姫』のテーマは環境保護というか、人類社会への警鐘とばかり思ってました。このテーマで時代設定が室町時代なんで間としては『リアリティーねえなァ』何て思ってたんですよ。室町時代の人間が『人と森は共存できないのか』何て言うわけがない。間がマンガや映画、小説などに求めている基本的なコンセプトは『言いおほせて何かある』なんですが、そんなことを主人公に言わせてしまうと興ざめなんですよ。でも、『憎悪』が本当のテーマだったんですから、環境保護という2次的なテーマで包み隠していたんですね。本当のテーマは。とすると『言いおほせて何かある』だったんですねえ。『もののけ姫』・・・・・・」

CON$「その憎悪ってテーマなんですけどね。憎悪は克服できない、映画中のアシタカとサンの言葉でも最後には『アシタカは好きだけど………』っていう所で終わっちゃうじゃないですか。バオーでも最強の超能力者、ウォーケンと最後は戦う、そしてスミレを助ける、研究所が滅茶苦茶になってそんなに悪くはないと思う研究員がゴミみたいにバカバカ死んでもやっている事は一つだけですよね。それがいいんですよ。なんだよ、もっと沢山の人を幸せにしないで、なんて言われる筋合いはバオーと育朗にはないんですよね。ヒーローとしてカッコイイ事を追求するとしたら、それはたった一つの事を成し遂げる方向にあるべきだと思いますね。それがバオーの場合、人間の誇りを守るとかじゃなくて、スミレを助けるっていう即物的なところに結論を持ってきた、これが実にカッコイイ。」

間「全ての人間は自己満足のために生きてると思うんですよ。どんな慈善家でも、自己中心的な人でも結局は自分が納得できる人生を模索して生きているわけで、それって自己満足ですよね。結局は。ヒーローや主人公がカッコイイかどうかというのは、その人物にとっての自己満足が客観的に我々から見てそのキャラにふさわしいかどうか、というのが間的ヒーロー論なんですけど、育朗はその点いい線行ってると思いますよ。いい線と言ったのはやっぱり、ちょっといいヤツ過ぎて鼻につく(笑)。」

CON$「そうなんだよなぁ、あの妙にいい人っていうのが………ジョジョのジョナサン・ジョースターを見た時にも感じましたけどね。でもあれはディオを引き立たせるキャラクター性だと思っていますよ。だってどうやってもディオの方に目が行きますからね。結局、バオーは二度誕生しましたね。一度目は橋沢育朗に寄生して、二度目は目的のために心までも橋沢育朗に同調した時。コミックスだとドルド中佐を倒して飛んでくる弾丸を肉眼でとらえてから、開眼したかのようにバオー変身時でも『目』が開いているんですよね。本当だとバオーって触覚で全ての感覚をまかなうので、目は必要ないんでしょうけど決意の現われのようなバオーの『目』を見て、芸の細かさに驚きましたね。バオーが心を持ったんだなって。」

間「ああ!本当だ!!『開眼』してますね。流石CON$さん!よく気がつきますね〜。」

CON$「いやー、これ結構当時の本で指摘されていたことらしいですけどね。実は(笑)」

●バオーの戦い

CON$「ジョジョは私は第二部が一番好きなんですけど、最強の敵としてカーズって出てくるでしょ。中盤で、崖っぷちでジョセフと赤石をとりあって、結局カーズが落ちていく、その時にカーズが崖を蹴って着地するんですけど、崖に生えている花を助けてよけて蹴るんですよね。また、別な場面では小犬を助けるために車ごとドライバーをぶった斬るとかいうシーンが有ります。最後の展開を考えると、イヤな奴ですよねカーズって。でも考え様によってはカーズもバオーと一緒ですよね。小さなものを助けてあとは殺しちゃえ、みたいな。バオーの場合はそれが徹底していたんで何となく嫌味が無い。」

間「バオーもカーズも『助けたいものは助ける』わけですが、バオーは一応育朗の心とシンクロしてるからでしょうね。カーズは自分を『神』のように思っているわけですから、自分にとっては花も小犬も人間も同じ価値、ってことかもしれません。神の前では全ての生命は平等というか。」

CON$「柱の男として、そういう奢りがあったようには読めますね。その徹底の過程ということで、今度はバオーの戦いという所を考えてみようと思うんですけど、最初が暗殺者『第22の男』ですよね。このネーミングもなんだかすごいけど実はあっという間にやられて、次に出てきたドレスの殺しのプロもすごい。タバコ屋のお婆さんをガラスに叩き付けるというちょっとイカれた奴。今だったらジョジョに出てきたギアッチョにやって欲しいところですよね。最期の『………こんな仕事引き受けるんじゃなかった………』って台詞はもう素の人なんですけど。」

間「タバコ屋のシーンはかなり印象的です。接客態度悪い店に行くとあのシーンが頭をよぎるんですよ(笑)。その後の『アリガトゴザイマーーーース』がまたいいんです。荒木節炸裂!!」

CON$「ホント、コンビにとかね、あのシーンが妄想として浮かんでしまいますよね(笑)。人間だれしも持つ暴力衝動をストレートに描いてしまった好例ですね。スミレを人質にとっても、バオーには関係ない、だって人間じゃないんだから、っていうのは少年漫画としては新鮮でしたね。フツーの展開じゃないんですよ。今のジャンプの漫画が全然つまらなく見えますね、このやられ役一つとっても。」

間「今読んでも新鮮なんですよね。バオーにしろビーティーにしろ。今のジャンプ全然読んでないんですよ。読んでるのは『封神演義』だけ。今のジャンプマンガってほとんどが既存のマンガの『亜系』みたいな感じでオリジナリティーが感じられないんですよ。模倣とか、参考にするというコトはもちろんあっていいと思うのですが、そこにオリジナリティーが含まれていないと。」

CON$「既存の倒置でもなんでもいいんだけど、おっと読ませるシーン一つないんだもんなぁ。またジャンプ漫画との比較論なんですけどね。バオーは最初から最強なんだけど、成長型ヒーローなのでスポーツ漫画のような展開が取れるんですね。今のジャンプの漫画ってほとんどが、主人公が超強くて『こんな面もあるよ、この人』ってな感じで小出しに能力を見せていくでしょ。だから読んでも『ああ、そういうのもあるのね』とは思っても、『そんな展開の仕方があるのか!』と驚いたりはしないでしょ? これは見せ方も大きく関係しているんですけど、敵に対応してバオーもどんどん変っていく、っていうのは長期連載でないが為のメリットですね。今でもできると思うんですけどね、何回連載って決めて、その中できっちり話を作らせるっていうやり方が。その方が新人も育つし、バオーみたいなキャラクターも出せる訳じゃないですか。この人、いっつも10回で打ち切られているなって思われて世間体が悪いなんて思うより育てる方が先決ですよねぇ。」

間「打ち切りするくらいなら、短期集中連載させて実力を確かにつけさせるべきですね。その方が絶対ジャンプのためになるでしょう。また、あの無理無理人気マンガを続けさせるのもやめてほしいですね。やっぱり作者の終わらせたい時に終わらせる方がいい作品になると思いますよ。」

CON$「確かに。だから『るろうに剣心』はまぁあれでいいのかな、なんて思っていますけどね。ちょっと話が関係ない方向に行ってしまいましたけど、次にすぐ強敵マーチンが出てきますね。この包帯の男って結局名前が出てこなかったんですけど、こいつも一度見たら忘れ難いキャラクターですよね。『しかしかわいいヤツよ………』ってマーチンの事を指して言って………。」

間「どこがかわいいねん(笑)!!」

CON$「イカレてますよねぇ。軍隊でいっぱい犬とか訓練して人を殺してきたっていう迫力ですかね。ドルド中佐なんて自分で『戦場で2,500人も殺したおれにむかって………』とか言ってて。日本人じゃないから中東あたりで戦っていたのかな………。で、ドレスでは生物を人工進化させて怪物を作り出す訳ですが、人間の手前である猿の一種が敵、っていうのは面白いですよね。最初に、マーチンの方が『跳躍力が上回ったッ!』って書いてあるんですよね。つまりバオーは最強の生物って言っておいて、野生にはやっぱ勝てないんじゃんって妙な説得力があるシーンですよね。その後すぐにバオーが一撃くらって初めて血を吐くんですよ。あ、バオーにも血が通っているのかフツーに、って思って、さらに見ていくとビルの五階ぐらいから落ちていくバオーが見える。この間3ページで全てのコマに無駄がない。あんまり無駄がなさすぎて次のページにいきなり『日常』が出てくる(1巻137ページ)。通りがかりの母親とその息子ですね。そのコマがいきなり出てくるんで最初はなんだこりゃって思いましたよ。そして惨殺されて、チョコレートにしたたる血。チョコレートも銘柄がハッキリ書いてあって………スティーブン・キングの世界ですね。バオーには他にもキングっぽい所がいっぱいあって、キングファンの私としては楽しいですね。」

間「スティーブン・キングって『週感ジョジョンプ』でもよく触れられてますよね。読もうかなと思うんですけど、なんか暇がない・・・・あ、いや、暇人なんですけどね。暇人なりに暇がないというか・・・・矛盾してますね・・・・ところで、このマーチン対バオーは『バオー来訪者』の中で一番の名勝負だと思いますよ。スピード感がいいんですよ。」

CON$「このマーチンとの戦いっていうのは、バオーの意志の転換期でもあると思うんですよ。無関係の人間が殺されるのを感じとってバオーならどうする?となる訳ですけど、一般人を助けはしなかったけど殺した奴の息の根を止めてやる、となった訳です。他に選択肢はいろいろ有るんでしょうけど、最後のたった一つの目的のために、バオーが自我を持ち、選択した訳です。ドレスは親の仇だとか、まぁ、それを知りようがなかったようなんですけど、そういうために戦う決意をした訳ではないところが注目、でしょうか。」

間「なるほど。ここのところはバオーが育朗との共存の道を選んだとも取れなくもないですね。」

CON$「共存というか、そういった能力を主人公の方がどうとらえるかってことですけど、自分の体に秘密の力があって組織と戦う構図っていうのは、いろいろありますよね。漫画で言えば『仮面ライダー』もそうだし『サイボーグ009』もそうだし。変身ヒーローものにはよくある。ただ、よく言われていることですがバオーは暗くない。状況的に殺伐としたシーンが多いので、何となく暗いなぁと思いがちですが、そういったものは否定しつつ書かれたと思いますよね。これは間さんも自分のPAGEに書かれていましたよね。悩む主人公って観点で言うと、ジョジョとガンダムが両立しない!って話。」

 荒木「でも、アレ(エヴァンゲリオン)があれ程指示されているのも不思議ですよね」
 宅「大ヒットしてますね。『ザンボット3』から『ガンダム』、『イデオン』の流れでしょ。イジケ系悩み系ダメ系の極致ですよね。だけど、横山作品にはそういう暗さって基本的に無いじゃない」
 荒木「オレは石ノ森章太郎先生の『仮面ライダー』とかにもその系統あると思う」
 宅「たしかに。『人造人間キカイダー』とかもね」
 荒木「「自分は改造人間になってイヤだよー」みたいなね。オレだったら「うれしいんじゃないか」と思うんだけどね。うらやましいじゃない、単純に。ラッキー、みたいな」
 ………コアマガジン『ブブカブックス1 マンガ狂い咲き』1998、p15〜16より。ちなみにこれは『BUBKA』1997年8月号の宅八郎との対談が収録された単行本です。1200円+税。

間「『ジョジョとの日々』で書きました。あのころ『エヴァ』にはまってましたねえ。ガンダムは今でも好きですけどね。色々な作品の主人公のタイプとしては、荒木型の『意思』が常人ばなれしている『悩まない主人公』というものと、能力は常人ばなれしていても心は常人と同じというような『うじうじ主人公』2タイプあると思うんですよ。荒木先生は後者のタイプは嫌いなんでしょうけど、間のような常人は後者のタイプにも共感してしまうんですよね。荒木キャラはカッコイイですけど、それだけでは疲れてしまう(笑)。両方でバランスを保ってます。」

CON$「この『悩まない主人公』という所が"超健康"のマンガという、後の作風に現れてくるんだろうな、と思っているんですよ。ジョジョでもそうですね。スタンドを持った人間が、『なぜ自分にこんな力があるんだーッ!』と言ったりは決してしないですね。」

間「花京院は唯一例外でいってますよ。まあ、あの独白はもう吹っ切れていたときのことですけど。でも他のキャラはスタンドを使って人生を有意義にしようってヤツが多いですね。」

CON$「犯罪に走るヤツも多いですけど・・・・・で、マーチンの後があのドルド中佐ですね。このキャラクター、好きなんですよ。登場のシーンも珍しく擬音も何も無くって(1巻、p.180)。能面のような顔でいきなり出てきて、背後にはコウモリ飛ばしている………。最後の悪あがきっぷりまで含めてドルドはいいですよね。結局わりと早く退場してしまって今度、最強の超能力者ウォーケンが出てくる訳ですが………こいつが戦士の中の戦士、という奴で。絵柄はなぜか永井豪というか石川賢みたいなキャラクターで。さっきも言いましたけど、ここにスクークム族とか持ってくるあたり、異能の対決として見所があります。悪の訓練を施されたブラックバオーとかそんなんだったら有りそうですけどね。」

間「ブラックバオーですか! 普通の格闘マンガにありがちですねえ・・・・・・・そうじゃなくてよかった・・・・・」

CON$「ウォーケン vs バオーっていうもう日常も木っ端微塵になった世界で両者の目的はそれぞれたった一つ、そこに全力を尽くす訳ですよね。こうなると『日常』の世界はすっかりバオーに『来訪』されてしまった、異化されてしまった訳です。漫画らしい荒唐無稽のラストに向かって突き進んでいく訳ですが、六助じいさんといい、ウォーケンといい、外見は違っても人間としてやることはただ一つ!という気迫が感じられますね。いやまぁ、人殺しが人間のやることなのかよ、と言われそうですが『戦いこそが全て、殺りくこそ生きがい………』と本人が言っているんだからしょうがない。六助じいさんも山の猟師が先祖代代してきたことをやっているんだからしょうがない。橋沢育朗もスミレを助けたいんだからしょうがない。全部、一本槍なんですよね。さすが元祖超健康マンガというか。」

間「いいですねえ。一本槍なヤツ・・・・やっぱり好感が持てますよ!ところで、『る○剣』なんですけどね、主人公の役割は迷ってる人を助けるというものじゃないですか、なのにあの醜態。逆に人に導いてもらう始末。キャラは一貫性を持たせてほしいですよね。左之とか斉藤一の方がずっと魅力的でした。一本槍で。」

CON$「一本槍に関連して最近、こういった生粋の戦士が出てくる漫画がなくって久しいのですが、以前チャンピオンで連載されていた『バロン・ゴング・バトル』のゴードン、これはジョジョのワムウやこのウォーケンに匹敵する生粋戦士の系譜ですよ。漫画の方はまだまだ続けて欲しかったんですが残念です。バオーは結局、一週間しか目覚めていませんでした。その中での戦いというのは、たった一つの目的のために戦う者同士のぶつかり合いの繰り返しだったと思います。ただしドルドだけがちょっと別なんですよ。無能と言われて怒り狂うあたり、俗っぽいところがいろいろと有る訳ですね。この辺の人間っぽさが気に入っている所なんです。」

●バオーの未来

CON$「私はジョジョでずーっと予想のPAGEをやってきました。それで今回はこのPAGEでバオーの今後の予想をしてみたいと思うんですが………。つまり、バオーの続編を作るとしたら?というものです。これが考えはじめると楽しくって夜も眠れませんね。」

間「ここで『週感ジョジョンプ』特別編が始まりそうですよ、こりゃ。」

CON$「いやいや(笑)。まず、さんざん指摘されていることではありますがあの単行本のラスト、育朗が復活するっていうのは悪夢の序章じゃないの?というもの。霞の目博士も言っているようにバオーは『少年の体内に卵を生み、卵からかえった幼虫は少年の体をつきやぶり世界中に伝染します』との事。これじゃ育朗は死んでしまうわ、世界中はバオーだらけになってしまうわ、続編は不可能………という事ですね。しかし、それはそれ。世界中にバオーが伝染してしまう!というのはサスペンスのネタとしていいじゃないですかとしていいじゃないですか。それを食い止めるドレスと育朗の熱い戦いの日々が幕を上げる訳です。」

間「人間が勝手に生み出しておきながら、罪もないのに攻撃の対象となってしまうところ、『ゴジラ』に通じますね。」

CON$「そうなんです。チャーチルがバオーを見たら何て言うのやら。とはいえ、霞の目博士はいないし最強の超能力者、ウォーケンもいない。となると敵はどうなってくるの?と思いますけど、今度は一般の人々が敵に回ってバオーを追いかけまわす、というのはどうでしょう? ある意味、ミュータントの人間社会における迫害というところで『X-MEN』ぽくなってしまいますが、そこはそれ、好青年なので悩んだりはせずにひたすら理想境を求めて逃げまくる。そんな中で、ドレスの中にもイイ人、まぁ、冒頭で殺されちゃったけどあんなお姉さん的キャラクター、がいることが明らかになり、育朗の中からバオーを除去する手術を行おうと育朗を追う、しかしドレスは軍事利用のために育朗の捕獲・殺害を目的に暗躍………なんてのはどうでしょうかねぇ。もちろん、行く先々の場所でバオーの力を使って事件を次々と育朗が解決していく訳ですが、最後は『どろろ』みたくその場から追い出されてしまう。それでもついていくスミレ、追う賞金稼ぎとドレス、絡んでくる小粋な逃がし屋………という感じで。で、後半になって育朗が迫害されるスタンド使いに出会うっていうのが肝なんですよ。ジョジョとのクロスオーバーな訳ですね。最後にはやはり無理矢理バオーを寄生された人々を見て仲間と共に今度こそドレス壊滅を目指す………。いやー、これでジャンプの部数アップ間違いなしですね。ちょっと『ARMS』みたいな感じですが………。」

間「CON$さんが予想側になるのって面白いですねえ。いつもはコメント側なんですけど。じゃあ、こちらも立場逆転でコメント側になります。いろんな映画の要素を集めたって感じですね。脱走映画にSF、サスペンスもあり、人情もある・・・・・荒木マンガがえてしてそんな感じなんですけど。最後にスタンド使いが出るというのがミソでしょうか。ドラゴンボールにアラレちゃんが出たみたいなサービスがあってもいいですよね。あ、でもアレはギャグだったのか? ジャンプの発行部数が伸びるかどうかは?????」

CON$「伸びますよ、だって間さん今買ってないでしょ、ジャンプ。実は私も最近、買わなくなっちゃったし。マンガ喫茶で読む。」(河合注:ジョジョ休載中でした)

間「そうですね(笑)。一部だけ。あ、あと千尋さんと恵さんも不買運動中ですからもう一部伸びますけど。」

CON$「私も合わせて3部確実に伸びます。あとはやはりバオー第二部として息子の戦いでしょうか。まず、思い切ってバオーは成虫にしてしまう。当然、育朗は死んでしまう訳ですがスミレとの間にちゃっかり子供をもうけてしまう………。で、舞台は一変して20年後、世界はバオー人と人類の二分化した最終戦争が行われて生き残った人類はささやかに抵抗活動を続けていた、という設定。もちろん、フツーにやってはバオー人がとにかく勝ってしまうので、決定的な弱点が見つかったということで………。バオー人のリーダーが橋沢育朗二世ですな。で、ここでジョジョにも出てきた『柱の一族』が復活する。ジョジョではカーズが一族の中から抜け出て太陽を克服するんだ!という事をやっていましたが、構図的にはよく似ている訳ですよね。で、三つ巴の神話的な戦いになっていく………という。まぁ近未来SFもので日常的でないのであんまり面白そうではないのですが長期連載に向いているとしたらこちらでしょう。」

間「いきなり育朗が死ぬというのは荒木飛呂彦らしいショッキングな手法ですね。『柱の一族』が出てきて三つ巴になるあたり、Zガンダムみたい(笑)。ここまできたら荒木作品の集大成ですから、人類のレジスタンスの頭領にビーティーにでもやってほしいところです。」

CON$「そうですね。映画で言うカメオ出演というかそういう感じでビーティーには是非………。てな感じでただの馬鹿話に始終してしまいましたが、とにかくバオー生誕15周年ということで、今年はバオー再評価の年ですね。この対談がそのきっかけになるべくこれからも頑張っていきたいと思います。できれば対談、もう一回やりたいと思いますね。ジョジョネット仲間の洋子さんとバオー映画化するとしたら?なんて話を。まぁまたミーハーになっちゃうと思いますけどね………。 」

間「ジョジョネットでの企画楽しみにしてます!」

(1999年9月23日、池袋にて)


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